帰ってきた笑顔
高城の反応に、水川も少し戸惑ったように口を開いた。
「高城くんが提案した内容と、少し変えたんだけど……」
高城はすぐに口を開いた。
「ええ。いいと思いますよ。今回は諸経費のことも考えられています。そして、現場にいるお二人しか引き出すことができない施術内容ですし、他店との差別化もできています。私が口を出すところはありません」
穂花は、高城の言葉に驚きの表情を浮かべながらも、認められたことが素直に嬉しかった。
水川も、安堵の表情を浮かべていた。
(もしかして、この人……売上のことだけじゃなく、ちゃんと『Luna Sana』のことも考えてくれているの……?)
「あとは――」
続けて話す高城の声に、穂花ははっとして顔を上げた。
「前回お伝えした、お一人おひとりに合わせて調合するオリジナルのお茶の商品化の話ですが……」
商品化――。
その言葉に、穂花は再び表情を固くした。
(やっぱりこの人は、利益のことしか考えていなくて、私たちの想いなんて何も考えていないんだわ)
『Luna Sana』でお客様にお出しするお茶は、その時々の体調に合わせて配合したもの。
それを、お金が取れるからと商品化するなんて――。
(やっぱり、私はこの人のこと、好きになれない――)
「どうですか? そのことについては、お二人で話し合われましたか?」
高城の言葉に、水川は少し慌てながら口を開いた。
「まだなの。新しいメニュー作りに施術と、そのことでいっぱいいっぱいだったから……」
「……そう、ですか」
高城はため息混じりに答えた。
(だから、ため息……。一瞬でもよく思った私が馬鹿みたい)
穂花は、まっすぐに高城を見つめた。
高城は水川と話しているため、穂花の視線には気づいていなかった。
この人は、利益のことしか頭にない――。
穂花は改めてそう思った。
(確かに『Luna Sana』を続けていくためには、もっと売上を上げなくてはいけない。だから、お金のことも大切だけど、私は利益だけを求めるサロンにはしたくないの)
(私が救われたように、私もお客様を救うお手伝いをしたい――)
結局、高城とは相容れないのだと、その時の穂花はそう思っていた。
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高城は、午前中のうちに『Luna Sana』を後にした。
店内は、穂花と水川の二人きり。
水川は高城の背中を見送った後、ふと大きく息を吐いた。
それを合図に、穂花も全身の力が一気に抜けるのを感じた。
張り詰めた糸が緩むように、店内の空気も和らいでいく。
身体の力が、自然とほどけていく。
それは間違いなく、緊張が解けた瞬間だった。
「穂花ちゃん、お疲れ様」
水川は、ふわりと笑った。
水川の柔らかな笑顔に、穂花は心からほっとした。
「店長……名前……」
『佐倉』と、苗字で呼ぶと言っていた水川が、名前で呼んだ。
穂花は、そのことを指摘した。
水川は頬を緩ませながら口を開く。
「いいのよ。今だけ、ね。また明日から佐倉さんと呼ぶから、今日は許して」
いたずらっ子のように笑う水川は、まるで子供のようだ。
優しく温かい、慈愛に満ちた水川。
ただ時々、子供のように無邪気な顔を見せる。
それがまた、水川の魅力を引き立たせていた。
「私は名前で呼んでいただいた方が、嬉しいですけどね」
少し照れるように小声で話す穂花に、水川は嬉しそうに大きく口角を上げて笑った。
「ほんと? ありがとうね」
水川の嬉しそうな姿が、穂花には嬉しかった。
「さてと……お昼休憩にしましょ」
「はい」
その時だった――。
入口の扉が、大きな音とともに勢いよく開いた。
「え……」
穂花と水川は、突然の大きな音に驚き、扉の方を見た。
すると――。
そこには、意外な人物が立っていた。
「え……嘘……」
穂花はその人物を見て、思わず声を漏らした。
それは、穂花たちがよく知る人物。
少し懐かしく、そして今、一番会いたかった人――。
『Luna Sana』のスタッフ、西野未来だ。
