忍者、遊ぶ
「ふーっ。腕をずっと上げていると肩が痛くなるな」
リュークがジジイのようなことを言って肩に手を当てて腕を回した。
「で? どうしてここに君が居るんだ? シャーロット・アルヴァ嬢」
肩の関節を伸ばしながら、リュークがなんでもないように尋ねる。
「どうでもいいんじゃない? そんなこと」
「僕もそう思うが、生憎周りの者がな」
体をピクリと動かしたのは、リュークの言葉に心当たりのある奴らだ。この場に居る侍従たち全員該当しているが。あ、いやベルもなんか反応してるわ。
「別に大したことじゃないわ。王宮内を散歩してただけ。そしたらたまたま貴方たちが遊んでいるところを見かけたから、近寄ってみたの」
「なるほど経緯はわかった。だがさっきも言ったが、遊んでいたわけじゃないぞ」
「鬼ごっこは遊びとは言わないのかしら?」
シャーロットはクスリと笑いながら、リュークの言葉を指摘した。
「ダーメだリューク。パッと見は遊んでいるようにしか見えん。弁解は無駄無駄」
「私もそう思うぞ、兄さん」
「いや、真実を伝える努力を怠ってはダメだろう。何より特訓だったんだろう? 遊びじゃなかったんだろ?」
問いかけるリューク。そこからベルは目線を逸らす。
「え、と。私は遊びだと思ってた、かな?」
「濁すなよベル。あれを遊びと呼ばずに何と呼ぶ」
リュークには悪いが、遊び以外の何物でもなかったぞ。
「……とても充実した訓練だったと思うぞ?」
「自信のなさが疑問形で出てるぜ」
「訓練だと言ったのはお前じゃないか」
「遊ぶ時間も俺らの年代には必要だと思うぞ?」
「なら最初からそう言え! めちゃくちゃ気を張ってしまったじゃないか。精神的に無駄に疲れたぞ」
「え~? じゃあ楽しくなかった?」
「……楽しかった。ああ楽しかったさコンチクショウ!」
ジト目で睨んできていたが、最後には諦めるように大声を挙げる我らが王様。
「フフっ。楽しそうね貴方たち。とても王様の姿とは思えないわ」
「ほぼ初対面なのに、なかなか毒吐くね君」
面白そう毒づく口ぶりとは異なり、シャーロットという少女は無表情のまま、ほとんど変わりはない。口角が僅かに上がるのみだ。
「で? わざわざ私たちに文句を言いに来たのか?」
ベルが突慳貪とした口調でシャーロットに詰め寄る。確か俺と初対面の時も同じような口調だったけど、警戒心が働いたときのものだったんだな。
「そんなにツンツンしないで頂戴。流石に王様を見掛けておいて、無視するわけにはいかないでしょう?」
「臣下としては当然の心掛けだな。貴殿の父君にも見習ってもらいたいものだが」
「そうはいかないわ。まだ我がアルヴァ家はリューク様を認めたわけではないのだから」
先程と変わらない少女の笑み、しかしその瞳は嘲りの色を示す。ベルの眉間に皺が寄っていくのが見てなくても分かるな。
和やかな空気がまた殺伐としたものに変わっていくのを感じる。そしてその空気を破るのは勿論あいつだ。
「そんなに気を張るなベル。まだ認めてないのは事実だしな。“まだ”な」
肩を引かれるベルは不満げな顔を隠そうとしない。反対にシャーロットは興味深そうにリュークのことを見つめている。
「僕の顔に何か付いてるか?」
「……いえ、随分と自信満々なのね?」
「そうでもない。五剣公を纏めるとなると手におえるのか今から不安だ」
「我がアルヴァ家の試験を合格するのは、当然だと考えているのね。大した自信だわ」
「その程度のことで狼狽える様な王など、不要だと思うがな」
「自分の身の丈に合った振る舞いを選ぶというのも、大事なことではないかしら?」
「大丈夫。流石の僕も身の程ぐらい弁えている。出来ることと出来ないことぐらい判断付くさ。一週間後にはその点についても君の父たちとも相談するつもりだよ」
あれ? 折角場を濁したってのに、何でこいつはまた喧嘩売ってんだ? いやリュークにそんな気はないんだろうけどさ、アルヴァ家側の人間たちが性懲りなくピリピリし始めてるんだけど。シャーロットはまた無表情に戻っているしさ。
「そんなことよりエイナ。先程の続きをしないか?」
何でこっちに話を振ってくるんだよコイツは。刺々しい空気がこちらにも飛び火してきたし。そんなこと発言でさらに燃料投下してるし。
というか何でこいつはこんな提案してきたんだ?
