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106 イーパムスの実

ご無沙汰しています。お待たせして申し訳ありません。

今年もよろしくお願いします。



 旅は順調だった。次の滞在地は、終末の地に最も近い街だ。この街の先には、人の住む土地はないらしく、後は野宿になるらしい。


 旅の間密かに楽しんでいた街ブラも、今回で終了だ。むしろこれまで街ブラする余裕があったことが奇跡だったのだ。


 緊迫感があるようなないような雰囲気の中、楽しみなのが食事だった。


「おねーさん、これ食べた? すっごく美味しいよ!」


 ファーのコートを羽織った輪音ちゃんが、屋台で買い求めたらしい果物らしきものを差し出してくれた。


 その笑顔にまず私は乾杯したい。


「これね、ライチみたいに皮剥いて食べるの」


 それほどライチに親しんでいない身からすると、どんな風に剥けばいいのかちょっと戸惑ってしまう。


 輪音ちゃんが差し出してくれた果物は、水色とオレンジ色と紫色を見事にマーブルさせた、ゴルフボール大の丸くてゴツゴツしたものだ。


 まず色で距離を置きたくなってしまうけれど、輪音ちゃんがこれほどおすすめしてくるのだから、試してみないわけにはいかない。


 輪音ちゃんはキラキラした目で受け取るのを待っている。


 躊躇いつつも手に取ると、重さはそれほどでもなく、まさにカラフルなゴルフボールという感じの硬さだった。表皮の凸凹した感じも、ゴルフボールだ。


「ここから爪で引っかけて剥いてみて」


 皮はゴツゴツした見た目とは裏腹に薄いようで、思ったよりも苦戦せずに剥けた。中から出てきたのは、薄いピンク色がかった半透明の実だった。


 うん、良かった。色って大事だから、これが毒々しい色だったらちょっと遠慮していた。


 輪音ちゃんは待ちきれなかったようで、私が疑心暗鬼で慎重に剥いている間に一つ剥き終わり、すでに口に入れて美味しいと感動している。


 その様子を見ていると、輪音ちゃんもこの世界の味覚に染まってしまったか、と思ってしまうけれど、同世界人として輪音ちゃんの味覚を信じたい。


 意を決してかじってみると、思いがけずプルプルした弾力で、かじるとそこから汁が滴った。慌ててこぼれないように全部口に含んで噛みしめる。


「……っ!!」


 甘くて芳醇な香り。でもしつこくなくて、すっきりした味わい。瑞々しくてプルプルした食感も楽しい。


 目を見開いて驚きの表情をする私の様子を見ていた輪音ちゃんは、嬉しそうに笑った。


「ね? 美味しいでしょ!?」


 ブンブンと頭を縦に振って意を伝える。


 口の中に入っているから言葉にならないけれど、本当に美味しい。


「美味しいね! 見た目で敬遠しちゃったけど、びっくりするほど美味しい!」

「見た目もマーブル模様で可愛いと思うけどな」

「かわ、いい……?」


 ががーんと衝撃のあまり私は輪音ちゃんが冗談を言ってるのかと表情を探ってしまった。けれど、ちっとも冗談だよと言う気配がない。


「うん、可愛い。綺麗じゃない? この色」


 綺麗じゃない。と心の中だけで断言して、私はだんまりすることにした。前々から思っていたけれど、ギュルゲやグリパレを可愛いと言うあたり、輪音ちゃんの嗜好は特殊な気がする。


「いっぱいおまけしてもらったから、帰ってみんなで食べよう!」

「うん。ちなみにこれ、何て果物?」


 こんなにいっぱいもらっちゃった、と紙袋を広げて見せてくれる輪音ちゃんに問いかけると、背後から答えが返ってきた。


「それは、イーパムスの実だよ」


 声がした方を向くと、温かそうな毛皮のコートを羽織って、首に何重にもストールを巻いた恰幅の良い女性が立っていた。


「あ、お店の人」

「あんた、財布忘れていっただろ。ほら」

「あ! ありがとうございます!」


 お店の人、と輪音ちゃんが呼んだ女性は、呆れたように輪音ちゃんに財布を差し出した。いいな、財布。私も持ちたい。おまけでしかないけど、特に稼ぎもないけれど、ちょっと今度アマヴェンナさんに相談してみよう。


