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『Luna Sana』で会いましょう~私、最悪なコンサルタントと恋をしました~  作者: 亜久美 圭


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9/24

月と影

翌朝――。


穂花と西野が開店準備を終えた、その時だった。


カラン――。


お店の扉が鳴った。


「いらっしゃ……」


穂花が言いかけた、その瞬間、思わず言葉を失った。

西野も両手で口元を覆い、目を大きく見開いた。


そして――。


「店長!」


穂花と西野の声が、自然と重なった。


水川が昨日退院すると聞いていた。

だが、まさか退院した翌日にお店へ来ると思っていなかった。

穂花は嬉しさを感じる一方で、水川の体調が気がかりだった。


「店長……。大丈夫なんですか?もう少しお休みになられた方が……」


穂花の心配をよそに、水川は明るく笑った。


「大丈夫よ。ゆっくり休ませてもらったわ。元気があり余るくらいよ」


小さくガッツポーズをとり、笑顔を見せる水川。昨日とは違い、その顔色はすっきりとしていた。


(だけど……)


「倒れたんですからね!無理はしないでください」


(やっぱり店長のことが心配)


目の前で倒れた水川の姿が、穂花の頭から離れなかった。


(もう、無理してほしくない……)


「本当に大丈夫よ」


おそらく穂花の心配が顔に出ていたのだろう。

水川は優しく微笑んだ。


「心配かけてごめんなさい。そして私の留守中、『Luna Sana』を守ってくれありがとう」


「店長……」


そして――。

水川は、西野のもとへ歩み寄った。


穂花はふと西野を見る。

その瞳は、うっすらと涙で滲んでいた。


「未来ちゃんも……ありがとうね。そして、入院中は、私の子供たちを見ててくれてありがとう」


それは水川らしい、柔らかい笑みだった。


「そんな……」


西野はきゅっと唇を結んだ。

今にもこぼれ落ちそうな涙を、必死にこらえているようだった。


「それにね、今日は二人に会ってほしい人がいるの」


水川は意味ありげに、ふふっと小さく笑った。


「会ってほしい人……ですか?」


西野は不思議そうに首を傾けた。


(会ってほしい人?それってもしかして――)


「高城くん、入って」


カラン――。


再び入口の扉が鳴った。

そして――。


ゆっくりと、一人の男が店内へ入ってきた。


(眩しい……)

 

逆光で、穂花は一瞬目を細めた。


カツン……カツン……。


革靴の音が、静かに店内に響いた。


(誰……?)


扉は閉められ、穂花はようやくはっきりとその姿を捉えることができた。


水川の一歩後ろには、長身の男性が立っていた――。


黒いスーツに身を包むその男性は、静かで重い雰囲気を漂わせていた。


そして――。

男はゆっくりと、その形のいい唇を開いた。


「はじめまして。高城優馬《たかしろゆうま》と申します。よろしくお願いいたします」


地を這うような低く重厚な声が、静かな店内に響く。

思わず、その独特の雰囲気に穂花は息をのんだ。


百八十センチ近くはあるであろう、すらりとした体躯。整った顔立ち。

漆黒の髪は、まるで濡れているかのような艶を帯びていた。


(まるで夜……みたい)


冷ややかな瞳には、鋭い光が宿っていた。


(何……?この人……)


穂花はただ、呆然と見つめていた。すると、その瞳が静かに穂花へ向いた。


ドクン――。


心臓が鳴る。

背筋に冷たいものが走った。


(あの目……飲み込まれてしまいそう……)


その深く冷たい瞳に、穂花は飲み込まれてしまうような、錯覚を覚えた。


その空気を取り払うかのように、水川の声が響いた。


「先日話していたでしょう?私たちのお店の立て直しに協力して下さる、美容コンサルタントの高城くんです」


いつもの水川の明るく澄んだ声に、穂花は心からほっとした。


(一緒に並んでいると……)


水川と高城の、二人の顔を見比べた。


(まるで両極端にいるみたい。同じ大学でお互いの名前も知っているくらいだから、交流はあったのかなぁ……)


(二人が並んで話していた姿なんて、想像できないけど……)


水川が光ならば、高城は影――。

それが穂花が受けた第一印象だった。


その時――。

ふと、穂花は後ろからの視線を感じた。


(ん……?)


振り返ると、西野は食い入るように、ただ一点を見つめていた。

少し口を開き、頬を赤らめ、うっとりとした表情を浮かべていた。


(西野さん……?何をそんなに見てるの?)


穂花は、西野の視線の先を目で追った。


視線の先。そこには――。

あの、高城優馬がいた。


(西野さんっ……!?高城さんのこと見てるの!?)


