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異世界が来たッ!!  作者: 和 武
2/5

推理小説が来たッ!!



 ――――キーンコーンカーンコーン


「小希ー、学食行くわよー」


「あぁ」

 あれから恙無く日々は過ぎ、野球中継も野球部も、ランナーを内野が追いかけ、スクラムを組んで戦うというルールから元通りになり、すっかり日常を取り戻していた。


 少女マンガの世界から侵略に来た早乙女 絵々も世界を侵食していく力を無くし、同時にこちらの世界に来た時の様な煌びやかさは無くなったものの、今や転校生という存在からクラスメイトの一員として日常の風景へと違和感無く溶け込んでいた。


 そんな光景を見て何か特別な事を思わないくらいに、小希にとってそれは毎日の、違和感の無い世界だった。


 そこに飛び込んできたのは……


「大変です! 小希くん! 志意さんッ!!」


「お前まだいたのかよッ!!」


 金髪碧眼の眼鏡男子、精霊のピペット駒込だった。


「え、いや、別に僕が鳳陽に通っているのは改変でも何でもなく普通に受験して、普通に通学しているだけですけど?」


「まさかのナチュラルに先輩だったッ!?」


「その割には入学からあの日まで見た事無かった気がするわね……」


 そう、この世界の精霊であるピペットは世界の改変を行なえ、そのお陰で随分な事が起きたりもした。しかしどうやら彼がこの学校に通っているのは一般生徒としてだったらしい。


 そんなピペットを腕組をし、踵で床を鳴らしながら睨みつけるのは、


「何よ、ピペット? 私達これから学食行くんだけど?」


 勿論志意だ。


「まぁまぁ、どうせ志意さんの事だからごちそうすると言えば」


「はい、よろこんでぇッー!!」


 ピペットが学食の食券をブレザーの胸ポケットから取り出した姿を見るや否や、胸の前で組んでいた腕を背中に回し、軍隊の休めの格好へと切り替え姿勢を正す。


「ですよね……」


「なんという欲望の権化ッ!!」


 ピペットは苦笑しつつ首を横に振り、小希は相変わらずな幼なじみの底なしの欲望に舌を巻くのだった。




 そして場所を移して学食。数多ある席の中からなるたけカウンターから、出入り口から離れた人気の無い、端の席を選んだ。


 ちゃかちゃかちゃかちゃか……


「で、何が大変だってのよ?」


 ちゃかちゃかちゃかちゃか……


「それがですね、また異世界から侵略を企てる者が現れたんです」


 ちゃかちゃかちゃかちゃか……


「なんだとッ!!」


「なんですってッ!!」


 ちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃか……


「いや、お前驚いたんなら流石に納豆混ぜるの止めいやッ!!」


「仕方ないわね。まぁ、そろそろ頃合だしいいわ。さ、続けて」


 そう言って志意はホカホカの白米の上にペースト状に糸を引く茶色い豆を落とした。


「はい。実はですね、昨日また穴沢爺に反応がありまして、今回はどうやら推理小説の世界からこっちに乗り込んできた様なんです」


「推理小説? 何それ、どうやっても水と油過ぎる気がするのは私だけかしら?」


「確かに。少女マンガならまだしも、何が楽しくてそんな向かい合う風見鶏レベルで違うベクトルに反応する世界からこっちに来たんだよ?」


「まぁ、相性とかはあまり考えて無いんでしょう。ギャグ推理小説とかトリックに現実味無さ過ぎて成り立たないでしょうし……まぁ、そこらへんの問題はきっと関係ないとして。事実、侵略者が現れたので、また協力をお願いしようと思いまして」


 説明の時の真剣な表情から一転、爽やかな笑顔を浮かべ協力を求めるピペット。それを見聞きするやいなや、あろうことか目の前のトンカツを丸呑みし、納豆ご飯を一気にかきこみ顔を二倍ほどに膨らませ、メイン・ヒロイン(自称)は言った。


「断わる!」


「お前! 食うもんだけ食っといてよく言えたなッ!!」


 思わず断りたいと思っていた小希もつっこんでしまうほどの理不尽さを示した志意。そう言われても悪びれもせず、『胃の中に入ってしまえば返せとは言えまい』と言ったゲスの笑みを浮かべながらピペットに視線を送る。


 しかしそれを受けた当の精霊は落胆した様子も無く、笑みを崩さずに何かを内ポケットから取り出した。


「あーぁ、折角山奥の高級ペンションの招待券を手に入れて、それがここに三枚あるというのになァ~。今回の対象はそこに居るんだけどォ~断わられたらしかた無いなァ~」

 その招待券をヒラヒラとさせ、薄っすらと目を開いたいやらしい笑みで返すピペット。


 その舞い踊るチケットの中に山の幸の文字を見つけ、志意の表情が激変する。


「いつだ……?」


 真剣な表情で机に肘を突き、組んだ指に顔の半分を隠しどこぞの特務機関の司令官のようにポーズで、

一際低い声で志意は問うた。


「今週末、金曜の放課後からです!」


「……引き受けよう」


 すると志意とピペット、口角を吊り上げ、互いに頷き、昼食へと戻る。


「……………………」


 そうして、小希の意見など一つも聞かないまま、週末の予定が決まる。


 しかしそんな事より、この世界の精霊とメイン・ヒロインの笑い方が、こんなにも裏のある物である事に落胆し、いっそ良さそうな侵略者が来たならこの世界は書き換えてもらった方がいいんじゃ無いかとさえ思う小希なのであった。


「それじゃ、金曜はよろしく頼みますね」


「分かったわ」


「俺は未だに返事をしていないのにやっぱり行く事になってるんだ……」


 三人並んで学食から校舎への渡り廊下を歩く。春も深まり、初夏とまではいかないが中々に暖かな陽が心地良く、吹く風も冷たさは無く、運んでくるのは花の香りから新緑のそれに変わって来た。


 が、当の三人はそんな季節の片鱗を微塵も感じずにただあちぃな、くらいにしか思っていなかった。

 確かに良く見ればワイシャツ姿の生徒も見られ、まだ衣替えでは無いとは言え、ブレザーを脱いで登校する生徒も見られそうだ。


 そこに、


「おい! そこの貴様! まだ衣替えのシーズンでは無いぞ! 今すぐブレザーを着用しろ!」


 黒髪ポニーテール。いかにもな風貌の女子生徒がワイシャツ姿の男子生徒を注意していた。


「うわ、すご。何あのアニメキャラみたいの。おっぱいマジでかいし」


「お前ヒロインだなんだと口にする割に男子中学生みたいな着眼点だよな……」


「いや、ヒロイン云々を差し引けば納得の反応だと思いますよ? ほら、左腕のあれ」


 ピペットの言葉通り、いかにもな巨乳生徒の腕に視線をやるとそこには風紀委員の文字が。


「出た! 実際には無さそうな委員会ッ!!」


「リアルでは初めて見たわ……居んのね、この学校には。だからあんな理不尽な事ギャースギャース言ってんだ」


「えぇ、なんせギャグ小説ですから。ほら、風紀がどうとか言ってる割に、お色気枠だからスカートめっちゃ短いじゃないですか」


「マジだ。でも黒ストッキングなんだな」


 絵に描いた様な風紀委員に三人は思わず立ち止まってワイシャツの生徒とのやり取りを眺めている。しかしワイシャツの生徒は聞き分けが無いのか、結構な時間押し問答が続き、痺れを切らしたのか、風紀委員の怒りが爆発する。


「もういい! ブレザーを着ないのならいっそ何も着なければいいッ!!」


「「「なんか刀出てきたッ!!」」」


 あまりのキャラの濃さに三人共気が付かなかったが、腰には鞘が差してありそれを抜いた様で彼女の手には刀が握られており、その刃によってめくるめく男子生徒の服という服が細切れにされ、宙を舞い、あっという間に全裸になる。


