135.〈砂痒〉星系内惑星系―8『Evil Eye―2』
「ホレホレ、みぃゆき、深雪ちゃぁ~ん。もっと急いでハリアップ~♪ バシバシ鍵盤を叩いて文章を組んで、でもって、とっとと形象物を打ち出して~♩」
「は、はいぃ!」
「返事はいいから手を動かして~♫ 今この一瞬もみんなの命はアナタの手指に掛かってるぅ~♪」
「……! ……!」
なんか、もぉ、泣きそうだった。
(ふざけンなよ、チクショォ!)
く……ッ! と唇を噛みしめ、心中に相手を罵る。
妙ちくりんな節をつけて唄うように吐きちらかされる文句に急かされながら、アタシは必死に鍵盤を叩きつづけていた。
艦長からの命令で、動作内容をプログラムした形象物をフネから放出するために。
なんでアタシが!?
それは確かに、現状、艦長付の従卒なのではあるけれど、本来のアタシは主計科員。
でもって、そのどちらにしたってこんなの担当外じゃない?
船務科か飛行科員がやる仕事よね?
そうは思ったし、現在進行形で思っているけど、『今は非常事態だからさぁ。みんな忙しいのよ』と先回りして言われちゃったら仕方ない。
好んでヒマをかこってるんじゃないけど、仕事とも言えない仕事しかやることないのは事実だもんね。
子供艦長の身の回りの世話にしたって、形象物の準備にしたって、その点はまったく変わらない。
なにより命令は命令なのではあるし……。
腹の内はどうあれ、言われるままに、指示を現実にするしかなかった。
で、
ここで出てきた形象物。
それは、言うなら『信号機』――主として自船近傍にある他の航宙船に己の存在を告げるための表示装置を指して言う語。
煎じ詰めて言えば、フネとフネとが衝突するのを防止する、注意喚起の道具なの。
物自体はでっかい風船。
その内部に発光体と近距離系の通信機を封入してあるだけの物。
放出元の航宙船とは紐で繋がっていて、それで一定の距離、フネの外へと送り出される。
そして、漂遊しているその先で、指定された色、組み合わせ、順番、時間で閃光を発し、また、無指向性の電波を発振する。
周辺の空間状態もふくめ、いかなる状況にも対応できるよう、発振する『信号』は、直接的な『言語』ではない。
あくまでも『信号』であって、事前に広く取り決められた共通の認識――国際的な『約束事』にのっとり、それを受け取った側がその意味するところを『翻訳』する必要がある。
たとえば、閃光の演色がイエローだったら、『推進装置故障』
点滅がトン、ツー、トンなら、『救助求む』といった案配に。
めんどくさいとは思うけど、平文と言うか、『普通の』文章ですべてを賄おうとした場合、電磁波、重力その他の要因で通信状態が悪く、伝達途中で通信文が破損してしまうかも知れない。
インフォヴィジョンの画像が乱れたり、
ラジオの音声が雑音だらけになったり、
無線電話の通話がプツプツ途切れたり、
それと類似の現象が起きてしまうかも。
そんな事になったら言うなら虫食い状態となった受信文から原文を遡及し恢復、によって内容を把握する手間が発生するし、
なにより、その作業に手間ヒマかけても、一〇〇%確実に復旧できるとは限らない。最悪、ムリゲーで終わってしまうかも。
『普通の』情報伝達は、便利だけれどそのぶん脆弱でもあり万能ではない。
だから、宇宙空間作業者は、必須事項としてこの約束事――『信号』の読み書きが出来るよう最初の段階でたたき込まれる。
かく言うアタシも、宙免取得の時点で習ったし、教習の最後の方では実際に停泊している航宙船や運行中の雑役船が展開している形象物を読み取らされた。(もちろん、発振もやらされた)
なので、艦長に『やれ』と言われればそれは出来るワケなんだけど、
『今』、『何のために』やる必要があるのかが皆目わからないのよねぇ。
基本的に視認を中心とした信号なので、有効伝達範囲はせいぜい数十万から数百万キロ程度。
そんな、宇宙にあってはごくごく狭い領域を航行している航宙船に向け、注意を呼びかける。
言ってしまえば、声がとどく範囲にいる自動車にむかって演説って言うか、なんなら歌を歌っているようなもの?
ここまで言えば、アタシが困惑しちゃっている理由もわかるでしょ?
いろいろ説明してきたけれど、結局のところ形象物っていうのは、基本、停泊中とか、なにか異常が生じた、質量体や鏡化剤みたいな危険物が周囲に散乱している――そうした異常を付近に告知するため使うもの。
今みたいな非常事態――フネに乗り組んでいるみんなが目一杯忙しくしている非常事態にあつかうような代物じゃないのよね。
きっと、なにか思惑があるんだろう。
直前に見た、いっそ邪悪な顔からしてもきっとそう。
仮にそうじゃなくても、アタシは中尉殿をはじめの周囲から、気の毒がられている立場なもので、ただのKYな所業であってもアタシが叱責を受けることはない。
でも、自分がやってる……、やらされてることの意味がわからず、
見当違い感がどうにも否めないから困っているし、惑ってもいる。
ずっと困惑しながら口述筆記ならぬ、艦長の指示を打鍵している。
困って、惑う――すなわち困惑。
「ほらほら手許がまたお留守~♩ 明日を楽しくするため汗水たらして今働いてンだから、もっとマジメに気を抜くなぁ~♫」
あいもかわらず音符混じりなイミフ、のんきな指示がアタシの背中をせっせと叩く。
おかげでアスリートあがりの反骨心が刺激をされて、最前感じた恐怖は薄れたけれど、かわりに徒労感がいや増しに増していくのはなんなんだろう。
ついさっき、艦長の目を見て『人殺し』とか、不吉を感じて震えあがってしまったけれど、どうやらあれは勘違い。
状況が状況だけにナーバスになって(なりすぎて)ただけみたい。
怖い怖いと思っているから、なんてことない木の影にだってお化けの姿を見てしまう――つまりはそーゆー事だったのね。
にしても……、
ウン。つくづくこんなのと付き合ってかなきゃな副長サンとかは大変だわ。
アタシだったら頭が禿げるか胃に孔があく。
って、今は従卒だから逃げようがないけど。
あはははは……。
(かわいたわらい)