再び西野に視線を移した穂花。

あれだけ見つめていたにもかかわらず、西野は穂花の視線にも気付いていないようだった。


「明日から早速うちに来ていただくから。みんなよろしくね」


水川の明るい声が響く。

 

「はいっ!よろしくお願いします!」


西野は驚くほど大きな返事をした。


(西野さん……)


「……よろしくお願いします」


西野の勢いに半ば押されながら、穂花は小さく返事をし、頭を下げた。

 

西野とは対照的に、穂花は胸の奥に言葉にできない違和感を抱いていた。


(この人……本当に美容コンサルタントなの……?)


一方、西野は嬉しそうに顔をほころばせていた。



 


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


挨拶を終えた高城優馬は、そのまま静かに『Luna Sana』を後にした。


扉が閉まった瞬間――。

真っ先に口を開いたのは、西野だった。


「先輩っ!見ました?すごくかっこよかったですね!」


今にもその場で飛び跳ねそうなほど、その声は明るく弾んでいた。


「そう……ね」


穂花はそんな西野の様子に、ただ戸惑うことしかできなかった。


(確かに、かっこよくはあったけど……)


「生、高城様は最高でしたっ!」


西野はさらに目を輝かせた。


「え……。生? 様?」


戸惑う穂花を見て、西野は驚いたように目を丸くした。


「もしかして先輩……知らないんですか?」


「え? 知らないって何が?」


西野の言っている意味が分からない。


「あの、高城優馬ですよ?」

 

「え? えっ……?」


穂花は困惑したまま、西野を見つめた。

西野が何が言いたいのか、穂花にはさっぱり理解できなかった。


「穂花ちゃんは、あまりテレビとか見ないから……」


二人のやり取りを見ていた水川が、そっと口を開いた。


「え――?!あの高城優馬様を知らないなんて、有り得ないですよー!」


そう言うと、西野はバックヤードに早足で向かった。

そして戻ってきた西野の右手には、スマートフォンが握られていた。


「見てください!この人です!」


差し出されたスマートフォンの画面には、


『高城優馬、独占インタビュー!』

の見出しが大きく表示されていた。

 

その横には、静かに微笑む高城優馬の写真が添えられていた。


(え……?あの高城優馬……?)


「先輩!スクロールして読んでください!」


西野に促されるまま、穂花はスマートフォンをスクロールしながら記事を読み進めた。


そこには、高城優馬の美容コンサルタントとしての活躍や、それを賞賛の声が書き連ねられていた。


高城優馬――。

 

倒産寸前だった会社を立て直し、上場企業へと成長させた。

売上に伸び悩む企業へ的確な助言を行い、大きな収益を生み出す企業へと導いてきた。


高城によって倒産の危機を乗り越え、成功を収めた企業の事例が、いくつも紹介されていた。


「……すごい」


読み終えた穂花は、思わず言葉を漏らした。


「すごいでしょー?すごい人なんですよ、高城優馬様は!」


西野は胸を張って鼻を鳴らし、なぜか自分のことのように誇らしげだった。


「テレビや雑誌でも、よく特集されてるのに、高城様を知らないなんて、ありえないですよー!」


「なんか、ごめん……」


(そんなに有名な人だったなんて……。でも、こんなすごい人なら、今の『Luna Sana』を救ってくれるかもしれない……)


西野はくるりと穂花に背を向け、水川を見つめた。


「店長っ!あの、高城様とお知り合いだったんですね!」


西野の瞳は、キラキラと輝いていた。


「大学の時の後輩でね。何度か話した程度よ」


水川は苦笑いを浮かべた。

興奮を隠しきれない西野の様子に、わずかに戸惑っているようだった。


「未来ちゃん……そんなに高城くんが来るのが嬉しかったの?」


水川の問いかけに、未来はさらに目を輝かせた。


「はい!以前テレビで見てから、ずっといいなって思ってて……。今も高城様が出演された番組は録画してますし、雑誌も切り抜いて、大切に保管してるんですよ!」


 (そこまで――!?)


「未来ちゃん、変わってるわね……」


水川の言葉に、穂花も思わず頷いた。


世間一般なら、憧れるのは芸能人ではないだろうか。けれど未来は、一人の美容コンサルタントに夢中になっている。


(いくら有名でかっこいいとはいえ、芸能人より美容コンサルタントを選ぶなんて……。西野さんって不思議だわ)


それから――。

 

穂花は、今日から働こうとする水川を、半ば強引に説得して帰らせた。

水川は不服そうに頬を膨らませていたが、それでも最後は素直に帰っていった。


(とにかく明日から……)


(明日から、すべてが始まるわ)


穂花は静かに、その変化の足音を感じていた。


 

 



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