 誰しもが風紀どころか法律を犯したその行為に驚き、戸惑いの声を上げる。


「えぇッ!? お色気シーンって、相手の男子生徒を脱がすので済ませていいのかよッ!!」


「え、何? あんたお色気と聞いておっぱいパンツを連想する下等な生き物だったの?」


「まぁ、このシーンをお色気と取るかどうかは自由として、まずお色気シーンを期待していたかのような口振りにガッカリです……」


「え、何! 間違ってるの俺ッ!?」


 その後、男子生徒は股間を押さえたまま教室に戻り、別のクラスの友人に頼み込んでノーパン体操服で残りの時間を過ごした為、一部の女子には大変喜ばれたと言う。



 ――――金曜、十七時半。鳳陽山中腹……


「って、早速推理小説みたいな表示出てるッ!!」


「くッ、どうやら今回の侵攻はかなり早いようだ!」


 三人が約束通りペンションに向かう途中、バスから降り深い霧の中を歩いていると、突如タイプライターを打つような音と共に、地の文に時刻と場所が表示された。


「え、つかこの世界ってこんなメタな展開もアリなの?」


 何かに違和感を覚える志意。しかし霧の向こうの誰に話し掛けているのか、自分でも分からなくなりそうなくらいに視界は真っ白な靄に覆われている。そして仲間を見失えば鬱蒼と生い茂るその木々が隔てる山の中に飲み込まれてしまいそうだった。

 麓に居た時はあれほど進入を拒んでいるかのように感じられたのに、こうして中に入ってしまえば手招きされているようにも感じられる。


「まぁ、入りで推理小説とか言っちゃいましたからね。サスペンスドラマとか言ってたらまた違ったんでしょうけど」


「どうりで地の文がうるさい訳ね……まぁいいわ。それで、ホントにこの道であってるのかしら?」


「はい、大丈夫です。最近は山奥にもシェア拡大を狙ったケータイ会社によって電波塔がしっかり建てられていますからね。正直霧程度では4G回線はへのカッパです」」


 そう言ってピペットは某有名検索エンジンの名を冠したマップをスマートフォンの大画面に表示し、二人に見せる。


「って、あと十五分も歩くのかよ!?」


「ピペット! お前改変とか出来るんだからこれくらい道短くしておきなさいよ!」


 そんな周囲の空気も物ともせず、やんややんやと騒ぐ一同。しかしそこに予期せぬ事態が襲う。


「ん? なんだ?」

 ふと小希が頬に違和感を感じ手を伸ばす。


「気にしないでいいわ、ただの鳥の糞よ」


「んなもんスルーするスキルあったら何かが頬に当たったところで何の反応もせんわッ!!」


「どうやら、雨のようですね……」


 そうピペットが呟くと、次第に地を叩く音が大きく、多くなってきた。


「やばい、急ぐぞ!」


「そうですね! このまま行けばお約束でペンションのオーナーが辿り着いてすぐにやさしい言葉とバスタオルを差し出してくれるはず!」


「そういう打算的事言ってる暇があるなら急ぎなさいよッ!!」


 そう言って後ろから追う様に強くなって来る雨から逃げる様に、三人はペンションを目指した。




「たのもォッー!!」


「別にここ道場でも無けりゃ、俺らも看板取りに来たわけじゃねぇから」


 ずぶ濡れになりながら進んだ先にペンションはあった。雨から逃れる一心で蹴破るように入った志意、それに続いた小希とピペット。濡れた服のまま歩いた体に、室内はとても暖かく感じられた。


 そこにバスタオルを持って駆けて来たのは気の良さそうな初老の男性。チェックのシャツにジーパンという、山の男と言った出で立ちだ。


「おやおや、この雨の中大変だったでしょう? すぐにお風呂にご案内しましょう」


「ありがとうございます。招待券だけお先に渡しておきますね」


 そう言ってピペットは受け取ったバスタオルで腕と頭、顔を拭いた所でオーナーらしき人に三枚、招待券を渡す。


「はい、ピペット駒込と愉快な納豆好きの皆様ですね、お待ちしておりました」


「お前なんて名前で予約してるんだよッ!!」


「そうよ、私の納豆好きは、小希には負けないッ!!」


「問題点を根底から捉え違ってた!」


 雨の中で山を駆け上がってきた事で多少荒々しく仕上がっている小希と志意は頭を激しく吹きながら応酬を重ねる。


「はっはっはっ! この雨の中を来たのに元気が良いですな。私はここ黒死荘のオーナー、田所 修平です」


「ペンションの名前に対して本人の名前の普通さ!」


「如何にも何か起きそうな命名……いや、まぁいいでしょう。兎に角、今はお風呂を頂くとしましょう」


「はい、ご案内いたします……こちらへどうぞ」


 そうして三人はペンション奥へと案内され、男湯、女湯と書かれたのれんの前に案内された。


「ペンションにしては珍しいな。風呂が共用の時間帯で分かれるパターンじゃないのは」


「ほぅ、小希くんはペンションを利用した事があるんですね」


 ピペットは意外そうに言った。確かにペンションを利用した事がある、という人は珍しい気がする。


「あ、いや、小説とかでな。ほら、時間帯のトリックとかであるだろ」


「はっはっはっ! そうですな、ペンションと言うとそう言ったイメージを持たれるのも無理は無い。まぁ、お風呂が分かれているのはうちの風呂は露天で、大元のお湯は湧き出たものを流しているもんですから。広さを取るのも苦労しなかったからなんです。うちの自慢の一つでもあるので、ゆっくり温まって下さい。出られた後に食事の準備も出きるかと思いますので。では、ごゆっくり」


 そう笑顔で言い残し、田所は去っていった。


「寒いからさっさと入っちゃいましょ」


「あぁ、そうだな」


「では志意さん、また後ほど」


 そう言ってピペットと小希は志意と別れ、雨で冷えた体を温めるとした。




 ピペットと志意が風呂から上がると、ロビーの戸が開け放たれ、奥にある食堂からオーナーの声がした。


「あぁ、ピペット駒込と愉快な納豆好きご一行様!」


「オーナー! その呼び方やめて貰っていいすかねッ!? 俺は真木 小希です! 真木で良いんでそのピペット以外お馬鹿に思われる呼び方は無しで!」


「はっはっはっ! それは失礼しました! 急な到着でしたのでお名前を聞きそびれていたものですから。夕食の準備に今しばらくお時間が掛かりますので、お部屋の鍵を受け取り、荷物が片付きましたらお声掛けしますので」


「まぁ、荷物って荷物も無いけど、そうするか」


「えぇ、フロントは……あぁ、あそこですね」


 かなり大慌てで入って来た事もあってロビーの中も把握出来ていなかった二人は改めて内装を見回す。

 山中のペンションという事もあり、レンガで造られた暖炉のある広い空間は二階まで吹き抜けになっている。中央階段を二階まで上がると左右に分かれており、そこから各部屋に分かれると言ったような造りだろう。

 天井からは大きなシャンデリアが吊るされ、暖かな橙色の明かりが周囲を照らしていた。

「あ、すみません。ピペット駒込と愉快な納豆好きで予約していた者ですが」


「ピペット、その名前もういいから。予約確認だけなんだからピペット駒込でいいから」


 小希がロビーを見て回っている間にピペットがカウンターの初老の女性に声を掛ける。優しそうな雰囲気がオーナーとの相性の良さを感じさせる。


「はい、こちらがお二人のお部屋の鍵、二○三号室とお連れ様の女性のお部屋、二○二号室の鍵でございます」


「はい、ありがとうございます」


「申し遅れましたが私、従業員の田所 園子と申します。何かありましたらお声掛けください」


「これはご丁寧にどうも。オーナーの奥様でいらっしゃいますか?」


「えぇ、この歳になって夫婦でペンションなんて開いてしまいまして。長年のあの人の夢だったのでようやくと言ったような感じでがんばっております」


 やはりオーナー夫人だったようだ。ごゆっくりどうぞ、と告げるとエプロン姿のまま裏へと姿を消したが、恐らくオーナーの口振りからして夕飯の準備をしている様なのでそれに戻ったのだろう。


「どうする、部屋に一度行くか?」


「いえ、志意さんの鍵も僕が貰っていますから、ここで待つとしましょう」


 ピペットの意見でソファに腰掛、二人志意を待つ。少し離れたところにあるソファに座っている人物が。ふんぞり返り小指で鼻をホジリ、その辺に飛ばしている。服装も年齢を考えず、若い頃ヤンチャしてたまま過去の栄光が忘れられず、そのまま歳を重ねてしまったのか、随分オーバーサイズの黒いパーカーに海外の野球チームの帽子を斜めに被っている。完全に時代錯誤なオッサンがそこにはいた。


 丁度小希が視線を送った時に、そのオッサンと目が合ってしまった。


「おう、なんやこんなちんけなペンションに来るなんざ、今の若いモンはヒマなんじゃのう」


 見下すように首を後ろに傾け、口元だけでニヤケながらそう言った。


 それを受け小希はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ピペットに視線を移す。そしてそれを受けたピペットも同じ様に口角を上げ、互いに再度ニヤリと笑みを浮かべると頷き、二人でその視線をオッサンの方へと向け、ニヤニヤと笑い続けた。


