忍者、見上げる
カーディが提示した試験。その内容を聞き出して、会議はお開きとなった。最後の方はリュークとカーディのみしか喋ってなかったが。ソート将軍もリュークを手助けするため口を挟もうとはしていたが、助けようとした当人に遮られ沈黙せざるを得なかった。
現在はその試験についての話し合うために別室に俺とリューク、ベル、そして親リューク派である二人の剣公が集まっていた。会議の後に予定されていた俺への私刑は、緊急案件の登場により一時保留ということになった。保留というのが悲しい所だな。今も部屋の中で待機しているメイドたちから舌打ちの音が聞こえたのは気のせいだと思いたい。
「えっと……会議は失敗、だったのかな?」
戸惑いながらも口を開いたのはベル。傍から見たら殆ど向こうのペースで話が続き、あろうことか訳が分からない試験などというものも取り付けさせられたのだ。反面こちらの要望が通ったとは思えない。失敗だと考えてしまうのも無理がない。
不安そう周りを巡らせた視線を受け止めたのは、ベルの実兄リューク
「いや。むしろ成功だったと思っている」
十全とは言えないがな。そう付けたし、出された紅茶の香りを楽しみ口を付ける。
「え? あれで成功なの?」
「リュークの言う通り完璧じゃないが、目的は果たせたって感じ」
兄の言葉を聞いて驚きの表情を向けたベルにそう答える。
俺が奴隷か否かという、弾劾というか揚げ足取りというかもあったが、何回も確認した通り、あの会議の議題はリュークを王として認めるかどうか。それに尽きる。
つまりリューク派からすれば、残り三人の剣公に認めさせることが目的となるわけだ。
じゃあ、どうやって認めさせる?
これが一番の問題。どうすればいいのか分からない。リュークが説得する、王としてもカリスマを見せつける、何かしらの実績を作る、はたまた袖の下でも送る。一体どれが正解なのか?
目的ははっきりしているのに手段が分からない。それが会議を始める前の状況だったわけだ。
最悪、向こうは認めないの一点張りで、こちらの努力など空回りする可能性があったのだ。
武器はなく全ては手探り。苦戦は免れない状態。そこに降って湧いたのが、カーディが提案した試験。
これは大変わかりやすい。向こうが提示した条件をクリアすればいいだけの話なのだから。カーディ本人からの言質も取った。
暗中模索の状況から、はっきりと目的を達成できる道が現れたのだ。
「ついでに言えば今回の会議を見た感じ、あの三人うちボス格はカーディだ。アイツを認めさせれば残りの二人も追従する可能性が高い。そういう意味でも、成功と言えるわけだ」
「なるほど。過程はどうあれ、目的のための第一歩は踏み出せたわけね」
俺の説明を聞き、ベルが納得したように頷く。本当に理解できてるのかバカにしながら聞きたいところだが、三六○度アウェーとあっては自重せねばなるまい。俺は自殺志願者ではないのだ。メイド好きには垂涎のシチュエーションかもしれないが。
「でも、あのカーディっておじさん、本当に五剣公の一人なの? 一人だけ随分雰囲気は違ったし。あと何であの三人のリーダーやってるんだろ?」
「カーディというより、アルヴァ家はいつもあのような態度なのです、ベルベット様。アルヴァ家がニット婆のウガ家、ベーオ爺のオールド家に便宜を図っているため、カーディがトップのような振る舞いをしておるのです」
続くベルの質問に、新顔に当たる剣公が一人、トーガ財務大臣が答える。
どうやら家のしがらみによってカーディがボスをやっているようだ。
俺がそれについて詳しく聞こうとしたが、それより先にトーガ大臣はリュークへと声を投げた。
「陛下、先程の会議での毅然とした態度。見事でございました。最悪、会議はあそこで終わり、他の剣公からの協力を取り付けることが不可能になっていたやもしれません」
「トーガの言う通りでございます。堂々としたお姿、立派でございました」
ソート将軍も同じくリュークを褒め称えるが、その姿を睨みつける人物が一人。
「ソート、何を暢気なことを呟いているのだ。正直な話、あの会議で最も叱責の対象成りえたのは、誰であろうソート、貴殿だ」
その人物、トーガ大臣は厳しい口調で叱責を始める。
「な!? 私の何が問題だったというのだ」
「陛下に肩入れしてから今日に至るまで、全てだ」
突然の詰問に対して立ち上がったソート将軍。しかしその口から出た疑問も、バッサリ切り捨てられる。
「王子ならばともかく、未だ王位継承権保有者、未だ一平民でしかなかった陛下に肩入れをしたのだ。貴殿に如何な考えがあったとはいえ、これは自らに都合の良い人物を王と仕立てる、いわば国を牛耳ろうとせん行いと見做されても、おかしくはあるまい。五剣公はあくまで、王となった人物を見極めるのが大義。王を擁立することではない」
それが五剣公の正論なのだろう、将軍は反論なくたじろぐままだ。
