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異世界が来たッ!!  作者: 和 武
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BLが来たッ!?



「いらっしゃい、いらっしゃい! 風紀委員長の手作り弁当だよぉー!! 定芽 姫律の手で作られたご飯だぁー! 安いよ安いよォー!!」


 黒死荘での一件から一週間。鳳陽学園の昼休み。学食に通じる渡り廊下前の下駄箱では、志意が弁当を担ぎながらメガホンで客寄せに勤しんでいた。そして周囲には男子女子問わず群がる生徒達。


 それを見てピペットは首を傾げた。


「あれは……志意さんは何をしているんですか?」


「ほら、黒死荘の時に姫律先輩の事部屋に泊めてあげただろ? それの借りを返せって白飯を要求したらしいんだ。で、手作り弁当と銘打って売ってるって訳だ」


 隣に並ぶ小希は呆れたように首を左右に振りながら答える。


「それって、詐欺にならないんですか?」


「一応手作りではあるしな……まぁオカズは冷凍食品だけど。昨日タイムセールの味のフライをシコタマ買い込んでたよ」

 商売魂逞しい幼なじみに付き合わされ、家のレンジを貸した小希だが、ここまで嬉しそうに買っていく生徒を見ると、流石に良心が痛んだ。白飯とアジのフライだけの弁当なんて、風紀委員長もそんな質素な弁当を作った事にされているなど知ったら傷付くのでは無いだろうか?


 そんな心配をしていると、階段を駆け下りる音が聞こえてくる。


「志意ッ!! 貴様、何をしているッ!!」


 愛刀、蟻ンコ斬りを構え、現れたのは件の風紀委員長、定芽 姫律だった。


「くッ……見つかったかッ!!」


 それに気が付くなり残りの弁当を投げ捨て、売上金だけを持って逃走を開始する志意。


「待てッ!! 逃がさんぞッ!」


 それを追う姫律、そして床に置き去りにされた弁当に群がる生徒達……


「あれ、なんで一応手作りなのに、姫律さんは志意さんを追っているのですか?」


 その光景を見て、ピペットが疑問を浮かべる。


「いや、別に手作りだとか、冷凍だとかじゃ無しに、学校内で許可無く生徒が物を販売する事が風紀に反するんだろ」


「あぁ……」


 そんな風に今日も平和に過ぎていた。 しかし――――


 小希はまだ気が付いていなかったのだ。世界の改変などと大それた危機に慣れたせいだろうか、そう言ったマクロな視点の話では無く、自分自身に忍び寄る、誰にでも起こりうるような、そんな恐怖を――――



「で、最近は侵略者は現れないのかッ!?」


「そうですねぇ、二、三日前の夜中に何やら反応があったらしい形跡はあったのですが、現状、エナジーの感知も、時空の乱れも特にありません」


 放課後、帰路に着く三人に最近は姫律も加わった。バス停まで歩くだけだが、その間にも姫律は小希達を見つけては同じ様な事を問うてくるのだった。


 春も深まり、気温も上がってきたものの日の入りはまだまだ早く、橙色に変わる景色に落ちた影は伸びていた。


「そうか……つまらんなぁ」


 今日も今日とてピペットに笑顔で返されガッカリする姫律。彼女は徒歩通学の様でバス停まではこうして着いてくるのが日課の様になっていた、帰る方向を見るに家は逆方向にありそうなのだが……


「いやー、でも良い事じゃないっすか。何事も無く授業を受け、家に帰り、テレビを見る。こんな幸せな事無いですよ。普通が一番」


「やれやれ、何をラブコメ主人公みたいな事を言っているんですかねぇ」


「そうだぞ。お前みたいなパっとしないヤツがそんな事言ったところで、非日常に疲れたやれやれ系主人公が演出出来るとでも思っているのか? 姦しい女子達に巻き込まれてこそ、落ち着きを欲する事が主人公らしさだというのに。お前の様なのがそんな事言ったところで影で女子達に『え、何あいつ、カツアゲでもされたのかな?』『あぁやってどんどん地味になっていって逆に標的にされちゃうのよねー』とか噂されるのが関の山だぞ」


「どう考えてもそれはその女子が考えすぎでしょ! って何、どしたの志意?」


 つっこみはこなした上で、それとは別に自分の肩を叩く志意に答える。


「そんな平穏な日々をご所望のあんたには悪い知らせだけど、ほらあれ」


 そんな志意の言葉に、彼女の指先を見ると……


「ねぇ君ィ、俺達貧乏人はさぁー、遊ぶ金無くて困ってるんだよねぇ~?」


「Yo、チェケラチェケラチェケラチェケラチェケラYo、チェケラチェケラチェケラチェケラ」


 赤毛ロンゲのピアス男と大きめな黄色い派手なパーカーのフードを被ったデブがどうやら路地に入った辺りで二人掛かりで一人に絡んでいる様だった。


「な、なんだ! あのコテコテって感じのヤツと間違ったヒップホップの捕らえ方をした典型的な不良はァー!!」


「本当だ! 親指、人差し指、中指を立ててチェケラとYoを言うのがヒップホップだと思っている、日本の音楽偏差値平均値を極端に引き下げているタイプの不良ですね!!」


「いや、今時チェケラなんて言うアーティスト消えたし、あれ随分昔のタイプの不良なんじゃないかしら?」


 思わず叫びたくなるほどのコテコテぶりに小希は嫌な予感しかしなかった。これはまさか言った側から侵略者が現れたのかと。


 しかしそんな事も分からない姫律は、


「なんでもいい、兎に角助けるぞッ!!」


 そう言って蟻ンコ斬りを抜刀、飛び出そうとしたその時、


「待ってください」


 ピペットが姫律を手で制した。


「なんだ、今はあの人を助けなければ……」


「良く考えても見てください、確かにあの不良を姫律さんの剣で制するのは簡単でしょう、しかしその剣、風紀委員の力の外……学校の外で振ると言う事は、あなたも悪人になってしまうのでは無いですか?」


「ッ……!! し、しかし……」


「お気持ちは分かります、痛いほど……しかし武力に武力で対抗すること、それはこの世界では罪とされる……ここは私と小希くんが男を見せてきましょう」


 そう言ってピペットはニヤリと笑い、いつものように眼鏡の位置を直す。


「さァ、行きましょう、小希くんッ!!」


「いや、それは構わないんだが、前回黒死荘でおもっくそ刀振り回してなかった、あの人!?」


 駆け出したピペットにツッコむ為後を追った小希は、ピペットの言いたいだけのセリフに見事に乗せられた形になり事件に首突っ込む事に。しかしそう遠くない距離、そんな事に気が付く間も無く路地へと着いてしまう。


「おい、手を離せ、そこの小悪党ッ!!」


 ピペットがオーバーアクション気味に腕を振り回し、そして人差し指を綺麗に伸ばし、ロン毛ピアスを指差す。


「あァん?」


 標的の襟首を掴んだその手はそのままに、視線だけをこちらへ向けて来たロンゲピアスは眉間に寄せたシワを更に深め、小希達を睨みつけてきた。


「Yo、チェケ! 俺ら、マジケンカ強い! 最強だぜ! 筋トレも……イェ……えっと」


 間違いヒッポホップは親指、人差し指、中指を立てた両の手を胸の辺りから前に突き出す仕草を何度か繰り返しながら韻も踏んでいない、リズムも表にしかアクセントの無い、もはやラップとも呼べない何かを口にしながら歩み出るが、ほんの二、三歩進んだ辺りで言葉に詰まり、その歩むスピードもゆったりとした物になり、最終的に失速してしまう。


