全てを楽しむ
腹が減ってはなんとやらだ。
たとえそれが初めて目にするものだったとしても、人間空腹には勝てず食べてしまうだろう。
そこにきて、出どころ不明な料理だったとしても、外食なんてもののほとんどがそんなもんだ。
だとしたら、そのどれにも該当しない事例を前にしたらどうするんだろう?
「これが・・・まさか・・・そうなのか」
いやに大げさな反応をするやつだ。
確かに、俺も星呼ほどではないけれど、心臓の鼓動が早くなっているのを自覚してしまうほどテンションが上がっている。
「未来からの、そして過去からの、異物であり、遺産だ」
なにやら訳の分からないことを言い始めた。
「でも、『うどんそば』って書いてありますけど」
こういうときのこいつにはいつも驚かせされると同時に冷や汗もかかされる。
「これって自販機だろう? でも、うどんそばって・・・うーん、確かに書いてあるな」
これを前にしてしまうと、フォローや誤魔化しの類を行う余裕なんて完全に無くなる。
数台置かれている自動販売機の流れの中に『これ』だけが異彩を放っている。
だから、どう考えても『これ』が自動販売機だと思うしかなかった。
矛盾している理解も、「存在しているのだからしょうがない」。そう思うしかない。
ああ、だからか。
それだからか。
なるほど、納得だ。
どこまでいっても冷静沈着だと思っていた星呼がここまで取り乱し、もしかしたら本性かもしれない一面を見せ、終いには未来だの、遺産だの訳の分からないことを言い出しのには十分なほど納得したし、その気分も気持ちも分かった。
「どちらかといえば、未来じゃないかな」
俺も十分に舞い上がることにした。
「やはりそうか! うん、お前の賛同を得られたのならば決定だ! あれは、未来の機会だ!!」
もうバカがどうだとかいう概念を超越しつつある。
「いや、でも、どう見てもあれ現代のものではないですか。なにをそんなにはしゃぐことがあるんですか?」
「なにを言っている。あれは未来のものだ。どこからどう見てもだ。おまえこそ何を根拠にそんなことを言っている?」
「まあ確かに、そこまで言われてしまうと否定出来なくなってしまいますが・・・」
論破されつつある。
楽器が人間にだ。
ここまで、こうして、なんの隔たりもなく、自然に、至って当たり前に接することが出来ている『二人』を羨ましく思ってしまう。
俺はどうしてこうじゃなかったんだろう。
こいつはいつでも歩みよっていたのが今ならば分かる。
楽器と言葉を交わすことが出来るというのに、その当たり前ではない当たり前に、どうして真っ向から向き合わなかったんだろう。
斜に構え、ときには自分には必要ないなんてそんなことまで思ったりしていた。
眼の前で今起こっているこれがなぜ出来なかったのだろう。
面倒くさいとか、時間の無駄だとか、そう思っていた俺自身だけがマイナスの世界で、無駄な時間を過ごし、面倒くさい人に間なっていただけだった。
「腹減ってるからもう買うぞ? いいな?」
こうして目の前まできてみると、どう見ても自販機だ。
体積にしても、ブーンという機会丸出しの無機質な音も。
「何を買うつもりだ?」
いつのまにかバイオリンを何故か大事そうに抱えたままの星呼が真横にきていた。相変わらず可愛い。
「うーん、蕎麦かな。星呼は?」
「なんだ? 馳走してくれるということか?」
「別にこれくらいいいよ。安いし」
普通の自販機ならば、1・20あるであろうメニューのボタンが、この未来の自販機には二つしかない。『うどん』『そば』この二つだけだ。
「そうか。なら両方で」
「ああ、そうだった。そういうやつだったなお前は」
「いいだろう別に、私も腹が減ってるんだ。もしかしたらおかわりもありえるからな」
「なんでもいいですから早く食事にしてください。乳繰り合うのはもう十分ですから」
星呼の顔が突然真っ赤になる。
自分では確認出来ないが、俺も真っ赤だ。
二人の空間だけ時間が停止する。
永遠に続かと思うほど長く感じた。
停止しているのに時間の流れも感じる不思議な感覚。初めて体験する感覚だ。
息苦しくて、でも、心地良い空間。
時間が停止し、身動きが取れなくなってしまって歯痒いのに、頭は綺麗に引っかかりなくスムーズに回転している。
まるで、今この時だけは世界が自分のためにあると思えた。
カラン。
俺は無言で小銭を自販機の料金入り口に入れる。
回らない頭。調子の上がらない感覚。その現実に戻すことをする。
「じゃあ両方な」
「ありがとう、馳走になる」
未来の機会が音をたて始め、なにやら奥のほうで初めて聞くような音が聞こえる。
「これ、中で作ってるんじゃないか?」
瞬間的に思いついた言葉が何故かすんなり出てきた。
「作ってるな確かに!」
星呼に出会って今日まで、こんなに何も考えなしのやり取りをしたことはない。
ただ単に、目の前で起こっている出来事を口にしているだけ。
純粋に楽しむことが出来ている。
だから楽しい。
「・・・そんな顔もするんですね。いいですね、その顔」
こいつら楽器は当然表情を変えるどころか、表情という概念がない。
それなのに、そう言われて嬉しくなっている自分がいる。
こいつもこいつで、自分の思ったことを言っているだけだ。
よく考えたら目の前のこの二人はいつもそうだ。楽しければ楽しいと、興味があればそれが何か聞くし、怒れば手のつけようがないほどに興奮するし、まだ見たことがないけれど辛く、悲しいことが起これば見ていられないほどに落胆するんだろう。