「加えて、陛下が王位に就かれてから時間があったというのに、そこの少年――エイナの身元確認すら怠っていた。世継ぎが居らぬ現状、もしこの少年が真実陛下の命を狙う暗殺者で、最悪の事態が発生した場合、貴殿一人では負えぬ責任が生まれることになっていたのだぞ?」
それを聞き終えると、ソート将軍は何一つ反論することもないまま、項垂れて席に身を預けた。今更ながら自分の行いの不味さを実感しているのだろう。何か言ってやってもいいが、俺がその原因の一つである以上何の慰めにもならない。大のおっさんの落ち込む姿など見たくはないのだがな。
「そう気にするな。結果的には何の問題発生しなかったのだ。ならば万事問題はない。だろうトーガ?」
将軍が放つ暗い雰囲気も何のその。リュークはあっけらかんと言い放つ。
「その通りではあるのですが……」
「ならばよし」
そういってばっさりとその話題を斬り捨てるリュークに、トーガは苦笑を浮かべる。
「そもそも、僕はソートやエイナのことであの場が打ち切られるとは思っていなかったよ」
リュークが持論を述べていく。
「彼らも知りたいはずなんだ、僕のことをね。ガーフ元王子と違って、僕の為人など掴めていないだろうから。だから僕のことを知るために、何かしらがあるとは思っていたよ」
王に心底協力したくないとは思っているなら別だけどね。そう締めてお茶を口に運んだ。
王という肩書が無ければ相当自意識過剰な発言だな。そしてリュークの仮定が正しければやっぱり俺がここに来る必要はなかったということだ。マジざけんなし。
とはいえ、あそこで反論すらできなかったらその時点で見限られていたのは確かだろうけど。
にしても、先ほどの会議のから、今の態度までで気になったことが一つある。
「リューク。お前本気で神のおかげで王になれたとか思ってんじゃねえだろうな?」
「いや、まったく」
俺の気になったこと。それは自分が神とかいう不明瞭なもののおかげで王になれたと勘違いしているのではという疑問を、リュークはばっさりと切り捨てた。こちらが拍子抜けするほどに。
「確かに自分は神によって王位継承権保有者に選ばれた。神明決闘も行った。神が関与していないとは間違っても言えないさ。だがそれでも、全てが神のおかげというわけでもない。僕が今この場に居るのも、ベルやソート、エイナ、何も聞かず僕たちを止めてくれた女将さん、共に城に攻め入ってくれた兵士の皆。沢山の人たちの協力があってこそだ」
俺たちを見回し、微笑む。
「切欠は神の気まぐれだろうが、此処まで来れたのは他でもない、僕を助けてくれた仲間のおかげだ。そこだけは、違えるつもりはないよ」
「……それならいいや」
ふと天井を見上げる。白一色で絵や柄など何も描かれていない。だが中央から垂れ下がる燭台に被されてた傘には幾何学的な模様が刻まれている。夜になり蝋燭が灯されれば、白地に影の絵図が浮かんでくるのだろう。
「急に天井見上げたけど、もしかしてエイナ照れてる?」
「ベルベット様、余り責めてやりますな。難しい年頃なのですよ」
ちげーし。顔がちょっと熱くなってきただけだし。
「ふふっ。仲がよろしいですな。そこに加われないというのは、いささか残念ですな」
「何を言うトーガ。既に君は仲間だ。これからこの国を富ませていく、な」
自嘲染みたことを言うトーガだが、リュークはそれがどうしたという態度で言い返す。
トーガは何故かきょとんとした顔を浮かべている。
リュークはその顔を正面から見返し、一つ頷いた。
「トーガだけでない。他の剣公もさっさと仲間に入れなければな」
リュークの中では剣公を身内に引き入れるのは既定事項のようだ。その姿勢だけは一向に変わっていない。会談スタート前に緊張していたの何だったのかというぐらいの自信満々っぷりだ。最初からそれぐらい不遜でいろ。そのせいで俺はメイドたちに睨まれているハメに……。
トーガを見ろ。お前の自信たっぷりの言動を受けて、似合わない笑顔なんて浮かべてるんだぞ。
「そのためにもまずは、カーディが言う試験というものを合格しないとな」
リュークが話を続ける。
そう、試験への対策を練ること。それこそが今俺たちが集まっている理由だ。
これだけ聞くと何かの資格認定みたいだが、まあ王様を資格と定義すれば間違ってはいないか。
「でも、その試験って、なんていうか、その……」
話が本筋に戻ってきたところでベルが声を挙げたが、その歯切れは悪い。
ベルの気持ちは分かる。最初に会議が成功かどうかの質問をしたのにも、この試験の内容が意図が不明というのもあっただろうから。
先程の会議のやり取りを思い出す。
浮かぶのはカーディの作り物めいた微笑みと仕草。
『今から一週間後、アルヴァ本家を訪れ当主に挨拶すること』
これが、舞台役者のような口調で告げられた試験の内容だった。




