忍者、本を読む
ウデン国が王都、ウード。その街の中心に存在する王が住まう城、その名もそのままウード城。
この国の中枢を担う城にある図書室は、そのままこの国が持つ知識の全てが収められていると言っても過言ではない。
「というわけで、今日はここの本でお勉強だ」
「どういうわけか分からないけど、お断りするわ」
「できないんだよな~それが」
「ベル、学ぶことから逃げちゃダメだ。いずれしっぺ返しがくる……らしいぞ」
不満を漏らすベル。それを見てリュークは宥めている、のかどうか分からない言葉を返す。
訓練という名の鬼ごっこから一夜明け、アルヴァ家からの課題の残り期限まで五日となった。
文面をそのまま読み解けば、この課題をクリアするのは難しくない。それどころか超簡単だ。
アルヴァ家の本館は、何事もなければこの王都から馬車で二日程度で着くそうだ。カレスの街より近い。
道は整備されていて、道沿いに盗賊なども居らず、そうそう問題は起こりえない道程となる。
そんな簡単な課題を、王として認めるかどうかという大事な問題の時に出すだろうか?
まあつまり何が言いたいかというと、『問題が起きなければ起こせばいいじゃん』というわけで。
何かしらの面倒事が発生することは目に見えているのだ。
じゃあ一体どんな事件が起こるのであろうか? それを考えるためには、まず敵方のことについて詳しく知る必要がある。
そういうわけで、今は図書館でアルヴァ家について調べているというわけだ。そのついでにベルはお勉強ということで。
「にしても、スゲェなこれ」
「何か見つかったのか?」
「ああ。正直俺この世界見縊ってたわ。ゴメン」
「そんな凄い本だったのか」
「ああ」
まさか魔法魔力ファンタジーの世界で、ちゃんと自然科学的な論文があったとは。
数学から始まり力学。家畜・魔物などの生物学、植物学。気象学に地質学なんてものもある。
執筆時期を見ても、かなり古くからこれらの学問を研究しているようだ。気象学なんて観測時間が物を言うからな。
そしてそれらの論文の筆者を確認すると、殆どで共通する苗字が出てくる。その姓とはウガ。
「ウガって、確か五剣公に居たよな?」
「そうだ。以前の会議で一人お婆ちゃんが居たことを覚えているか? 彼女こそがニット・ウガ。『智』の剣公だ」
「『智』の剣公?」
初めて聞いた言葉に聞き返す。
「そうだ。五剣公にはそれぞれ特性というか、役割のようなものがあって、それに合わせて異名・呼び名があったりする。ソート将軍のエックレス家は『武』、トーガのイグニオス家は『財』。ベーオウルフ老のオールド家は『工』、といった具合にな」
この本に書かれていた。そう言われて見せられた本の表紙には『五剣公の秘密に迫る! 彼らの正体とは一体?!』という、余りにも胡散臭そうなタイトルが書かれていた。
「へぇ、じゃあ肝心要のアルヴァ家は一体何?」
「アルヴァ家、その異名は……『裏』の剣公だ」
「それはそれは、なんとも胡散臭そうな異名なことですこと」
思わず鼻から息が漏れた。リュークも苦笑を浮かべている。
その時、俺たちと司書しか居ないはずの図書室の扉が開いた。
「おやおや、これは陛下。ご機嫌麗しゅう」
「あら、昨日ぶりね」
噂をすれば影。現れたのは話題に上っていたニット・ウガ、そして昨日もであったシャーロット・アルヴァだった。
連れだっている彼女たちはさながら祖母と孫娘。その中から表情の乏しい少女が歩み寄ってきた。
「やれやれ、御当主様の命令でまた俺たちの監視ですか? 五剣公の御令嬢も暇なこって」
「昨日も言ったと思うけど、誰からも命令を受けたりはしてないわ。そして貴方たちに暇だとか言われてもねぇ」
思わず出た俺の皮肉に皮肉で返してきた。
「でもそうねぇ、先に礼だけは言っておこうかしら。今日も話題には事欠かなさそうだしね」
「結構結構。どうぞ今晩も楽しんでください」
慇懃無礼なやり取りを終えるとシャーロットは本棚に向かって離れていった。
「おや? 坊やが読んでるのはウチの先祖が書いた本じゃないの?」
次に近づいてきたのは、五剣公が一人ニット・ウガ。俺が読んでる本に気付いて近寄ってきたようだ。
「ええ。面白いですよこの本」
「坊やに理解できる代物だとは思わないけどねぇ?」
言葉とは裏腹に、そこに嘲りの感情は含まれてはいなかった。理解されずともしょうがない。そんな諦めに満ちた口調であった。
だがこちらも前世で科学に触れ、学んできた身だ。こちらの数学という『言語』さえ把握できれば、理解することは容易い。
完璧に把握できているわけではないが、インテリ層と話をすることぐらいならできるだろう。今のように。
「これは驚いたよ。まさかアンタ……いやエイナか。エイナのような子供が理解しているなんてね」