「おォん? なんじゃぁ、お前ら。年上からかってええと思っとるんか?」


 その視線を受けたおっさんは中学の頃にでも築き上げた安いプライドに傷が付いたのか、ソファから立ち上がると、二人の下を目指してドカドカと歩いて来る。


 そして二人の目の前で立ち止まると腕組しながら凄み、口を開いた。


「お前ら絡んどるなら二対一でもやったるで! ワシは鳳陽のアギャぁああぁん!」


 腕を組んだその瞬間からピペットは動いていたのだ。オーバーサイズなそのファッション、故にズボンを下ろすのは容易い。そして深く掴めばパンツごと下ろす事も。


 そう、目の前に立ちはだかったオッサンのイチモツが露わになったのだ。


「今です、小希くんッ!!」


「おう、任せろッ!!」


 すると小希はスマホのカメラを連射機能であるバーストモードで起動、あたりにパシャパシャと続け様に音を立てながら、写真を撮りまくった。吹き抜けのロビーにシャッター音は大変良く響いた。


「顔も! 顔もですよッ!! この情報社会、顔が知れ渡れば社会的に抹殺できます!」


「分かってる! 位置情報サービスをオンにして『ちょwww下半身丸出しのオサーンおるwww』とかツイートしてやるッ!!」


「や、やめ! おま、マジやめぇいやッ!!」


 あらゆる角度から嫌がる下半身露出したオッサンを撮る小希。ペンは剣よりも強し、そう言ったのは誰だったか。


 武力よりも強いのは社会的な力である事は今も変わらないのであろう。


 枚数にして三桁を優に越える辺りで、オッサンは恐れを成して降りたズボンをそのままに随分小股で退散していった。


「行ったか……」


「えぇ、やはり正義は勝つ……力でねじ伏せようとするその心こそが、弱さだと彼にも分かればこんな事にはなら無かった……」


 二人はオッサンの立ち去った階段を見上げながらそう言った。


 その時、


「どうしたッ!! 君たち、大丈夫かい!?」


 勢い良く風呂場から駆け出で、声を掛けて来たのはボクサーパンツ一丁に、タオルを首掛けた若い男性だった。


「うわぁ、変態さんだァッ!!」


 つい今し方自ら変態さんを作り出し、あまつさえ撮影までしていたというのに、意識の外から変態が現れるとこれである。人というのは臆病な生き物である。


「えぇ、暴力に屈しない、心の強さで追い返してやりましたよ」


 しかし人では無い、精霊であるピペットは焦らず答える。それを見て安心したのか、タオルの掛かった肩が降り、表情が柔らかくなった。


「それなら良かった。さっき大きな声が聞こえたから慌てて飛び出してきたんだ。君たちもここ、黒死荘の宿泊客かい?」


「えぇ、そうです。本日からお世話になります、ピペット駒込です」


「そうか、僕は畑中 栄一郎。同じく宿泊客なんだが、ここには大学の研究で随分居るからそれなりに勝手は分かる。オーナー達が見当たらなければ、聞いてくれれば答えられる事なら答えるよ」


 そう言って握手を交わす栄一郎とピペット。


「ピペットの名前につっこまない人多すぎじゃね!?」


 思わず小希は反応しない栄一郎、そしてオーナー夫妻も反応しなかった事にとうとうツッコんだ。


「ハハハ! まぁ、変わった名前だとは思ったけどね。初対面の人の名前を変わっているなんて言うのは失礼だろ? 歳を取るとね、そういう面倒な相手の心の裏を考慮して、思ったように言えなくモンなのさ。君は?」


「あぁ、俺は真木 小希です。高校一年っす」


 そう言ってパンツ一丁で随分常識的な事を言うもんだな、と感心しながら栄一郎の差し出された手を握り返し、小希も自己紹介を済ませる。そこに丁度オーナーも駆けつけてきた。


「すみません! 妻から何かロビーが騒がしいと聞いて、何かありましたか?」


「あぁ、もう済んだみたいですよ。また豊田だったみたいですが……」


「またか……やれやれ参ったもんだな……」


 明るいオーナーの表情が始めて曇った。先ほどの男、豊田と呼ばれていた者の事を考えればそうなるのも頷ける。しかしパンツ一丁でペンション内をうろついている男については“何か”の範疇外らしいあたり器の大きさが伺える。


 それはさて置き、小希は話を聞いて置いた方が良さそうだと思い、オーナーに問うた。


「さっきのオッサン、豊田ってんですか? あの人、なんであんなに偉そうにしてるんです?」


「いえ、お客様にあまりする話でもありませんので……ただ豊田 守。あの男には気を付けて下さい。何かあったら直ぐに呼んで下さいね」


 そう言うとオーナーは夕食の準備がまだあるのか、立ち去ってしまった。


「ま、そういう事だ。君たちも変な事を気にせず、折角の週末を楽しんだらどうだ。僕は服を着てくるとするよ」


 二人はその栄一郎の言葉に(色々な意味で)安堵し、頷きロビーのテレビを付け、志意を待つことにした。


「しかしさっきのオッサン、俺ら以外にも難癖つけてるっぽいな」


「えぇ、それとこれは志意さんにも共有したい事なのですが……今回の侵略者は早い段階からこのペンション、黒死荘に入り込んでいたようで、新しい建物であるここに力を定着させているのか、私も誰が侵略者なのか分からない状態です」


「何? それじゃあ……」


「えぇ、恐らく推理小説という事は殺人も起きる、それはとは別に僕たちは侵略者も探さなくてはいけないという事になります」


「え、犯人と侵略者は同一人物じゃないのか?」


「えぇ、探偵役という事も考えられますし、小希くんの言う様に犯人の場合もあります。あとは建物のオーナーもありえなくは無い。しかしそのどれに当たる人物であろうと、推理小説の世界の住人である以上、その者の持つエナジーは殺人を誘発させる力を秘めているはずです」


「殺、人……」


 少女マンガの世界から来た早乙女 絵々の時とは違う、身の危険を感じる侵略者の力にだろうか? 思わず小希は言葉を詰まらせる。


「でも最近本屋では良く“人の死なない推理小説!!”とかって帯付いてるのあるぞ?」


 どうやら言葉に詰まったのは恐れからでは無く、純粋に推理小説=殺人では無いとの考えからだった様だ。


「……………………」


 結構真面目なテンションで説明していたのに正論で水を差され、気まずくなったのか眼鏡のレンズを輝かせながら位置を直す。確かにこういう真面目な説明でミスをしていると得も知らぬ恥ずかしさに苛まれるもんである。


 そこに丁度良く登場したのは風呂上りの志意だった。


「よっす、あんたら何そんな気まずそうな空気出してるの?」


「あァ! お帰りなさい! 志意さん! 待ってましたよォッ!!」


 これ幸いとばかりにピペットは立ち上がり風呂上りの志意を迎える。話を逸らすのには打ってつけだったろう。


「~~で、推理小説だからって殺人とは限らないですけどー! まぁ、謎を誘発するっていうか!」


 指摘された部分を補いながら志意にも説明をする。そして穴があっても大丈夫な様、今度はちょっと冗談っぽい、慣れないテンションで説明していた。


 そんなピペットを小希が「そこまで気にする必要無いのにな……」と思いながら見つめていると、階段から足音が。


「あら、随分カワイイお客さんもいたのね」


 そう言って階段を降りて来たのは灰色がかったボブカットの女性。長い手足がペンションの木製の中央階段を王宮にでもありそうな赤絨毯の敷かれた、煌びやかな階段に錯覚させるほどに美しい女性だった。


「え、あ……えっと」


 思わず小希は言葉を失った。得てして男子高校生というヤツは年上の女性に弱いものだ。その様子にピペットと志意も気が付いたのか、階段に視線を移す。


「あぁ、始めまして、僕はピペット駒込です。地元の高校に通ってる者で、ここにお世話になります」


「あら、そうなの。楽しくなりそうね。私は金田一きんだいち 一二三ひふみ、ミステリー作家で、ここが出来た頃から執筆の為にお世話になっているのよ」


「「金田一でミステリー作家ッ!?」」


 思わず声を揃えて声を荒げたのは小希と志意。棒有名作家の推理小説の金字塔とも呼べる作品の探偵と同じ苗字で尚且つ推理小説家では無く、ミステリー作家とか言い出す輩が目の前に現れたのなら無理も無い。


