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人ぎらいの慣性ドリフト。  作者: 西薗上美
23/27

進展

本という生き物。

私からしたら、この表現は普通なことで、そんな考え方になんの違和感もない。

生物として接しているのだから、本との関係は人間となんら変わりなくそうしてきた。


けれど、その行為には問題があった。

何故かというと、本という奴らは、とにかく全員(私が話したことがある本に限ってだけれど)性格が最悪だったからだ。


今まで、本とのファーストコンタクトはすべて私から話しかけていた。


すると、話しかけられた本達は怪訝な表情を必ずした。

もちろん、本なのだから、例えば表紙の柄が変わるなんてことは絶対にない。が、そう感じてしまうほどのインパクトを私に与えた。

頭ごなしに罵倒されたり、私達人間の存在を否定されたり、自分達の扱いがなっていないと文句を言われたりした。

そして、その全てが腐っても本。各々が各々の知識という経験のようなもので捲し立ててきた。


わかりやすいそんなリアクションを毎回体験させられ続けたら、素直に、純粋に本を読むのが、見るのが、存在自体が大好きだった私がその度に嫌いになっていくのは必然だった。

今となってはかろうじて、首の皮一枚スレスレのところ、断崖絶壁の最先端で、本という存在を完全に嫌いにならないではいる。

それは、『本』が私にとって必要不可欠なものだからだ。

幼少期のあの経験がすんでのところで本と私の関係を破綻せずにすませてくれている。


「2冊かぁ」

普段よりも不機嫌に、明らかに気乗りしていない言い方で言う。


「目の前に置いてありますけど。どうします? 私持ってましょうか?」

すれた私の言い方をなんら気にすることもなく、それどころか私と本が話しやすいように色葉は私の目線の高さに合わせて持ち上げた。


「はあー、なんだかこれじゃ大人と子どもみたいね」

「え? なにか言いました?」

「別に・・・それじゃ、お願いしようかな。面と向かってて話やすいし」

「はい! それじゃお願いします!」

無邪気に笑う色葉。その表情は心の中と寸分の狂いもなく出力されているんだろう。


「・・・お願いされました。それじゃ」

私はまっすぐ2冊の本と向き合う。

色葉の期待しているものに少しでも近づける答えを聞き出せるように。

雪ばあさんの仇をとる何かしらのヒント的なものを聞き出せるように。

何よりも、私の苦労が報われますように。


「気安く話かけるな雑魚が。あとババア臭え」

自動車整備書が言う。


「なぜこんな野蛮な本種と一緒にいなくてはいけないのでしょう? 選んだ人間の質の悪さを感じざるを得ませんね」

バイオリン教本が言う。


「・・・どっちもどっちね。言葉使いは違っても言ってることはほとんど一緒だし。あんたらに聞きたいことがあるから答えて」

馴れというのは好きじゃない。

けれど、そんなものは本に対して例外だ。


「失聴でもしているのでしょうか?」

「ならば答える必要はないな」

ほんとに嫌になる。毎回この感覚に遭遇させられるのは本当に嫌だ。


開口一番、野蛮だのババア臭えだの言い合ってたにも関わらず、今はもう結託してしまっているようだ。


「バカのひとつ覚えに、紙で出来てる脆弱な体。そんな低等の存在が創造主になに歯向かってんの?」

この言葉は私のなかではもう定型文になっている。冷静かつ、無感情に2冊の本に言えてはいるが、それは台詞として出力されているからだ。


「なにを偉そうに」

「そうです。そもそも聞きたいことがあるのならばもう少し低姿勢でもよろしいのではないのでしょうか?」


ここまで話せば2冊各々の性格が分かってくる。

整備書のほうは、まあバカだ。単細胞な返答でしか切り返してこれない。

教本のほうは、品がある話し方ではあるが、自分が無い。整備書が言い捨てるような言い方に対してこいつは、承認欲求でもあるのか、語尾「?」マークが付く。だから同じくバカだ。


「偉そうじゃなくて偉いの。だから低姿勢なんてありえないから。いいから今から私の言うことを黙って聞いて、それに答えてくれればそれでいいから。ね? いい? 分かった?」


