忍者、理由を聞く
前回同様門を潜ったが、その景色は全く持って異なるものだった。
兄妹を守っていた時には大通りには人が溢れ返っており、進むにはその間を縫って行かなければならないほど。人という壁に乗じて襲われる可能性も十分に考慮しなければいけない、外にありながら密室ともいうべき空間であった。
所が今回はどうだ。大通りの真ん中にたっぷり飾り立てられた馬車が鎮座しており、その露払いをするべくか、二人の騎士が槍を携え騎乗していた。当然、その馬車が進むであろう道の途上には人が居らず、屋台や人々は端の方に追いやられていた。だからといってそのことに不満を持ってそうな人は見掛けられなかった。邪魔にならない場所から興味津々といった風情で、こちらの方を見物している。特にその視線はこの国の王となったリュークへと多分に注がれている。門外で浴びたものとは比較にならぬほどの近さと数は、まさに物理的な力すら秘めていそうであったが、この兄王はそれすらも当然のこととして受け流している。ちなみにベルはタジタジだ。ティッティーがその圧力を遮るため壁になろうとしているが、正直焼け石に水であろう。
リュークは元農民とは思えぬ所作でベルを見事に馬車までエスコートしてみせた。僅か一月程度でここまで身に着けるとは、『王』という職が齎した吸収力か、はたまた本人のポテンシャルによるものか。いや、優秀だからこそ『王位継承権保有者』なんてものを得たのか。
「エイナ、何をしている?お前も早く乗れ」
などとリュークの現状などについて考察していたら、そのご本人からお声を掛けられてしまった。何故に?
何でわざわざ好奇心の爆心地に近づかなければならんのだ。注目される趣味などない。こちとら元は忍びだぞ?
だがその懸念は無駄となった。その声に釣られ、リュークに向いていた視線と関心が一挙にこちらに流れ込んできたからだ。乗ろうが乗らまいが結局視線にさらされる事となった。『ストライカー牙刃』の主人公の父親のように、いまさら動じたりはしないが、やはり居心地の悪さを感じざるをえない。
乗ったところでソート将軍などに怒られるのだろうが、乗らなかったらそれはそれで怒られそうだ。『陛下のご厚意を無碍にするとは何事か!?』といったように。
過程も結果も変わらないのなら、楽な方を選んだ方が良いな。
「そんじゃ、お言葉に甘えて」
王様の脇を通って馬車に乗り込む俺に突き刺さるのは、数多の好奇の視線と、いくつかの怒りの目であった。主に侍女とか将軍とかから。
目を合わせなかったのは怖いからではない。ホントだぞ?
「陛下。恐れながら、このような汚物塗れの者を乗せるのはおやめください」
城に向かって早々、口を開いたのが俺を汚物塗れにした張本人。ベル付きの侍女として同乗が許されたのだ。リューク付きの侍女も当然いる。ちなみに二人も。
座席位置としては進行方向側の席にリュークとお付きの侍女。長椅子の中央にリュークが座り、その両隣に侍女さんが座っている。その反対に設置された席に俺とベル、ティッティーとやらが着いている。ベルを両側から挟み込むように座り、扉に近い方に俺が座っている。
馬車での上座下座などは知らないが、この配置は襲撃に備えているのだろう。何かあったら要人の両隣に居る人たちが肉の壁となり行動するわけだ。扉の近くに手練れを配置するのは最も襲撃されやすい場所だからかな。俺の向かい側に座っている侍女さんが全身武器だらけなのはそのせいだろう。
「なに、ちゃんと洗っていたしさほど問題はないだろう。少し臭うかもしれんが、農作業していたときにはこれぐらい普通だったよ」
笑顔で開いた窓から民衆に手を振っていたリュークが視線を外さずそう答えた。暗に我慢しろと言っているわけだ。何やら恨みがましい視線で睨まれたが、少なくともお前に俺を責める資格はないぞティッティーとやらよ。
それにしても、馬車を包む声援は凄まじい。馬車が出発する前とは打って変わった状況だ。こういう時、見た目がいいと得だなと素直に思える。プリンスを超えたキングのスマイルを見せられて、女性陣の黄色い声は止むことを知らず。また男性陣からも大きな歓声を浴びている。
耳を澄ませば、税が安くなったり、戴冠式等の催しで大金が民の懐に流れ込んできているようだ。民衆を味方に付けるため、金に糸目を付けなかったらしい。
「いきなり金のばら撒き政策なんてやって、国庫は大丈夫なのかよ?」
「何、貴族たちから貰った王就任の祝い金と迷惑料から捻出しているから問題はないだろう」
祝い金は分かるが迷惑料とは何ぞや? そう思って尋ねると、元は平民であるリュークが、仕方なく王に就いたのは、先代王とそれを支えていた貴族たちのせい。ということで、王に就かざるを得なかったリュークに掛けた迷惑を金で返そうとなった、とのこと。発起人はガーフ元王子とその後見人であるヤーラッド国務大臣。だがこのニヤケ面からみて発案者はリュークだと踏んでいる。口には一切出していないが。
「そこまでして人気が欲しかったのかよ? もしかして寂しがり屋?」
