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104 言葉はギフト



『はっ、寝てた。いけない。じゃあね、チヨコ。また』


 見事な曲線を描く頭のラインを目でなぞっていたのに気づいたのかも知れない。カメさんは慌てたようにそう言うと、腕の中から煙のように消えてしまった。


 ほぼ同じ瞬間に、扉が無遠慮に開いてとおくんが倒れ込むように入ってきた。


「お、おかえり、とおくん。大丈夫?」

「うん、疲れた」


 それだけ言うと、そのままクッションに埋もれるように座席に突っ伏してしまった。どうしようと戸惑っているところに、ユエジンさんも帰ってくる。特に怪我もしてなさそうだ。


 車に戻ってきたユエジンさんととおくんの話では、魔のものに取り憑かれた旧生物は野生のグリパレで、騎士団や救世主たちが向かったときは、手が付けられないほどに暴れていたらしい。


 自分自身も傷つけながら飛んでいて、でたらめな動きすぎて近距離戦は難しく、とおくんが矢を放とうとしたとき、急にぴたりと動きが止まったそうだ。


「あれ、何だったの? 結局」


 とおくんは不思議そうに首を傾げながら、向かいの座席でクッションに埋もれて脱力しきっている。疲れは少し取れたようで、顔色も良くなっていた。


「そうですね。まぁ、特に被害はなかったようで良かったです」


 食えない笑顔を浮かべてユエジンさんはそう片付けた。


 片付け方が、見事に雑である。相手は魔のものに取り憑かれていたグリパレなのに、そんな簡単に片付けてしまって良いのか。


 実際目にしたわけじゃないけれど、魔のものが身体からいなくなったからといって、その後何の影響もないわけではないと思うんだけど。


 いつものように目は口ほどにものを言っていたらしく、ユエジンさんはニコニコしながら私の方を向いた。


「何か言いたげですね、おまけさま」

「魔のものに取り憑かれてたグリパレって、どうなりました?」

「ああ、今は騎士団の一小隊が残って様子を見ています。グリパレ同士意思疎通ができるため、詳しい事情を聞いていますが」


 なるほど、グリパレの事情聴取をグリパレが行っていると。

想像するとシュールな光景だ。本当に不思議な世界に来たものである。


「まぁ、特に新たな情報はないでしょうね。取り憑いていた魔のものがどこに行ったのかも分からないでしょうし。我々は、引き続き終末の地を目指すまでです」


 視線は小窓の外、進行方向に向けられた。


「ここまで魔のものが迫っているということは、終末の地に着くまでに大きな動きがあるってことはありませんか?」


 ふとこぼした言葉に、おや、と意外そうにユエジンさんの眉が上がった。


「おまけさまも、考えるところは考えているのですね」

「それ、褒めてませんよね?」

「いえいえ、時に忘れてしまうだけです。おまけさまが、成人していて、自身でしっかりと判断できる、立派な大人である、ということを」

「そのケンカ、いくらですか? 買います」

「おねーさん、やめなよ。口で勝てる相手じゃないでしょ。ユエジンさんも、無駄に煽らないでよ。めんどくさい」


 とおくんが仲裁に入ってくれるなんて珍しい。でも私は知っている。おそらくこのまま舌戦が続くとうるさくて眠れないからだ。


 と、ここでふとさっきの質問をユエジンさんにはぐらかされたままだったことに気づく。


 そういえば、こんな感じで話を逸らされることが何度かあった気がする。いつだっけ。


「先ほどの質問に戻りますが、おまけさまの推察通り、魔のものはますます活発に活動を広げています。これまで魔のものの襲撃がなかったビュトージ領にまで現れた。終末の地に向かうまでに魔のものと全面的に戦う可能性は高いと言えるでしょう」


 それまでのにこやかな雰囲気を消したユエジンさんの口調は重い。


「まずは封魔の人柱が安置されている場所に向かいます。ここからさらに北に向かった場所です。そこで何らかの動きがあるかもしれません」

「神さまから、何か新たな神託を受けてたりしないんですか?」

「ありません。ないということは、このままで問題ないということだと、私は思っています」


 ほんとうにそうだろうか。


 疑念が湧くけれど、ユエジンさんに言っても仕方がない。ゴリムレラが何を望んでいるのか、私たちには想像しようもない。

 伊蕗さんはもう存在しないんだから、探したってどうしようもないということは神さまなら分かっているはずなのに、一体この世界をどうしたいんだろう。


「各地の被害ですが、魔のものが直接人を襲うことは減っているようです。旧生物に取り憑き、身体を乗っ取って人を襲うスタイルに変わってきているという報告が相次いでいます」