「理屈で書かれた本なんだ。理をもって読み解けば不可能じゃないさ」
「言ってくれるわねぇ。アンタみたいな人間が増えれば、もっとこの世界の理を解明できるのだろうけど」
そう言うとニットの婆さんは溜め息をついて愚痴を零し始めた。こちらの科学に対する認識の裾野の狭さ、そのせいでウガ家の人間ぐらいしか科学の研究などを行わないこと、そして科学の重大性を認識してない王のせいで、研究費用が少なくなったりすること、などなどだ。
最後の台詞には実感がこもっているので、恐らくここ最近の王の話だろう。もしかしたら先代王の話かも。
「まあ流行らない理由は分かりますけど」
「へぇ? そりゃまたどうして」
「だってこれ、読みにくいですから」
長らくウガ家のみが研究を重ねていたせいだろうが、『これぐらいのことは知ってて当然』ということが前提とした文章で書かれていたのだ。
例えば物理の証明一つとっても、必要となるだろう引用が端折られていたり。
順序良く本を読む必要があるのに、その順番が分からないわけで。
「ふーむ。そう言われると確かに。私も知っていること前提で本を書いたりしているし。街の図書館にあるのも、ここの写本だしねぇ」
「一歩目になるハードルが高すぎて、興味や素質のある人物も除外しちゃったって感じですかね」
「そこを改善すれば、在野から目ぼしい人材も現れるかもしれないねぇ」
前世日本の教科書を作るか、最低でも本を読む順番ぐらい決めておくのがいいのかも。
本の書き方の改善点、認知を広める方法などを話し合っていると、本棚からシャーロットが戻ってきた。
「有意義なお話は終わったみたいね」
「そのようだぞ。これで市井の中から有能な人材が現れるかもしれないな」
返答したのはリューク。黙々と本を読みながら、耳は俺たちの方に傾けていたようだ。
「で、王様は話に入らず一人で一体何を読んでいたの?」
シャーロットは問いかけながら抜き取った本を机に置き、リュークの対面を陣取った。
彼女は晒された表紙を見て、何を調べていたのか察したようだ。
「我が一族のことを調べていたのね。それで何か収穫はあったのかしら?」
「それがなかなか捗らなくてな」
「あら、それは残念」
「そうなんだ。見つかる記述は概ね一緒でね」
一つ溜め息をついて、手元の本に視線を落とすと、そこに書かれている内容を読み上げた。
「曰く『五剣公に相応しき権力・財力を持っているが、やや放蕩にすぎる所があり。一説には各地の街の裏稼業・娼館などとの癒着も噂され、それが裏の剣公と呼ばれている由縁とも言われている』と書かれているな」
「随分な言い草ね。他人の実家に対して」
「僕の意見じゃあない。そのことには留意しておいてくれ」
所謂一般論という奴だ。リュークのその言葉に、二人は笑みを浮かべた。
「……で、実際の所はどうなんだ?」
そこに声を掛けたのは、今まで黙って勉強を続けていたベルであった。警戒モードに入っているため、その口調はカチカチとしたものだ。
「そうね、そこは想像にお任せするわ」
「OK事実ということだな」
その言葉を聞いてシャーロットは鼻から息を吹き出す。まるで馬鹿にしたかのように。
ベルも同じように受け取ったのだろう。立ち上がりシャーロットに詰め寄る。細められた目がさらに細くなった。二人の目線が完全に合致し、どちらも離そうとはしない。先に離した方が負けだとでも思っているのだろうか。
「こらこら喧嘩しないの。ここは図書室。喧嘩するなら庭でやりなさいな」
それを見てたニットが二人の仲裁に入る。その光景はまさに姉妹の喧嘩を止める祖母であった。少女二人の外見が整っている分、絵として残せばよく映えることだろう。
ニットの介入により、やっとベルが目線を外し、手近の席に腰かけた。それを見届けてからシャーロットも持ってきた本を読み始めた。
本のタイトルは『王家の歴史』。題名そのまま、歴代国王の記録が記されている本だ。真っ先に調べたが、アルヴァ家の試験についてはまるで触れられていなかった。
今までの王が何を行ったかを赤裸々に描かれているため、読み物としては意外と面白い。
王国始祖の話が一番面白いというのは、ある意味鉄板だがな。
後ろから覗きこめば、開いているのは歴代王の中でも、特別なところがない凡庸な王について書かれたページだ。
何も書かれていないわけではないが、別段特別なことをしたというわけではない。歴代王から省かれても特に問題のなさそうな人物だ。
歴代幕府の十代目みたいに、前世の学校じゃ特に紹介されることのない支配者という感じか。
「レディの後ろに無言で立つなんて、無礼だと思わない?」
「そう冷たいこというなよ。昨日あんなに汗を流し合った仲じゃないか」
