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105 騎士団長とおまけ



 旅を始めて、早くも一週間が過ぎた。


 終末の地へ進めば進むほど魔のものが襲撃してくるかと思いきや、移動中に魔のものに取り憑かれたグリパレに出くわして以来、特に危険な目に遭うことはなく、日々は平穏に過ぎている。


「おまけ殿、聞いて欲しい」

 

 昼食が終わり、次の移動へのわずかな自由時間の合間、騎士団長が神妙な面持ちで声をかけてきた。


 嬉世ちゃんの帰還以来、何度かエクランくんを交えてツディーネの通訳を買って出ている関係で、騎士団長とは顔見知りよりも親しい間柄となった。


 この遠征でも顔を合わせれば挨拶するぐらいには交流を持てていたけれど、こんな風に改まって声をかけられるのは初めてだ。


 何だろう、あんまり良い予感がしない。


「騎士団長、どうしたんですか?」


 とりあえず水を向けてみると、騎士団長は精悍な顔つきを無表情に保ったまま、どこか慎重に口を開いた。


 それは、高ぶりそうになる感情をどうにかして抑えようとしているようにも見えた。


「先日、旅に出る以前の話だが、モトネ殿に頼み込み、防御を張ってもらった上でツディーネに触れたのだ」


 この時点で私の中でわずかに残っていた「目上に人への傾聴姿勢」は見事に崩れた。騎士団長から出るツディーネの話題にかしこまる必要はないのだと、これまでの経験で学んでいる。


「へー」


 およそ目上の人に対する態度ではないと思いつつ、おそらく今の騎士団長はそんなこと気にしないだろうと思った。だって防御効かない私の前でそんなことを言うんだから。


 そう、防御が効かず、ツディーネにこれまで一度たりと触れたことのない私に、である。


 防御をかけた衣類の上からなら防御の効果が得られると判明したのは、旅に出てから。帰るまでツディーネに触れられるか、試すこともできないのだ。

 早くツディーネに触れてみたいと我慢している私の前で、よくこの話題を出せたものである。


「これまでも何度かツディーネに触れようとしたが、触れた瞬間に意識を失ってばかりでな、己の鍛錬不足を呪ったものだ」

「へ、へぇ~」


 騎士団長、危ない人ではないか。


 一度触れた時点で次回はなしと学習しそうなものなのに、懲りずに何度も触れようとするとか、命知らず過ぎる。生き急いでるのか、それともツディーネへの友情からなのか。


「それでな、ツディーネの、そう、まずは毛だ。ツディーネの毛は、想像以上に柔らかかった!」


 何の宣言。もう相づちを打つのもめんどくさくなってきた。


 そんな私の胡乱な視線にも気づかず、騎士団長は蕩々とその思いを語り続ける。


 これが私も触れられるものであったら喜びを共有することもできるだろうが、いかんせん私はツディーネに触れたことがない。


 目の前で触れられそうで触れられない、その葛藤、騎士団長には分かるまい。だって触れたら命ないかもって分かってても触れちゃう人だし。


 本能優先のちょっと危ない人認定してしまうのも無理からぬことである。


「包み込むような手触りの、柔らかくみっしりと生えた毛の奥には、温かくしなやかな筋肉があってな、それはもう、極上! そう、極上の触り心地だった!」


 騎士団長はどんどんヒートアップしていく。


 うっとりと宙を眺め、両手をワキワキさせて話す姿からはいつもの威厳はすっかり消え失せ、精悍な顔はだらしなく笑みに崩れている。とどのつまり、ただの危険な人がそこにいた。


「……」

「無理を言って尻尾や角も触らせてもらったんだが、こちらはまるで鋼鉄のような硬さで、角は見た目も美しいだろう? 触ってみると分かるのだが、表面が研ぎ澄まされた剣のごとく、清らかに磨き抜かれた美しさなのだ! ああ、あれほど美しい角が存在するだろうか。いやない!」