「あら、どうしたのかしら?」


 するといかにもな仕草、顎に手を当て首を傾げる仕草。しかし「あぁ」と直ぐに思い至るところがあったらしく、一二三は目を大きくしたと思うと口元に笑みを湛え言った。


「名前が探偵なのに、ミステリー作家ってところがおかしかったのね。あまり人前に出ないからすっかり忘れていたわ。この苗字は、どうしても探偵にしか思われないのよね」


 この世界にも勿論過去の偉大なるミステリー作家は作品はあるので、小希らの驚きはそこから来るものだと思い、納得してくれたので小希と志意の二人は安堵のため息を吐いた。


「そ、そうなんすよー!! でもすっげぇなぁ! 推理小、ミステリー作家かぁー!!」


「そ、そうよね! じっちゃんの名にかけて、真実をいつも一つにしなきゃならないんだものねー!!」


「ウフフ、面白い子達ね」


「あ、俺、真木 小希っていいます!」


「鹿島 志意です!」


 なぜか面白いと言われた事にテンションが上がってしまったのか、メロイックサインをし、くずれたアイドルのポーズを決め、ウインクまでして自己紹介する。


「よろしくね……あ、執筆は夜中にしているから、昼間はドンチャンしてていいからね」


「ウッス! あざっッス!!」


「それじゃあ、またご飯の時にね」


 そう言って一二三は階段を登り、部屋へと帰って行った。


「「「……………………」」」


 三人無言で見送り、二階からドアを開け、そして締まる音が聞こえると……


「おい! なんだよアレ! なんでめっちゃ普通の名前の人達の中に! 金田一 一二三ってッ!!」


「しかも聞きました? ミステリー作家ですよ? 正直探偵小説並みに使わない表現ですよ、今の人は!」


「多分、今回のターゲットはあの人で間違い無さそうね……」


 三人円陣を組むように向かい合い、全員一致で今回のターゲットだと確信した。


「問題はあの人がどんな立場の登場人物なのか……ですね」


「あぁ、推理小説じゃミステリー作家兼探偵も、ミステリー作家が犯人の事もあるからな」


「なんかちょっとミステリー作家って無駄に言いたくなるわね……」


 兎に角目標がはっきりした事で動き易くなった事を全員で喜び、三人揃ったところで部屋に荷物を運ぶとした。




 ――――金曜、十九時、黒死荘、二○三号室


「あ、思い出した様に推理小説っぽさ出てきたわね」


「まぁ、侵略者は金田一さんでしたしね。遭遇した事でより侵食の度合いが増して来たのかもしれません」


 三人は夕飯まで小希、ピペットの部屋に集まっていた。作戦会議という名目だったが、作戦らしい作戦も立たないままに時間は過ぎ、部屋をノックする音が響いた。


「ん? なんだろ。はーい」


 小希が寝そべったベッドから立ち上がり、部屋のドアを開けるとそこにはオーナーの姿が。


「お待たせしました、夕食の準備が整いましたので食堂まで起こし下さい」


「あ、分かりました。おーい、もう飯出来たってよ」


「待ってましたッ!!」


 ベッドによりかかっていた志意は勢い良く立ち上がると、我先にと部屋を出て行った。


「おい、ピペットも行こうぜ」


「えぇ、しかし、気をつけて行きましょう」


「え?」


 突然真剣味のある声でそう言ったピペットに小希は視線を向ける。


「毒殺、というのはありふれた手段ですが、女性にも簡単に出来る事です。仮に金田一さんが犯人だとした場合、ここがチャンスの一つになるのでは無いでしょうか?」


「なるほど……それは確かにありえるな。飯中は周囲に気を配ってみるか」


「いえ、小希くん。周囲、では無く自分の料理にもお気をつけを……下手をすると僕たちが被害者になる事もありえるという事、それを忘れないで下さい」


「え……」


 そういうとピペットは固まった小希の横を通り、志意の後を追い食堂へと向かって行った。



「あぁ、真木さま。夕食の準備が出来ていますよ」


「おぉ、これは……」


 食卓にはごちそうが所狭しと並べられ、残るは小希の椅子を引き待つオーナーと小希本人だけだった。


「おらァ、さっさと席に着きやがれクソガキィッ!! 料理が冷めちまうじゃねぇか! ま、こんな料理冷めても大して味変わらねぇだろうけどな」


 と、先ほどので懲りなかったのか、豊田がだらしなく椅子に腰掛け、飯時だというのに帽子を斜めに被ったままで言った。


 また痛い目を見たいのか、とニヤリと小希がケータイを取り出そうとしたその時だった。


「そうかそうか、んじゃそんなあんたの料理には試しに氷のポークソテーになってもらおうか」


「ギャー!! テメェ、何してんだッ!!」


 随分離れた席だったにも関わらず志意が背後から忍び寄り、豊田の料理にドリンク用のピッチャーに用意された氷を次々に放り込んでいた。

「うーん、いいんじゃねぇか、豊田? 冷めたって料理の味なんて変んねぇって言ってたしな」


「お、お前ら! ほ、ホントにやめろよぉ!」


 小希の煽りが聞こえているのかいないのか、頑張って箸で氷をつまみ出そうとするが、しかし次から次へとトングで放り込まれる氷に、豊田のポークソテーは溶け出した氷で冷める以前に水に浸かって非常に美味しく無さそうだった。


「さ、それでは頂きましょうか!」


 オーナーもオーナーでそのまま夕食を食べようと手まで合わせている。中々に図太い人だ。


「おい! オーナーテメェ! お客様にこんな料理出す気か!? オォンっ!? ツイートしちまうぞ? アァン!?」


 そう言ってポケットからケータイを取り出し、カメラを起動するも、


「おっと、手が滑った」


「ギャーっ!! スマートフォンのコーンスープ和えッ!!」


 志意は豊田のコーンスープを取り出したスマホにぶっ掛け、ピッー!! という電子音と共に画面が暗転した。


「さ、それでは頂きましょうか!」


「オーナー! マジで! 俺の嫌がらせとか抜きでこういう客ほっといていいの!?」


 とうとう豊田がオーナーに助けを求めるも、先ほどからの行動の通り、オーナーは聞く耳を持たない。そして涙目の豊田をそのままに、オーナーは頂きますと告げようとした。


 しかし


 ――――ドンドンドン!


「ん? なんの音でしょう?」


「おかしいですね、今日ご予約のお客様はここにいらっしゃる方だけなのですが……」


「けッ! 予約状況もまともに把握してねぇとはな! クソペンションのオーナーはやっぱりクソだったって事だ!」


「いいや、違うぞ、豊田。これはこの黒死荘に伝わるデス・人間の呪いだ。黒死荘を築くのにはそれは沢山の人間の血が流れた。このペンションはその血の上に成り立っている……今宵、デス人間が迎えに来たのは貴様だ……」


「ギャー! こんな所もういられるかァッー!!」


 今度は小希が懐中電灯で自分の顔を下から照らしながら豊田の後ろに回り、低い声で耳元で囁いた。よほどさっきの志意の攻撃が効いたのだろう、豊田はデス・人間なんて妖怪でもここまで安直な名前おらんだろ……っと小学生でもつっこみそうなポイントにも気が付かず、叫び声を上げて部屋へと逃げ帰っていってしまった。


 それにしても、ヒロイン的に懐中電灯を下方向から当てて変顔なんて、いいんだろうか?