「それは狙って言ってるのかしら?」
「さっき娼館と繋がりがあるって聞いたから」
「想像に任せるとは言ったけど、妄想には任せてないわ」
「まあそんなツンケンせずに。ところで、どうして始祖とかじゃなく、この王様についてのページを読んでんの?」
「それは、なぜ戦争も起こしたわけでもなく、何か大きな政策を打ち出したわけでもない、こんな地味で特筆すべきところがない王様についての記述を読んでいるのか? ということでいいのよね」
「お、おう」
昨日もだけど随分と辛辣な物言いをするなぁ。けど合ってるので頷くしかない。
「そうねぇ。今の国王様についての参考になると思ったから、ってのはどう?」
おいおい。そんなこと言ったらベルがまた噛みつくぞ。
ほらベルがこっち振り向いた。
「お前でも兄さんを褒めることはあるんだな、意外だ」
そしてシャーロットの言葉に噛み付く……ことはなく、むしろ感心したような言葉を返した。
さしものシャーロットも驚いたような表情を浮かべ、ベルを見つめ返している。
「どうして褒めたと思うのかしら? 地味で特筆すべきところがないって、褒め言葉ではないでしょう?」
その疑問にベルは逆に困惑する。
「え? だって地味で特筆すべきところがないってことは、派手で特別な何かを起こさなかったってことでしょ」
「……そう、だな」
思わず声が漏れたが、確かにその通りだ。
歴史に名を残すということは、それだけ派手な何かをする必要があったというわけだ。
起こせなかったのか、起こさなかったのかは分からないが、何事もなく王を務めたということだけは、分かる。
「っぷ、ふふっ。ふふふふふふっ!」
部屋のどこかから、堪えることが出来ず思わず零れたという感じの笑い声が響いた。出所が探ると、なんとそこには口元を抑えつつも破顔した、シャーロットの姿が。今までの表情に乏しい姿は何だったのかというぐらい、濃くハッキリとした笑みをその顔に浮かべている。室内に居る本人以外の全ての人物の視線が、そこに集まっている。
口元と腹に手を当て、誰が見ても笑っていると分かるその姿は、まだ収まりそうにない。急な展開にベルも呆気に取られ、そして怪訝な顔を浮かべている。
「何だ? 私はそんな変なことを言ったか?」
「ふ、っふふ。いや違うのよ。まさか私と同じような考えを貴方が持っているなんて知ったから、少し驚いたのよ」
気を悪くしたのならごめんなさい。そう言いつつもまだ笑いは収まりそうにない。
「こんなに笑うシャロちゃんを見たのは私も初めてだわ」
俺たちよりも段違いに付き合いがあるだろうニットからしても、初めて見る光景であったようだ。付き合いが短い俺たちでも驚愕に値するの光景だ。ニットの衝撃は如何ほどなのか。
「確かに僕も、目指すなら歴史に名を刻まない王、なのかもしれないな」
リュークはリュークで、自らが目指す王の姿の一つについて想起しながら、手を素早く動かしている。
「はーっ。こんなに笑ったのは、生まれて初めてかもしれないわ」
「それは良かったわね」
ベルが頬杖ついて適当に答える。それを見てシャーロットは苦笑を浮かべた。
「悪気はなかったし、馬鹿にしたつもりもないのよ。ただ私と同じような女の子も居るんだなぁって思ったら、思わず笑っちゃってね。ごめんなさい」
「もういいわよ。悪気がないのはさっきの姿を見たら分かってるし。ただやっぱり複雑な気分にはなるのよ。理解して」
「ええ、それは大丈夫。ありがとうベル」
元の無表情には戻ったが、どことなく柔らかさがあるように感じる。ベルもそれは感じているようだ。警戒モードが解けたのか、口調もいつの間にか戻っているし。
「よし、終わった終わった」
嵐が過ぎ去ったような空気が図書室を満たす中、リュークが声を挙げる。
そして手元にあった紙をベルに手渡すと、こう告げた。
「ベル、採点結果だ」
その言葉に返事を返さず、紙を受け取り、そして結果を確認する。
先ほどベルが勉強で解いていた計算問題。その結果は目を見開いているベルの姿から、推して知るべし。
「えーと、兄さんこれは……合格?」
「そんなわけないだろう。そろそろ教師の方も来ることだし、そちらの方でもう一回しごいてもらえ」
ベルの顔からは、通常時シャーロットに負けないくらい表情が消えていた。
「よし、調べ物も大体終わったし、いい時間にもなっただろうから、お暇させて貰う」
「畏まりました。陛下」
「分かりました国王様」
ニットとシャーロットは恭しくリュークに挨拶した。
「ベル、勉強頑張ってね」
そして孫娘の方は、ベルに向けて軽い笑みを浮かべたのだった。
ドナドナよろしく、ベルは兄に連れられて部屋の扉を潜るのだった。




