忍者、指導する
つい一月程前、二人の王位継承権保有者が相争った場所に俺たちは今立っている。
正面に立つのはベル。その手には槍が握られ、腰だめに構えられたその穂先が俺の目を貫かんとしている。
「エイナ、どう?」
「おう。姿勢良し、武器の位置良し、だ」
真っ直ぐと目に向けて構えられた槍は点にしか見えず、その長さを映すことはなかった。
「槍でもなんでもそうだが、簡単に得物の長さを掴ませるなよ。何か策でもあるなら別だが」
返ってきたのは言葉ではなく、鋭い槍を更に鋭くさせたような一突きだった。
上体を逸らし、一歩後退。文字通り目前にある刃に映った俺の顔を眺める。あ、目脂ついてら。
「とかなんとか言っときながら、あっさり躱すのはどういうことよ?」
槍を素早く引き戻すと、ベルは愚痴をこぼした。
当たらないことに文句を言うってことは、マジで俺の目玉を貫く気だったのか。末恐ろしい小娘だこと。
周囲で見学していたメイドたちの舌打ちの数から、その期待の高さが窺える。これは一体何ハラスメントと呼ぶんだろうな?
「その槍の長さ、踏込の深さとタイミングを知っているからなぁ。それさえ分かっていたら、避けることくらい朝飯前よ」
スキルで上昇した動体視力も加えれば、当たる気などさらさらない。
「ベルたちはいつもこんな訓練をしているのか?」
「おうよ、訓練中は緊張の連続で気が抜けねえぜ。常に戦場に居る気分だ」
「なるほど。それほど真剣に目脂を取っていたのか、気付かなかったよ」
外野から声を掛けるのはリューク。
俺たちの訓練に興味があったらしく、わざわざ見学に来たのだ。我が国の王様はどうやら暇を持て余しているらしい。先程起きた舌打ち合唱会の面子には勿論この王様のメイドも含まれている。
「気を張りつつも余裕を残すのが、戦場の生き残り方ってもんよ」
「私の目標は、エイナのその余裕を失くさせることだけどね」
その言葉と共にベルが再びを突きを放ってきたのだった。
先ほどと同じよう後退、それと同時に首を傾げる。
顔があった場所を切っ先が貫く。槍は止まらずそのまま石突まで通り抜けた。
突きが当たらないことを悟って、槍を押し出すように投げてきたのだ。
「むぅ。外したか」
そう零したベルは腰から短剣を抜き、油断なく構えを取っていた。
すぐさまこんな工夫をしてくるようになってきたのはいい傾向だな。結果失敗だったけどな。
「よーし。槍は一旦置いといて、そのまま短剣の訓練に移るぞ」
俺が教えるとなると、どちらかというと棒術になるだろう。それですら、ジンさんとは比ぶべくもないしな。
だったら下手に教えるより、ジンさんに教わったほうが無駄がないだろう。
「なるほどね。アンタよりジンさんの方が強いし。納得だわ」
それを伝えた時のベルの反応がこれである。一言多いわこの小娘が。
「ああ、エイナが血とゲロを撒き散らして空中を三回転し、小便を漏らしながら気絶したとかいう話か」
どこで聞いたか知らんがリュークよ。それはいささか誇張しすぎだ。風評被害極まれり。
それを聞いたメイドたちの失笑を背に浴び、先ほどベルが放り出した槍を拾い上げる。
穂先を短剣で斬り捨て、棒へと姿を変えたそれを握り、ベルに突きつける。
「そんじゃあ、間合いの広い敵との対処方の訓練をやるぞ。いつも通り、自分の命を守ることを最優先にしな」
「分かってるわよ。エイナ、来なさい!」
短剣を逆手に持ち、一層気を張り詰めていくベル。
否応なく高まる緊張。
「エイナ、あとでその槍弁償だからな」
その空気を無視して放たれた王の言葉は、無慈悲なものだった。
「エイナから見て、ベルの筋は、どうなんだ?」
「あ゛ー、それは私も、聞きたいな」
休憩途中に、息も絶え絶えにリュークが問いかけてきた。
ついさっきまでベルと俺、途中からはリュークを交えて鬼ごっこをやっていた。一度も鬼にならなかったこれを、鬼ごっこと言っていいのか分からないが。
体力は底を尽き、今は専属メイドたちに世話されている。だが疲労度は最初から鬼ごっこに参加していたベルのほうが上だろう。メイドに膝枕されているのがその証拠か。女の子が出すべきではない呻き声を挙げている。念願叶ったのか、膝枕していたティッティーの顔は、人に見せられるようなものではなかった。そういう意味では似たもの主従なのかもしれない。
それにしても、ベルの評価か。あまり本人に聞かせるべきじゃないだろうが、まあいいか。
「筋は悪くない。……むしろ良い方だろうな」
「ほう、そうなのか。どこを評価したんだ?」
「んー、やる気もあるし、度胸もある。以前の誘拐劇で冷静に立ち回ってたし、精神面では文句なし」
「うわー、なんか改めて聞くと恥ずかしいな」
そう言うな。何だか俺も恥ずかしくなってくるから。
「あー、人見知りなクセに、負けん気強いところあるからなぁベルは」
「ちょっ! 兄さんそんなこと思ってたの?」
兄として思うところがあるのか、その発言はしみじみとしたものだった。腕を組み、しかめ面を浮かべるその姿は王のものではなかった。ジンさん好みの姿であるのだろうが。それを聞いたベルとの会話は家族のそれで、周りの侍女たちも兄妹のやり取りに水を差すようなマネはせず、穏やかに見守っていた。
