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107 王太子殿下の婚約者1

誤字報告ありがとうございます!助かってます。



 みんなでわいわいイーパムスの実を食べていると、王太子殿下や騎士団長と今後の方針を話し合っていたらしいユエジンさんがやってきた。


「こちらにおそろいでしたか。明日からの移動について少々お話したいのですが、よろしいですか?」


 私ととおくんにじっと視線を向けるので、何だろうと見つめ返していると、ユエジンさんはそれに気づいたのかにっこり笑った。

 うーん、感情を読ませない。さすがだ。


「体調は良いようですね、トオさま」

「え?……あー、うん。大分良くなりました。だるいって感じることもほとんどなくなったし」

「そうなの?」


 驚きつつも、そういえば最近では車を使うこともなくなったな、と納得する。食も細かったのに、イーパムスの実なんて私の倍以上は食べてる。


「確かに、言われてみればって感じ。劇的に改善したわけじゃないから自分でも気づかなかったけど、そういえば休憩したいとか思うことも減ったよ」

「それを聞いて安心しました」


 どうやら、明日以降の移動はグリパレでの移動ではなくなるようだ。


 ユエジンさんいわく、ここから先の移動は基本的に徒歩になるらしい。終末の地に向かうにつれて、旧生物は近寄れなくなるそうだ。


 今まではこの先にある封魔の人柱がある地点まではグリパレで移動できていたそうだけれど、魔のものの動きがこれまでになく活発化している今、移動中のグリパレが魔のものに襲われる可能性もある。徒歩が懸命だろうということになったそうだ。


「トオさまとおまけさまの体調を見て出発を遅らせようとも思っていましたが、予定通り明日出発できそうで良かったです」

「じゃあ私、もう一度念入りにみんなの装備に防御かけておくね」


 輪音ちゃんは思いついたかのようにそう宣言して、後方支援担当の人たちが集まる場所へと向かっていった。


「んーじゃ、俺はもっかい荷物の見直しでもするかな。置いてけるものは置いといていいんでしょ?」

「そうですね。必要なものだけにしていただけるとありがたいです」

「身軽が一番だもんな」


 にっと笑って真楯くんが部屋へと戻っていった、そのタイミングで、食堂内が突然がやがやと騒がしくなった。


「っ、神官長! こちらにおいででしたか!」


 なにやら慌てた様子で、随行していた神官がユエジンさん目指して駆けてきた。


「どうしたんです、そんなに急いで。魔のものでも出ましたか?」


 問いかけながらも張り詰めた表情に、私たちにも緊張感が伝わってくる。


 隣に立っていたはるくんが、私を守るように前に出た。なんという男前な行動! 見習いたまえ、ととおくんを見ると、首を傾げながら後方、神官が現れた扉を見つめていた。


 一体何を、と前に立ってくれているはるくんの背中から顔を出して覗いてみると、艶やかな光の具現かと思われる美人が、こちらにやってくるのが見えた。


 ここはパーティ会場かと錯覚するくらいの豪奢なドレスを身に纏い、そのドレスに負けないくらい美しい美貌と、思わず視線が行ってしまう体のラインに、思わず見惚れてしまう。


 匂い立つような美人とは、こういう女性のことを言うのだ。呆気にとられながら、滑るようにこちらへやってくるその姿を眺めていた。


「まぁ!! ユエジンさまっ! こちらにいらっしゃったの? お探ししましたわ」


 現れたキラキラの美人が発した名前に、呼ばれた本人に視線を向けると、一瞬表情が固まったものの、そのまま笑みを崩さず一歩踏み出した。


 こういう感情を隠す術が、ユエジンさんは神がかっている。


「これはこれは、サーシェリナ嬢。わざわざこんな危険なところまでおいでくださるとは、いかがなさいましたか?」


 舐めてもらっては困る。こちらは日本にいた頃、それこそバラエティ豊かな上司たちに囲まれて、一通りのハラスメントに耐えてきた身である。ユエジンさんの分かりやすい表面言葉に裏があることくらい、お見通しである。


 先ほどの発言はつまり、「この忙しいときに呼ばれてもいないのにノコノコやってきて、どうしたのかな~、お嬢ちゃん?」である。


「うふふ、もちろんユエジンさまにお会いしたくて参ったのですわ」

「そうですか、嬉しいですね。ではもうお目にかかったことですし、お帰りはあちらです」


 通じていないと分かった途端、ユエジンさんの言葉が直接的なものになった。相手の方が一枚も二枚も面の皮が厚かったらしい。


「あら嫌ですわ。ユエジンさまにお会いしにきただけではなくってよ。もちろん、わたくしの婚約者、リーンフェルド殿下にお会いするために来たのです! 殿下はどちらにいらっしゃるの? わたくし、ずっとお目にかかれなくて寂しかったのですもの、今日は慰めてもらわなくては。——それから、わたくしも殿下をお慰めしなくてはね」


