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人ぎらいの慣性ドリフト。  作者: 西薗上美
20/27

責任

車の整備書。バイオリンの教科書。

その二つは分かる。

とはいっても、この場合借りる本の共通点のない、頓着がない辰巳家が相手ということに限ってだけれど。

車の本は多分故障でもした自分の車を自力で直そうとしたんだろう。

バイオリンの本は単に興味を持ってはじめてみようとでも考えたのかもしれない。

実用書という共通点はあるけど、小説なんかの物語系が無いのは珍しい。


こんなふうな考えを巡らせても常識の範疇をはみ出ることはできない。

この状況を打破できるような答えを導き出せるわけもない。


『なんにでもある記憶、どこにでもある記録』

三冊目の本。

聞いただけではどんな内容の本なのかなんて全く見当が出来ない。

だから、この本がそれになるとしか思えなかった。


「これからどうします?」

今一番聞かれたくないことを色葉は、いともたやすく、無邪気に聞いてくる。


「雪ばあさんをこのままには出来ないから救急車は呼ぶしかないわね。でも呼ぶだけ。名前は告げずに私達は犯人を追うわよ」

私は携帯を取り出し電話をかけようとした。

「リョウコさん待って下さい」

色葉が止めに入る。ここにきて、まさか色葉が止めにはいるとは思ってもいなかった。


「なに?」

この子がそのままなんてことをするわけがない。

聞くということをしたのは、意外なことを言った色葉への単純な疑問半分、手間をとられた怒り半分といった具合だった。


「携帯はまずいです。ここは雪さんの自宅の電話を借りましょう。」

普段の色葉からは考えられないような、冷静というには冷たく、そんなだから残酷な台詞に聞こえてしまった。

けれど、冷たく残酷なものの言い方をしたその奥には、ほぼ透明で青く燃える炎が小さく、分かりにくい極小サイズにメラメラと灯っているのがはっきりと感じることが出来た。


「そうだね」

私は気圧されるまま賛同することしか出来ずに只、ポツリと言葉にするのが精一杯だった。


「これからどうすんの?」

色葉のあの言葉が唯一だと思っていたが、まだあった。

今私の周りには聞きたくないことを平気で口に出来るようなやつしかいない。


「だから犯人を捜すって言ったでしょ、目的に近づくために先に進むって決めたでしょ」

生まれてきて今日まで、目的に向かうなんてことをしたことがなかった。

こんな意識が自然に、もしくは強制的に湧いてきたことにどんな意味があるのか。

特殊能力を持つ私という存在がこの世界にあるのはなんでか。

そんなことにまで拡大解釈しようとしてしまうほどに考えてしまう。

あいつと付き合ってその答えが分かると、自分がなんなのか証明出来るようになると、そう思っていた。

でも、それは間違っていた。

そうじゃない。間違っていたなんてあいつのせいみたいな言い方は間違っている。全ては私自身が駄目だっただけだ。

だから変わる。

いや。変わるなんてのはまた逃げるための口実になる可能性があるから、してはいけない。

変わってはいけない。責任の放棄になってしまう。

また違う。

責任を全うすることは、責任を取るということで、まるで責任を消化するみたい。それじゃ駄目。責任は維持しなくてはいけない。

だから成長するしかない。

私が成長することで初めて、責任を帯同できるような人間になれる。


「リョウコさん? リョウコさん!」

「え? なに?」

「ぼーっとしないでくださいよ! 行きますよ!!」

「行くってどこに? 電話は?」

「救急車は呼びました。戻るんですよ!」

「戻る?」

「図書館に戻るんです」

「・・・そうか。そうだね。それが一番ね」

色葉が居てくれて良かった。

成長するには時間が掛かる。

変わるならそれは意識の段階で成立するからそう時間は掛からないけれど、成長は成長だ。当然時間が必要になる。

成りたい自分に成るというのは多分、難しいことなんだろう。自分一人じゃキツイ時もあるだろう。成長しようとしてする手段を手探りな私なんて絶対に一人じゃ無理だ。

だからといって、弱みを他人に見せてしまうのは気が引ける。

自分勝手上等。

今はスピードが必要なんだ。

考えうる最短の手段と、周りを圧倒するほどの速度が必要なんだから。

出来ることなら、責任と一緒に生きていても平気になれる状態まで強制的に成長したいくらいだ。


「ねえ色葉」

「そこから先は言っちゃ駄目だからね」

私でも色葉でもない、第三の声が止めに入る。

「そうだね、うん、助かったわ」

「でしょ? あたしは決めたんだから、あんたの味方になるって」

味方なんて言葉、信用ならないけれど、多少だけれど、確かに嬉しかった。

こいつは、この本は私に嘘をつくことができない。なのに味方なんて安っぽい言葉を使うことにはリスクが生じる。ソレをしてきた。だからこいつのことも信用しよう。

この本は私にとって必要で、大事な存在。


「それじゃ行こうか」

私達は辰巳家を後にする。

もしかしたらまだこの場所には、犯人に繋がる手掛かりが残されていたかもしれない。

でも、たとえそうだったとしても、ここにはもう要は無い。

今一番に優先すべきは図書館に戻って例の三冊の本を調べること。

目的に最速で到達するためにすべきことを最優先でするだけだった。


『国立都田図書館』

私と色葉が勤務する場所。

自慢ではないが、この図書館、日本で一番大きいらしい。

となると、必然的に所蔵する本の冊数、種類は日本一の量となる。

なぜこんな片田舎に建てたのか?