「すぐ落としたのに気づいて拾ったけど、一応中確認して」

「はい」


 輪音ちゃんは財布を広げて、中身を確認し始めた。お店の人はその様子を温かい視線で見つめている。

 何というか、お使いに出た子どもの成長を見守る街の人みたいな雰囲気が出ている。悪い人ではなさそうだ。


「あの、この果物って、どこでも手に入るんですか?」


 少し気になることがあって問いかけると、お店の人は振り向いて私をしげしげ見つめた。

 そして、私の手にある果物を見た。


 この果物、これまで図鑑では見た覚えがないものだった。見たもの全てを覚えてるわけじゃないから絶対とは言えないけれど、こんなマーブル模様なんて奇天烈な果物があったなら、覚えてると思う。


「いいや、この果物は、この辺りだけの特産さ。ほとんど出回ってないね。イーパムスは環境の変化を嫌うから、この辺りにしか生息していない。日持ちがしないものだからね、保存性を高めても流通させるのは難しいんだよ」

「そうですか。じゃあ、イーパムスの実を食べようと思ったら、ここに来なきゃダメってことですね」

「おや、そこまで気に入ってくれたのかい。嬉しいね!」


 さっきまでほとんど無表情だったのに、途端に満面の笑みを浮かべて喜ぶお店の人に、私の心もほっこりする。やっぱりいい人だった。


「じゃあおねーさん、帰りもここに来ましょう!」


 財布の中身を確認し終えた輪音ちゃんが、話を聞いていたのかそう提案してきた。その不安のない物言いに、どう返せば良いのか一瞬戸惑ってしまった。


「帰り……、そうだね」


 私たちの会話と雰囲気に、静かに聞いていたお店の人が声を潜めて言った。


「あんたたち、救世主さまだろう? この世界を救ってくださるっていう」


 瞬間私と輪音ちゃんの間に走った緊張感に、お店の人は鋭く気づいて深く頷いた。


「ここら辺のものはみんな知ってるよ。こんな辺鄙な村に来る者なんて、数年に一人がいいとこだ。こんな大勢で、村長の館に滞在しているとなれば、想像はつくさ」


 穏やかな表情で、お店の人は言った。


「あ、えーっと……」


 私は救世主ではないです、と言いそうになったけれど、ややこしくなりそうだったからそのまま口をつぐんだ。その様子を、戸惑ってると思われたのかもしれない。


 お店の人は申し訳なさそうに頭を下げながら、少し距離を取った。


「ああ、すまないね。別に、詮索するわけじゃないし、この世界を早く救ってくれと言いたいわけでもないんだ。ただ……、来てくれて、ありがとう」


 静かな、思いを載せた声だった。


「ここから先は、人も住んでいない土地だ。不便なことも多いだろう。その果物は日持ちはしないが、年中実をつける。だから、——また、ここに寄りなさい。帰ってくるのを、待ってるよ」


 言い淀むように言葉は途切れた。そして、決意を持った目で、まっすぐ、私と輪音ちゃんを見つめてお店の人は言った。


 そこに、幾度も痛みや悲しみを越えた静けさが見えた気がした。


「はい! ね、おねーさん」

「はい。また食べられるって。嬉しいね、輪音ちゃん」


 そう互いに言葉を交わす私たちを、お店の人は優しい目で見つめてくれていた。




◇◇◇◇




「お土産でーす」


 宿泊場所の村長さんの邸に戻って買ってきた果物を見せると、呆れたような表情が返ってきた。

 救世主一行がいたのは食堂で、この邸の中で一番広いことから、私たちの他にも同行してきた騎士たちがそれぞれ集まって寛いでいた。


「また二人で抜け出してどっかブラブラしてたな」


 ここまでの旅の間、何度か街ブラすることがあったからか、常習犯認定されてしまっている。


「息抜きだよ! 大事でしょ?」


 輪音ちゃんは真楯くんの小言にもめげず、言い返している。あれ以来、輪音ちゃんはかなり打ち解けてるように見えた。同時に真楯くんのおかんっぷりが加速している気がする。


「輪音、出かけるならちゃんと言ってからにして。心配する」


 おそらく邸内を探し回った後らしいはるくんの目は真剣だ。


「……ごめんなさい」

「うん。これからはちゃんと言って」

「うん」


 しょんぼりする輪音ちゃんの頭を、はるくんが優しくポンポンしている。


 これが、恋人同士の距離感!! きゃー! ときめくー!