「と、兎に角見てきます。雨風も強くなってきましたし、何かがぶつかった事も考えられますので……どうぞ、先に召し上がっていて下さい」


 そういうとオーナーが食堂から出て行く。その後を引き継いだのは奥さんの園子だった。


「では、先に頂きましょう」


 その言葉に続き、各自頂きますと言って続いた。


「うぉ! めっちゃうまい!」


「そうでしょう? 主人が昼間に狩ったイノシシの肉ですから、しっかり臭みを抜くと、とても美味しいんですのよ」


「イノシシ狩って来たのかよ!」


「うわー、やるわー。山の男やる事違うわー」


 志意と小希、並んで口の中をイノシシと白米で一杯にして感心する。


「あぁ、失礼、主人が買って来た、の間違いでしたわ」


「「購入物だった!」」


 思わず志意と小希と共に噴出しそうになりつつ、つっこむ。一気にオーナーの山の男感が無くなったところに冷静な意見が。


「まぁ、この歳でペンションを、と言っていましたしね。オーナーは元々山に生きる方では無かったのでしょう」


 そう口にしたのはピペットだった。


「えぇ、そうなんです。アウトドアは趣味でしたが、狩りなんてからっきしですのよ」


 笑顔で答える園子夫人。しかしそのやり取りに感心した人物がいたのもまた事実。


「へぇ、すごいな。駒込くんはそんな事覚えてて、頭回るんだな」


「過去の断片を現在の出来事に繋げて瞬時呼び起こせるのは探偵にもっとも必要な事よ。次の主人公は駒込くんのような眼鏡男子でもいいわね」


 と一二三と栄一郎が感心する。


「ぐぬぬ……あいつにそんな力があったなんて!」


「いや、志意。あいつそもそも人外だから。精霊だから」


 悔しがる志意に耳打ちする小希。確かに数週間前にピペットが行なった改変に比べればこんな事は少し頭の回転の速いヤツなら出来る事だった。


 その時、オーナーが誰か外に居たらしく、人を連れて戻って来た。


「園子、夕食をもう一人前用意出来るか? この少女がどうやら道に迷ってしまった様なんだ」


「あぁ、そうなんですね。まぁ、水浸しのをまた味付けし直せばいけるかしら?」


 そんな杜撰なペンションの実態を露わにしたやり取りを目の当りにし、テンション下がった一同であったが、それ以上にオーナーの連れて来た少女を見てそれも吹き飛ばされた。


「「「あぁ! 風紀委員長だッ!!」」」


 ずぶ濡れになった鳳陽学園の風紀委員、アニメキャラみたいな人だった。


「ん? なんだ、鳳陽の生徒か?」


 向こうは小希達の事を一切知らなかったらしく、並んだ三人にその視線を向けるなり、三人の外見からそう推測したのだろう。


「あぁ、お友達でしたか。でしたらどうです? 鹿島さんのお部屋にお泊りになるのでしたら、御代は要りません。もし、鹿島様が宜しけれ「断わる」


「そんな食い気味で断るなよッ!!」


 腕を組みふんぞり返り答えた志意。しかしそれは困る様で、風紀委員長の方から志意の方へと歩いてきた。


「な、何よ……」


 ずぶ濡れの髪で顔が隠れているという事も事もあるだろう。目の前まで来られた事にたじろぐ志意。無理も無い、ブレザーを着用していなかっただけで男子生徒の制服を切り刻むような女だ。ここで首を落とされてもおかしくは無い。


「すまん! この通りだッ!! 鹿島、お前の部屋に泊めてくれっ!」


 しかし風紀委員長はその頭を下げ、素直に助けを求めたのだった。そんな以外な反応を受け、更に困惑した志意は、


「だ、だって……ど、どうする?」


 小希とピペットの方へと振り返り、意見を求めた。


「いやいや、俺らに聞かれても」


「そうですよ。ここで借りを作っておいて、後々利用しようと考えているなら泊めてあげるのもまた一興、では無いでしょうか?」


「お前、それが精霊の言う事かァ!?」


 ピペットが本人の前だというのに包み隠さずした提案に、小希は思わず精霊という単語を出してしまうが、特に周りは気にしていない様子だった。というか栄一郎と一二三は何やら世間話を、オーナーと園子さんは飯の準備をしていたというだけなのだが。


「そうか、その手があったかッ!! いいわよ、私の部屋来なさいよッ!」


 と、欲丸出しなのが手に取るように分かる流れでそう提案するのは腹黒いのか、そもそも隠す気がないのか……判断に迷うところではあるが、


「本当かッ!?」


 風紀委員長が喜んでいるので良しとしよう。


「私は定芽さだめ 姫律きりつだ。一泊の恩だが、この恩は忘れはしないぞ!」


 そう言って姫律が手を差し出し、手を重ねる志意。


「よ、よろしく……」


 昼間の鬼のような形相が嘘のような笑顔を見せ、その笑顔に裏が無いかと疑ってかかる志意。


 それを見て小希は思う。他人に裏があるのではないか、と疑うのは、自分が他人を欺こうとしている人間の特徴らしい事。そして他人を欺こうとするメイン・ヒロイン……


 しかしそれも今更か、と思いなおし、自らも自己紹介をする事にした。


「あ、俺鳳陽の一年の真木 小希です、よろしくっす」


「あぁ、お前も後輩だったか。よろしく! そっちのは……なんだ、見た事がある気がするぞ」


「えぇ、僕も存じておりますよ。風紀委員長、定芽 姫律。僕は同い年の鳳陽学園二年のピペット駒込です」


「そうか、同じ学年なのに名前までは知らなかったな……よろしく頼むぞ」


 そうして小希達三人と挨拶を交わし、食堂にいる他の二名、一二三と栄一郎とも挨拶を交わした。その際になにやら複雑そうな表情を浮かべていた姫律だが、それを問う前にオーナーが食堂に戻って来た。


「そうだ、定芽さんもお風呂に先に入ってしまったらどうです? ご飯の用意にはまだ時間が掛かりますゆえ」


「そうか、ではそうするとしよう。お前達、また後でな」


 そう言うとまた笑顔を浮かべ露天風呂へと向かった姫律。小希は先ほどの表情が気になっていたが、


「小希、食べないなら貰うわよ」


「食うっての!」


 志意にメインのイノシシのソテーを取られそうになり、小希は食事へと戻ったのだった。


 そして食事を終えると、ふぅ、と大きなため息を吐いたオーナーが気になり、小希は声を掛けた。


「あの、すみません。豊田って、あいつ結局何者なんですか?」


「え……あぁ、すみません。ご迷惑ばかりお掛けして……」


 客の前でため息を吐いていた事に気が付き、気まずそうに会釈をする。


「そうよ、何なのあいつ。少年法に守られし最強のうちらのおもちゃになる為に出てきた様なヤツだったけど」


 しかし小希とピペットだけで無く、志意も豊田の存在を知ってしまった事から、その事を気に掛けていた。気の掛け方がおかしいのはこの際目を瞑るとしよう。


「あまりお客様の事を悪く言うのも気が引けるのですが……助けていただいた恩もありますし、お話しましょう……あのゲボカスニートは」


「「「気が引けるなんて嘘だった!!」」」


 語り出したオーナーの口からは遠慮もクソも無い言葉が飛び出てきて、小希達の驚きの声さえもスルーして続きを語った。


「私らがここを建てる時にお金を貸して下さった方がいらっしゃいまして、その方自身はとても親切で大変人間の出来た方だったのですが、その息子、守のクソ野郎はその方のうんこの搾りカスみたいな野郎でして……しかしご両親にも一点だけ悪いところがあり、それが親バカである事だったんです。なので息子は三十も後半に差しかかろうというのに、海外の野球チームの帽子を斜めに被り、サイズのあって無いパーカーを着て、親の金でクラブなどと語尾を上げながら言いつつ遊んでいる訳ですが、そんな守が親に金を借りてると知るとこの黒死荘にやって来て好き放題やっている、とう訳なんです」


「なるほど。詰まる所、僕達の対応をして差し支えないクズだという事ですね」


「なんだったら金持ってそうだし後でたかりに行ってもいいわね」


「なんて事だ……どんなヤツにせよ精霊がクズ呼ばわりし、メイン・ヒロインがカツアゲしようと言い出す世界なんて……」


 いっそどこか良いジャンルから侵略者が来たら、やはりこの世界は塗り替えて貰った方がいいのでは無いか、と思う小希だった。




「いやぁ、温まった! すまない、文無しなのにここまでして貰って」


「いいえ、大丈夫ですよ。雨の山で遭難なんて命を落としても不思議は無いんだ。ご飯も出来ていますので、ごゆっくりして下さい」


「すまない」


 小希らが夕飯を食べ終わるくらいに姫律は風呂を上がった。オーナーの案内で席に着いた彼女は先ほどまで制服姿だったが、今はペンションの寝巻きである浴衣を借りている様なのだが、その髪型からか、妙に似合っている。机に立てかけた愛刀は制服よりもミスマッチ感は薄かった。