 にっこりと浮かんだ笑顔が妖艶な美しさで、意味ありげな言葉とともに、私の胸に衝撃を与える。


 情報が多くて、ちょっと受け止めきれなかった。


「殿下は明日からの旅程を騎士団長と話し合っておいでです。お忙しい身の上、お察しください」

「あら、察してるからこそ、こうしてお慰めに参った次第ですわ。それに、明日からも行動をともにするのですもの、わたくしも話し合いに参加する資格がございますわ」


 冷たくなっていくユエジンさんの声にも一切頓着せず、艶やかな美女は笑顔のまま押し切った。


「明日からも——?」

「ええ。わたくし、陛下にも直々に嘆願いたしましたの。封魔の人柱としてわたくしたちのために魔のものの犠牲となっていらっしゃる王妃さまを、わたくしの癒やしの力で支えたいと。そうしましたら、終末の地への旅に同行の許可が下りましたわ。こちらが陛下からの書状です」


 さっき走ってやってきた神官が、持っていた書状をおずおずとユエジンさんに手渡した。さっと内容を確認すると、美女が言っていたことと相違なかったようで、ユエジンさんは一つ小さく息を吐いた。


「あら、ユエジンさまはお疲れのご様子ですのね。わたくしの癒やしが必要でして?」

「結構です。明日以降も旅に随行されるとおっしゃるのでしたら、その華美なドレスはお控えくださいますよう。それから、随行する使用人も最小限にしてください。危険が伴います」

「もちろん、存じ上げておりましてよ。これは久しぶりにお会いする愛しのリーンフェルド殿下に、美しいわたくしを見てもらいたいから、という乙女心ゆえのもの。明日からの旅では、足手まといにならないように心がけますわ」


 にっこりと微笑む美貌の女性は、勝ち誇ったかのように満足げだ。ユエジンさんが珍しく口を閉ざし、殿下の元に案内するためか踵を返したところで、美女はさっとこちらに視線を流した。


「ユエジンさま、こちらの方々は、もしや」

「……後に殿下からもご紹介を受けるでしょう。救世主さまです」


 紹介したくない、という絶妙な雰囲気を感じる。


「あら、こちらの方々が? まぁ、失礼しました。わたくし、ブルギレア公爵の娘、サーシェリナと申します。どうぞサーシェリナとお呼びください。この度の救世、心から感謝申し上げますわ」


 ドレスを着て礼をする姿は、そのままお姫さまのようでもある。全ての所作が洗練されていて、うっとり見惚れてしまう。


「はじめまして。はるです」


 端的に名前だけ述べて、はるくんは軽く頭を下げた。


 うん、それくらいのあっさりしたところ、輪音ちゃん以外の女性に愛想を振りまかないところ、おねーさんは頼もしさすら感じるよ!


「とお」


 どおくん、さすがにそれだけだと何だか分かんないんじゃない!?


 素っ気なく名前だけ告げてそっぽを向く、愛想どころか常識さえ忘れてしまった様子のとおくんの態度にハラハラしてしまう。


「こちらは、ハルさまとトオさまです。また後に殿下から紹介があるでしょう」


 殿下から紹介されるまで待ちなさい、という副音声が聞こえる。簡単に言い置いて殿下の元へ連れて行こうとするユエジンさんの意図を知ってか知らずか、サーシェリナと名乗った美人はまだ動こうとはしない。


 視線が、はるくんの背後から覗く私に向いている。


 ですよね、不審者に見えますもんね。


「ねぇ、そちらにいらっしゃる方……」


 いぶかしむように見つめられると、さっさと姿を現した方がいい気がして、はるくんの隣に出てお辞儀をした。


「大変失礼しました、私は……」

「っ、まぁ、あなた……っ!!」


 自己紹介する私の声を遮るように、サーシェリナさんが叫んだ。驚愕に目を見開いて、両手で口を覆って、二、三歩のけぞって、全身で驚きと、恐怖を伝えている。


「あの、どうしま……」

「近寄らないでっ!」


 それはまさに、悲鳴だった。


 何かしてしまったのかと、思わず一歩下がる。

 私? と疑問に思うも、サーシェリナさんの目はしっかりこっちを向いているから、私で間違いなさそうだ。


「あなた、……とても嫌な感じがするわ」

「え、態度悪かったですか? すみません」


 とりあえず丸く収めるのが私の基本姿勢である。たとえ身に覚えのない叱責でも言いがかりでも、謝罪で済むなら安いものだとこれまでの経験から学んでいる。関わっていると自分の身がもたないのは明らかなので、早期撤退が基本である。