「いや、こらあかんわ。最近の若い子は分からんまであるで、これ」


「思わず小希くんが関西弁になってしまった程に古い不良の在り方はいいとして、そこの髪伸ばしっぱはその手を離せ!!」


 ピペットは改めてロンゲに指を突き出し直す。


「テメェ、人のヘアストゥァイウをクソみてェに言いやがって……う! なんだ!」


 するとその改めて指を差しなおしたのが頭に来たのか、無駄にオーバーな動きが気に障ったのか、ロンゲピアスが前に進み出、文句を言ったその時だった。その不良が“クソ”と言うと、口から何かが零れ出た。


「ん……なんだ、こりゃ……ってうんこだァッ!! うッ!!」


 ロンゲが驚き、“うんこ”と口にした時、さらに口から排泄物が出てきたのだった。


「うわァ!! マジであいつうんこ吐いてる! おい、ピペット! あいつマジでうんこ吐いてるぞッ!!」


「えぇ、実はここまで走ってくる間に、ヤツが暴言、あるいは汚い言葉を使うと罵詈雑言の代わりに排泄物が口から出るように改変を行ないました」


「なんて恐ろしい事をォッ!!」


 あまりの恐怖に小希は全身が粟立ち、背筋が凍り、思わず体を反らしてしまった。


「テメェ、一体何をしやがった……ォオェッ!! クッサッ!!」


「だ、大丈夫か! Yo、ここは俺がチェケ……ォオオェッ!! クッサ! 物も勿論の事お前も口もクッサ! あ、Yo!」


 こんな状況だと言うのに間違ったヒップホップ野郎のアピールは止まらない。


「ちくしょ……ォオオェ! お、覚えてろよッ!!」


 捨て台詞すらも許されないのか、最後に一つ吐き出していくと、ロンゲピアスはそのまま斜陽に染まりゆく、黄昏の町へと駆けて行った。


「ま、待ってくれ! チェケラ!」


 金魚の糞の様にロンゲピアスの後を追い、無理にらしさを出そうとし、あたかも相方の名前がチェケラみたいな感じになりつつ、勘違いヒップホップの路地を後にした。


「ふ……儚いものですね、力、というものは……」


 そう憂いを帯びた表情で自分の手を見つめそう呟くピペット。


「いや、お前人の口から人糞出させたヤツの言葉じゃないだろ、そりゃ。それよりこっちの被害者に……おい、大丈夫か?」


 小希は周囲に散らかるロンゲの排泄物に気を付けながら小柄な影の肩に手をやる。するとようやくその人物は面を上げ、その顔がようやく顕になる。


「あ、えっと……す、すみません、助けていただいて……」


 その顔は人形の様に整っていて、髪色も肌も生まれつき色素が薄いのだろう、色白の肌に茶栗色の髪の毛が流れる様はまさに美少女と呼ぶに相応しかった。


 そして何よりもその声。鈴の音のような艶やかな、品のある響きは発したごくありふれた礼の言葉すら、美しき日本語に感じさせる力があった。


「お、女! の、子……あいつ等、なんてゲス野郎なんだ! 女子相手に男二人でカツアゲなんてッ!!」


 驚きと同時に小希の心に湧き上がって来たのは怒りだった。


 小希は彼らとの共通点である自分の性別にすら嫌悪感を覚え、それを見たピペットも表情を強張らせた。


「なんてヤツらなんだ……いや、小希くん、これは口から脱糞させて正解だったかも知れませんね。少なくとも、僕はやりすぎたかも、という反省は微塵も無くなりました」


「あぁ、そうだな。ヤツら、地獄すら生ぬるいぜッ!!」


 元々正義感は強いのか、はたまはた彼女の魅力にやられてか、二人ともどうにも台詞に仕草が芝居がかっている。ピペットにおいてはやたら腰の入ったポーズで顔に手をかざしている。


 しかし、そんな二人を焦るように順々に見、すこし慌てた様子の被害者。そして姫律と志意がやってくる。


「ねぇ、さっきの不良たち口からうんこ出して逃げてきたけど大丈夫?」


 志意がその質問をした、まさにその時、


「ご、ごめんなさいッ!!」


「あ、君ッ!!」


 ピペットの声掛けにも振り向くこと無く、被害者は狭い路地から駆け出し、不良たち同様、夕陽に染められた街の中へと消えていってしまった。


「む、女子だったのか、ヤツは?」


「はい、みたいですね……とんでもないヤツらでしたね。助けられて良かった」


「って、このあたりうんこまみれじゃない! さっさと帰りましょッ!!」


「志意さん、ヒロインがうんこうんこ言っているのはどうかと思いますよ」


「いや、そもそもこんなきたねぇ改変したのお前だろ? この内容を思いつくピペットに引くわ……」


 そうして姫律の望むような事は何も無いままに、今日は終わりを告げたのだった。




 ――――数日後


「おーし、お前ら席着けー」


 朝のホームルームの時間になり担任の丹波 杏子たんばきょうこがジャージの下のはち切れんばかりのバストを揺らしながら入って来た。


 男勝りな言葉遣いはいつもの事、体育教師でも無いのにジャージ姿なのはご愛嬌、その隙のある格好がまた素晴らしい、と男子生徒にはもっぱらの人気。


 そんな杏子の言葉だ、生徒一同素直に言う事を聞く。


「今日はいきなりなんだが、転校生を紹介するぞー。おーい、入って来い!」


 その言葉の後にゆっくりと扉が開かれ、整った顔が覗く。男子女子の区別無く、黄色い声援が漏れる。


 それが美男子であったなら、男子からはそうそう歓喜の声というヤツは漏れてこない。逆に女子というのはかわいいもの、美しいものには分け隔てなく反応するものだ。それが本音にしろ、建前にしろ。


 つまるところ、誰しもがその姿を美少女だと思ったのであり、


「紹介しよう、今日からみんなのお友達になる、穂久保ほくぼ 葉萌はもだ」


 杏子がそう告げ、お友達って小学生じゃないんだから、などとクラス全体が思う余裕を与えなかったのは、誰しもが少女だと思ったその人型が、男子生徒の制服、ズボン姿で教壇の前にたった事があっての事だった。


 そしてその姿を見るなり、二重の驚きを感じている者がある。そう、小希だった。


「お、お前……お、男、だったのか!」


 驚きに思わず立ち上がり、さして目立つ存在でもないのに、クラスの注目を集めてしまう小希。しかしそんな視線も直ぐに転校生へと向けられる。


「あ、あの、その説は……どうも。皆さん、は、始め、まして。穂久保 葉萌です……よ、よろしく……」


 そう、小希が女性と勘違いし続けた原因の一つでもある、声が教室に響いたからだ。その声は確かに囁くような、蚊の鳴くような声だったかも知れない。しかしその響きの美しさに全員が引き付けられ、沈黙の時がしばらく続いた。それをどう捉えたのかは分からないが、杏子がクラス全体に告げた。


「お前ら、拍手!」


 その言葉で皆我に返ったのだろう、徐々にパラパラと拍手が響き始め、ある女子生徒がぼそりと「かわいい」と、そう呟いた。


 そこから拍手と喝采が日を点けたように一気に加速した。


「めっちゃかわいい!」


「ねー! 女の子みたい!」


「おい、あれって制服だけ男子って事ねぇのか!?」


「マンガじゃねぇんだからさ! よろしくなぁー、葉萌ちゃぁーんッ!!」


「いや、俺別に男でもいいかもしんねぇ……」


「は? 私よりかわいい存在とかあり得ないんですけどォッ!!」


 後半、随分ヤバイ発想の男子と明らかに聞きなれた声で叫ぶ女子があったが、それを聞いて小希はクラスメイトの異常性に改めて身を震わせた。


 小希は一人、事前にその姿と声を知っていた分、他の者と比べれば幾分冷静だったのかも知れない。だからだろうか、皆のその反応に、顔を俯け、腕を抱く腕が震えている葉萌の姿に気が付いた。


 しかし、


「はいはい、んで、穂久保の席は……そうだな、知り合いっぽいし真木の隣にするか。真木の隣のヤツから後ろ。一列ずつ後ろに下がって貰っていいか?」


 杏子がまとめに入ってしまったのでクラスのざわつきも収まる。そして再び小希が葉萌に目をやると、先ほど感じた振るえは、彼からは感じられなかった。


(気のせい、か……?)