今、この瞬間理解出来た。
全ての事象をこいつらは楽しんでいるんだ。
周りなんて一切関係なく、一挙手一投足、瞬間瞬間を真剣に生きている。人生を楽しむことをしているんだ。
「なんか凄いな。この自販機も、こんなところに三人でいることも、少し前の生活からは絶対に想像出来ないよな。なんだか笑えてくるし、感動するよ」
今言いたいことを言う。
言ってしまうんじゃなくて、俺自身が俺の意思で意図的に。
「知らなかったのか? 感動すると笑えてくるんだよ。やっと分かってきたじゃないか、うんうん。涙を流すなんて、あれ嘘だからな。ますます人間っぽくなってきたな、うん」
何度も頭を縦に振り、まるで、俺の全てを肯定してくれているように受け答えてくれている。
「おっ? 出来たな。受け入れ体制は万全、いざ実食だ!」
「どんななんでしょう、楽しみですね!」
俺の蕎麦を待たずに、自販機からできたての蕎麦をこぼすんじゃないかという勢いで取り出すと、適当なところへ陣取り、未来の機械が仕上げた多分蕎麦をなんの躊躇いもなく一気にすすった。
「うまい!」
他の客が居なくてよかったと思える音量で感想が述べられた。
「ぷっ! なんだよそれ。普通だな、おい」
以前の、バイオリニストとして生きていたあの頃からは考えられないような態度を取っている。
こんな音量の言葉を間近で出されたとあっては、雑音だと、静かに激怒してた。
それが今は、星呼の出した雑音に負けないほどの声量で呼応するように爆笑している。
「人間、変わるもんだな。」そう思えた。
俺の蕎麦が出来上がる。
奢ると言った以上、蕎麦を取り出すと更に硬貨追加しもう一方のうどんのボタンを押す。
腹が空いているのは俺も同じ。一瞬迷ったが星呼の真向かいに座る。
すでにほとんど食べ終わっているのを確認すると、なぜか食べるスピードを上げてしまう。
「確かに美味いな。さすが未来の機械だな」
「だろう! 驚くよな! 感動するよな! 幸せな気分だ!!」
多分それほど美味しくはないんだろう。
なにがここまでそうさせるのか、俺たちは気づいているそれを飲み込んで言いたい言葉だけを言えている。
すごく驚くし、涙が出てくるほどじゃなく笑顔になるほど感動する、すごく幸せな感覚。
そういうことなんだろう。
楽しい。
久しぶりな感情。というか、ここまで素直に楽しいと思えることが嬉しい。
本当の自分が形成されていくのが分かる。
変わったんじゃなく、これが本来の自分だと。気付くという行為が思考回路に直結し、さらなる自分へと意識と感覚を先に進める。
「・・・」
「どうしたんですか急に? 静かになって」
「ん? どうかしたのか?」
「いや、なんか、なんていうか、なにがなんだか分からなくなってきてな」
「なんだそれは。結局なにも理解出来ていないじゃないか。なにを悩んでるかどうでもいいが目の前に天才の私が居るじゃないか、どうして聞いてこない」
「ふっ、そうだったな。」
立て続けだった。
他人に頼るなんて、するしない以前に考えてこなかった。それなのにいくつかの過程をすっ飛ばして腑に落ちていた。
「なら聞いていいか?」
「んっ、まあ待て。これを食してからだ」
とっくに蕎麦は食べ終え、二杯目のうどんを半分まで食べ終わっていた星呼の唐突で意外な受け答えに少しばかり慄きつつ、俺がまだ蕎麦を半分くらい残している時点でのそのスピードならばと、待つというには短い時間だろうと静かにすることにする。
「うん、美味かった。ご馳走様でした」
「終わったか? それでな、」
「まさか、自分がなんなのか的なことを聞こうとしていないだろうな?」
当たらずとも遠からずなことを言われて一瞬、先を聞こうかためらう。
「自分がどんな人間なのかは今分かったとこだ。そうじゃなくて、いや、関係なくはないが、そうだな・・・。本当の自分に気付くことは変化なのか? それとも、他にないか表す言葉があるのか? それを聞きたかったんだ」
「うーん、難しいなそれは。彼方にしては大したことを聞いて来るじゃないか」
ここまで考え込むこいつは珍しい。
どんと来い精神でいるだろうと、思ったことをそのまま聞いたことがここにきて、ここまで星呼を困惑させることになるなんて思ってもいなかった。
「彼方としては、人が変わるというのがどうも違うと、そう思ったんだな」
「まあ、そんな感じかな。別に変わるでも違わないとは思うけれど、なにか違和感があったからな」
違和感とは言ったが、実際は納得したくなかっただけだ。
だから外に答えを求めた。
「どうして聞かない」と言われて、「そうだった」と気付いたフリをした。
それらを含めて俺という人間だと思ったからだ。
「例えばだ、例えばだぞ。自分がどういう人間かが分かって、その確証を誇示、もしくは確定するべく外の意見を聞くという行動がとれるようになったとする。だとすればそれは変わったとはいえない。当たり前だ、本人が自分はこうだと理解したならばそうなのだからだ。他人の意見は他人の意見でしかなく、無駄のなにものでもないのだから。それはただ単に『成長』しただけなのだから。だから敢えてその質問に答えるのならば、未来の話、お前がどんな成長を遂げたのか、それを見て判断するしかない」
中身が、罵倒、齟齬、辟易、そこに混じったすこしばかりの僥倖、そんな訳の分からない答えが、俺にはとてつもなく染み入った。




