揺れる心
「佐倉さん……大丈夫ですから……」
高城は、額に触れた穂花の手を離そうとするが、穂花は構わず、その手を自分の肩に回した。
「佐倉さんっ?」
高城は目を見開き、驚きの声を上げた。
だが、穂花はそんなことなど気にも留めなかった。
「店長……ベッドの用意をお願いします。西野さんは、替えになりそうな服とタオルを持ってきて」
穂花は的確に指示を出した。
「わ、わかったわ」
「分かりました」
戸惑いながらも、二人は穂花の指示に従い、すぐに動いた。
「行きましょう、高城さん」
すると、高城が穂花に顔を向けた。
向けられた視線には、穂花の行動を拒む強い意志が滲んでいた。
「余計なこと、しないでください。仕事で来ているんですから……」
(この人は……)
高城の強い拒絶を無視して、穂花は前を向いた。
「仕事って、ここだけじゃないでしょ? うちは大丈夫ですから、今は休んでください」
穂花は高城を支えるようにして、歩き出した。
高城は何か言いたそうだったが、黙っていた。
そして二人は、水川が準備している部屋へ向かった。
二人で歩いていると、高城の吐息が聞こえた。
すぐ傍にいるからこそ分かる。いつもと違う高城の様子。
その吐息は、僅かに深く、荒く、そして苦しそうだった。
そして、施術用の部屋に入ると、すでに準備を終えていた水川とともに、高城を静かにベッドへ腰を下ろさせた。
そこへ、西野が勢いよく扉を開けて入ってきた。
「先輩!着替えとタオル、持ってきました!」
「ありがとう」
穂花は、西野から着替えとタオルを受け取ると、高城に言った。
「脱いでください」
「は?」
高城は目を丸くし、穂花を見た。
だが、穂花はそんな高城の驚いた様子も気にすることはなかった。
「早くしてください。このまま濡れたままだと、ますます悪化しますよ!」
穂花は少し語気を強めた。
その迫力に押されるように、高城はスーツのジャケットのボタンに手をかけた。
一つ一つ、ゆっくりとボタンを外していく。
そして、高城はジャケットを脱いだ。
穂花はそれを受け取りながらも、
「シャツとズボンも脱いでください」
と言った。
高城は、改めて穂花の顔をじっと見つめた。
そして――。
チラリと、奥にいる水川に視線をやると、すぐに目を逸らし俯いた。
(……?どうしたんだろう?)
その様子を不思議に思った穂花は、高城の横顔を見つめた。
すると――。
顔が赤い。
熱のせいで赤くなっているようには見えなかった。
よく見ると、耳も僅かに赤くなっている。
(まさか、ね……)
穂花は一瞬、ある考えが頭をよぎったが、すぐに打ち消した。
今は、それどころでは無い。
高城を休ませることが優先だ。
「……わかりました。私たちは出ていきますから、こちらに着替えてください。着替え終わったら、呼んでください」
そう言うと、穂花と水川は部屋を出た。
先にドアの前で待っていた西野が、穂花を見て言った。
「先輩、何で体調が悪いって分かったんですか?」
穂花が答える前に、水川が口を開いた。
「佐倉さんはね、昔は身体が弱くて、よく熱を出していたらしいの。だから人一倍、周囲の体調の変化に気づけるのよね?」
水川は同意を求めるように、穂花を見つめた。
穂花は小さく頷き、答える。
「頬に僅かに赤みが見えたのと、肩で息をしていたように見えたので……」
西野は大きな瞳をさらに大きく開いて、驚きの表情を見せた。
「わぁ!先輩、凄いですね!あんな一目見てわかるなんて。店長は気付かれました?」
西野はそう言って、水川に視線を向けた。
「ううん、さすがに私も、すぐには分からなかったわ。さすが佐倉さん。よく周りを見てるわね」
穂花は、少し照れたように俯いた。
「……ただ私が、身体が弱かったので……。体調の変化に敏感になっているだけなんです」
「それを自分だけでなく、周囲の人達もよく見て迅速に動けるなんて、なかなかできることじゃないわよ。もっと胸を張らなきゃ」