「ベルとエイナにとって、追いかけっこは遊びだったんだろう? 二人は楽しんで居たわけだ。なのに僕は訓練だと思って楽しめなかった。これは不公平だと思う」
「いやさっき楽しかったって」
「そうだったか? まあそれはそれとして、この不公平感を失くすためにも、訓練という名の遊びを続行するべきだと判断したんだ」
「……つまり?」
「時間はまだあるからもっと遊ぼう」
王様とは思えぬこの発言は身内だけでなく、勿論シャーロット御一行の耳にも当然入っている。奴らの空気は険悪から侮蔑へと変わっていった。
「いや、まあ、俺はいいんだけどさ」
「そうか、では鬼はエイナで」
「え? そうなるとパパッと終わるけど? 即行筋トレコースになるけど?」
「それは嫌だから、君たちも参加しないか? シャーロット嬢」
「え?」
その言葉に呆気を取られるアルヴァ家一同。シャーロットも少し目を見開いてる。
「……何で私が貴方たちの遊びに参加しないといけないのかしら?」
「そうだぞ兄さん。わざわざコイツを誘う必要なんてない」
「言葉は悪いですが、妹殿下の言う通りです。それにこちらもそこまで暇ではございませんから」
「見掛けた、という理由だけでわざわざ僕らに近寄って、ここまで律儀に付き合っているんだ。時間がないわけないと思うがな」
「仮にそうだとしても、これ以上貴方たちに付き合う理由がないでしょう?」
「まあまあ。一人が恥ずかしいならシャーロット嬢だけでなく、君の付き人たちも参加していいから。そうそう、こちらのメイドたちも参加しようか」
「だからね」
「ああ、僕のことは気にしなくていい。昨日の会談のために結構無理して仕事終わらせてたりしたから、しばらくの間仕事は少ないんだ」
話を聞く気がないのか、シャーロットの言葉を全て流している。だが如何せんリュークの誘いもけんもほろろ。シャーロットは全く乗り気になっていない。
「ではそういうわけで。鬼ごっこスタートだ」
ここで実力行使を及んだ。シャーロットの手を掴み、その場から離れたのだ。
「ちょ、ちょっと王様!?」
「兄さん!? いきなり何をしてるんだ!?」
リュークに連れられるシャーロット、その後をベル。それを手を伸ばした格好のまま見送るメイドたち。
そのメイドたちを見つめる。
「んー。それじゃあ始めますか。アンタたちもさっさと逃げれば?」
「なぜ私たちが参加せねばならないんだ」
俺の言葉に過敏に反応するのは、ベル付メイドのティッティー。
それを見てニヤニヤと笑みを浮かべる
「いや俺は別にいいんだよ。さっさと全滅して、相手より無能を晒したいっていうならともかく」
指をシャーロットのメイドたちに向ける。
ティッティー達の視線はそちらに向かい、険しくなる。
「ふふっ。安い挑発ですね、エイナ君。ですがリューク様のメイドたる我らが、アルヴァ家程度のメイドに負けるわけにはいきません。リューク様の沽券に係わることですから」
「その通り。だがまあ我らが負けることなど、万に一つもありはしない。別にお前たちはこの場から去ってもいいぞ。勝てない戦から逃げることは恥ではないからな」
鼻で笑うのはリュークの一番傍に仕えている二人のメイド、エリーとブリジット。
二人の煽りに、果たして何度目になるのかという重い空気が場を満たした。これでこいつらも鬼ごっこに参加確定と。
「それじゃあ、十秒後に始めるから、さっさと逃げ始めてね~」
その言葉と共にこの場にいる全員は弾かれるように動きだし、きっかり十秒後、俺も走り出したのだった。
「ああーっ! つっかれたー!」
リュークが寝転がりながら大声を上げた。その言葉通り、息は乱れ額は汗で塗れている。
その傍には無理やり参加させられたシャーロットが立っていた。
「倒れ込む、なんて。はしたないわよ」
息を切らせながらも苦言を呈する。それを受けてリュークも苦笑いを浮かべた。
「流石にはしゃぎすぎたな。反省している」
「そう思うならもっと早く手を離してもらいたかったわ。おかげで私まで道連れで捕まったじゃない」
「それは済まなかったな。だが最後が僕たちだったんだから、結果はそこまで変わらなかったと思うぞ?」
「一番と二番の差は、王様にならなきゃいけなくなった貴方には分かってると思うのだけれど?」
「これは耳が痛い」
最後になったのはメイドたちが盾となって二人を守っていったからだ。俺が知ってる鬼ごっことは違う。仲良くお手手を繋いでの逃避行だったから、仲良く確保と相成ったというわけだ。
ちなみに同じようにベルも守られていたんだけれど、メイドたちが壁となる前に、先手必勝とばかりに俺に殴り掛かってきた。やっぱり俺の知ってる鬼ごっことは。
ベルは現在気絶しているが、一体何があったのだろうな?
