想いを形に
高城は、手にした資料を水川、そして穂花へと手渡した。
「こちらが今までの『Luna Sana』のメニューを元に、新しく組み直した施術と料金、そして施術時間に応じた人件費やその他の諸経費なども計算してみました」
「人件費……」
穂花の口から、思わず小さく漏れた。
(経費のことまでは考えてなかった……)
穂花は思わず息を呑んだ。
お店を経営するには、それなりのお金がかかる。
お客様に喜んでいただけるサービスは大切だ。だが、それにかかる経費や、店長の負担も考えなければならない。
(悔しいけど、あの人のいうことは当たってる……)
(お金が全てではない――。だけど、『Luna Sana』を存続させていくためには、そこまで考えないといけなかったのに……)
改めて現実を突きつけられ、穂花は力が抜けたように呆然とした。
「……佐倉さん、どうかしましたか?」
高城が穂花の異変に気付き、声をかけた。
穂花ははっと我に返って答えた。
「いえ、なんでもありません……」
高城の説明を聞きながら、穂花と水川は手にした資料に目を通した。
そこには、大幅に値上げされた価格が並んでいた。
(だけど――)
その価格に、穂花は思わず息を呑んだ。
(――ここまで値上げするのは、やり過ぎだわ)
全ての説明を終えた高城は、静かに目を伏せ、資料をテーブルに置いた。
そして――。
すっと顔を上げ、二人を見据えた。
「――以上です。何かわからないことや質問などありますか?」
すると、水川が口を開いた。
「高城くん……。『Luna Sana』のこと、真剣に考えてくれてありがとう」
その瞳は、とても静かで落ち着いていた。
「だけど、だいぶ価格を上げたのね……」
水川の言葉に、高城は答える。
「今までの価格から見たら、かなり値上げしたように見えますが、元々が低すぎたのです。こういったサロンでは、普通かと思います」
普通――。
『普通』とはなんなのか――。
(これは高級サロンの価格だわ。『Luna Sana』は、日頃頑張っている女性を応援し、癒すためのサロンなの)
(これだと『Luna Sanaのコンセプトから外れてしまう……)
穂花は、縋るような目で水川を見た。
(店長……)
穂花は反対して欲しかった。
だが――。
「……わかりました。だけどいきなりの値上げはお客様も驚かれると思うから……段階的にしてもらってもいい?」
水川の言葉に、穂花は言葉を失った。
(なんで……?)
(『Luna Sana』が求めているものとは違う。そのやり方は合わないって反対しないの?)
穂花は水川を見つめ続けた。
だが、穂花の想いとは裏腹に、水川は終始とても落ちついた態度だった。
(店長……どうして……)
高城は静かに水川を見た。そして――。
「……そうですね。既存のお客様もいらっしゃいますし、説明しながらお客様にも理解していただきましょう」
穂花の想いとは裏腹に、話は進んでいく。
月花茶の有料化。
メニューの大幅な値上げ。
(全てが利益を求めることばかり……。私、この人と一緒にやっていける自信がない)
その後も、話し合いは続いた。
だが、穂花は俯いたまま上の空で、その後どんな話をしていたのか、よく覚えていなかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「お疲れ様」
水川の声とともに、穂花の目の前にお茶――月花茶が差し出された。
リラックス作用のあるカモミールの香りが、ふわりと鼻を抜ける。
その香りに、穂花ははっと我に返った。
「あの人は……?」
話し合いが終わり、高城が席を立ったことまでは覚えている。
ただ、穂花がぼんやりとしているうちに、いつの間にか高城の姿は見えなくなっていた。
「さっき電話があって、会社に戻ったわよ。忙しい人よね」
水川がくすりと笑う。
穂花は勢いよく立ち上がり、強い口調で水川に言った。
「店長っ!本当にあのままでいいんですか?」
(あの人の言うことを聞いていたら、『Luna Sana』ではなくなってしまう――)
水川は静かに微笑んだ。
「……ありがとう。お店のこと、真剣に考えてくれて」
「店長……」
水川は少し目を伏せた。そしてまっすぐに穂花を見つめる。
「……高城くんにお願いしようと決めた時ね、彼の言うことは、なんでも聞こうと思ったの」
「なんでも……」
穂花は小さく呟いた。
水川は静かに頷く。
「だから覚悟はしていたわ。もし自分の想いと違うことを言われても、受け入れようって……」
水川は小さく苦笑いを浮かべた。
「だってね、私の理想や想いでやっていった結果がこれだもの。『Luna Sana』を続けていくため、あなたたちを守るためには、私もお店も変わらないといけないのよ……」
水川は少し寂しそうな表情を浮かべた。
「店長……」
穂花は、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
「だけどね……」
水川は拳を握り、両手を小さく掲げた。
「価格を上げたからには、それに見合う技術をお客様に提供していきたいの。施術時間はそのままにして、私たちなりの『Luna Sana』らしい特別な施術メニューを作っていきましょう!」
いつもの、優しい陽だまりのような水川の笑顔に、穂花はほっとした。
そして、固くなった心がほどけていくのを感じた。
「はいっ!」
穂花は元気よく答えた。
(やっぱり店長はすごい……)
「じゃあ早速だけど、これから高城くんが作ったメニュー表の内容をもとに、私たちセラピストの技術を加えてスペシャルなものにしていきましょう!」
「はい!」
それから穂花と水川は、施術の合間に話し合った。
フェイシャルのパック中に、リラックスできるハンドマッサージを加える。
フェイシャルに入る前には、首や肩の短時間マッサージを取り入れる。
決められた施術内容を変えるのではなく、その限られた時間の中で、お客様一人ひとりに合わせて内容を組み立てていく。
限られた時間の中で満足度を上げる方法を、二人で話し合っていった。
――様々な意見が飛び交う中、危機的状況でありながらも、穂花は充実感でいっぱいだった。
(やっぱり、私はお客様のことを考えて施術する、セラピストの仕事が好きだ)
穂花は改めてそう感じていた。