 改めて見るとそう元気が良さそうには見えないまでも、落ち込んでいるような様子には感じられなかった。そして気が付けば隣の席が無くなり、空いたスペースに杏子が運んで来た、新たな机が置かれる。


 普段であれば机の上に乗っかる胸部に視線を送る男子達であったが、今日ばかりは教卓横の葉萌から視線を外せずにいた。


「おし、ここが今日からお前の席だ」


 そう言って杏子が手をパンパンと二、三叩きながら黒板の前に戻ると、入れ替わるように葉萌がその机へとやってくる。


「あ、あの……よ、よろしく」


「ん……あぁ! よろしくな! 分からない事があったらなんでも聞いてくれよ!」


 数日前に助けた、少女だと思っていた少年。小希は改めて感じていた。この妙な時期に転校生、そしてやたらと凝ったキャラ設定、実はこの少年こそ侵略者なのでは無いか、と。


「んで、来週の体育祭なんだけども! とりあえず競技はもう決めといて、黒板の横の箱に……」


 教壇では杏子が連絡事項の伝達に入っている。まだホームルームは終わりそうに無い。しかしこれが終わり次第、ピペットと接触を図った方が良さそうだと小希は思い、今度は一体どんな侵略者なのか考えを巡らせながら、隣の席、新たな隣人に視線をちらちらを投げ掛ける。


 そのせいで今杏子が説明している説明体育祭についての事が、小希の頭には全く入ってこなかったのだった。




「え、この前の少女が……ですか?」


「あぁ、正確には少年だったんだけどな……」


 休み時間、珍しくピペットの教室を小希の方から訪れ、廊下のロッカー前では無く、階段の辺りで話をする。これは小希が下級生という事を考慮しての事だった。


 高々一年、数ヶ月、下手をすれば数週間の生まれの違いを鼻に掛ける器の小さな人間もいるのだ。


「で、その少年がどうかしたのですか?」


「いや、俺がお前の所に来たって事は……分かるだろ?」


「あぁ、なるほど! そういう事ですね!」


「そうだよ! で、実際のところどうなんだ?」


「いや、別に僕は構いませんよ? 自分の統括する世界ではありますが、その中に同性愛者がいようと、居まいと」


「そうじゃねぇよッ!! 誰がホモのカミングアウトに来たってよッ!!」


「え? 違うんですか?」


「ちげぇよ! ここまで濃いキャラがこの時期に転校してきたんだぞ? 侵略者の心配は無いのかって話だよ!」


 若干キレ気味で小希が言う。間違いでもホモ扱いを受けた事を相当気にしているようだった。


「あぁ、その心配は無いですよ。ほら、穴沢爺も点滅していないでしょう?」


「ん? あぁ、ホントだ……けど、それの故障って事は無いのか?」


「無くもないとは思いますが、今の状態がそう不調という事でもありませんしねぇ……」


「んじゃあ、あいつは……穂久保 葉萌は特に侵略者がどうとかは関係ないって事でいいのか?」


「えぇ、そこは保障しますよ。ですから安心して、愛を育んでください!」


「だからそうじゃねぇって言ってんだろうがァアアァッ!!」


 よほどホモが嫌いなのだろう、頭を掻き毟りながら、小希はピペットから逃げるように階上へと帰っていった。


「しかし、不思議ですねぇ。このところ侵略のしの字も聞かないというのは……。それともこの前の反応の形跡が……?」


 顎に手を当て、ピペットは考え込む。ぼーっとしたように遠くを見ているような、焦点があっていないような眼で、しばらくどこともなく見つめる。


 そして小さくため息を吐くと、


「どっちが攻めで、どっちが受けなんでしょうねぇ」


 と呟き、彼もまた教室へと帰って行った。




「おいおい、こりゃ何の騒ぎだ……」


 小希が教室に戻ってくると、自分の席の周囲を取り囲む人ゴミに驚愕した。はっきり言って自分の席がどこにあるか分かったものでは無かったのだが、しかしその人ゴミに自分の席が飲まれている事は、はっきりと分かるほど大規模な物だった。


 騒がしいそこに耳を傾けると、


「ねぇねぇ、どこから越してきたの?」


「実際男とも女ともつかない名前だけど、実際どうなの? 女? 女なら俺狙っちゃうかも!」


「肌めっちゃ綺麗! 交換して欲しい~」


「男だよな? 男であってくれ! こんなにカワイイ子が、女の子なはずが無いんだから!」


「テメェ、マジメインヒロインであるこの私のポジを揺るがしかねない見た目しやがって……少しでも妙な動きしやがったらそのドタマカチ割るかんな」


 そんな声が聞こえて来た。


「あぁ、穂久保の話か……って、志意はまたそんな物騒な事言ってるんか!」


 幼なじみの悪行を聞きかね、慌てて人ごみを押し分け、自分の席まで辿り着く。


「ドタマカチ割るとか言うメイン・ヒロインとかどんだけ極みの道の妻なんだ!」


「くッ! 戻って来たか!」


「くッ、戻って来たか、てのもおかしいだろ! あんまり転校生をイジメるのはやめとけよ。お前らも、穂久保がどの質問答えていいか分からなくて縮こまってるだろ。仲良くなりたい気持ちも分かるが、今のお前らは相手の事を知ろうとしてるんで無く、自分達が楽しむ質問しかして無いだろ? こいつの事を考えて質問してやれよ」


 そう小希が言った事で、周囲の生徒達の目が葉萌の方へと向く。周囲を囲まれ、何処を見ていいか分からなかった彼は、机の上を見下ろす事しか出来なかった顔をようやく上げる事が出来た。


「はぁい、それでは席に着いてぇー」


 そしてタイミング良く一時限目の担当教諭が教室へと入って来る。丁度静まっていたのもあり、皆自分の席へと帰って行った。


 そして出席の点呼が始まると、緊張からか、顔を赤らめた葉萌が隣に座る小希に話掛ける。


「あ、あの……」


 しかし性格だろうか、うまく言葉を見つけられず、その先は出てこない。ピペットに確認し侵略者では無いと分かった小希は純粋に彼を気遣う心で柔らかな表情で語りかける。


「大丈夫か? まぁこいつらも悪気はあった訳ではないと思う。一人を除いて、だが……落ち着けばそう悪いヤツらはいないと思うから、あまり毛嫌いはしないでやってくれ」


「……ッ、うん。あ、ありが、とう……小希、くん……」


 やはり照れくさかったのか、顔を背けながらも、本当に救われたと感じたのか、礼を言う葉萌。


「あぁ、よろしくな。葉萌」


 名前で呼ばれた事から、名前を呼び返し、少し仲良くなれた気がした小希。


 しかし、そんな二人をガン見している人物が……そう、メイン・ヒロイン、鹿島志意である。


 いや、それだけでは無い。良く見ればクラス中の女子の大半が教科書に、そしてノートに顔を隠しながら彼らを特異な眼差しで見ていた。小希を含む男子生徒、そして教壇にある教師からは大よそ検討も付かない発想で……