 オーナーと園子は姫律の夕飯を準備すると「食べ終わったら声を掛けてください」と言って部屋に戻って行き、気が付けば栄一郎も部屋に戻ったようだった。


 そして鳳陽学生とミステリー作家のみとなった食堂で、箸を持ってからは姫律のイメージとは少し違うかも知れないが、その胸を見れば納得の食べっぷりを発揮した。


 それを見守りながら小希はずっと気になっていた事を聞く事にした。


「そういや定芽委員長、こんな所で何してたんです?」


「んふ? いふふぉふぉーりふぃふぉーふぁ。ふぃふふぉふぃふふぁふふぁ」


「あー、いや! 食べてから! ちゃんと食べてからで良いんで! それ、口の中の飲み込んだらにしましょ!」


 その小希の言葉に頷き、一杯に膨らんだ頬っぺたが本来の大きさに縮むまで小希は待った。


「ンっぐ……私は毎週末この山に来ていてな。それと言うのも剣の修行のためなんだが……」


「修行ッ!? 今時ッ!?」


「古くから修行といえば山みたいなイメージあるけど、実際山に何があって入るのかしらね?」


「さぁ? ぶっちゃけ剣の修行なら相手をするのも剣なんだから、僕も人間を相手にした方が良いと思うんですけどねぇ」


 志意は隣のピペットに耳打ちをするとピペットもまたそうして返した。それが聞こえたわけでも無いだろうが、姫律は目を閉じ、自慢気に語り始めた。


「彼の佐々木小次郎も一乗滝にて秘剣・ツバメ返しを編み出したとされている。古来より武人というのは稽古をし、一定の力を付けると自然の中にある~~」


「あかん、これ聞かない方が良かったやつか?」


 止まらなくなった姫律を見てしばらく、そう小希がピペットと志意に問うて見れば、


「…………」


 無言で頷く二人。


「…………」


 そして無言で手を合わせ、頭を下げる小希。


 しばらく説法のような姫律の自分語りが続いたが、見かねてか、興味本位からか、金田一 一二三が姫律に声を掛けた。


「ちょっと良いかしら?」


「ん? どうかしたか?」


 話の腰を折るなと憤慨す事も考えられたが、そんな事も無く姫律は生き生きとした表情で答えた。


「先ほどから立てかけてあるそれは……本物?」


 そう言って姫律の愛刀を手で示した。指差しをしなかったのは剣は侍の魂的な事を配慮してのことだろう。


「あぁ、本物だ。定芽家に代々伝わる蟻ンコ斬りと言われる太刀でな」


「ず、随分かわいい名前ね……」


「そうであろう? しかしその名に恥じぬ魔力を秘めているのだ……この剣は……」


 そう言うとニヤリと口元に笑みを浮かべ、刀を手に取った。


 その微笑があまりにも不気味だったので、小希達三人は思わず身構える。


 しかしミステリー作家金田一 一二三は踏んだ修羅場の場数が違うのか、身動ぎもせずに姫律が鞘から刀身を抜き放つ様を凝視していた。


 そしてその身を現した刃は話にあるように怪しい輝きを放っていた。かつて刀を抜き放つ際の刀身の輝きを紫電と呼んだらしいが、小希はなるほど、それを見てその危うさは色にしてみれば怪しさを秘める紫がしっくりくると思った。


 そしてその刃を見つめながらに姫律は語った。


「かつて定芽家が戦国の世に合戦に出で、休息の時に木にこの刀を立てかけておくと……それは不思議と蟻が集ってきたと言う……」


「「「………………」」」


「………………」


 その輝きに魅入られてか、あるいは語る姫律の口調が妙に堂に入ったものだったからか、小希達三人と

一二三は真剣な表情で聞き入っていた。


「そして我が先祖、定芽 規則きそくがある事を思い立った。あれ、これもしかして鞘から出しておいたら、蟻ンコ、勝手に斬れんじゃね? と……」


「「「「………………」」」」


「…………以上だ」


「って! 蟻ンコは別に斬れた訳じゃないんかいッ!! トンボ斬りみたいな逸話期待した俺のワクワク返せッ!!」


「しかも得意気に鞘に収めるんじゃないわよッ!! ただ蟻が集り易いだけの刀じゃない!」


 思わず緊張から開放された小希と志意は立ち上がり強めにつっこむ。


「え、いや十分凄くないか? 蟻って甘い物の方か、巣のある方へしか歩かないんだぞ、普通」


「いや、凄いにゃ凄いけども、刀の凄さとは一線を画す下らない凄さですわそりゃ!」


 小希達だけに留まらず、クール&ビーティ、一二三女史までも苦笑いを押さえ、ちょっと口元に笑った時に出来る豊麗線のシワを浮かべながら言う。


「そ、それはたまたま立てかけた木に巣があったんじゃないかしら……」


「もしくは合戦の休憩時ですよね。昔の方々の合戦は随分優雅に過ごされたと聞きますし、もしかしたら団子でも食べた手で刀を運んでいたのでは?」


「あー、そういえばご先祖様は団子好きだったって爺ちゃんが言ってたっけなぁ。けど、これは切れ味も鋭い名刀な事は確かだぞ!」


 などと風紀委員長、定芽 姫律もこの世界の住人なんだなぁ、と小希はがっかりするも、ピペットは密かに穴沢爺の示す値を見て心に張り詰めた物を感じざるを得なくなっていた。




 ――――二十二時三十分、二○三号室


「しかし……参りましたねぇ」


 机に肘を突いて目を両の手で覆いピペットは嘆いた。


「ん? どうしたんだよ、ピペット?」


 ベッドに横になってケータイを弄っていた小希は視線も寄こさず、


「そうよ、眼鏡なんて掛けて」


 ベッドに寄りかかる志意は枕をボスボスと叩きながらそう言った。


「いえ、いつも眼鏡は掛けてますから……」


 いつもの志意の返しに乗っかる余裕も無く、真面目に返すピペット。しかしいつもと違うのはピペットだけという訳でも無かった。


「というか、良く考えたらお前変な名前だな、ピペットって」


 そう、小希とピペットの部屋には志意と同室になった姫律も遊びに来ていたのだ。


「ようやくまともにつっこんでくれる人が現れたな」


「まぁ、実際初対面の人間に変な名前ですね、とか言う方が無理でしょ」


 そんな変化にも緊張感を感じるような面々では無いので、ほぼ初対面にも関わらず、姫律はすっかり打

ち解けてしまっている。


「で、何に参っているのだ、ピペットは?」


「えっと実はこの世界には侵入者が来てまして」


「「えッ、それ言っていいのッ!?」」


 思わず自らを選ばれし者だと思っていた小希と志意が飛び起き、声を揃えてピペットの方へと向く。


「え、あぁー。まぁそう言いふらすもんでもないですけど、まぁ聞かれた分には答えてもいいかなって思ってるんですけど……どうですかねぇ?」


「いや、どうですかねぇって聞かれても……お前が良いってなら良いけどさァ……」


「そ、そうね。別に私達じゃなくたって良いってんならいいじゃないのォー」


 二人共それぞれのふて腐れ方をし、自分達は特別だ、という自尊心を傷付けられたことを態度で表している。


「なるほど、侵略者か! 任せろ、一泊の恩義があるこの身、私で役に立てる事があれば協力しよう!」


 そう言って蟻ンコ斬りを抜き放ち、天井へ振りかざす。


「意気込みはいいんスけど、あんまり物騒な事は止めて下さいねッ!!」


 小希は起こした体を寝かし、志意は抱いた枕で頭を覆っていた。


「それで、なんですけれども、実は先ほど食堂にいた金田一 一二三さんが異世界からの侵略者なんですけれども、彼女からこの世界を侵食する力、アナザーワールドエナジーを奪わなければならないのですが、どうにもそれが上手くいっていないのです」


 そう言って穴沢爺を手にとって見せるピペット。


「なるほど。で、このエナジーとやらはどうやれば奪う事が出来るのだ?」


「あの、定芽先輩……出来れば蟻ンコ斬りを収めてくださると私共の心の安息が保たれるのですが……」


 小希はそう小声で言ってみたものの、何やら楽しそうだぞと息巻いている姫律の耳には届かなかった。


「この世界はギャグ小説の世界なのですが、ようは相手側の世界の色より、こちら側の世界の色に染めてしまえば良い訳です。例えばボケさせるとか、つっこませるとか、それこそ笑わせてやってしまうとか……あるいは極度の精神的なダメージを与えれば」


