134.〈砂痒〉星系内惑星系―7『Evil Eye―1』
『あ~、大体わかった』
天井面に投影された天気予報の気圧配置図みたいな図――以前に御宅曹長が〈ウィジャーマップ〉って言ってたヤツ? をジ~~ッと見つめていた村雨艦長が、ふいにそう呟いた。
艦長室内。
ほぼ中央に設えられてある大きなベッドに寝ッ転がりながらのことだった。
キングサイズって言うの?――とにかくデカいベッドの傍の専用席から、アタシはそんな様子を眺めていた。
従卒だか従兵だか――有り体に言えば、副長サン避けの肉の楯に任命されて、余計な仕事を増やされて……、
あんまり関係がなかった人たちにまで同情と哀れみが多分にこもった目で見られるようになって現在に至る。
中尉殿からは、ご自分のせいでもないのに、『ごめんなさい』と謝られたりして、仕事量も配慮して頂いた。
ホント、元凶を除くと、このフネに乗ってる、特に肩書き付のお偉いさんは、誰も常識人なんだと感心する。
が、現状をこうした張本人だけは知らぬ存ぜぬ何処吹く風で、そんな風に生きられたなら人生楽に違いない。
傍若無人、唯我独尊、我儘放題――そんなこんなもこのレベルにもなると、いっそ清々しささえ感じちゃう。
そして、アタシはそんな自己中人間のお付き。ワケわかんないし、疑問しかない。溜息しか出ない役どころ。
ま、要するに、身辺の世話、雑用をこなせばいいんでしょと、やってるうちに一通りの仕事はマスターした。
たとえば、『お茶』と要望されて、『緑茶』か『紅茶』か『珈琲』か――要求の品を瞬時に見定めるとかね。
最初は難しかったけど、まぁ、ツボをおさえる事さえ出来たら、案外なんとかなるって言うかなんと言うか。
もともと勘働きは良い方だったけど、どうもこのフネに乗ってから一段と冴えるようになったみたいで……。
って、それはいいのよ、今はいい。
それより何より、艦長よ。
それは、確かに今は勤務直じゃないけどサ、現在進行形でフネは累卵の危機(?)状態にあるワケなんだし、アナタはその最高指揮官でしょ?
副長サンをはじめ、みんな頑張っているのに、もぉチョっと、こぉ、なんか無いの?――そうも言いたくなるワケよ。絶対口にはしないけど。
それはまぁ、ウン、ひとの心の実際まではわからないよ? だから、ベッドの上にだらんと伸びて、でもってお菓子をボリボリ貪ってる姿が内心をそのまま反映しているって断定はできない。
胸の内にはスゴい葛藤をかかえていたり、懊悩してたりするのかも。
でもね、演技だって信じたいけど、でも、どうしても、事態に向き合う真摯さだとか危機感だとかが少しも伝わってこないのよねぇ……。
と、
そんなこんなで、つい溜息が漏れそうになってたら、
なんの前触れもなく艦長の顔がグルリ九〇度回転し、視線がアタシの瞳をひたと捉えた。
「深雪ちゃん、お茶」
言われて思わず跳び上がった。
「ひゃ!? は、はい。ただいま!」
ほとんど悲鳴な感じで返事をすると、部屋の片隅にある簡易キッチンまで足を飛ばしてた。
ヤバい! 危険! 退避!――そんな警報が、恐怖が、脳裏を染め上げ、溢れさせていた。
物語なんかの言いまわしで、『笑顔だけれど目がわらってない』とか表現があるじゃない? いま、目の当たりにしたのが、まさしくソレ。
艦長に覗きこむようにこちらを見られて胆が冷えた。瞬間的に血が凍ったというか、まるで蛇に睨まれたカエルみたいな気分にさせられた。
言いつかった仕事をすべく簡易キッチンまでダッシュしたのは、何をどう言い繕うまでなく逃げ――君子危うきに近寄らず的な逃走だった。
だって、メチャクチャ怖かったから。
ほとんど全自動的――意識とは無関係に身体がうごいてお茶の用意をととのえながら、アタシは今更ながらに額の汗をぬぐっている。
艦長室はとにかく広大で、アタシたち一般兵があてがわれてるタコ部屋と言うもおろかなベッドスペースなどとはまったく較べようもない。
さすがは軍隊、さすがは格差社会の右代表――常々、羨ましくも妬ましく思っていたものだけど、今だけはこのムダなくらいの広さがありがたかった。
(人殺しの目だ……)
ゾッとしながらそう思っていた。
根拠なんて無い。
直観だった。
〈カテゴリ七〉者としての勘?
そうかも知れないし、動物としての危機察知能力なだけかも知れない。
いずれにしても、目が合った瞬間、心臓が凍り、呼吸がヒュッと止まって、手足の先が冷たくなった。
だから、言いつかった用事をこなすのに、いつもだったら少なからずウンザリ気分がまじるところを、『助かった』――艦長から離れられる理由ができて安堵安心したのだった。
ついさっき、思わずポロッとアタシは独語した。
このフネに射撃管制波をあびせかけ続けている相手――即座に撃ってこなくても、それは攻撃の意思がないのではなくて、単に相手にとって都合の良い場所まで誘導しているだけのことではないか。
狩り場に着いた途端に、ズドンとやられるのではないか、って。
その呟きを聞きとがめた艦長は一笑に付した。
最初に照射を受けてから、今に至るまで相手の所在も動静も確認できてない。
仮に味方だっても、これまで見てきた〈砂痒〉星系の惨状からして血の気がのぼった挙げ句の同士討ち――その危険性もあるのでは? とのアタシの懸念を理由をあげて否定した。
多分、そこで気づかなければいけなかったんだ。
艦長の雰囲気の変化、というか、本性の発露に。
「……うん、うん、そぉそぉ。〈太陽〉に向けて飛ばした随偵だけどさぁ、こっちが進路を変えたから、結果、この近辺にいるんじゃないかって思うんだぁ。なんで、まぁちゃんの方でソイツを探して、見つけてほしいのよ」
かわいらしい絵柄の付いたカップにお茶を淹れ、ベッドサイドに戻ると艦長は〈纏輪機〉中だった。
『まぁちゃん』と言ってるところからして、話してる相手は狩屋飛行長のようだ。
「ウマいこと見っかったら即・報告ヨロ。でもって、並行して機動浮標の射出準備もヨロシクねン♪ 当然だけど、どっちも急ぐよ。ちょッ早だよ。これから楽しい楽しいモグラ叩きをはじめるからね~♡」
と言ったあたりでアタシに気が付き。
「や、アリガト♡」とお茶を受け取った。
その時に見た艦長の表情は、まさしく悪魔――可愛く、無垢で、冷たく、無慈悲なものだった。