「おねーさん、雰囲気がうるさいよ。近所迷惑だよ」

「仕方ないでしょ、とおくん。自給自足できないんだから」

「あ~」


 なぜか話に納得したように真楯くんは頷いている。なぜ頷いているのか。自給自足できないって部分に反応していた気がする。


「自給自足できない枯れっぷりでごめんなさいね?」

「別に何も言ってないでしょ、俺。ただ、なるほどなーと思って?」


 なんて言いながら、あらぬ方に視線を向けている。その方向にはこの旅における上層部の皆さんが集結していて、今後の方針を話し合っているようだ。

 

 なぜそちらを見た、真楯くんよ。


「それで、どこほっつき歩いてたの」

「ちょっと周辺散策。あ、お土産あるんだよ。この辺りでしか取れない果物だって」

「これまたすごい色だな」

「だよね」

「ファンシーなお店で売ってそう」


 とおくんが良く分からない感想をくれる。


「ん? ファンシーなお店で? そうかな、これ絶対売れないと思うけど」

「食べ物としては売れないかもだけど、女子ってこういう見た目好きじゃない?」


 反論すると、なぜか真楯くんもとおくんと同意見のようで、イーパムスの実をしげしげ眺めながら言った。


「女子への偏見が」

「いや、女子を一括りにしてるわけでもバイアスかけてるわけでもなくてさ、こういうパステルカラーっていうの? 好きじゃん」

「パステルカラーの意味、知ってる?」


 原色マーブルですけど。


「……おねーさんこそパステルカラーってどんな色だと思ってんの?」


 なぜか怪訝そうに言われて、こちらが戸惑う。


 よく見てごらんよ、と手に持ったままのイーパムスの実を目の前まで掲げかけたところで、隣に立っていたとおくんがコツコツと殻をつつき始めた。


「あ、これ思ったより簡単に剥ける」


 ペリペリ、と途中で途切れずに剥けたのが楽しかったようで、目が輝いている。


「意外に殻薄いよね。ピリピリ剥けて楽しいんだよ」

「へー、中はマーブルじゃないんだ」

「ありがたいよね」


 続いて殻に取りかかり始めた真楯くんも、驚いたように声を上げた。


「あ、美味い」

「でしょ?」

「うん、美味しい」


 先に殻を剥き終わった真楯くん、続いてとおくんが口に入れて、思わずといったように声を出した。


「ね! 美味しいものって、みんなに教えたくなるよね」


 はるくんにも勧めて喜んでもらったのを嬉しそうに見ていた輪音ちゃんが、真楯くんととおくんの反応も嬉しそうに見て言った。


「うん、分かる」


 ふと思い浮かんだ人物に、食べさせたくなった。


「エクランくん」


 同じタイミングで、輪音ちゃんが言った。見事に重なった声に、二人で顔を見合わせてしまう。


「わ、同じこと思ってた! すごい!」


 輪音ちゃんが嬉しそうだ。


「エクランくんにも、食べさせてあげたいね」


 エクランくんにも、笑顔になってもらいたい。


「連れてこれるかな」

「ツディーネに協力してもらえばいける?」

「その前に騎士団長に話通そうな」


 二人で実現に向けて話し合っていると、真楯くんのおかん的発言が合いの手のように入ってきた。


「喜んでくれるかなぁ。あ、私、ツディーネに会ったら今度こそ触るって決めてたんだった」

「帰ったらしたいことがいっぱいだね。楽しみ」

「うん、楽しみだね」


 まだ具体的にどうやって魔のものを討つのか分かっていないけれど、未来への希望だけはどれだけでも持っていたかった。


 そうだ、これ、ルドにも食べさせてあげたいな。王族だし、もしかしたら食べたことあるかもしれないけど。

 今、どうしてるだろう。旅に後から合流するかもとは言ってたけど、来てる様子はないし。


 ルドを思い出してしんみりしていると、ふと視線を感じた。


 周囲を見回してみるけれど、特に誰かがこちらを見ているわけでもない。んー? と納得いかない気持ちでいると、隣でイーパムスの実を食べていた真楯くんがちらりと視線を寄越した。