「禍々しい気配がすると思ったら、何てこと、……わたくしは騙されなくてよ」


 美幼女もそうだけど、この世界の高貴な女性は劇場を繰り広げる能力が基本装備なのかもしれない。


 サーシェリナさんはその美貌を歪めて、私を糾弾した。


「まるで呪いの道具のよう。禍々しいものを感じるわ。近寄らないでちょうだい!」


 苛烈な瞳に宿っているのは、嫌悪感だった。


「——あなたも異世界からの救世主さまなの? ほんとうに?」


 信じられない、という風に口元を片手で覆い、顔を背けながらサーシェリナさんは言い捨てた。


 歴代の上司のおかげで、私は大抵の言いがかりには対応できる自信がある。心を傷つけずに守る術を身につけている。


 でも、多分、三ヶ月の異世界生活で、私は心の鎧を身につけることがめっきり減ったようだ。


 つまるところ、無防備にいたところ結構グサリと胸の奥まで刺さってしまったのである。


 久しぶりの胸の痛みに反応できずにいる私を見かねたのか、はるくんが前に立った。


「おねーさんはれっきとした俺たちの仲間です。初対面で失礼ではないですか」

「……あーあ、はる怒らせたら面倒だよ、おねーさん」


 そうだね、はるくん怒ってるね、これ! でもとおくん、人ごとすぎない!? 私にどうしろと!?


 新たな火種の対応に迫られて、一人殻にこもってるわけにもいかず、おろおろしながらはるくんの背後からどうなだめようかと焦っていると、ふとざわめきを感じた。


「サーシェリナ嬢? こんなところで何をしているのです?」


 多分、その人は食堂の入り口から声を発しているんだろう。近くはない場所からの声だった。


 それなのに、はっきりと、意識を向けさせるだけの力がこもっている。

 いつもよりも硬質な、冷たささえ感じる声だった。


「っ、リーンフェルド殿下っ!! お会いしとうございました! わたくし、みなさまのお役に立ちたくて、旅をご一緒させてもらおうと参りましたの!」


 はるくんの背中で見えないけれど、おそらくサーシェリナさんは王太子殿下の方を向いて、喜色に満ちた声を上げている。


 サーシェリナさんに会った王太子殿下の表情を、見たいようで見たくない。


 そういえば、さっき婚約者って言ってたっけ。王太子殿下も、隅に置けない。婚約者がいるのに、美幼女への愛を育んでいたなんて。


 ——え、待って。もしかしてこのサーシェリナさんが、陛下との話に出てた器?


 いや、そんなわけないか、だって長年思い続けてきたって……ん? じゃあ美幼女よりサーシェリナさんの方が合ってるんじゃない? だって美幼女、どう見たって五歳くらいだったし。

 

 え、じゃあサーシェリナさんが王太子殿下の思い人!?


 王太子殿下の思い人の新たな可能性に混乱している間に、二人の会話は進んでいたらしい。何だか、旅の随行を訴えるサーシェリナさんに、王太子殿下が冷たい声で断じている様子が伝わってくる。


 まぁそれはそうだろう。思い人なのだとしたら、長年大切にしてきたのに危険な旅に同行なんてさせたくないに決まっている。


 何の力もない、加護も効かない身で旅に同行している私とは、違う。


 いくら救世主との橋渡しの役割を担っているかもしれない立場でも、私の存在はかなり足手まといだ。これからの旅で迷惑をかけないように気をつけないと。


 気を引き締めていると、王太子殿下とサーシェリナさんの話は落ち着いたらしい。ふと見ると、苦々しい表情をした王太子殿下と、満面の笑みを浮かべるサーシェリナさんが見えた。サーシェリナさんはさりげなく王太子殿下の腕に手をかけている。


 今まで私が知らなかっただけ。それなのに、裏切られたような気持ちになる自分が嫌だった。


「おまけさま、大丈夫ですか? 申し訳ありません」


 特に驚きもなく悲しみもなく呆然と立っているだけだったところに、ユエジンさんの声で硬直が解けた。


「え、あ、いえ、大丈夫です。驚きました」

「何あの人」

「何とか公爵の娘って言ってたね」


 はるくんの声が辛辣だ。とおくんの素っ気ない声の方がまだ温度を感じられるほど。


「お二人にもご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」

「ユエジンさんが謝ることじゃないでしょ」


 まだお怒りモードが解けていないらしいはるくんの言葉は、不機嫌だと分かるほどには冷たい。


「俺たち、あの人と一緒に旅続けるんですか?」

「殿下のあの様子を見る限り、そうなるでしょう。ただ、同じ隊列にならないように取り計らいますので、どうかご容赦ください」

「てか、初対面であれって、お偉いさんの娘なのに大丈夫?」


 手に持ったままのイーパムスの実をもてあそびながら、とおくんはうっすら笑っていた。


 あれ、これ、はるくんだけじゃなくてとおくんも怒ってるわ。さすが二人、息ぴったりだわ。


 変なところに感動していると、遠くから「おねーさーん」という声が聞こえた。輪音ちゃんの声だ。



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