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人ぎらいの慣性ドリフト。  作者: 西薗上美
22/27

嘘のような現実

どうしてここにいるんだ?

なんで、こんな状況になったんだろう。

どうすればいいのか分からず、どうすることも出来ずにいる。


「なにボーっとしているんですか? 私はご飯炊きますから、あなたはおかずをお願いします」


なんでそんなに冷静に会話が出来る?

あれ? 俺のほうがおかしいのか?

どうしよう、「?」が永遠に続いてしまう。


「そういえばなにを買ったんですか? おかずに関しては放置というか一任しましたから、センスというか、私もそこのところが楽しみで敢えてそうした節がありますから」


おかずは俺が独断で買った。

単に、千歳に聞かれなかっただけだったが、ここぞと意気込んで素材を買って、俺が一番うまいと思っているものを作ろうとしていた。

が、センスをとわれることになるなんて、一気に自信が無くなってきた。

男、それも一人暮らしの若い男子が好んで食べるものなんて、茶色で、味が濃いだけのものになってしまうのは、一人暮らしの女子高生の部屋に上がり込んでしまって、どうしていいか分からずともその奥には下心が芽生えてしまうが如く当たり前なことだ。


「まあ、出来てからのお楽しみということで」

「なんですかそれ。気持ち悪い」

まずい、下心に気づかれてしまう。

って、俺は下心を抱いているのか?

いや待て。尚早にそうだと思ってしまうのは危険だ。


「とにかく。千歳はご飯炊くのに集中してくれればいいから」

「言われなくても全力でご飯は炊きます。あなたのおかずに期待しながら」

なんて性格の悪いやつだ。

しょうがない、俺は普段から持ち歩かないエコバックとかいう袋ではなく、スーパーの店名が書かれたビニール袋から食材を取り出す。

豚肉、玉ねぎ、生姜、片栗粉、キャベツにトマト。

よく考えたら、こうして一度キッチンシンクに食材をおおっぴろげてしまえば、今から俺が何を作ろうとしているのかが少し料理をする人間にならばすぐにバレてしまうのは必然だ。

いちいち使う材料をその時その時に出しながら料理することは考えただけでもストレスが溜まる。もうそれは料理ですらないと思えてしまうほど。

だから、もうセンスがどうとかは言ってられない。とにかく俺は千歳が全力で集中しながらご飯を炊いているのと同様に、持ちうる技術総動員でおかずを作るしかない。


「一体何が出来るんですか? その材料で?」

腹をくくり、いざ調理に取り掛かろうとした出鼻をへし折る言葉が突然真横から覆いかぶさってきた。

まじでか。

こいつ、本気で言ってるのか?

どう見ても『豚の生姜焼き』だろう。

でも、それが千歳には分からないみたいだ。

そういえば、よくよくキッチン周りを見てみると、圧倒的に調理道具の種類が少ない。というか、二人分の料理を盛る皿すらないようにみえる。


「なあ」

「・・・」

どうやら本当に全力で集中しているようだ。とはいえ、ただ米を研いでいるだけだが。


「おい千歳」

「・・・」

「おいって!」

「なんですか? さっきからうるさいですね」

「集中して米を研いでるとこ悪いが、お前普段はどんなもん食ってるんだ?」

「どんなって、ご飯ですけど」

「いや、ご飯は分かる。じゃなくておかずは? 料理するんだろ?」

「・・・しません」

「は?」

「だから・・・しません」

「しませんって、ご飯だけ食べてる訳ないだろう。おかずはどうしてるんだよ?」

「安売りなった惣菜を買いだめしておいたり、レトルト類を湯煎してカレーなんかをかけて食べたり」

ある意味、俺よりも一人暮らしのレベルが高い。

だからか、調理器具以前にキッチン周りが、キッチンとして使用した形跡がほとんどない。


「そ、そうなのか。まあ人それぞれだから別に構わないけど」

「何か言いたげですけれど、私はそれで満足していますから」

さびしい言葉をさっらっと言うやつだ。

始めて会った時もこんな感じがあった。

一人暮らしなんてことをさっきは考えたけれど、そんな安直で安価な考え方をしてはいけない。


こいつは、千歳はこういう人間になってしまったんじゃないか。

まだどこか幼さが残る雰囲気を纏っているのに、あいつから聞いた壮絶な人生を、人間の一生の何分の一の時間ですでに経験してしまっている。

だからこういうことをなんの躊躇も、いや、本人は特に寂しいことを言ってしまっていることすら自覚出来ずに言ってしまうような状態になってしまったんじゃないか。

自分がどれだけ「普通」な人生を今日までおくってこれたのか、今の生活の原因がとてつもなくちっぽけで、それこそ安っぽい、しょうもなく理由にすらしてはいけないほど、恥ずかしいことだと思えてくる。


『そんな考え方じゃ何時まで経っても千歳に好かれることはありませんよ』


はっ!? なんで? どうしてここで?


『どうやら声は届いているみたいですね。初めて声を掛けた時から兆候はあったけれど、やっぱり出来ました、成功です!』

なぜ、今、この場所で、あの『車』の声がする?


『居るらしいんですよ。あなたみたいな力の持ち主の中でもさらにその力を()()させる人間が』

正常時でも理解できないようなことを、普段から話すようなスピードで何かいっている?

あの車がひとりで、一台でそう言って満足している。


「お前。自分で動くこと出来たのか?」

『そんな事出来るわけないじゃないですか。勿論城戸自動車から話しかけてますよ。言ったでしょ、能力が成長したって。どれだけなのかは判断しかねますけど以前よりも遠隔で会話が出来るようになったんですよ。あと、実際に声に出す必要もなくなったみたいですから』

能力が成長した?