「はい、では今日の授業はここまでだ。日直、挨拶を」


「起立、気を付け……礼」


 そんなこんなで昼休み。小希の隣には今朝から比べると随分落ち着いた様子の葉萌の姿があった。


「さ、飯だ。お前はどうするんだ、葉萌?」


「えっ、僕……?」


 小希の言葉が効いたのか、次の休み時間には女子はガヤガヤと群がらず、男子も普通に趣味の話など、興味本位では無く、中身のある会話をしに来た連中と徐々にではあるが打ち解けていった。


 朝から比べると随分切り替えが早いとも思われたが今では小希の声に普通に振り向き、返事をするようになっていた。


 女子達の好奇の視線に二人、気が付きもせず……


「あぁ、今日来たばっかだろ? だから学食の案内も出来るが……弁当があるなら他の連中と食えばいいと思うし」


「えっと、お弁当はあるんだけど……」


 慣れたはずの葉萌が顔を赤らめ、再び視線を逸らす。


 しかしそんなのお構いなしに、言葉通りの受け取り方で小希はさっさと志意に声を掛ける。


「おっと、そりゃ悪かったな……おーい、志意。学食行くぞー、きっと姫律先輩も……ん?」


 しかし、志意の方へ歩き始めた小希の袖が掴まれた。そしてそちらへ視線を向けると、


「ぼ、僕も……学食で食べていい?」


 座ったまま、上目遣いで小希を見上げる葉萌の姿が。周囲には身悶える女子達。しかしそんな事に気が付かない小希は実に平然と返事をする。


「ん? あぁ、場所は知っておきたいんだな! いいぞ、志意、葉萌も一緒だがいいか?」


「う、うん! いいわよ! 大歓ゲイッ!!」


 そして小希が確認した先の志意も、同じく鼻息荒く答えていた。


「おい、志意。誤字ってるぞ。アハハ、おかしな、ヤツだろ? でもまぁ、悪いヤツでは無いから安心し

てくれ。口は悪いが……中身も悪いんだが……えっと」


 どうにか幼なじみを誉めようとするも、上手く言葉が出てこない小希であった。





「おーい! お前達ィッー!!」


「あの、姫律先輩。いつも俺達の事見つける度に周囲の人達まで振り向かせるの止めてもらえないスかね……」


 小希の言う通り、お前達という特定不可の呼び声、そして芯のある、通った声により学食全体が姫律の方を振り返っていた。


「なぁ、今日は異世界からの侵……む、誰だ、その女は?」


 姫律がいつも通りの質問を口にしようとしたその時、視線に飛び込んできた見慣れぬ姿に姫律は顔をしかめる。


「あぁ、こいつは今日転校してきた穂久保 葉萌です。隣の席になったんで、一緒に飯どうかなって思って」


「驚きませんか? この見た目で男の子なんですよ? あっと、失礼、でしたね」


 事前に合流していたピペットがそう付け加えるも、人によっては気にするかと思い訂正する。


「いえ、その……大丈夫です……」


 その言葉にもモジモジと俯き答える。その反応が気に入らなかったのか、姫律はあからさまに不機嫌な表情になると、


「で、話は変わるがアレはどうなんだ、例のアレは? ん、ピペット、小希?」


 いやらしく葉萌の知らない話を振る。


「なんスか! 『お前はまだこのコミュニティに入って来れて無いんだからな!』 みたいな話題!」


「幼稚すぎて今時の小学生にはあまり効果的では無いとされているやり方を持ち出すあたり、可愛げを感じえませんね」


「えー、別にー、そう言うんじゃないんだがー」


 口を尖らせ、ジト目で足をパタパタと遊ばせながら言う姫律は、今日はやたらと静かな志意が気になり視線を送ると……


「なッ! な、なんで志意は今日に限ってこんなアルカイックスマイルを浮かべているのだ?」


 つい先ほどまで葉萌を敵視していたとは思えない、菩薩のような笑みを浮かべ、静かに練り上げた納豆ご飯を頬張る志意のあまりの不気味さに肩を跳ね上げる姫律。そう、いつもは小希の隣に座っているというのに今日は向かい側、小希の隣には葉萌が座っている。


「さぁ? 理由は分からないのですが……静かで良いなとは思うんですけど、ここまで来ると不気味で……」


 そんな会話の中、志意がアルカイックスマイルを浮かべたまま姫律に耳打ちをした。それを受けるや否や、しかめっ面が見る見る内に和らいでいった。


「え、なんだよ……志意、お前何言ったんだよ?」


「………………」


 しかし聞いても笑顔を浮かべるだけで、


「おや、どうやら伝染してしまったようですね……?」


 そして気が付けば姫律も菩薩の笑みを浮かべているのであった。




「よし、席つけー! お前ら!」


 帰りのホームルーム。担任の丹波 杏子が教室へと入って来たのを合図に、皆各自の席へと戻る。


「今朝言っていた体育祭の競技決めの件だが……」


「え? 待って、先生! 俺、それ聞いてないです!」


「あん? あぁ、真木か。何だよ、お前ちゃんと話は聞いておけよ。放課後までにこの目安箱に出たい競技と名前、母方の姓を書いておけって言っただろ?」


「えぇー! 聞いてないっすよ! いや、母方の姓って言ってたならむしろそこ言った瞬間にツッコませて欲しかったッ!!」


「こっちだってツッコんで欲しかったよ! お前が聞いて無けりゃみんなスルーだったよ! まぁ、いいや。とりあえず箱開けて、余った競技に出る事には成るけど、余った競技が幾らかあれば全部出させてやるよ」


「救済措置に見せかけたパワハラが、今始まる!?」


 そして次々に発表されるクラスメイトの希望の競技と母方の姓。思いのほか女子がゴツイ苗字だったりすると今の苗字で良かったね、としみじみ頷いてしまう事などあったが、本題の競技の方は思いのほかバラけ、綺麗に埋まっていった。


「次ー、えっと、穂久保だな。あれ……母方の苗字が書いてないが、競技は二人三脚か」


 そして黒板の二人三脚と書かれた下に葉萌の名前が書かれる。そしてその後もどんどんと埋まっていき、最終的に開いていたのは葉萌の二人三脚の相方だけだった。


「って、事で真木の競技は二人三脚って事で」


「まぁ、綱引きだけじゃないのは残念ですが一人トライアスロンになら無かっただけ良しとしましょう……」


 ため息交じりに言葉を吐き出すと、それを横目で見てくす、と笑う葉萌の姿があった。


「随分身長差のあるコンビに成っちまったが、よろしく頼むぞ。葉萌」


「うん、よろしくね! 小希くん!」


 少しずつ表情の出てきた葉萌に、小希も喜ばしくなり、思わず笑みを浮かべていた。そうして体育祭の競技も決まり、この日の鳳陽学園のカリキュラムは終了した。


 二人を見つめる、女子達の奇異の視線に包まれて……




 何事も無く一週間が過ぎ、もはや侵略者の事なぞ忘れ始め、体育祭の日がやってきた。


「さ、次だな。二人三脚は」


「ね。練習も何もしてこなかったけど……どうにかなるかな?」


 小希と穂萌が次の競技の控え場所へ向かいながら話す。


 すっかり打ち解けた葉萌は以前のように俯くような事は無くなったが、照れた表情を浮かべることはたびたび見受けられた。それはただ単に葉萌が照れ屋なだけだと、小希は認識し、別段意識せずに仲良くやっていた。


「ん? なんだ、お前ら一緒に出るのか!」


 と、入場ゲートの控え場所には体育着姿の姫律の姿があった。こんな日、こんな格好でも腕章は外さないらしく、腕には風紀委員の文字が光っていた。ちなみに志意と同じく、姫律も初対面の時とは打って変わって葉萌にキツイ態度を取らなくなっていた。


