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『Luna Sana』で会いましょう~私、最悪なコンサルタントと恋をしました~  作者: 亜久美 圭


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10/24

最悪なはじまり

「みんな……おはよう。休んじゃって本当にごめんなさい。そして私がいない間も、お店を守ってくれてありがとう。今日からまた、よろしくお願いします」


店長の水川は、穂花と西野に深々と頭を下げた。


水川の顔色はすっかりよくなり、いつもの穏やかな笑顔が戻っていた。

その姿を見て、穂花は心から安堵した。


「店長が元気になられてよかったです」

 

短い言葉だったが、その一言には水川を思いやる穂花の気持ちが込められていた。


「店長、私、頑張ります!」


隣にいた西野も、その想いに重ねるように、真っ直ぐ力強く答えた。


「ありがとう」


水川はにこりと微笑んだ。

その笑顔に、穂花の胸は、じんわりと暖かくなった。


(だけど……)


穂花は、ふと水川の後ろへ視線を向けた。


そこには――

まるで黒い影のように、すらりとした長身の男が、立っていた。

 

穏やかな笑顔を浮かべる水川とは対照的に、男の周辺には、どこか近寄りがたい静かな威圧感圧が漂っている。


高城優馬だ――。


(店長の後ろの方が、すっっごく気になるんですけど――!)


だが、同じスタッフの西野は何も気にしていない様子だった。

むしろ心酔した眼差しで、高城を見ている。


(西野さん……)


その様子に、穂花は思わず苦笑いを浮かべた。


(高城さんがなんだか不気味に感じるのは……私だけなのかしら……)


「今日から高城くんには、お店の経営に入っていただくから、二人ともよろしくね」


「はい……」

「はいっ!」

 

二人の返事が重なった。

穂花は静かに頷きながら答える。

一方で西野は、目を輝かせながら期待に満ちた声で答えていた。


「じゃあ、それぞれ自己紹介してくれるかしら。まず穂花ちゃんから……」


水川に促され、穂花は姿勢を正すと、真っ直ぐ前を見据えた。


「佐倉穂花です。二十七歳です。セラピスト歴五年になります。よろしくお願いします」


言い終えると、穂花は小さくお辞儀をした。


「穂花ちゃんはね、この『Luna Sana』の看板娘なのよ。最近は穂花ちゃんを指名してくださるお客様も増えてきてね」


水川は嬉しそうに、高城へ話しかけた。


「店長、看板娘だなんて、やめてください……」


穂花は照れたように首を横に振った。


それは、ただの謙遜ではなかった。

穂花自身、本当にまだまだだと思っていたからだ。

 

確かに最近では、指名していただけるお客様が増えてきた。

それでも、水川を慕い、指名するお客様の数には、まだ遠く及ばない。

なにより、水川の技術の高さを、穂花は誰よりも知っていた。


「……そうですか」


高城は、その表情を崩さなかった。

ただ静かに前を見つめていた。


(この人、大丈夫なの……?)


高城の反応に不安を覚えていると、隣にいた西野が、一歩前へ出た。


「はい!私、西野未来と言います。二十二歳です。よろしくお願いしますっ!」


西野の明るくハツラツとした声が響く。

しかし、やはり高城は表情を変えなかった。


「……」


高城からの返事はない。

ただ真っ直ぐ、静かに西野を見ていた。


その様子に、水川が気づく。


「高城くん……?どうしたの?」


水川が不思議そうに、高城の顔を覗き込んだ。


「いえ……佐倉さんのように、セラピスト歴などを含めた自己紹介を待っているのですが」


その瞬間、西野の表情が固まった。

先ほどまでの明るい笑顔は消え、戸惑いの色が浮かぶ。

その場に、張り詰めた空気が流れた。


「高城くん……。未来ちゃんは、まだうちに来て半年くらいなの。だからまだ勉強中で、施術はしていないのよ」


「半年……ですか」


高城の視線が、ゆっくりと西野へ向けられた。

西野はさらに表情を強ばらせ、その場に立ち尽くした。


そして――。

高城の形のよい唇が、ゆっくりと開く。


「西野さん……あなたは約半年もの間、何をしてきたんですか?」


感情のこもらない平坦な声が、静かに店内へ響いた。

 

西野の肩が、小さく揺れる。

その場に、ひやりとした空気が流れた。


西野は俯き、握った拳をさらに強く握りしめた。

その様子に、穂花は思わず声を上げた。


「西野さんも、早く一人前になれるように、練習を頑張っているんですよ」


高城は、小さく息を吐いた。


「……半年も時間があれば、すでにセラピストとして現場に出ていてもおかしくありません」


確かに、研修を終えた後、すぐにお客様の施術に入る店もある。

 