水川は笑顔で、穂花に言った。
「ありがとうございます……」
嬉しかった。
穂花は照れたように笑った。
その時だった。
「――着替え終わりました」
高城の声が聞こえた。
穂花はすぐに気持ちを落ち着かせて、水川に言った。
「店長、体温計はありますか?」
「あったと思うけど……ちょっと探してくるわね」
そう言うと、水川はその場を離れた。そして、西野にも声をかける。
「お水持ってきてくれる? あと熱さまシートも。もしなかったら、買ってきてほしいの」
「分かりました!」
西野もまた、すぐに動いた。
穂花は、高城の居る部屋の扉を見つめた。
トントン――。
2回、ノックをする。
「佐倉です。入りますね」
そして扉を開けると、白いガウンに包まれた高城が、ベッドに腰をかけていた。
腰紐をしているが、その合わせ目から高城のしなやかな肉体が覗いていた。
細身ながらも、筋肉質。
がっしりとした肩、男性的な、くっきりと浮き出た喉仏。
ガウンから覗く足は、足首がきゅっと引き締まり、ふくらはぎには筋肉の線が浮かんでいる。
いつものスーツ姿からは想像できなかった高城の姿に、穂花の鼓動が大きく高鳴った。
(頬が熱い――)
穂花は目を伏せた。
(男性の肉体を、初めて見るわけじゃないのに……)
高城の姿は、他の誰とも違っていた。
綺麗だと思った。
動揺を隠すように、早口になりながら、高城に言った。
「す、すみません。女性用しかなくて。一番大きなサイズを用意したのですが……」
「いや、構わない」
高城は平静を装っていたが、やはり頬は赤みが差し、呼吸も苦しそうだ。
「服、預かりますね」
そう言って、穂花は高城から服を預かろうと左手を伸ばした。すると――。
「……っ」
高城は、その手を強く掴んだ。
穂花はあまりの強さに、思わず声が漏らした。
「なっ、何するんですか?!」
すると高城は、その手を掴んだまま、まるで睨むように穂花を見つめた。
(な、何っ?何なの?)
「離してください!」
穂花はその手を払いのけようとするが、振りほどけない。
そして、高城はゆっくりと口を開いた。
「……仕事の邪魔をしないで欲しい」
(仕事の邪魔?)
「俺は大丈夫だから……」
俺――。
いつもは丁寧な言葉を使う高城だが、熱のせいか、それとも本気で怒っているからか――今の高城は、素の高城に見えた。
だが、どちらにせよ関係ない。これだけ辛そうなのに、まだ仕事をしようとしている高城。
それが無性に腹が立った。
「これだけきつそうにしてるのに、誰が大丈夫ですかっ!」
穂花の語気はさらに強くなる。
「全くもって大丈夫じゃないですよ。熱あるし、呼吸も乱れてるし」
さらに続ける。
「仕事の邪魔? あなた美容コンサルしてるんでしょ!人に教える前に、まず自分の健康管理が大事なんじゃないですか? だいたい――」
もう、止まらなかった。
「無理して悪化して倒れたりでもしたら、私たちも責任感じますもん!私たちにも迷惑をかけるって分かってます? 自分だけが我慢すればいいって、それ、間違ってますから!」
一気に全てを吐き出した後、穂花ははっと我に返った。
高城は手を掴んだまま、呆気にとられたように穂花を見つめていた。
(しまった! いいすぎたっ)
その時――扉をノックする音が聞こえた。
高城は、穂花の手を離した。
静かに扉が開かれる。
水川と西野だった。
「体温計持ってきたわよ」
「先輩っ!お水と、シート、買ってきました」
二人が室内に入ると、水川は体温計を、そして西野は水と熱さまシートが入った袋を見せた。
「……ありがとうございます」
穂花は、高城が持っていた濡れたシャツとズボンを、奪うように受け取った。
「じゃあ、私、乾燥機かけてきますから……。あとはお願いします」
そう言うと、穂花は表情を悟られないよう俯いたまま、静かに部屋を後にした。