「え、姫律先輩何してるんスか?」


「手伝いだ。風紀委員って実際少し素行の悪い生徒に因縁つけるくらいしか仕事無いしな、こういう時は借り出されるんだ」


「自覚あったんスね……」


「あぁ、成ってみて初めて色んな学校で風紀委員が無いか実感したよ。これを受け取れ」


 そう言って姫律は一枚の細長い布切れを渡してくる。二人三脚で足を繋ぐための物だろう。


「あぁ、ありがとうございます」


「ではまぁ……その、頑張ってくれ小希に……」


 そう言ったところで思い出したように姫律は目を丸くし、運営側の点呼用の名簿を取り出し言った。


「そうだ。お前、名前をちゃんと聞いた事が無くてな。上は“ほくぼ”でいいと思うのだが、下のこれはなんと読むんだ?」


「いや、俺始めにちゃんと紹介したじゃないすか」


「してない、してない! んで、なんて読むんだ?」


 紹介された事実を覚えているのだろう。なるたけ小希に目を合わせないように首を振り、葉萌の方に名簿を突き出し問う姫律。


 しかし人の良い葉萌はそんな事にも笑顔で応じる。


「したの名前は“はも”ですよ。まぁ、変わった名前だって良く言われますから……」


「はも……か。いや、真木 小希だとか鹿島 志意だとか、挙句にピペット駒込なんてヤツらに囲まれていてはそうも感じないぞ」


 姫律は振り仮名でも振っているのだろう、名簿を挟んだバインダー付きのボールペンを走らせながら言った。


「いや、定芽 姫律も中々でしょ……」


 そう小希がボソとつっこんだその時、競技の開始を告げる放送部によるマイクアナウンスが入った。


『次は、学年別対抗! 二人三脚、男子の部ですッ!! ねっとりと絡みつく男子のスネ毛を堪能しましょう!』


「さ、出番だぞ、お前ら!」


「いや、今の競技紹介でそんな爽やかな笑顔で送り出されてもッ!!」


「大丈夫だよ、小希くん。僕、スネ毛無いから」


「いや、そういう問題でも無いんだが……」


「いいから行け! もう始まるんだろ!」


 そう言って姫律に尻を叩かれ、小希は消化不良のままグラウンドへと出て行く。


 その後ろ姿を見送りながら、姫律は次の競技に参加する生徒の点呼の為に名簿に視線を落とした。その時、先ほど書いた葉萌の振り仮名にふと目が留まった。


「…………これはッ!?」




「位置について……」


 ジャージ姿の体育教師が火薬銃を青い空に向ける。それと同時に小希と葉萌は互いに結んだ脚に力を入れる。


 そして刹那の間に校舎に大きく反響する破裂音が鳴り響いた。


「「イチ! 二! イチ! 二!」」


 スタート直後、体のスペックよりも二人の呼吸が重視される二人三脚が故に、トップスピードに大きな差異が無い為、各組横並びになる。


 しかしそこで大きな差を生み出すのが、


「「うォおぁッ!!」」


 そう、転倒。小希らの外側のレーンで起こり、その組の勝利はほぼ絶望的になる。しかしまだまだ五ク

ラス中一組に有利になっただけで、横並びの状況に違いは無い。


 そう思っていたのも束の間、前に躍り出る組が出てき始める。


「くッ、あいつら!」


 それに煽られ、思わず小希の気が急いて、結んだ脚の呼吸が乱れそうになる。


「小希くん! 焦らないで、ここでペースを崩して速度を上げても、コーナーに入ったら抜かせないよ!」


「そ、そうだな。すまん!」


 葉萌の声に冷静さを取り戻し、二位をキープしつつトップを走る二人の後ろに付く。


「抜かすなら最後のストレートだよ……今、良い感じで来てる。速度を上げる時、外側の脚を出すタイミングで小希くんの肩を打つから、それの裏で中脚を前に!」


「分かった、任せたぞ!」


 そう決めてからは二人安定したペースを刻み走り続ける。体力を温存し、最後のストレートに掛けるために。


 振り返る余裕など彼らには毛頭無いが、中々の好ペースにより、気が付けば三位との差は歴然だった。


 そして徐々に迫るコーナーの終端。それが見え始め小希が覚悟を決めたその時だった、


「今ッ!!」


 互いの自由な外側の脚を前に出すタイミングで葉萌は小希の肩を叩いた。そして次に中の脚を出すと再び肩が叩かれる。


 コーナーの終わりに丁度トップと並ぶ事が出来、最後のストレート。隣に見えている足運びよりも小希達の刻むビートの方が僅かに早い。


「良し、行けるぞ! 葉萌!」


「うん! このペース、崩さないで行けッ……!?」


 そうは葉萌が口にしたその時だった。葉萌の小さな体が小希に勢い良く倒れこむ。


「ぐッ!!」


 その衝撃は予想以上のものだった。事実、それは彼一人分のものでは無く、先ほどまでトップを走っていた、左隣のレーンの二人の転倒を受けての物だった。


 並んだ小希達のペースを見て、焦ってバランスを崩したのだ。当然、それを受けた小希の身体も地に横たわる。


「いててて……立てるか、葉萌?」


「だ、大丈夫……」


 なんとか立ち上がろうと、二人結んだ脚を立てようとしたその時だった。


「葉萌! 伏せろ!」


「えッ……!?」


 突然小希は葉萌に飛びかかり、頭を抱える。直後、


「お、お前ら、どけ! どけ!」


 後続の組がコーナーを抜け駆けてくる。しかしこれは二人三脚。走り出すのも難しければ、止まる事も容易ではない。走っている間は随分離していたと思っていた後続の組も、追いつくのにそう長くは掛からなかった。


 そして、葉萌に小希越しに鈍い衝撃が走る。


「「小希ッ!?」」


「小希くんッ!!」


 観客席から志意、姫律、ピペットが叫ぶ。今の今まで歓声に包まれていた、そんな個人の声など届かないはずの体育祭。しかし三人の声は先ほどスタートを継げた火薬銃の様に校舎に反響した。それ程までに、たった今起きた事態で会場は静まり返っていた。




「……く……ま……くん……」


 誰かが何かを呟く様な声。小希が意識を取り戻して初めて得た感覚がそれだった。


 聞き覚えがある声である事は分かる。しかし志意の声でも無く、ここ最近面倒事に絡むピペットの物で

も無く、侵略者を求める姫律の物でも無い。


「まれ……ん……こま……ん……」


 小希はそれが誰の物かを思い出すのも億劫になってくる。何故だか頭がズキズキと痛む。もう一度寝てしまえば楽になるかも知れないと思うと、その声も遠くなって行き、意識は靄の掛かった、温かい泥のような感覚の中に沈んで行こうとしていた。


「小希くんッ!!」


「うォッ!? って、イテテ……」


 突然荒げられた声に驚き、ベッドから飛び起きる小希。そうして初めて自分がベッドに寝かされていた事、そしてここが保健室である事、そして目の前に居て、声を掛けていたのが葉萌だと理解する。

 

