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『Luna Sana』で会いましょう~私、最悪なコンサルタントと恋をしました~  作者: 亜久美 圭


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11/23

新たな嵐

「西野さんっ!」


穂花は部屋履きのまま、西野の背中を追って駆け出した。


そして――。

西野の腕を掴んだ。


「え……」


西野は驚きの表情で振り返った。


「佐倉……先輩……」


その瞳には、驚きの色とともに涙が滲んでいた。

穂花は胸がきゅっと締めつけられた。


乱れた息を整えようと、穂花は何度か深く息を吸った。


「西野さん……大丈夫だから……。戻ってきて……」


まだ息が上がっている。

それでも穂花は、言葉を続けた。


「あなたがどれだけお店のこと、店長のことを考えてくれているかわかってるから……。大丈夫、一緒に頑張ろう」


穂花は真っ直ぐに西野の目を見つめた。


その言葉に嘘はなかった。

確かに見た目や言葉遣いは、十分とは言えないかもしれない。

でもそれは、『Luna Sana』にいながら学んで変えていけばいい――。


穂花はそう思っていた。


西野は目を伏せた。

そしてゆっくりと口を開いた。


「……先輩、ごめんなさい……」


それから西野は、穂花に掴まれていた左腕をゆっくりと引き抜き、下ろした。


「……あの人の言う通りです。私……このままじゃだめなんです」


「西野さん……」


穂花は、西野の腕を掴んでいた右手を、そのまま宙に残した。


「心配していただいて、ありがとうございます。でも……少し時間をください」


西野はそう言うと、目を伏せたまま小さくお辞儀をした。

そして、くるりと背を向け、歩き出した。


「西野さん……」


重い空気がその場を支配する。

穂花は、再び西野の手を取ることができなかった。


(これ以上……西野さんに、何も言ってあげられない)


(自分の不甲斐なさが嫌になるわ……)


穂花は、少しずつ小さくなっていく西野の背中を、ただ静かに見守ることしかできなかった。






┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


穂花は重い足を引きずるように『Luna Sana』に帰ってきた。

そして扉を開けると――。


「穂花ちゃんっ!」


水川が勢いよく駆け寄り、穂花の帰りを待っていた。


「……西野さんは?」


店長の問いかけに、穂花の肩が一瞬ぴくっと揺れた。

握った拳に、ぎゅっと力が入る。

そして、目を伏せたまま、重い口を開いた。


「……いました。けど……止められませんでした……」


「そう……」


水川は悲しげな表情を浮かべた。


その時、水川の後ろにいた高城が、腕を組んだまま小さくため息をついた。

 

そして――。


「……名前」


静かに呟いた。


水川はその言葉に気付き、はっとした表情で顔を上げた。

そして、自らの口元に両手をあてながら、


「ごめんなさい……」


と、小さく呟いた。


そんな水川に、高城は呆れたような視線を向けていた。


(今はそれどころじゃないでしょう!あなたのせいで西野さんがいなくなったのに)


穂花の胸には、強い思いが湧き上がっていた。


何も感じていないかのような高城の態度が、腹立たしかった。


「開店の時間ですよ。みなさん、各自仕事に就いてください」


高城はそう言うと、二人に背を向け歩き出した。


(高城優馬……)


穂花はその背中を、ただ静かに見つめていた。


「穂花ちゃん……」


水川が穂花の耳もとで、小さく話しかけた。


「未来ちゃんはきっと大丈夫よ。彼女を信じましょう……」


そう言うと、水川はにこりと微笑んだ。


「店長……」


優しい水川の表情に、穂花は一瞬目を潤ませた。


だが、前を行く高城の足がぴたっと止まった。


「水川店長……」


背を向けたまま、高城が呟く。

 

水川はぴくっと身体を揺らした。

下の名前で呼んでしまったことに気づいたのだ。


「ごめんなさい……」


水川はしゅんとした様子で、小さく身体を丸めた。

そして穂花も、潤ませていた瞳が一瞬で乾いてしまう。


(私、本当にこの人の元でやっていけるの……?)




┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


それから――。

入口にオープンの札を貼り、『Luna Sana』は営業を始めた。


予約いただいているお客様は、わずか三名。変わらず厳しい状況だった。

それでも穂花たちは、その三名のお客様一人ひとりに、今の『Luna Sana』ができる最高のもてなしと技術で、心を込めて接客にあたった。


(今の私たちができること……西野さんの分も私たちが頑張らなきゃ……)


穂花の頭には、ずっと西野のことがあった。

別れ際に見た彼女の姿が、忘れられなかった。


(でも今は、仕事に集中しないと……)


穂花と水川は、自分たちにできることを、ただ淡々とこなしていった。

 

その姿を、高城は少し離れたところから、お客様に気づかれないよう、静かに見ていた。

穂花も時折、高城の様子をちらりと確認しながら、黙々と作業をこなしていった。


(今はあんな人のことなんて、気にしていられないわ)


そして――。

 

無事にお店の札を外し、一日を終えることが出来た。


「皆さん、お疲れ様でした」


穂花と水川は、高城と向き合っていた。

緊張が走る。


「今日はどのようにお店を運営しているのか、見させていただきました」


静かに、表情を変えず話す高城。


「お二人の接客は、お客様に寄り添うもので、素晴らしかったと思います」


その言葉に、二人の強張っていた表情が、ほんの一瞬だけ緩んだ。


「ですが……」


すぐに厳しい言葉が続く。


「改善点も多くありました。施術中、こちらのメニューを拝見させていただきましたが、この価格設定は……あり得ませんね。まるで利益を出さないために組んだとしか思えないです」


水川の瞳が揺れた。


「で、でも……お客様の負担にならないくらいを考えて……」


水川の言葉を、高城がピシャリと否定する。


「いくらお客様のためでも、これで赤字になったら元も子もありません」


水川は言い返すことができず、小さくうなだれた。


確かに『Luna Sana』の価格設定は、この地域ではおそらく最安だろう。

それは穂花自身も、以前から気になっていたことだった。


「まず、一度全ての価格を見直しましょう。二日後、私が提案したものをお持ちしますから、水川店長は確認をお願いします」


「分かりました……」


「あと、皆さん、余計なトークが多すぎます。そのせいで、施術が終わった後も、長く居座る方ばかりです。時間は限られていますから、必要なことだけを話して、時間内にお帰りいただきましょう」


(余計なトーク……)


穂花は思わず身を乗り出し、口を開いた。


「ですが、その後の予約は入っていないですし、少しくらいゆっくりしていただいても……」


高城は、穂花を冷やかな目で見つめた。


「今はそうでも、予約が入るようになったら無理なのではないですか?今のうちから、お客様には分かっていただくようにするべきです」


穂花は反論が出来なかった。

 

確かに、今はこの騒ぎで予約も少なく、一人ひとりにかけられる時間は十分にある。

だが、それが改善されたら――。

それほど広くない店内では、次のお客様に影響が出てくるかもしれない。


「……分かりました」


穂花は、そう言うしかなかった。

 

だけど心の中では、どこかで反論している自分もいた。

 

人はそれぞれ違う。

そう機械みたいに、時間が来たら次、また次とできるのだろうか。


(言われていることは分かる……けど、私はお客様一人ひとりに寄り添った接客をしたい)


それでも、納得できていない自分がいた。


「では、今日はここまでにしましょう。また二日後来ますから、よろしくお願いいたします」


そう言うと、高城は静かに帰っていった。

 






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