 騎士団長の口がますます饒舌になっていく。滑らかに流れる言葉は、ツディーネへの賛美に溢れていて胸焼けしそうなほどだ。


 私はもうすっかり口を出す元気をなくしていた。


 台風だ。そう、これは台風。ただ過ぎ去るのを待つのみ。


「…………」

「さらに尻尾は表面に細かなうろこが覆っていてな、防御があったから傷も負わずに済んだが、素晴らしい研磨具合だった!」


 そんな私の様子にちっとも気づくことなく、騎士団長はますます熱量を上げて語り続ける。熱量がすごい。


 いや、これは台風。熱帯低気圧。当然の熱量だ。

 自分を納得させながら、ヘクトパスカルの呪文を唱えて無を保った。


「そして、これもまた無理を言ってツディーネの正面から抱きつかせてもらったのだ! あの毛に全身、頭の先からつま先まで余すところなく包まれる充足感! 安心感! ああ、とんでもなく満ち足りた気分だった! 特に顔だ! 私の顔が、全てツディーネの懐に迎え入れられ、皮膚を刺激するツディーネの毛、肌、匂い!! 五感全てでツディーネを感じる喜び! ああ、本当に、私は幸せものだ。——ん? おまけ殿、どうした?」


 ようやく私の様子が不穏なことに気づけるほど、周囲に目を向けられるようになったのか、騎士団長が不思議そうにのぞき込んできた。


 どうしたもこうしたもない。


「いえ、よく私の前でそんな話ができるなと感心しておりました」


 言葉にとげが含まれるのも仕方ないというものだ。


「! いや、申し訳ない、そんなつもりでは! おまけ殿は防御が効かないというので、ツディーネの触り心地を教えようと思ったのだ」


 あくまで親切心だと言い張っているが、私は知っている。これは親切心や同情などではない。優越感だ。


「……騎士団長、私、これから最低でも半年、ツディーネとの通訳お断りします」

「!? お、おまけ殿、それは!」


 見事なうろたえっぷりはお手本のようだ。


 目を見開いて驚愕の表情を浮かべる騎士団長の顔は、私の反応が想定外だと訴えているが、想定外なわけがない。誰がどう見ても想定内の反応しか私はしていない。


「騎士団長は随分ツディーネと仲良くなられたご様子。私の通訳なんてもう必要ないでしょう。そもそもエクランくんもいるんですしね。では失礼します」

「ま、待ってくれ! 誤解だ!! 私はただ、一緒にツディーネの話ができる相手が欲しかったんだ! ツディーネについて、ともに語り合う仲間が!」

「仲間ならエクランくんがいるじゃないですか」


 何を今さら同情を得ようとしているのだ。ツディーネについて語り合うのはやぶさかではないが、私のできないことで優越感に浸るような人と交わす言葉はないのである。


 冷たく言い放つと、水を張ったバケツに花火を入れたときのように、シュンッと音を立てて騎士団長の元気がなくなった。


「エクランに話してみたが、冷たい目で一言気持ち悪いと言われて終わった」


 ああ、うん。この熱量で行ったらそれは引かれるだろう。


 エクランくんも同じ熱くなるタイプだと思うんだけど、同族嫌悪ってやつかもしれない。父親だし。


「…………。だからってなぜ私に」


 譲歩を見せたと思われたのか、しゅんとしょげていた騎士団長の元気が戻り、途端に上目遣いでこちらを窺ってくる。


 私よりも頭一つ分も大きいのに上目遣いとか、物理的に不可能なはずなのに確かに上目遣いでこちらを見てくる。器用だ。


「気づいたのだ。おまけ殿も同じなのではないかと。そう、おまけ殿のモトネ殿を見る目が、私がツディーネを見る時の目と同じなのではないかと」

「!?」


 すごい切り札を隠し持っていたようだ。騎士団長、侮りがたし。


 私がたじろぐのを見て、騎士団長は勝機を得たりと笑みを浮かべて追い打ちを掛けてくる。


「癒やしの存在について、ともに語り合おうではないか」

「ぐっ」


 ぐぅの音しか出てこない。

 ここに同盟が組まれたのは言うまでもないことだった。





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