 するや否や頭痛、と言っても風邪をひいた時の内側からの痛みでは無く、外側からのズキズキとした物に見舞われ一気に目が覚める。


「あ、ダメだよ! まだ起きちゃ!」


「あれ、俺どうしたんだ……?」


 痛みの元に手を伸ばすとそこには普段そこに感じる事は無い、目の荒い布の感触。どうやら包帯が巻かれているという事にようやく小希は気が付いたようだった。


「覚えて、無いの? 小希くん、二人三脚で僕と走っていて、最終ストレートでトップに並んで、抜かそうとしたところで隣の組が転倒して……」


「あぁ、それに巻き込まれて……か」


 その後、後続の組が止まる事が出来ず、葉萌を踏み潰しかねなかったのを小希が庇った。言われて初めて思い出した様だ。


「なんで、僕なんか……」


 葉萌は俯き言った。膝の上に作られた握りこぶしが震えている。それを見て小希は怒りを覚えた。


「なんで? 僕なんか? ふざけんな、お前は俺の友達の価値をそんな安く見積もってんのかよ?」


「えッ……?」


「いいか、お前が自分の存在を安く見積もれば、それは俺の友人であるお前がそんな安い存在だって事になるんだ。そんなのは俺が許さねぇ、俺の友達はそんな安いもんじゃねぇ、俺の中の友達の見積もりだってそんな安いもんじゃねぇんだよ。俺が身を挺して庇ったのだって、俺の中で友達の存在ってヤツが、自分の身と同じくらいに大切なもんだからだ」


「小希……くん……」


 葉萌の顔が紅潮し、目が潤む。そして……


「えッ……いや、お前! 何して!」


 ベッドから上半身を起こす小希の胸に、葉萌は飛び込んだのだった。




「おい! お前達ィッー!!」


「相変わらず周囲を巻き込む呼び方来たッ!!」


「姫律さん……風紀委員のお手伝いはいいのですか?」


 校庭の隅、救護班のテントに小希の容態を聞きに来ていた志意とピペットの元に姫律が駆けて来た。


「あぁ、その引継ぎで時間が取られてな。それで、小希の容態は?」


「あぁ、問題無いみたいよ? 頭が大きく揺れたから意識は飛んだけど、出血は少なかったし、危ない血管も切れて無かったみたい」


「えぇ、こういう時は血が出ない方がマズイと言いますしね……今は保健室のベッドで休んでいるそうですよ」


「なんだ、そうか……いや、光景だけ見るとかなりやばそうに見えたからな……良かった良かった」


 姫律は膝に手を突き、大きく息を吐き出す。ようやく人心地付けたようだった。


「で、今は私達二人共出る種目があったから、付き添いには葉萌くんが着いてくれてるわ」


「なッ……!!」


 その志意の言葉で姫律の表情が一変、目と口が驚きに開いた。


「どうか、しましたか?」


 その反応にピペットも志意も首を傾げる。


「お前ら、これを見てくれ!」


 そう言って姫律が取り出したのは先程まで持っていた点呼用の名簿では無く、一般生徒にも配られる体育祭のプログラムだった。そして指差すのは二人三脚、一年男子の部。


「真木 小希……相変わらず変な名前ね」


「まぁ、名前が急に変わってもそれはそれで変な話ですがね」


 そう言って苦笑する二人。しかし姫律が差したのはそこでは無かった。いや、隣り合っているのだから、二人が小希の名を読んでも仕方の無い事なのだが……


「違う! これを見てくれ」


「あぁ、葉萌くんの方?」


 そう、姫律が指差していたのは隣の葉萌の名前の方であった。


「そうだこの名前を入れ替えてみてくれ」


「? 葉萌 穂久保……ですか?」


 今度は志意にピペット、二人して首を傾げる。


「あぁ……もう! 救護! すまん、ボールペンを借りるぞ!」


 そう言って近くのテーブルに転がっているボールペンを引ったくり、先ほどまで姫律が持っていた点呼用のプログラムと同じ様に、余白にひらがなで“ほくぼ はも”と書き込む。


「この名前をひらがなで見てどうか思うところは無いか?」


「ハ行が多い」


「おの段も多い……ですかね?」


 それを見て思い思いに感じた事を言う。


「違うんだ! いいか、こいつの名前はアナグラムになっていたんだ!」


 そう言って再びボールペンを走らせ、余白に書き込んだ文字とは……


“ぼくは ほも”


「ッ…………」


「きゃッ!」


 それを見て、ピペットは顔を青く染め、反対に志意は顔を赤らめた。


「私の直感ではあるが……今体育祭という一大イベントで偶然にも二人きりあの二人を観察しないのは、惜しい気がするんだッ!!」


「ちょっと、姫律さんッ!? あなたは一体何を……ってなんで志意さんも今まで赤らめてた表情真顔に戻してまで深く頷いてるんですかッ!!」


「古来より、日本にはこう語り継がれている。ホモが嫌いな女の子なんていないんです、と」


「そうだ。そして体育祭でアクシデントから庇った方にはその気は無いが、庇われた方が思いを爆発させるには十分なイベントッ!! ショタの強気攻め、ここで見ずしていつ見れようッ!! その為に、私は仕事を放り投げてここまで来たのだッ!!」


「い、いや、名前一つでそこまで決めてかかるのはどうかと……」


「うるさいッ!! 箱の中の猫が死んでるかどうかは、開けるまで分からないだろうが!」


「殴った! この人、精霊を殴ったね!?」


 ヒロインたる志意がグーパン。その拳が貫いたピペットは尻餅を突いて頬に手をあて、有りのままを叫ぶより他無かった。


「兎に角行くぞ、志意」


「えぇ、これを逃がせばお目に掛かれないかもしれない……」


 ――――リアルBLシーンに廻り合うために!


「くッ……しかし、そんなアナグラム信じてなる物かという明確な否定の意志で持って僕もこの目で確かめなくてはッ……」


 そうして委員会の仕事も、競技もほっぽらかして三人は保健室を目指したのだった。




「お、おい! は、離せよ。ど、どうしたんだ? 急に?」


「もう、もう僕! 我慢出来ないよ……」


 そう言うと葉萌も腕の力が弱まり、体が離れた。小希の腕には無数のサブイボがスタンディングオベーションで葉萌の勇気を讃えている。当の本人は十中八九、これは貞操の危機だと察しているのだが、恐怖で体を動かせずにいた。


「あの……葉萌、お、落ち着け? お、俺達は、ト、トモ、ダチ……だよ、な?」


 どこぞの宇宙人のようにカタコトにトモダチと口にする小希。別に意識した訳でも無いのだろうに、余りの恐怖から歯の根が合わないのか、言葉がうまく紡げずにいた。


 しかし最後の希望の問いかけは明確な言葉で持って否定される事になる。


「ううん、もう……友達なんかじゃ嫌だ……僕は、小希くんがす」


「うわぁアアァアアアアアアァッ!!」


 それ以上先を聞きたく無いと思っての行動か、本能がそうさせたのか、どちらかは定かでは無いが小希は布団を掴むと葉萌に覆い被せるように投げつけ、その隙にベッドから飛び出した。


「待って! 小希くんッ!!」


「誰が待つかッ!! 喰らえッ!」


 直ぐに布団を剥ぎ、小希に迫ろうとする葉萌。しかし小希は既に駆け出し、机の上にあった画鋲ケースを掴むとそれを地面にばら撒き、そこから大急ぎでドアへと駆け、そのまま廊下へと脱出し階段を駆け上った。