多分、到底私の考えうる範疇をはみ出している変人が建てたんだろう。

勤め先で給料を頂いている身からしたら、大きな声で口が裂けても言えないけれど、面接の時初めてこの場所を見た時からそう思っているし、小さな声では何回か言ったことはある。

そんなに広大なのに利用者はそこまでいない。けれどここに勤めてる人達は忙しそうに毎日なにかしら仕事を一生懸命にしている。

きっと、私達の業務としている移動図書館は本来この場所が存在する理由とは別の業務で、殆どバイトのような扱いの私達なんかが図書館のいわば中枢に関われるはずがないのだけれど、明らかに一般の図書館とは違う、異彩な場所だということは気づけていた。


「ここの雰囲気って、今だに馴れないのよね」

「私もです」

「なぁ~にココ? こんなおっきな建もん意味あるの?」

「でしょ? 意味ないよねぇ」

「なんでも、自他ともに認める天才って人が国から依頼を受けて建てたらしいですよ」

「なにそれ、ウケる、漫画じゃん」

「国が関わっているのに、内容が漫画って凄いよね。確かにウケる。真剣にふざけてるとは違ってて、ベクトルを履き違えてるみたいで、単純に馬鹿なことしてるよね、ウケる」

色葉の性格上、こういった悪口には乗ってくれない。そんなところにこの本が来てしまったか故に、躊躇なく、湯水のように溢れてしまった。


「自分の働いているところを自分でバカにしたところで意味ないですよ。それどころかマイナス、バカっていうほうがバカってことになりますよ」

「すみません」

「謝るくらいならしないでください。それよりも、早く本の内容確認しますよ」

まるで私のことを見放すように色葉は先を早足で急ぐ。不意に「見捨てないで」と声にしてしまいそうにさらに早足で後を懸命に追った。


「車の整備書、初心者のためのバイオリン。この二つはなんとなく内容の予測がつくけど、問題は『なんにでもある記憶、どこにでもある記録』ってやつよね。そもそもジャンル自体なんに属しているのかすら見当もつかないし、見つかったとしても内容が理解できるのか不安になるくらいよね」

「とにかく三冊とも検索機にかけて一通り読んでみるしかないですよね」

「なんでそんなことすんの? あんたなら直接本に聞けば良いじゃない?」

「そんなことは初めから分かってんの! 問題は借りた当人。『人間』に問題があるだけで、本はなにも悪くないんだから」

「ふーん。そんなことも言うんだぁ」

本は馬鹿じゃない。

こいつの場合は、バカだけれど馬鹿ではない。なんだろう。段々この本を愛くるしく感じるようになってきた。


「リョウコさん、本ありました。」

ほんとにこの子は仕事が早い。

「ありがとう。ん?」

「そうなんです、車の整備書と初心者のためのバイオリンはあったんですけど問題の『なんにでもある記憶、どこにでもある記録』が無いんです」

正直あり得ないと思った。

ここまでの設備に、管轄は国。最初から所蔵されていなかったのならまだしも、一度は確かにここに置いてあって、それも紛失したとなれば、間違いなくすぐに処置が施されてなにかしらの対策と対応を、毎日一生懸命ないかしらの業務をしていあの人達がちゃんとしてくれるはずだ、いや、はずではなく、してくれる。

そこにきて置き直してしないどころか、最後に貸し出した人に連絡なりもしていないのだろうか? 

もしそうだったとしたら、国立図書館としてあるまじき行為。怠慢のなにものでもない。

「あ! そうだ。最後に借りた人。いくらなんでもそのデータくらいならば残ってるはずでしょ?」

「なに言ってるんですか。調べられる訳ないでしょう」

「ああ、そうか・・・そうだったわね」

プライバシー保護だとかいう訳の分からない理由でこういった場合履歴をだどれないよう、一切の情報は消去される決まりがある。


「館長に直接聞いてみますか?」

「それだけは待って」

あの人は、あの人間は苦手。


「聞いてみたら?」

小脇に抱え、一応連れてきていたこいつが口を挟む。


「だから、気が進まないって言ってるでしょ」

「じゃなくって、他の二冊に」

「・・・そうするしかないわよね。はー、それもそれで気が進まないけれど」

こいつは知らないんだろうか。

本という『生物』の特性を。


「この二冊に聞いてみるわ」

「え? 大丈夫なんですか? リョウコさん。本ってロクな性格のやつがいないって前に何度も言ってたじゃないですか。それに」

「いいの。雪ばあさんのためだから」

「ため」とは言ったが、本来の使い方とは違う。

自分で決めた『雪ばあさんの敵討ち』。

その責任は誰でもない、私自身のみに帯同していることを再確認、言い聞かせることが目的だった。

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