「それでも楽しめたとは思うが、如何かな?」
「まあ、それなりかしら。突然だったし、何よりほとんど貴方に連れられて自由に逃げられなかったから」
「辛口だな。まあ楽しめたなら上出来だろう。カーディ殿との話のネタにでもしてくれ」
「気が向いたらね」
「話した方が良いと思うぞ。特に――エイナの身体能力については」
その発言に、シャーロットは僅かに目を細める。
「……何を言っているのか分からないわ。あの人は彼のことなんて興味ないもの」
「それは知らなかったな。まあ是非とも当主殿に報告しておいてくれ。なんなら、こんなことがあった程度でいいから」
「期待には応えてあげたいけど、残念ながらその必要はないわね」
シャーロットはそれで話は終わりとばかりに目を瞑った。
会話のタイミングを見計らってか、ブリジットとシャーロット付メイドの二人が近寄ってくる。
「お嬢様、お待たせしました。全員問題ありません」
大勢のメイドの中でも武闘派だったこの二人は、終盤まで残っても汗を僅かに掻くのみで、倒れ込んだメイドたちの介抱を命じられていたのだ。ブリジットの方は寝転んだリュークの世話を甲斐甲斐しくしている。
「今度こそお暇させて貰うつもりなんだけど、構わないかしら?」
「勿論。無理に付き合わせたことを謝ろう」
「結構よ。それなりには楽しめたしね。……貴方はどうだったのかしら?」
「最高。久々に心の底から楽しめた気がするよ」
「良かったわね。……それじゃあ、また今度」
「ああ、またな」
エイナ君、貴方もご苦労様。最後にそう言って、シャーロットとその取り巻き達は去って行った。
それを見送ったあと、ブリジットに汗を拭ってもらっていたリュークも立ち上がる。
「さて、僕たちも戻るとするか」
「それはいいんだが、一ついいか?」
さっきの会話を聞いて、これだけは尋ねたかった。
「まるでアイツらが俺について知りたかったから教えてやった、みたいなことを言ってたけど、本音は単純にもっと遊びたかっただけ、とかじゃねぇよな?」
リュークは何をバカなというような表情を浮かべて俺を見返してきた。
「今日の仕事は終わったと言っただろう? つまり今は自由時間――それを遊びに費やして何が悪い?」
「やっぱそれが本音か!?」
その返答を聞いて思わず頭を抱える。
「お前それ立場的にどうなのよ?」
「それは分かってる。だからそのまま伝えるのではなく、それっぽいこと言って誤魔化したじゃないか」
腕を組み、堂々と答える。
「ジンさんが言っていたじゃないか。四六時中王である必要はなく、子供に戻ってもいいと。今はまさにその瞬間だったわけだ」
確かに、今のこいつは王様と言えない。一人の子供だろうな。ドヤ顔がガキくせぇ。
だとしても、だ。
「それを晒すのは、俺ら身内だけの前って話だった気が」
「全く問題ない。どうせ一週間後には身内だろう?」
イタズラ好きの少年の顔を見せて、堂々と宣言する。
試験についてまだ何の対策も練ってない状態で、この自信は一体どこから来るんだろうな。
「何だ? エイナは自信ないのか?」
流石にまだこの状態じゃな。
「……少なくとも、エイナと出会う直前の僕たちが直面していた危機。それに比べれば、大したことじゃあないとは、思わないか?」
その言葉に思い出すのは、カレスの街とフィルスの森の間に流れる小川の傍での出来事。
「大丈夫、何を隠そう僕は運がいい。絶体絶命の状況を覆してくれる友人とバッタリ出会う程度にはな」
「……まあそれもそうだな。運頼みっていうのがちょっと情けないがな。あと何度も言うが友人ではないぞー」
「良いじゃないか、友人」
何度友人じゃないと言っても食いついてくるリュークに辟易しつつも、どこか楽しんでいる自分が居ることに気が付いた。
「随分楽しそうね。二人とも。ところで気絶した理由について聞いていいかしら」
気絶から目覚めたベルの怒りの声と。
「私も、いや私たちも聞きたいと思っていたんだ少年。結局どちらの従者がより優れていたのか、をな」
俺を囲むメイドたち代表のブリジットの冷たい声を聴くまでの、短い間だったが。




