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元腐女子令嬢、愛のない契約結婚のはずが狼旦那様に沼落ち中です!?  作者: よつ葉あき


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15/30

15.支えられる温もり


 目を閉じても、胸のざわめきは収まらなかった。

 柔らかなシーツに身を沈めても、昼間の光景

 が繰り返し浮かぶ。


 ──どうして、あの人はあんなに優しいのだろう。

 私なら、嫉妬に駆られて誰かを遠ざけてしまうはず。

 けれど彩芽さんは違う。

 私に歩み寄り、気遣ってくれる。まるで本当の姉のように。


 静かに扉が開いた。

 廊下からの灯りが細い筋となって差し込み、盆を手にした彩芽の姿を浮かび上がらせる。

 水と薬を載せた盆を机に置くと、彼女は深く頭を下げた。


「環様。私が無理にお誘いしたせいで、ご負担をかけてしまいました。本当に申し訳ございません」


「そんな!」

 胸の奥が軋むように痛む。彩芽さんは悪くない。

 むしろ責められるべきは、嫉妬ばかりして心を狭くしていた私の方だ。


「やめてください。彩芽さんのせいじゃありません。弱いのは……私で」


 声が震え、喉が詰まりそうになる。

 それでも彩芽は首を振り、なおも真摯に頭を垂れた。


「ですが、環様に辛い思いをさせてしまったのは、間違いなく私です」


 その一言が鋭く胸に突き刺さる。

 ──違う。優しいのは彩芽さん。

 醜いのは、嫉妬に揺れる私自身。


 堪えきれず唇を噛んだそのとき、隣で蓮が低く息を吐いた。


「もういい」


 短いのに、鋼のように硬い響きだった。

 部屋の空気が一瞬で張りつめ、私と彩芽の間に落ちる。


「環が辛そうにしていたなら、俺が気づくべきだった。お前が気に病むことじゃない」


 その断言に、彩芽は顔を上げ、小さく頷いた。

「旦那様……」

 そう言って静かに退く。衣擦れの音が遠ざかるたびに、胸の奥がざわめいた。


 ──優しいのは彩芽さん。

 そして、私を支えてくれるのは旦那様。


 甘やかされたい気持ちと、胸を掻きむしられるような嫉妬。

 二人のやさしさに触れるたび、自分が醜く思えてならない。

 私は胸の上で手を固く握りしめた。


 水を口に含むと、冷たさが喉を伝い、身体の奥へ沁みていく。

 枕元に腰かけた彩芽が、静かに微笑んだ。


「環様……どうか今夜はゆっくりお休みくださいませ。明日からは私ができる限りお手伝いいたします」


 その声音は柔らかく、心にふわりと染み込んでくる。

 本当に私を思ってくれているのが伝わった。


「でも……それでは彩芽さんに負担を……」


 言いかけると、彼女は迷いなく首を振る。

「私にとっては、環様のおそばでお役に立てることが、何よりの喜びです」


 まっすぐな言葉に、胸の奥が熱を帯びた。

 その笑顔には、打算も気負いもなく──ただひたむきな優しさだけがあった。


 そのやさしい瞳が、何故か旦那様に似てるように思えて、チクリと痛みを感じた。


「……ありがとう、彩芽さん」


 声はかすかに震える。

 彼女はそっと私の手を包み、応えるように微笑んだ。


「環様と旦那様が幸せでいてくださることが、私の願いです」


 応援めいた一言に、胸が温かく満たされる。

 嬉しい。けれど、どうして彩芽さんは、そこまで私たちを思ってくれるのだろう。

 喜びと共に、新たな疑問が静かに芽生えていた。



 ◆


 窓の外は、群青の影が広がりはじめていた。

 部屋の中は灯火が柔らかく揺れ、静けさが濃く漂っている。


 ──どれほど眠っていたのだろう。


 身を少し起こしたそのとき、低く落ち着いた声が届いた。


「……起きたか」


 振り向けば、椅子に腰掛けて本を閉じる蓮の姿。

 彼の存在が部屋の空気を一段と落ち着かせていた。


「旦那様……!」

 胸の奥がきゅっと縮む。まさか、ずっとここに?


「加減はどうだ」

「だ、大丈夫です。少し眠ったら……」


 言いかけて足に力を込めた途端、身体が揺らぐ。

 すぐさま蓮の手が伸び、肩を支えられた。


「ほら、無理をするな」


 その一言に、頬から耳までじわりと熱が広がる。

「旦那様にばかり、ご迷惑を……」


「迷惑だと思ったことは、一度もない」


 揺るぎない声音。

 目が合った瞬間、心臓が大きく跳ねた。


「でも、私……」

 強くあろうとするのに、蓮に支えられると弱さがあふれる。


「環」


 名前を呼ばれるだけで、心の奥が震えた。


「旦那様、少しだけ……」

 気づけば、言葉が零れていた。


「少しだけ、このまま、支えていてください」


 蓮は一瞬目を見開き、それから穏やかな笑みを浮かべる。

「ああ。好きなだけ甘えていろ」


 その一言に、胸の奥が熱で満たされる。

 肩に寄りかかれば、確かな温もりが全身を包み込んでくる。


 静かな時間が流れる。

 私はただ、その温もりと自分の鼓動とを感じながら、静かに息をついた。




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挿絵(By みてみん)
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