 しかし散らかった画鋲も上履き越しには大した威力を発揮しない。そのまま画鋲の海を越え、葉萌は保健室を出、当然後を追って来る。


「くッ! 小癪な真似をッ!!」


「おいおい! 何だよ、しおらしい性格はブラフだったってのか!」


 豹変した言葉遣いに小希の背筋が凍る。男が男に迫るために、ここまで徹底的に策を練るという事実に全身の毛が逆立つ思いだった。


 よくよく考えれば、確かに自己紹介の後やその他もろもろ、切り替えが早く感じるところはあった。そう思うと小希は自分の警戒心の無さを心の中で嘆いたのだった。


 しかしそうして階段を登っているうちに小希は気がついてしまった。


 そう、階段の先は行き止まり。行き着く先は屋上だ。このままではどの道捕まってしまう事を……


「くッ……やばい、やばいやばいやばい! どうする、このままじゃマジでやばい! ホモは嫌だホモは嫌だ、ホモは嫌だホモは嫌だホモは嫌だホモは嫌だッ!!」


「はっはっはっ!! 大人しく掴まれ、お前もそのホモにしてやろうってんだよッ!!」


「猫被るってレベルじゃねぇーぞ! 極悪役じゃねぇかッ!!」


 追いかけてくる恐怖そのものにさえつっこむという、この世界の住人の性を呪いながらも小希はなんとか策を練り、次のフロアに出、一度反対の階段に回りこむ事にした。普段であれば風紀委員の姫律に怒鳴られ、場合によっては蟻ンコ斬りまで抜かれかねない速度で廊下を疾走、


 しかし今はそれどころでは無い。二人三脚どころか百メートル走に出てもそこそこやれそうな速度で小希は廊下を駆け抜ける。


 しかしそこであり得ないものを目にする。湧き上がって来たのは驚きであった。しかしそれと同時に小希に希望をもたらすものであった。


「姫律先輩ッ!!」


 そう、小希は体育祭の真っ只中であるはずの今、この校舎内にあるはずの無い姫律の姿を見つけたのだった。


 この際、廊下を走っていた事を咎められようと、体育着を切り刻まれて全裸になろうとも、ホモになるよりはマシだと思ったのだ。


「ちッ……邪魔が入ったか!」


 その姿を葉萌も認めたのだろう。その存在を疎ましく思う声が聞こえる。そして小希は説教覚悟で姫律の前で立ち止まった。


「姫律先輩……ろ、廊下を走ったのは謝ります! お、怒ってくれて一向に構いません、その代わりこの男から俺をッ……!? な、何をするんだッ!!」


 小希が助かったと思い、助けを求めているまさにその時に突然姫律に羽交い絞めにされ、身動きが取れなくなった。


「何を? 私は風紀委員だぞ? 廊下を走る輩を捕らえるのは常日頃から行なっている……それはお前も知っているだろう?」


 そう言ってニタァ……と恍惚な笑みを浮かべる。その表情を見て小希は葉萌とは別の、しかしヒトの狂気と言う部分を抉り出したという事には変わり無い物を感じ戦慄する。


 そんな状況故に背中に当たる柔らかな感触にも気が付いていなかった。


「間に合ったようね!」


「こ、小希くんッ!!」


 姫律の後ろ、反対側の階段から志意とピペットが姿を現す。どうにも言葉の端々から志意は姫律と同じ危険は思想の持ち主である事を感じ取った小希は、素直にピペットに助けを求める。


「ピ、ピペット! 助けてくれ! コイツは……穂久保 葉萌はホモだ! お、俺の貞操を狙ってやがる! 頼む、助けてくれッ!!」


「くッ……やはりそうでしたか! にわかには信じ固かったですが……よもやこのような事になろうとは……僕も、力を使うしか無いようですね……」


 そういうとピペットはおもむろに眼鏡を外し、その青い瞳が光をおび始める。


「き、貴様! 何をしようと言うのだッ……! ま、まさか、この力……精霊かッ!?」


 葉萌はピペットを見て驚きを隠せないようだ。しかしそんな事はオカマい無しにピペットの変化は続く。


「トゥルーワールドエナジー! フルスロットル! マキシマム、オーバードライブッ!!」


 そして瞳だけでは無く、ピペットは体中から光を放ち始める!


「な、何が起きているの!」


「ズルイ! そういう必殺技っぽいのはずるいぞ、ピペット!」


 それを受け、志意は驚きの、姫律が嫉妬の声を上げ、


「た、助かった! やっぱ持つべきものは友達だぜ!」


「くッ……ここまでか!」


 小希はこんな時ばっかりピペットを友達扱いし、歓喜の声を、そして葉萌は諦め、覚悟を決めたようだった。


 そして廊下はピペットの放つ光に包まれた……


「くッ!」


「な、何が起きてるの?」


「暴れるな! 小希!」


「ピペット! 早く、早く助けてくれー!」


 光の中、目を閉じそれぞれに言葉を発する。そして徐々に光が失せていくと……そこには。


「ふぅ……変身、完了!」


「「「「……………………」」」」


 金髪、碧眼、巨乳に眼鏡の体育着姿の美少女が立っていた。そして胸部に刻まれている文字は……

“2ー4 駒込”


「え、お前……もしかして、ピペット、なの……か?」


 小希が姫律に押さえつけられたままに問う。


「えぇ、もし本当に彼がホモだった場合、最悪誰彼構わず襲い始める野獣の可能性がありましたから。ですので僕は女性モードに切り替えさせて貰いました! 元々精霊ですから性別なんてありませんし。あ、お好みなら普段からこっちで行動しましょうか?」


「そういう問題じゃねぇーよッ!! あれだけ大掛かりな事して俺の事助けてくれねぇのかぁアアァッ!!」


 小希は涙を流して叫んだ。一度助かったと思ってからの転落だ。そりゃ涙も出よう。


「よ、よく分からねぇが……どうやら邪魔は入らないみたいだな! それじゃあ、好きにやらせてもらうぜ!」


 そう言って押さえつけられた小希の元へと歩みを進める葉萌。


「や、やめろォッ!! 姫律先輩ッ!! 不純異性交友は校則でダメだったろ!? こ、コイツを止める義務があんたにはあるはずだッ!!」


「フハハハハッ!! 何を言っている、小希! これは立派な不純同姓交友じゃないかッ!! そんなモンを律する校則は無いぞォッ!!」


「こんな時に誰が上手い事言えって言ったァアアァッ!!」


「ホォモ! ホォモ! あそぉれ、ホォモ! ホォモッ!!」


 泣き叫ぶ小希を他所に、志意は四速歩行で何やら奇妙な動きを繰り返していた。その様たるや邪神崇め奉る贄の儀の様であった。


 そして小希に迫る葉萌も唇。


 諦め、目を閉じた小希の耳に入って来たのはピペットが女性化した声だった。


「なるほど……これなら不自然な穴沢爺の反応があった形跡にも納得が行く。女性になってみて初めて分かりました。貴方は、侵略者であり元を辿れば女性……ですね?」


「「「「ッ!?」」」」


 四人が四人、それぞれに驚き、見開いた目をピペットへと向ける。そしてピペットが続けたのは衝撃の内容だった。


「あなたの近づき方、それは実に自然でした。出会いから転校、そして助けられ、恋に落ちる。確かにありふれたBLストーリーかもしれない……しかし! 最後の最後で化けの皮が剥がれましたね、ここで思いの篭っていないキスを強要するなど、鬼畜BL展開! 誘い受けが本分のあなたが選んだキャラ像に不釣合いなその強引さ……女性目線で展開を焦るが故に起こった事なのでは無いですかッ!!」


「「ッ!?」」


「すみません! 俺にも分かるように解説して貰っていいですかねぇッ!!」


 葉萌が女だと分かり、一応の安心を得た小希だがピペットの言っている意味がさっぱり分からず、意味の分からなさから再び涙を流し叫ぶより他無かった。


「け、けど侵略者なのなら、なんたらとかいう力の反応は無かったのか?」


 まだ諦めていないのか、姫律が小希を羽交い絞めにしたままに問う。確かにそれは囚われの小希も気になる所ではあった。


「えぇ、反応こそあれ、直後にエナジーが消失したために僕は穴沢爺の誤作動かと錯覚していた。しかしそれは穴沢爺の特性から考えれば、抜け穴の様な物……いえ、アナザー・ワールド・エナジーを持たなくなった侵略者はこの世界の住人と成ってしまうので、そもそも侵略者として認識出来ないのですから、故障でもなんでもなく、本来の役割は果たしている」