「どうしたの、おねーさん。挙動不審だけど」

「うーん……? 気のせいみたい」


 輪音ちゃんは新たなイーパムスの実を剥いて幸せそうに頬張っていた。可愛い。それを見つめるはるくんも、幸せそうだ。とおくんもイーパムスの実を気に入ったのか、片手に一個キープしたままもう一つを剥いている。器用だ。


「人が食べてるの見てるのって、幸せな気分になるよね」

「もう慣れたけど、おねーさんの思考回路、一回見てみたいわ」

「アマヴェンナさんは、私の顔見るだけで考えてることが大体分かるって言ってたよ」

「比較対象が異次元じゃん。あのレベルになると心読めるから」

「そっか、ごめん」


 やっぱりアマヴェンナさんは真楯くんから見ても異次元の能力持ちらしい。


「人が食べてるのってさ、ついつい目が行っちゃわない?」

「そう?」


 素っ気ない返事しかくれない真楯くんに対し、話を聞いていたらしい輪音ちゃんがぐいっと身を乗り出してきた。


「分かります、それ! 何食べてるのかなって、気になって見ちゃう」

「別に、何か食べてるな、くらいで気になんないけど」


 輪音ちゃんととおくんの温度差があまりに激しくて、私は吹き出しそうになりながら、かつての記憶がふと頭を過ぎった。


「今度はどしたの、おねーさん。すっげー嫌そうな顔してるけど」

「あ、うん。ちょっとかつての上司を思い出して」


 ごめんごめん、と表情を緩めると、「どんな人!?」と輪音ちゃんがウキウキした様子で見つめてくるものだから、話すことにした。


「考え方が生ける化石みたいな、とりわけ男尊女卑を地で行ってる人なんだよね。ただ、一個だけ共感というか、納得できた説があって。それが、食べ歩きしてる人をじっと見てるのは大抵女性だっていう説。まぁ、女性は食い意地が張ってるってことを言いたいらしいんだけど、確かに食べ歩きしてる人がいたら、目が行っちゃうなって、そこだけは共感したんだ」


 女性を小馬鹿にしたように話す上司の姿が脳裏に浮かんだ。女性蔑視と若者蔑視が激しい人だった。両方に当てはまる私のことをいつも鼻で笑っていた。


「分かるかも。私も見ちゃう。美味しそうに食べてると、どこで買ったのかなって探しちゃう」

「ね、気になるよね!」

「分かんない。気にしたことない。むしろよく歩きながら食べられるなって思う」


 素っ気なくそれだけ言って、またイーパムスの実の殻剥きに専念するとおくんは、よほどイーパムスの実がお気に召したらしい。


「言い方よ、とおくん。せめて言い方! こないだの標語、ちゃんと覚えてる?」

「まぁまぁ。んー、確かに女性は共感力高いって言うし、楽しそう、美味しそうって思ったものへの感度が高そうだよな」

「あー、共感力か。確かに、そうかも」


 私をなだめながら、真楯くんとはるくんが話を広げていく。


「あと食べるって行為が、仲間意識を高めたりするのかも。美味しいものって、分け合いたくならない? このイーパムスの実食べたとき、美味しいからみんなにも教えてあげたいな、一緒に食べたいなって思ったの」


 綺麗に剥けたイーパムスの実を両手に載せて、輪音ちゃんが笑った。


「輪音ちゃん……」

「そうだ! 帰りも寄ってってお店の人に言われてたんだ。今度はみんなで行こうね」

「そうだな。ここでしか食べらんねーなら、帰りも寄らなきゃな」

「栽培難しいのかな。苗とか持って帰りたいんだけど」

「とお、お前はまず自分の体調整えてからな。苗もらえるか、帰りにお店の人に掛け合ってみるから」


 苗か。育てられたら、エクランくんやルドにも食べさせてあげられるかな、と戦いを終えたこれからの想像をするのは、現実逃避にも似ていつつも、どこか心浮き立つものだった。




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