 旧生物は襲わないと言われていた魔のものが、旧生物に取り憑くようになった。


「それは、何のためなんでしょう? 人よりも旧生物の方か取り憑きやすいからとかですかね?」

「難易度から言えば、どちらも大差はないでしょうが、旧生物は確実に魔力を宿していますから、その点で魔力を持つ人を探すよりも簡単に見つけられる旧生物の方が手っ取り早いと言えるでしょう」

「手っ取り早いというのは……」


 私の質問には答えず、ユエジンさんはにっこり笑った。


 とおくんもいるこの場では言えないことなのかもしれない。ということは、イヴェリーン教の裏話に繋がるものということだ。


 ええと、ユエジンさんは何て言ってたっけ。


 魔のものはこの世界を魔力に満ちたものにするための装置であり、伊蕗さんを探すために存在しているんだっけ。


 ということは、元々魔力を持っている旧生物の魔力を増幅させ、なおかつその増幅させた魔力を使って伊蕗さんを探しているということだろうか。


 確かに、魔力を持つ人よりも旧生物の方が魔力の使い道がはっきりしている分、探索に特化できるかもしれない。


「魔のものって、一体何なんですかね……」


 ゴリムレラの妄執だということは分かっている。分かっているけれど、だからといって理解できない。

 神様であるゴリムレラにとっては、この世界がどうなろうと構わないのかもしれないけれど、創ったからにはちゃんと責任を持って欲しい。


「魔のものが何なのか、僕にも分からないけど、人間に取り憑いても旧生物に取り憑いてもヤバいやつってのは変わらないよ。特に旧生物に取り憑いたら、その旧生物の能力を使って攻撃してくるから、ほんと手強いよ」


 以前、美幼女に連れられて行った熱帯林のようなところで、魔のものに取り憑かれたココオベワに出くわしたことを思い出した。


 元来は大人しい生物なのに、魔のものが取り憑いたことで攻撃的になり、元々持っていた能力を最大限に発揮して攻撃してこられると太刀打ちできなくなる。それまでの行動パターンとまったく異なるからだ。


「本体で勝負してこないってことは、魔のものって実は弱かったり?」


 希望的観測で意見してみると、ユエジンさんは笑顔のまま、とおくんはやれやれと言うようにため息を吐いた。


「そもそもの戦い方が、取り憑いて取り込んで能力を奪い尽くすものじゃん。強い弱いというより、倒しにくい相手だよね」

「そうですね。たとえ取り憑いたまま倒したとしても、魔のもの自体を倒せているのか分からないのが不気味です」

「これまで魔のものは旧生物に取り憑いたことはなかったと言ってましたけど、この変化って、世界が滅亡に向かってる予兆なんですかね?」


 思わず口にした言葉に、ユエジンさんは笑顔のまま私をじっと見た。沈黙が気まずくなってくる頃に、口角を上げたまま、ユエジンさんは口を開いた。


「おまけさまは、ときどき突拍子もなく本質に触れますね」

「……ユエジンさん、何か隠してます?」


 次こそははぐらかされてなるものかと、じっとユエジンさんを見た。その表情から読み取れる情報は少ない。ただ、世界の破滅を前に浮かべる表情にしては、随分余裕があるようにも感じる。


「お伝えできることは、全てお伝えしていますよ。必要なことは全て」


 裏などないという微笑みを浮かべているけれど、その笑顔が一番怪しいのだ。


「この世界が終わるかって瀬戸際で今さら隠すようなこと、しないと思うよ、おねーさん」

「……とおくんって、ユエジンさんには甘くない?」

「ちょっと、こっちに噛みつくの止めてくれない? 面倒くさい」


 とおくんの対応が雑だ。これは本当に教育的指導が必要だろう。手始めに標語から始めよう。


「ねぇ、言い方って大事よ? いい標語知ってるから教えてあげるね。言葉はギフト! 心を包んで届けよう! はい、ご一緒に!」

「や、マジで面倒くさい。しかも標語ダサい」

「お二人は仲がよろしいですね。こちらに同乗して良かった」


 賑やかな道中、のんきな会話を続けながらも、魔のものの存在が確実に身近に迫っているのを感じて、心は落ち着かないままだった。




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