だけど――『Luna Sana』は違う。

 

お客様一人ひとりに寄り添った施術をするために、確かな技術を身につける時間が必要なのだと、水川は西野にも伝えていた。


「高城くん。うちではね、ある程度の技術を身につけてからでないと、お客様の施術は任せていないの」


水川の言葉に、高城はさらに言葉を続けた。


「言いたいことはわかります。ですが、西野さんの様子を見ていると、それに甘えているような気がしますね」


「甘えている?」


穂花は思わず言葉を漏らした。


「えぇ……。まず身なりです。その化粧とアクセサリー、必要ですか?」


高城の言葉に、穂花は言い返せなかった。

 

確かに、西野はピアスをし、ネックレスも身につけている。

そして化粧も、涙袋やラメを使った今流行りの若者メイクだった。


「それは……これから施術に入ったら変えていくわよね、未来ちゃん」


水川は西野に目線を向けた。


「あ……」

 

西野が何か言おうと口を開いた、その時――。

それより先に、高城の声が響いた。


「今の状態に甘えているから、そのような身なりになるのではないですか?」


高城の言葉が、容赦なく西野に突き刺さった。

 

そして――。


「西野さんはここのスタッフとして、本気でやる覚悟はあるのですか?」


容赦なく重ねられる言葉に、西野の身体はわずかに震えた。

その瞳には、涙が浮かんでいる。


(いくらなんでも、そこまで言うなんて……)


穂花が口を開こうとした、その時だった。

再び、高城が前を見据えたまま口を開いた。


「あと、もう一つ気になることがあります」


高城は静かに続けた。


「言葉遣いです。皆さん、私たちはお客様から見られている立場ですから、敬称は統一しましょう。まず水川店長は、スタッフを名前で呼ぶのはやめてください」


水川は一瞬、動きを止めた。

そして申し訳なさそうに俯く。


「はい……ごめんなさい」


高城はそれ以上何も言わず、静かに口を開いた。


「今日は皆さんの仕事ぶりを見せていただきます。よろしくお願いします」


その言葉とともに、さらに張り詰めた空気が広がった。

穂花は小さく息を飲んだ。




┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


朝の準備を終えたあと、穂花はある異変に気づいた。


(――西野さんがいない)


穂花は慌てて水川に尋ねた。


「店長、西野さんは……?」


「え?さっきまでスタッフルームの方にいたわよ」


穂花は急いでスタッフルームへ向かった。


(嫌な予感がする……)


スタッフルームを覗いた瞬間、穂花の身体が固まった。


(いない……)


穂花は、施術室、化粧室と店内をくまなく探した。

だが、やはり西野の姿はなかった。


(西野さん……)


穂花は店の外に出ようとした、そのとき――。

その様子を見ていた高城が、声を掛けた。


「佐倉さん、どうかしましたか?」


思わず、穂花の声が大きくなる。


「西野さんがいないんですっ!」


高城は一瞬目を見開いた。

そして、静かに息を吐いた。


(何?そのため息……)


穂花の足が止まった。

 

「勤務時間中だというのに……仕事放棄ですね」


呆れたように言い放つ高城の態度に、穂花はいら立ちが隠せなかった。


(あなたが、あんな責めるような言い方をするからでしょ!)


「やる気のない方は、放っておきましょう」


(やる気がないって……)


穂花は、込み上げるものを抑えられなかった。


西野は確かに、まだお客様の施術に入ったことはない。

技術も経験も、これから身につけていく段階だ。

 

それでも――。

『Luna Sana』の悪い噂が流れた時、誰よりも早く気づき、知らせてくれた。


そして、水川が倒れた時も――。

誰よりも水川を心配し、お店の危機に本気で向き合っていた。


「西野さんは『Luna Sana』の大事なスタッフです!放っておくなんてできません!」


穂花は真っ直ぐな眼差しで高城を見つめた。

そして、そのまま店を飛び出した。


「まったく……」


背後から高城の声が聞こえた。

それでも穂花は振り返らず、そのまま外へ駆け出した。


(西野さん……)


穂花は左前方へ視線を走らせる。


いない――。


すぐに右へ――。

 

すると、数メートル先に見慣れた後ろ姿があった。


「西野さんっ!」


穂花は部屋履きのまま、西野の背中を追って駆け出した。






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