「それで一体葉萌はどうしてそんな事をしたのよ?」


 一旦は思うような展開にはならないと察した志意は二足歩行に戻っていた。


「いえ、どうしてそんな事をした……では無く、したかった事をした結果がそれだったんです。葉萌くん……いや、葉萌さんはBL物の女性登場人物という、不遇な役回りの侵略者でありながら、腐女子と言われるホモ好きの少女だった。そんな少女が手にした力を使ったのは、自分自身が男になり、男を愛してみたいという事だった! 違いますか?」


「「な、なんだってぇッ!?」」


 志意と姫律は声を揃えて驚く。


「あのーその前に俺の事は解放してくれないんですか……?」


 しかし最早事態の概要などどうでも良い小希は後ろ手に捉えられ、一早い開放を望んでいたがまるで聞き入れてもらえなかった。


「そ、そんな事が可能なのか!?」


「そうよ、幾らなんだってそんな事出来るはずが……」


「世界を侵食するだけの力です。人一人の性別をコントロールするくらいは容易いですよ。しかし、それで力を使い切ってしまえばそれまで……元の女性に戻る事も出来ず、ただこの世界の一人の男性になるだけの事……どうです? 違いますか?」


「くッ! 正解だよ。折角上手くやれてると思ったんだがな……僕はそもそも世界を作り変えて、自分達の新たな世界を作る事なんかには興味は無かったんだ。ただ、男として、男と恋愛がしてみたかった……」


「その結果を焦る余り……それは恋愛とは呼べるものでは無くなってしまったと……悲しいものですね……」


 その事実に、推理したピペットも力を私欲の為に使った葉萌も、周囲の面々も表情を曇らせ、俯いている。


「全然理解出来ねぇッ!! てかそろそろ自由にして貰えませんかねェッ!?」


「ん? あぁ、そうだな。BL展開にならないならお前に用は無い……」


 そう言ってようやく小希が自由を得た。その時だった。


「けど、今更……長年の夢を諦める訳にもいかないんだよ!」


「なァッ!?」


 葉萌は自由になった小希目掛けて駆け出す。油断していた小希は妙に高い声で驚くも、安堵からの急襲に、どうする事も出来ない。


「貰った!」


「んんんッ!!」


 飛びついた葉萌に廊下に押し倒され、小希の唇には柔らかな感触が……


 しかし、柔らかい感触はそこだけに留まらなかった。


「どうやら……間に合ったようですね……」


 ニヤリ、とピペットは口元に笑みを湛えた。


「え……イヤ! お前、何してんだァッ!」


 ピペットの言葉に我に返った葉萌。懐かしい感触を思い出すと共に、恥じらいが脳を支配した。


「え……あ、柔らかッ!! 嘘、これ柔らかッ!!」


 そう、ピペットはキスの直前、葉萌を元の性別に戻していたのだ。


 そして小希は突然飛び付いて来た葉萌の胸部に戻った乳に事故で手が触れてしまい、そのまま鷲掴み。


 初めての……いや、乳児以来の柔らかな感触に顔をだるんだるんに緩めて、かわりにこれ幸いとその手には力を入れてみたり、入れなかったり。


「お前ッ! は、離せッ!!」


「え、あ、あぁ! すまん!」


 小希を突き飛ばし、胸を隠すようにする葉萌。頬を赤らめるその姿は以前と変わらず少女の様……いや、以前と変わって少女そのものになっていた。


「良かったですね、小希くん! これでファーストキスはホモ! を回避できましたよ!」


「あ、ありがとう! いや、ピペット……お前その姿でいるの辞めて。調子狂うわ。素直にお前に礼とか言いたくない」


 そんな無事解決なやりとりの中、ワナワナと震える姿が一つ。


「なッ……なぁああぁッ~!!」


 野良猫のケンカ声にも似た声を上げたのは志意だった。その様子にいつもの面々は勿論、小希と同じく

ファーストキスを失い、あまつさえ乳も揉まれた赤面中の葉萌も視線をやる。


「どうした、そんなにホモシーン見たかったのかよ、お前?」


「志意、仕方が無い。放課後本屋にでも一緒に行こう。私も思いは一緒だぞ」


「申し訳ありませんね、志意さん。しかし僕も普段から力を借りている身ですから……小希くんの不利益になる事を見過ごす事は出来なかったんです」


 小希、姫律、ピペットに気遣われるも、


「あァッ~~、もう! そういう事じゃないわよッ!!」


 そう言って一人ドスドス階段へと向かい、校庭へと戻っていってしまった。


「……どしたんだ、アレ?」


「さぁな? やはり生のホモシーンは二次元では補い切れないものだったのだろうか……?」


「困りましたね。僕が男性に戻って小希くんとキスすれば……最悪、機嫌は直せるか」


「しねぇぞ! 俺は絶対しねぇからなァッ!!」


 そんな事を言い合っている面々を見て、ふと葉萌が呟いた。


「お前ら、ホントに気付いてねぇのかよ……?」


「「「?」」」


 振り返った三人の頭の上に浮かぶクエスチョンマークに、葉萌はこの世界はこの世界で難儀してそうだなと、ため息を吐くのだった。




 それから可もなく不可もなく体育祭は進行し、一年二組は可もなく不可もない順位に落ち着き、体育祭は幕を閉じた。


 そしていつも通りバス停までは四人で帰り、バスに乗った後は小希、ピペット、志意の三人で橙色の街並みを長く伸びた影を引きずって歩く。


「いやー、しかしこれはとんでもなく記憶に残る体育祭だったぜ……」


「ですね。いや、しかし……侵略者だというのに侵略では無く私利私欲の為に力を使い、この世界のルールで自分の好きな様に生きていく異世界人がいるとは……正直盲点でした」


 ピペットは午後の部には元通りの姿に戻っていたが、グランドに戻る際にいくらか他生徒に目撃され、謎の金髪美少女現るの噂がしばらく男子生徒の間で囁かれたのはまた別の話。


 しかし体育祭が終われど、志意の機嫌は良くならず、ムスッたれたまま小希と志意の家の前まで来てしまった。


「そんじゃあ、また明日なピペット、志意」


「えぇ、また明日」


「ふーんだ! あんたなんか知るもんかッ!! 疲れで深い眠りについて、ガチムチ色黒のホモ達に犯され続ける夢を見るといいわッ!!」


 いつもの挨拶すら交わさず、とんでもない言葉を小希に投げつけ一人先に家へと引っ込んでしまった。


「…………なぁ、どうしたんだ、あれ?」


「さぁ、どうしたんでしょうね?」


 真面目に疑問を浮かべる小希に対しピペットは何か悟った様な、柔らかな笑みを浮かべていた。


「まぁ、女の子には色々、あるのでしょう」


「そうか……ま、あいつが変なのはいつもの事だしな。俺は夢の内容以外は志意の言う通り、深い眠りに就くとするぜ。随分疲れた、色んな意味で……」


 そう言いながら引きつった笑みを浮かべる小希。


 最後こそラッキースケベという主人公の起こしうるこの世の奇跡に歓喜したものの、追われている時の張り詰めたテンションと心を支配していた恐怖を鑑みると、どうにも釣りが来る事には成らなかった。


「じゃあな、ピペット」


 そう言って後ろ手で挨拶を残し、小希も家の中へと引っ込んでしまった。


 そして一人になったピペットは双方の家を見上げ、


「今日ばっかりは、少しも変じゃない、まごう事無き女の子だったじゃないですか。ねぇ、志意さん?」


 そう呟き、一人帰路へ着くのだった。


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