俺がってことだよな?


『以前より遠隔で会話できる、声も出さなくてよくなったって、俺の力がRPGでいうところのレベルが上がった的なことか起きたってことか?』

『うーん、その表現はいまいち理解することは出来ませんけれど。レベルが上がったというのとは少し違いますね」

『違うのか・・・。ならどういうことだよ?』

『答えるには時間が掛かりそうですから、それはとりあえず食事をしてからにしたらどうですか? 隣の美女の表情見てくださいよ』

思い出されたと気づかれないように、おかずの調理はしていたと誤魔化す手捌きで、素早く表情を確認すると余計にまずいと、何事もなかったようにゆっくり隣の美女と目線を合わせる。

いつもしているというだけあってその段取りはスムーズなものだったのだろう。すでに洗米を終えた千歳とガッツリと目と目が合う。


「その調子ではどうやら期待できそうにありませんね」

明らかにがっかりした表情と、合っていた目線の外し方が、声だけの、本来ならば無機質なあいつへの意識を完全にそれまでの空間へと強制的に戻してくれた。


「大丈夫。自分以外の人にこうやって晩ごはんを作るのは初めてだから。それなりに緊張してるし、だから集中もしてるから。期待に答えれるかはわからないけど、期待して待っててくれとは言えるから」

外された目線を再度合わせながら、自分ではキメ顔でそう言ってみた。


「なんですか。なんなんですかそれは、気持ち悪い」

その口調は明らかに早口な、焦ってなにかしら取り繕うとするような言い方だった。

とりあえずは誤魔化すという目的は果たせた。


『今度そんな方法で千歳を誑かせることをしたら私はあなたを許しませんから。二度とそんなことをするのはやめてください』

言われるだろうと思った。

俺だって、言っている途中でやっちゃいけないことを今自分がしていると気づいていた。

千歳がこいつにとって大切な人間であるのと同じで、俺にとっても千歳という女性はもう大切にしなくてはいけないと思えるまでの存在になっている。


『ごめん。言われなくても分かってるよ。でも、千歳ってさ、ちょっとそういうこと言ってみたくなるような娘じゃないか? あれだよあれ、小学生の男子が好きな女子にちょっかいかけるみたいなことだよ』

『あなたが小学生というところには深く納得しますけど、だからといって「好きな女子」というところはそうはいきませんし、聞き捨てならないですね』

『そこのところの話は長くなるから今は料理に集中していいか? 悪いことを言ってしまったとはいえ、あんなことを言ってしまった以上嘘はつきたくないから』

『・・・』


どうやら俺の言い分は聞き入れられたみたいだ。

多分、千歳が初めて食べるであろう生姜焼きだからだろう。

何度も作っているおかずだとしてもベストな生姜焼きを作ろう。そう思った。


材料を切る。フライパンがあって良かったと片栗粉を薄くまぶした豚肉を一枚一枚丁寧に広げ焼く。千切りにした玉ねぎ、すりおろした生姜と適当な調味料を混ぜたタレを入れさらに炒める。玉ねぎと同時に千切りにしていたキャベツと大きめに切ったトマトを唯一あった大きめの皿に盛る。

ここまでの調理の間、千歳は目を皿のようにして隣で片時も目を離すことなく、なにが出来ていくのかという表情で、俺に体が触れていることに気付くこともなく出来上がる過程を見ていた。


「よし、完成!」

これで調理が終了したと千歳に知らせるためと、自分でも生姜焼きの出来に満足出来たことへの納得して出した声だった。


「これで完成ですか・・・、それで、何て料理なんですか?」

まじで知らなかったのか。

「生姜焼き」

「ショウガヤキ? 確かに生姜は入ってますね。でも、メインは豚肉ですよね?」

「ああ、それね。正確には『豚の生姜焼き』ね」

「豚・・・生姜焼き・・・なるほど、味付けのことなんですね」

「いいいいいいや、そんな分析はいいから早く食べよう。冷めたら美味しさ半減だから」

「そうですね。ご飯もあと少しで炊けますから先に豚の生姜焼きをテーブルに運んでおきましょうか」

「うん。それじゃあと俺はご飯が炊ける間に味噌汁でも作っておくよ」

「わかりました。お願いしますね」

『なんだか同棲したての男女の会話みたいですね。不愉快極まりないです』

すでに千歳は俺の作った豚の生姜焼きを大切そうに、今だにまじまじとどんな味がするのかとでも思っているのか、そんな感じでテーブルへと運んでいって近くには居ない。


『もしかして、お前が聞きたくなったらいつでも俺と千歳の会話を盗み聞きする事できるのか?』

『盗み聞きとは聞き捨てならないですね。まあ確かにそのとおりではあるんですけれど』

『犯罪だからな』

『車を裁ける法律なんてどこにもありませんよ』

『うるせえ、今俺は味噌汁つくってるんだよ、黙ってろよ』

『いいんですか? この隙に『能力の成長』について説明しようとしたんですけど』

どうやらこの関係はどこまでいっても俺がイニシアチブを握ることは出来そうにないみたいだ。


『いいから聞かせろよ、どうしてこうなったのか』

『しょうがないですね、では改めて。昨日の晩から翌朝にかけて、もしくはそれ以上かもしれませんが、頭痛ひどかったんじゃありませんか?』

『あれがきっかけだったと? 成長って言う割には強制的な感じだと思うが?』

『いやいや、頭痛はトリガーが引かれた副作用みたいなものだけであって、本質は今のあなたならば、この能力が備わっても良いと判断されたんですよ』

『判断って誰に?』

『神さまに、です。』


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