「最悪な気分だ」

「本当に。ここまで言われて黙ってるんですか? 答える気失せたんですけれど」

相変わらずというか、やっぱりというべきだろう。

本という性質上、利口なイメージが湧きそうになるけど実際は全然そんなことはない。

今の私は違う。

あの責め立てられ続けた一昔の私とはまるで別人だと自分で理解している。

よく考えればすぐに気付けることだ。

本は生きていない。生きていないということは成長することはない。動くことも出来ない。要は学習することはない。

イコール最低限話すことが出来る知識があるくらいで、内包する知識は自らの体に書かれたもの、それに限る。


「まあいい。で、どこが故障した?」

「なにを言ってますの? 車の修理なんてしていたら手を怪我してバイオリンが弾けなくなるじゃありませんか」

これもコイツらの手口。

言い争いに勝機を見いだせない場合、自分のフィールドへと誘導し始める。

不利だと思えば、そうではない他へと場面転換する。

なんだか、人間と変わらないような気がしてくる。

やっぱり本は本。私達人間が作り出したものだからなのかもしれない。


「勝手に話進めないで。あんたらの知識は必要ないの、私が知りたいのはあんたらの記憶。私達人間の記録には興味がないの、今は」


『なんにでもある記憶、どこにでもある記録』

あの本の事を意識する。


ここまでの経緯を2冊に話し、どうしてだということの筋を通す作業をする。

意外にも、2冊の本達はその話を黙って聞いていた。


「お前覚えてるか?」

「お前呼ばわりはやめて。覚えていますわ。そういうあなたは?」

「俺も覚えてはいる」

「どのくらいまで覚えてるの?」

2冊の答えに、少しでも手掛かりが欲しい私の声は自然と大きくなる。


「あの本は変わったやつだったからな」

「そうでしたわね、なんというか()()な感じがしました」

()()。この本たちにそんな言葉を使われるなんて、かなりの変本だったんだろう。


「あんたらでも避けてたってこと?」

「どちらかといえば避けられていたような・・・」

「ええ、私が挨拶しても返答しませんでしたし・・・」

明らかに2冊の本の声が弱くなる。喋りたくないという雰囲気が伝わってくる。


「題名が変なのはあれだけど、中身が・・・、ここでいうところの中身というのは内容のことね。中身がどんな内容なのかがまず知りたいの」

「ああ、やつは国に一冊しかない特別な本だからな。まあ俺はアイツらみたいなタイプを『本』とは認めていないけどな」

「確かに。そのところには賛同しますわ。本というものは流通してこそ。大量に自分が増えることが存在価値と同意味ですから。不本意ながらベストセラーとかいうものとは無縁ではありますけれど、基本的にはなんら変わりはありませんの。」

「刷られた数が寿命みたいなことね」

「そうだ」

「そうですわね」

だとしたらあの本は、いや、この2冊からしたら本でないのだけど、私達人間からしたら特別で、扱いの難しい『本』ということになる。


「色葉、あの本、『なんにでもある記憶、どこにでもある記録』って本、あれ、どうやら『特別指定本書』かも」

「え? 『特別指定本書』って国が管理してる本ってことですか?」

「みたい。こいつらの言うには一冊しか存在していない本だって。だから本じゃないって」

「本じゃない。確かにそうかもしれません。本って本来世に出回ってなんぼのところがありますから。ということは、ここから盗み出された今、内容の把握は無理だということになってしまいますね」

相変わらず頭の回転が速い。


「ちょっと待って!」

突然ギャル本が声を上げる。


「なに急に?」

「どうしたんですか?」

心配した色葉が自分の目線を私に合わせる。

「こいつがちょっと待ってって急に」


「そいつとは話したの?」

明らかに焦っている声。なんだかこいつらしくないと思ってしまう。


「なんだ小娘?」

「あら可愛い、どうしたのお嬢さん?」

「だからぁ、あの本と話たのかって聞いてんの?」

私達よりも、こいつのほうが躍起になってしまっているこの状況が私を冷静という文字がごとく冷たく、静かにさせていく。

それは仇という目的から遠ざけていくように。

もしかして、こいつは、ギャル本は、私の仇討ちを止めようとしている。なぜかそう思えた。


「ああ、少しだけだがな。なにを話したっけな・・・、ああ、そうだ、貸出されたのが何回目か聞いたな」

「そうでした、そうでした。たしか、私たちをあなた達が配達した時が2回目だと言っていましたわ。あまりにも少なくて、マウントを取る気にもなりませんでしたから間違いないですわ」

2回目。

んっ? 2回目? 「2回貸し出された!?」


「ねえ色葉、おかしくない?」

「おかしいですね」

すでに考え込んでいる色葉。もうこの問題に気づき対応しようとしている。


「どう思う」

私はこういう時色葉の意見を聞くようにしている。

的確で、なによりも、私がその何倍もの時間をかけて出した答えと同じ場合がほとんどだからだ。


「貸出できないですからね、特定指定本書は。私達は気付くことが出来ませんし、あのレベルの本扱うとなれば館長から必ず何かしらの注意を促されるに決まっていますから」

「だよね」

私はいつも通り相槌をうつ。


「館長が気づかず、貸出という形をとることが出来るなんておかしいです、おかし過ぎます」

「カモってるからよ!」

またまた大きな声でギャル本が突然話に割って入る。


「なにそれ? カモってる? どういうこと?」

「カモってるも知らないの? カモフラージュってこと」

「ならそう言いなさいよ。騙されてる方の『カモ』かと思ったじゃない! あれ? それって同じ意味か・・・って、そんな言葉遊びしてる時じゃないでしょ! そのカモフラージュしてるってどういうこと?」

「取り替えられてるってこと」

「なにを?」

「表紙を」

一瞬なにがなんだか分からなくなったが、その意味はすぐに理解出来た。


「中身がすり替わってたってこと?」

「そうよ! あの時貸し出された本はあたしを含めて四冊。当然返却された本も四冊。ただし、その時の中身は三冊。もう一冊はあの家にあったサイズの同じ適当な本にすり替わってたの」

情報が急すぎて頭の中でごちゃごちゃになってしまった。

前後の複雑さ、まるで推理小説のトリックを目の前で「さあ、答えて」と差し出されているようで、面倒臭くなる。

この会話を色葉が聞いていたらどれだけ良かっただろうか。自分の低能を後悔した。

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