もう一つの過去
ふと、水川が西野に声をかけた。
「あの頃は、未来ちゃんも荒れてたもんね」
ふふっと小さく笑いながら話す水川。
その言葉に、穂花は目を見開いた。
「え? あの時って……。店長は、その頃から西野さんのこと知っていたんですか?」
すると、西野が慌てたように口を開いた。
「わっ、ちょっ、店長――!言わないでくださいよ!あの時の私は黒歴史ですから――」
俯き、照れくさそうにしている西野。
耳まで真っ赤になっている。
「いいじゃない。過去は過去。今はこんなに笑顔が素敵になったんだから」
水川は、にっこりと微笑んだ。
「もう……店長――」
西野はますます恥ずかしそうに、身体を小さく丸めた。
(店長と西野さんが、そんなに前からの知り合いだったなんて――)
穂花にとっては、意外な話だった。
その頃の西野は、十七歳。高校生だった。
西野が『Luna Sana』で働き始めて、まだ半年ほど。
ということは、その五年ほど前に、水川と西野は出会っていたのだ。
五年前――。
それはちょうど、穂花が『Luna Sana』に初めて足を踏み入れた時だった。
「あれから五年も経つのね。ちょうど穂花ちゃんが、初めてうちに来てくれたのも、その時だったわね」
水川は、感慨深げに目を細める。
「最初に満身創痍で穂花ちゃんが現れて……、そのすぐ後に、お店の前で行き倒れになっていた未来ちゃんを見つけてね……」
「行き倒れっ!?」
穂花は驚きの声を上げた。
「夏の暑さとストレスで、店の前に倒れていたのよ」
微笑みながら話す水川だったが、その内容に驚いた穂花は、勢いよく西野へ顔を向けた。
西野は恥ずかしそうに顔を背けた。
「あの頃は、両親の仲がすごく悪くて、毎日喧嘩ばかりしていて……。私も家に居づらくて、ずっと外でフラフラしてたんです……」
恥ずかしそうに、西野は小さく答えた。
「あの時は色々あったわよね。でも、こうして元気になってよかったわ」
水川は、西野に優しく微笑んだ。
「あの時は、本当にありがとうございました。介抱していただいて、たくさん話を聞いていただいて。あの日、水川店長にお会いして、私、救われたんです」
「そんな……大袈裟よぉ」
水川は照れくさそうに笑った。
すると、西野は真剣な表情で言った。
「だから私は、水川店長のいるこのサロンで働きたいと思ったんです!だから……私が変えられるところは変えていきますから、これからもよろしくお願いします」
西野はそう言うと、深く頭を下げた。
「ありがとうね」
水川は、柔らかな表情を見せた。
その表情は、西野の気持ちを受け止め、その言葉を静かに噛み締めているようだった。
(西野さんと、水川店長……)
二人の姿を、穂花は黙って見つめていた。
素敵だと思った。
綺麗だと思った。
二人の関係が、とても尊いものだと、穂花は思った。
(そして私も……)
二人の切れない縁と絆。
それは、穂花自身にも重なった。
(私も、水川店長に救われた一人)
やはり、気持ちは同じだった。
(私たちは、同じ時期に出会ったんだ)
『Luna Sana』を守りたい。
『Luna Sana』で働きたい。
店長――水川沙苗のもとで、一緒に働きたい。
同じ時期に出会い、同じ想いを抱いて働いている。
そう穂花は、改めて思った。
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閉店後、西野は元気に『Luna Sana』を後にした。
「明日からまた、お願いします!」
そう言い残して。
その目は、確実に前を向いていた。
(私もそうなりたい……。だけど……)
どうしても、高城のことが引っかかっていた。
西野の話を聞いても、まだ高城を信じられないでいる。
高城の、利益ばかりを追求するやり方に、ついていけない自分がいた。
そんな中、穂花は少し気になることがあった。
水川に尋ねてみる。
「高城さん……。美容コンサルタントですよね?西野さんのお父様の会社は、美容とは関係のない会社みたいでしたが……」
それは、西野が自身の父親について語っていた時のことだった。
西野は、父親が下請けの工場で働いていると言っていた。
高城優馬の肩書きは『美容コンサルタント』。
だから穂花は、その話を聞いた時から、どこか違和感を覚えていた。
すると、水川がゆっくりと口を開いた。
「高城くんはね、ずっと経営コンサルタントとして働いていたのよ。だけど、ここ二、三年かしら?急に『美容コンサルタントになります』って宣言しちゃったのよね」
経営コンサルタント――。
美容よりも、その方がよっぽど合っている。
穂花はそう思った。
「なんで急に、美容専門みたいになったんですか?」
「さぁ……理由は分からないの。本人が頑なに言わなかったそうよ。だから、今まで彼を頼りにしていた人たちからは、かなり惜しまれたみたい」
数字だけを見て、利益を追求する――。
経営を立て直すのであれば、当然のことなのかもしれない。
ただ、美容や健康のサロンは、そこに人がいる。
お客様とより近くで接し、心身に寄り添わなければならない。
高城には、経営コンサルタントのほうが向いているように、穂花には思えた。
(なんで急に美容の方に方向転換したんだろ?そんなに美容が好きでこだわりがあるという感じにも見えないし……)
穂花は、高城が美容にこだわる理由が、なんとなく気になった。
「次、高城さんが来られるのは、いつでしたっけ……?」
「四日後よ。それまでに頑張って売上を上げましょうね」
水川は笑顔で答えたが、穂花の表情は曇った。
「四日後……ですか……」
思わず、穂花の口から小さな息が漏れた。
それを見て、水川が笑う。
「こらこら、穂花ちゃん。そんなあからさまに顔に出してると、高城くんから睨まれるわよ」
「別にいいです、睨まれても……」
水川は、さらに大きく笑った。