「そうか……そうなると私の出番は無いかもしれないな……」


「いや、その今まさしく俺がしまって欲しい蟻ンコ斬りの話とか全然イケてましたよ……」


「確かに、一二三さん笑い堪えるのに必至だったわよね」


「そうなんです。先ほどの姫律さんの話で多少の減少が見られたのですが、それ以外に目に見えた減少が無いのが問題で……」


「なるほどな……詰まる所、あれか? この蟻ンコ斬りでヤツの事を八つ裂きにしてしまっても構わんのだろ?」


「それはそれで解決はするかも知れないけど別の問題が出てくると思うんですが……」


 そんな事を声を張り上げながら言い、小希は思う。


 これからつっこまなければならない事が、自分の仕事が増えるのでは無いか……と。


「最悪の場合、それも考えますが……今はまだ、やれる事もあると思うので少し考えさせてください。そうだ、ちょっとトイレにでも行ってきますね」


 そう言ってピペットは二○三号室から出て行った。


「さて、あたしらはそろそろお暇しましょうかね」


「うむ、そうだな」


 そう言ってようやく姫律は蟻ンコ斬りを鞘へと収めた。そんな時になってようやく小希は昼に見た風紀委員長としての定芽 姫律の事を思い出し、そしてその姿を目の前の少女に重ね、ある後悔をした。


 その浴衣姿でこの部屋で寛いでいる間、もう少し気を配っていれば、もしや乳の一つでも拝めたかも知れないと。


「あァ~、しまったァ……」


 思わず口から漏れる後悔の念。しかしその声を聞いて振り返られても、小希はどうにもしようがないのだ。


「ん? どしたのよ?」


「何かマズイ事でもあったか?」


 二人して振り返るも、


「あ、いいや、後でピペットが戻ったらあいつに聞かなきゃと思ってた事があると思って」


「なんだ、そんな事か……おやすみー」


「ちゃんと歯を磨いて寝ろよ。寝起きの人間の口の中というのは排泄物を同じだけの雑菌が繁殖しているらしいからな」


 本当の事など言えず、知りたくも無い情報を得て小希の一日は終わろうとしていた。


 しかしこの時はまだ気が付いていなかった。ピペットがトイレに行った意味を、そして戻らないピペットがどの様な姿で発見される事になるのかを……




 ――――ドンドンドン


「ん……あ、やべ。寝てた……」


 戸を叩く音で寝覚め、いつの間にか自分が寝てしまっていた事に気が付いた小希。部屋の中にピペットの姿が無い事から恐らく戻って来た際にドアの鍵が閉まっていたとかそんな事だろうと思い、ドアの方へと向かう。


 しかしどうしてだろう、ドアには鍵など掛かっておらず、手を伸ばし、ノブを捻るとそのままについ今し方まで部屋にいた志意が立っていた。


「あれ、どうしたんだよ、お前?」


「ちょっと小腹減ったんだけど、あんたお菓子とか持ってない?」


「いや、無いな」


 眠い目を擦りながら答えると、続いて「ピペットも持ってないの?」との声が。


「いや、あいつ戻ってないんだよ……俺もつい寝ちまって」


「え、嘘。あれから二十分近く経ってるけど」


「え……」


 思ったよりも寝ていたというところよりも、その間ピペットが戻って来ていないというところに疑問を感じたその時だった。


 ――――きゃぁああぁぁッーーーー!!


「え、ちょっと今の……悲鳴?」


「いや、そうだけどさ! 間違いなく男の声だったけど! きゃぁあって言ってたぞ!」


 そう、突如黒死館内に響いた男の悲鳴。言葉のセレクトがもっと他に無かったのかな、とか思っていると二○三号室のドアから姫律が出てきた。


「おい、今なんかオカマみたいな声しなかったか?」


「そうすね、なんだろ。本来大急ぎで駆けつけるべきなんでしょうけど、緊張感無くなりますよね」


「でもピペット戻って無いんでしょ? そしたらあいつの悲鳴かも知れなくない?」


「うん、まぁ、余計急ぎたく無くなったけど、とりあえず行くか」


 とても悲鳴があった後のテンションとは思えない感じで三人、吊るされたシャンデリアの淡い暖色の光

の中階段を下り、ロビーへと降りていく。


 するとそこには先に急いで階段を下りて来たのだろう、栄一郎と一二三、そしてオーナーと園子夫人の姿があった。


 階段から降りてくる三人を見つけると、オーナーが駆け寄って声を掛けた。


「あぁ! 皆様、無事でしたか!」


「えぇ、けどピペット……あの金髪眼鏡が戻って無いんですよ」


「それと……豊田って男も姿が見えないわね」


 一二三が辺りを見回しながら言った。確かにこのペンション内にいる人物でここに姿が無いのはその二人だけだった。


「なぁ、真木くん、一応だけどさっきの悲鳴は君じゃないよな?」


「えぇ、違います。悲鳴が聞こえた時に丁度志意と話してたんで」


「そうか。僕はここで金田一さんとテレビを見ていて、オーナー達もロビーで仕事をしていたんだ。鹿島くんじゃ無いって事は、その悲鳴もどっちかのって事になるか」


「兎に角、悲鳴の原因を見つけないと……どちらかが怪我をしている事も考えられるし、」


 そう一二三が続けようとしたその時だった。


「た、助けてくれッ!!」


 雨に濡れた豊田がペンションの扉を勢い良く開け、中に転がり込んできた。よほど慌てていたのだろう、そのまま床に手を突き四つん這いになり、肩で息をしていた。


「は? 物の頼み方も知らないのかしら? それともまた外に叩き出されたい?」


「うわぁ! ちょ、頭踏むなッ!! しかもお前なんの権限があって叩き出そうとしてるんじゃぁああぁッ!!」


 すっかりつっこみが板に付いて来た豊田が志意の足を払いながら言った。


「そんな事より豊田さん。何があったんですか?」


 一二三は好奇心からか、二人の応酬など気にせずに悲鳴についての情報を問うた。


「そ、それがよぉ! 寝ようと思って部屋の電気を消したら、木に何か吊るされてるのが見えて。なんだと思って見に行ってみたら、め、眼鏡のガキが……」


「ッ!? ピペットがどうかしたのかッ!」


「え、ピペットって……あのガキそんな変な名前だったのッ!?」


「ちょっと! そんなふざけている場合じゃないでしょ! 豊田さん、早くその場所に案内してッ!!」


「お、おう……」


 そういうと豊田は立ち上がり、ペンションのドアを開け外へ出た。


 それを見た志意がドアを閉める。


「おい! ちょ、マジでカンベンしてくれよ! 開けて! 開けてください!」


「フハハハハ! 悪党を懲らしめるのは気分がいいのうッ!!」


 ドンドンと叩かれるドアを見て、オーナー夫妻と栄一郎が思わず声を上げて笑い、小希は姫律に志意はあんなに面白いヤツなのか、と聞かれ二人もほがらかに笑っている。


「だ、か、らッ! こんな事してる場合じゃないでしょうがッ!!」


 とうとう一二三が前のめりになり、声を荒げる。全員ですんませんすんませんと頭を下げつつも表情は笑顔のままだった。


 そして開錠し、扉を開くと、やはり外は雨が降り続いていた。


「オーナー傘はありますか?」


「えぇ、妻と私の物、あとはお客様がお忘れになった物がここに」


 そう言って人数分とは行かないまでも、俺と志意が二人で使えば足りる本数があり、それを差して豊田の言う木に向かう。


 そこで待っていたのは……


「こッ、これは……」


「き、亀甲縛りじゃないかッ!!」


 そう、そこにあったのは白い肌を顕にし、パンイチで乳首に洗濯バサミを挟んだ状態で木に吊るされたピペットの姿だった。


「だ、誰がこんな事を……」


「そ、その前に何かつっこむ事があると思うのは私だけなのかしら……」


 哀れみの声を上げるオーナー、そして後ろでなんか違くないか、といった風に首を傾げる一二三。


 しかし全員が全員真面目にピペットの事を哀れみ、張り詰めた表情を浮かべている。事が事、そして何よりつい今し方まで自分がつっこんでいた側なだけに、一二三はこの状況につっこめずに歯痒さを覚えていた。しかし気を取り直し、自分が今まで描いてきた、そして夢見てきた状況になった事に喜びを覚えているのもまた事実だった。