「未来ちゃんっ!」
水川が声を上げた。
「西野さんっ!」
穂花もまた、声を上げた。
西野が『Luna Sana』に来なくなってから、既に二週間以上が過ぎていた。
その間、西野のことを一日たりとも考えない日はなかった。
まだ『Luna Sana』のスタッフになって半年あまりで、お客様への施術経験はなかったが、『Luna Sana』、そして水川への想いが誰よりも強いことを、穂花は理解していた。
その西野が、今、目の前にいる――。
そしてもう一つ。
西野の姿に、穂花と水川は目を丸くし、驚きの声を上げた。
「西野さん……その髪……」
穂花の言葉に、西野は照れくさそうに笑った。
「えへ……。黒くしました」
西野のふわふわと柔らかな髪は、明るめの茶色から、シックな黒へと変わっていた。
それだけではない。
それまでの西野とは、どこか雰囲気が違って見えた。
「なんか……メイクも、変えた?」
穂花の問いかけに、西野は頷いた。
そして、照れくさそうに笑みを浮かべながら、口を開く。
「接客業向きの落ち着いたメイクにしてみました。アクセサリーも、ほら、していないんですよ」
(確かに……)
穂花は改めて、西野の姿を見た。
いつものピアスもしていない。
そして、色を抑えた上品な大人のナチュラルメイク。
(これって……)
「以前、高城さんに指摘されて……自分なりに接客業向けのメイクや在り方を研究したんです!」
(高城『さん』……。以前は『様』と呼んでいたのに……)
「もしかして、この二週間ほどの時間は……」
「はい!自分を変えたくて、自分磨きの時間に使っていました。見てください、この髪色!やっと綺麗に色が入ったんですよ。なかなか入らなくて苦労しました」
笑顔で話す西野に、穂花は違和感を覚えた。
(高城に酷いことを言われ、そのショックで来られなくなったと思ってたけど、もしかして……)
穂花は、西野の顔色を窺いながら尋ねてみた。
「……高城さんに言われて、ショックで休んでいたんじゃ……」
「え?まさかっ」
西野は、ころころと笑った。
そして、ふっと我に返ったように身体を小さくした。
「あっ!あの時は先輩がせっかく訪ねてきてくれたのに、ごめんなさい。高城さんに言われた通りだと思ったんです。だから、まだ戻れない、変わらなきゃって……」
「そう……なのね……」
「心配していただき、すみません。ありがとうございます」
西野は、何度も小さく頭を下げた。
西野は、高城に言われたことがショックで、『Luna Sana』に来られなくなったわけではなかった。
むしろ、高城の言葉を受け止め、自分を変えようとしていた。
その事実が、穂花には複雑だった。
「どうですか?ニュー西野未来は。これからも『Luna Sana』で働けそうですか?」
西野は今の自分の姿を見せるように両手を下に広げ、にこりと微笑んだ。
「もちろんよ」
突然の水川の声に、穂花は振り向いた。
水川は、冷たいお茶が乗せられたお盆を手にしていた。
「店長っ!」
西野が叫び、瞳を輝かせた。
水川は、にこりと優しく微笑んだ。
「未来ちゃんは、これからもずっと『Luna Sana』のスタッフで、私の大切な教え子ちゃんだからね」
「ありがとうございますっ!」
西野は嬉しそうに笑った。
(私は、西野さんのことを大切といいながらも、全然分かっていなかったのかもしれない……)
穂花は、ちらりと水川を見た。
(あの笑顔……多分、店長は分かっていたんだ。西野さんが、これくらいのことで根を上げる人じゃないってこと……)
「私は、まだまだ未熟ね」
穂花は、ぽつりと呟いた。
「え?先輩、何か言いましたか?」
西野はきょとんとした顔で、穂花の顔を覗きこんだ。
「ううん、何でもないわ。西野さんがまた戻ってきてくれて嬉しい!一緒に頑張ろうね!」
穂花は目を細めた。
「はい!ビシバシ鍛えてください!」
西野は目を輝かせながら、いつもの明るい声を響かせた。
(これからは、三人でこの『Luna Sana』を守っていこう!)
そう心から誓った日だった。