そうなると必然的に、水を差す役目は俺に回るわけで・
「精神面、それだけならベルの評価は悪くない止まりだ」
二人の会話の切れ目を狙って話を戻す。その瞬間周りからの圧力が膨張したような気がしたが、気のせいだろう。
「ふむ。つまりそこに、肉体面の評価が加わるというわけか」
リュークの言葉に頷く。
「そういうと、なんかエッチね」
その発想はおっさんのもんだぞ、ベル。
「筋力はまだまだ未熟。体力も今の年齢から考えたら十分。ただそれ以上に目を瞠るのは、感覚の正確さと広さだ」
「感覚の……正確さと広さ?」
ベルが首を傾げる。意味を掴みかねているのだろう。リュークも良く分かっていないようだ。というかこの場に居るもの誰も分かっていないみたいだ。
「百聞は一見に如かず。二人とも立って立って」
それを聞いて二人は疲れを隠さず、億劫そうに立ち上がる。おいティッティーこっちを睨むな・
「それじゃ、気を付けの姿勢、それから目を瞑って。はいベル、面倒臭そうな顔しない」
「面倒臭そうじゃなくて、面倒臭いのよ」
「立ったぞ。ここからどうするんだ?」
ベルの表情を変えるのは諦めて次に進める。
「よし、そのまま両手を横に広げて水平、両腕を肩の高さまで来るように上げろ。それで分かる」
「……それだけで?」
「とりあえずやってみろって」
納得しかねてるみたいだが、言った通り腕を上げ、案山子のポーズを取る。
「よし。そのままの姿勢をキープ。目を開けて自分の腕を見てみろ」
二人は目を開き、自分の体勢を確認した。
まず声を挙げたのはリュークだ。
「水平、ではないな」
自分の両腕を見て呟く。その言葉通り、腕は僅かに下がっており、水平を描いてはいない。両腕は一直線ではなく、僅かに山形となっているわけだ。
それが普通だ。しかしベルは異を唱える。
「え? 私は一直線なんだけど?」
ベルの言葉の通り彼女の腕は水平を描き、一本の棒が通っているように肩の高さまで上がっている。
「そう、これが感覚の正確さだ。普通は周囲の人に補助してもらって、その感覚を養っていく。こんな風にな」
リュークの腕を水平まで持ち上げる。これが水平まで持ち上げたときの感覚となる。
ベルは言うなれば、想像上の動きと実際の動きとの誤差、これが少ないわけだ。自らの身体を完璧に把握していると言ってもいいかもしれない。日本人なら寺フォーマーズの火星順位第一位と同じ肌感覚を持っていると言った方が分かりやすいかも。
「その例えは分からんが、感覚の正確さというのは分かった。では広さというのはなんなんだ?」
「空間認識能力の高さだな」
「なにそれ?」
ベルが聞き返してきた。知らないのか、こちらにはまだ存在しない言葉なのか。
空間認識能力と、物の方向や距離などを把握する能力のことを指す。物凄く大雑把に言えば、この能力が高い=距離感が凄く良いということだ。
「色々難しく言っているけど、要は周りが良く見え、体が思い通りに動くということでしょ」
「簡潔に纏めてくれてどうもありがとう」
もっと言えば、運動神経がめちゃ良いの一言で終わるけどな
「べた褒めじゃないか。よかったなベル」
「ま、これでも兄さんの妹だしね。コイツが素直に褒めてるのは信じられないけど」
「実際褒めてるぜ。おかげで誘拐されずに済んだわけだし」
木々の根が這い回るフィルスの森で瞬時に足場を選択し、踏み外すことなく躓くことなく上手に走り回ることが出来たのは、間違いなくこの能力のおかげだ。
「言っとくが、これはあくまで修行に置いて良い下地がある、というだけだからな。ちゃんと鍛錬しなきゃ強くはなれないぜ」
ベルはバカにしたように鼻を鳴らす。
「分かっているわよそれぐらい。今のままでアンタをブッ飛ばせはしないってことはね」
……恨まれてんなぁ、俺。
「だから首洗って待っときなさいよ、エイナ」
「安心しろ、体は毎日洗ってる。綺麗好きだからな、俺」
それがベルのモチベーションになってるんなら、無駄ではないかな。
「随分暇なのね、王様というのも」
そんな俺たちの会話を静かに、小さく、されど通るような声が縫ってきた。
この場に集まっている兄妹、侍女たちの視線が自然と発生源に収束していく。
庭を良く望める渡り廊下。そこに居たのはつい昨日見かけたばかりの顔だった。
「……まあ、遊びたくなる年頃なのも分かるけどね」
会議で不思議な宿題を提示したカーディ・アルヴァ、その娘。名は確か、シャーロット。
後ろで一括りに流した長い茶色の髪を揺らしながら、その少女が俺たちに近づいている。
少し空気が張り詰めてきたのは、彼女が従えている侍従たちと兄妹の侍従たちが静かに睨み合いを始めたせいだ。
シャーロットの問いかけに答える様にリュークが口を開いた。
「決して暇という訳でも遊んでいるわけでもない。だがそれよりも一つ聞きたいことがある」
そう言うと困ったように俺の顔を眺め、そして――。
「この腕はいつ下げたらいいんだ? そろそろ辛い」
――至極くだらないことを聞いてきた。
「……いや、とっくに下げていいんだけど」
周りの空気が緩ませる狙いがあったのだと、思いたい。
腕を水平に上げる訓練は、某百獣の王からアイディア頂戴しました。