 そして思わず口から出た言葉があった。


「まぁ、何にしても面白い事になって来たわね……」


 ニヤリ、と笑ってそう言ったのに、小希が反応しようとしたその時……意外な事に志意が前に出た。


「ちょっとあんた!」


 小希が自身がぶつけ様としていた言葉が、怒りが志意の口から出た事で小希はその言葉を思いとどまらせた。


「これを見て面白いって……あんたSなの?」


「「って、そこなのかよッ!!」」


 本来であれば怒りの言葉を掛ける側と掛けられる側であったはずの小希と一二三が思わず声を揃えてつっこんだ。


 まぁ、志意の考え方も言葉面だけで捉えれば間違ってもいないと思うが。


 しかし仲間であるピペットのこの有様を面白いと言われた小希は、志意の言葉で若干怒りを削がれたが、一応言っておかねばと声を上げる。


「あんた、これが面白いってどういう事だ?」


 待ってましたと言わんばかりに口角を吊り上げ一二三は答える。


「あら? 雨により閉ざされた山奥のペンション、縛り上げられ、殺された美少年……これが面白く無くて、何が面白くって?」


 そう言いながら肩に掛かった髪を掃う。その言葉を受け、口を開いたのは姫律だった。


「そうだな、面白い話と言えば、私の中学の友達が……」


「違うから! 面白エピソード対決とかじゃないからッ!! 面白いってそういうネタ的なのじゃないからァッ!!」


 一二三が本来のクールさを保てないくらい、志意と姫律のボケの差込は凄かった。すっかりドリフ色に染められた空気を払うためか、あるいはただのクセなのか、一二三は再び髪を払いながら話を戻す。


「ッ……ホントに調子狂うわね……まぁ、いいわ。全員のアリバイを整理しましょう。先ほど、悲鳴が上がった時、私と畑中さん、そしてオーナー夫妻はロビーで互いを確認出来るところにいた。そしてそちらの学生組は全員部屋で一緒だった……」


「えぇ、それで間違いは無いです……」


 オーナーと顔を合わせ、オーナー夫人が頷く。それに続けと小希もその時の状況をなるべく正確に伝える。


「あぁ、それで間違いは無いぞ。正確には志意と小希が部屋の前で話していて、悲鳴の後に私が外に出た時に三人合流したという感じだが」


「えぇ、十分よ。あなたが部屋の中にいたという証拠に十分成り得るわ。次に、駒込君が姿を消したのは何時ごろだったかしら?」


「そうね、あれは地の文で ――――二十二時三十分、二○三号室って出た後だったから大体それぐらいじゃないかしら」


「ず、随分メタな説明をありがとう……と、いう事はつまりその時間から悲鳴が聞こえるまでの間、アリバイの無い人物の犯行だった事になるわね」


「は、犯行!? そ、そんな……」


 オーナーがその言葉にショックを受け項垂れる。分かっていた事かとは思うが、しかし実際に自分の建てたペンションでその様な事があったと言葉で聞かされるのは感じ方も違うだろう。


「そうね……犯行で無いとするなら、彼が自分で雨の中服を脱ぎ、亀甲縛りをし、ち、乳首に選択バサミを挟んで木に吊られた事になるわね……」


「今、ちょっと乳首って言うの躊躇してたな……」


「ね、クールぶってるけど結構ウブっぽそう……」


「う、うるさいわねッ!!」


 志意と姫律がこそこそと話していたが、それも聞こえたらしく、自分のイメージを崩す発言には厳しいのか、つっこみを入れる。


「と、なると……怪しいのは必然的に一人……」


 そう一二三がゆっくりと視線を向ける。周囲の面々はその視線を追いその眼を動かす。その先にいたのは……


「なッ……お、俺じゃねぇよッ!!」


 そう、豊田だった。


「まさか四十前ニートで更にホモだったなんて……」


「それも金髪眼鏡男子よ……」


「趣味は人それぞれと言うが……いや、ホモで死姦萌えとか目も当てられんな……」


 学生三人は汚物を見るような目で豊田を見る。


「おい! だからちげぇって!」


 しかし日頃の行いの所為か、その言葉を信じる者は誰一人としていなかった。この言葉を信じるかどうかに日頃の行いが関係あるかは別かとも思うのだが……


「ともあれこのままでは可哀そうです。経験上、後ろ手に縛り吊るすのは肩に負担が掛かり、やられているという意識が無いと、自分自身でやるには精神的快楽に繋がり辛いのです。早く下ろしてさし上げましょう」


「そうですね…………って、オーナー経験上って、あんたどんな経験お持ちなんだッ!!」


 小希が異常に気付くも、その言葉を受けるや否や、オーナーと園子夫人が揃って顔を赤らめる。


「し、知りたくも無い情報を……」


 それには乳首と言うのを躊躇した一二三にはハードルの高い話題だったらしく、顔を赤らめている。


「まぁ、兎に角コイツを下ろせばいいのだろう? 離れていろ」


 そう言って前に出たのは姫律だった。腰に差した鞘に手をやると抜刀、蟻ンコ斬りがその姿を怪しく輝かせながら現し、姫律はそれを顔の横、視線に平行に構え、刃先をピペットに向ける。


「行くぞ、定芽一刀流……」


 息を大きく吸い込んだ、そして……


「奥義、ガトリングソードッ!!」


「奥義横文字かよぉおおぉッ!!」


 しかしその名に違わぬ突きの連続に、亀甲縛りの網目の一つ一つを切り裂いていく。そしてしばらくすると、ドサ、とピペットの体が地面に落ちた。


「あ、別に上に縄だけ切って下されば私が簡単に解けたんですが……」


「オーナー、これ以上変な方向にキャラを持っていくのはやめましょう。レギュラーキャラじゃなさそうですし」


 栄一郎がそっとオーナーの肩に手を置いたその時だった。


「いててて……なんですか、突然」


「「「「「「「「生きてたッ!!」」」」」」」」


 全員一致で声を上げた。なんとピペットが体を起こし喋ったのだ。


「失礼な……生きてますよ。たまたま……その、考え事があって自分で雨の中服を脱ぎ、亀甲縛りをし、ち、乳首に洗濯バサミを挟んで木に吊られただけですから……」


「今、ちょっと乳首って言うの躊躇してたな……」


「ね、顔まで赤らめちゃって……」


 またも他人の羞恥心を煽りに行くJK二人。しかし周囲はそんな事よりも冷たい視線をミステリー作家へと送っている。


「あー! はいはい、私が悪ぅございましたァッ!! ちょっとらしい展開だったからって判断誤りました

よッ!! はいメンゴメンゴぉーーーー!!」


 その視線に耐え切れなくなったのか、一二三は一足先にどすどすと大股で歩きながらペンションへ戻っていった。



「ふぅ、お風呂、頂いてきました」


「おう、良く温まったか?」


 あれから各自部屋に戻り、ピペットは考え事を止め、風呂で体を温めたら部屋に戻ると言って今に至る。そしてあれだけの騒ぎの後だからか、志意と姫律もまたもや二○三号室に遊びに来ていた。


「しかしあんたの考え方、独自通り越して新たな悟りの境地みたいになってるけど大丈夫?」


「えぇ、適度な外界からの刺激を受け、目を閉じると様々な情報が整理されて行くんですよ」


「なるほど、古くから日本人は滝にも打たれてきたからな。それと近い物があるのかもしれん」


 そんなやり取りを聞きながら、小希は全国の滝修行を行なっている方々に申し分けない気持ちになる。


 そんな主人公を他所に、頭をタオルで乾かしながら何気なく穴沢爺を開くピペット。するとそこには……


「お、何時の間にやら一二三さんのエナジーが消失してますね」


「む、ホントね」


「まぁ、あれだけつっこまされて、ボケられればなァ……主に原因はお前な気がしなくも無いが……」


 すっかり空になった一二三のエナジーを示した画面が。


「彼女は気が付いているのか? この事態に?」


「いえ、その瞬間に何か感じたにせよ、次の瞬間には元の記憶に整合性を持たせ、初めからこの世界に居たという事になりますから、今はもう、逆に前の世界の記憶を無くしている事でしょう」


 そう言ってピペットは穴沢爺を閉じた。これで今回も解決と相成った訳だが……


「なぁ、お前達」


 そこで口を開いたのは姫律。


「お前たちはいつもこんな事をしているのか?」


「いつもって言っても、数週間前からで、今回が二件目よ」


「えぇ、ただこれから先も同じ様な事にはなるかと思います。まだ侵略は始まったばかりですから」


「はァ……これからを思うと、憂鬱だな……」


 どうやらまだまだ先は長いようで、それを聞いた小希はため息を吐き、肩落とす。


「そうか、お前達といるのは楽しい。またこういった事があれば是非声を掛けてくれ。きっと役に立って見せるぞ!」


 そう言って姫律は笑った。学校の時、風紀委員の時からは想像出来ない、快活な笑みだった。


「こんな面倒な事に首を突っ込むなんて……先輩は物好きだなぁ」


「しかし、今後何かと直接戦わなければ成らなくなった時に、姫律さんの力が必要になる時がきっと来ますよ?」


「ま、メインヒロインの他に、長身のキャラも必要だもんね!」


 そう言って新たな仲間も得、小希達の夜はこの後も長く続いたのだった。


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