「後者については否定しないがな。人気がある方が色々助かるのは間違いなかろう? 例えば税の徴収だけでも取ってみても、速やかに行えばそれだけ負担は少なくて済む」
確かに。平時であれ非常時であれ、協力的な人間の方が苦労が少なくて済む。徐々に人気を獲得するやり方もあるが、こういうのは何事も手っ取り早いほうがいいわな。他所の地方については知らないが、お膝元はしっかりと固めているようで。
さも当然のように民衆に向けて挨拶しているリュークとは対照的に、ベルは落ち着きなく視線を彷徨わせている。歓声は国王のみならず、その妹にも向けられており、その声を聴いてたどたどしく手を振りかえすのだった。
ちなみに門を潜る前にある程度の変装をしている。カツラをつけたり化粧を施したりする程度のものだが、王妹付きの侍女の腕前は確かなものであり、完璧に別人となっていた。
城に近づくにつれて民衆の数は減り、馬車を挟む人の壁が途切れたところで、王族としての周知プレイが終わりを告げた。ちょっとしたパレードのような様相を見せていたそれはベルに多大な心労を掛けていたようだ。
「このくらいでへばっちゃダメだぜベルよ。今後はもっとデカい祝典とかに参列する必要があるんだからよ」
一平民なら気疲れしても仕方ないが、曲がりなりにも王族の一人となったのなら、この程度はさらりと流せれるようにならなくてはならないだろう。
「まあ今回は急だったからな仕方ないだろう。ベルもおいおい慣れていってくれ」
「は、はい」
よほど疲れたのか、大好きなお兄様の言葉も軽く流し、隣のティッティーに体重を預けるように座っている。それが嬉しいのか、ティッティーは一瞬だらしなく顔を崩したが、リューク付きの侍女たちの冷たいまなざしを見て無表情を作り上げた。国王の眼前で見せるような顔じゃなかったな。今もヒクヒクと震えている口の端を見て、先輩侍女さんたちは怒りの視線を飛ばしているが。特に俺の眼前に居る侍女さんはヤベェ。殺気込めすぎだろ。
「まあ今は楽にしてくれ。ベルだけじゃなくティッティーや、エリー、ブリジットも」
侍女間の空気の悪さを察したのか、ベルを出しに落ち着けと促す国王陛下。殺気を飛ばしていたブリジットという侍女も、その言葉に気配を引っ込めた。仕える主に逆に気を使わせたと気付いたのか、その表情は申し訳なさそうだった。
「ところでさ、何で俺まで王都に呼ばれたの?」
いいタイミングだったので、以前から気になっていたことを聞いてみることにした。ベルベットを呼び戻すついでに、何故俺をわざわざ王都まで召喚しようとしたのだろうか?
「ああ、説明がまだだったか。簡単に言うと、お前に興味を持った人たちが居たから、だな」
「いや、簡単すぎて分からん」
興味関心を持つのは勝手だが、それだけで呼び出すとかねぇわ。
「急に呼び出してすまないとは思ってる。だがお前が来ないと会談が進まないどころか、そもそも開いてすら貰えんのだ」
「はぁ?」
王様であるリュークの意思を無視して、会談が開かない? そんな勝手が許されるのか?
そこまで考えて思い出した。この国で唯一、それが可能である地位に居る奴らを。
「もしかして俺に興味を持ったとか言っているのは……」
「……ああ、恐らくお前の予想通りだ」
会ってからキリッとした態度を崩さずにいたリュークから溜め息が漏れた。
「お前に興味を持ったのは、『五剣公』の当主たちだ」
五剣公。
この国最大の貴族である、『剣公』の位を冠する五つの名家の総称である。
『剣公』とはこの世界における爵位のようなものである。下から兵公、馬公、盾公と続き、爵位の頂点に君臨せしもの、それが剣公。
盾公以下では同じ位であっても家や領地、資金力などで上下関係が生まれる。ちなみにヤーラッドと、カレスの街のハゲ領主は、盾公の中でもトップクラスの力を持っている
王に仕え、王に尽くすことを至上の命題におき、あわよくば王ないし次代の王の側近にでもと思っている、一般的な貴族たちだと言える。
しかし剣公は違う。
剣公同士の力関係は実質はどうあれ、対外的には常に等しい。そこに上下関係はなく、発言力は同等。
何より大事な点は、彼らが仕えるべき対象。
五剣公が忠誠を尽くすのは『王』ではなく、『国』だ。
国にとって益があるのかどうかが、剣公の行動基準となる。『王』に忠誠を誓っていないので、彼らの意思は王命でも曲げることは出来ないと決まっている。
簡単に言ってしまえば例え『王』が相手であっても、気に入らない奴だったり、国にメリットがないであろう命令を無視することが出来る権利を持った存在なのだ。
まあだからといって、剣公の力が王や他の貴族たちを圧倒しているわけではない。単純に王に口出しできる権利を持つだけだ。
それぞれ象徴的な分野で卓越した能力を発揮している一族であり、その分野における彼らの発言力は王すら超えると聞く。ゆえにその権力は王に次ぐものであるが、絶対的なものでは決してない。実際、剣公の一員であるソート将軍は、盾公であるヤーラッドの手によって普通に投獄されてたりするし。
特権階級と言えないこともない、そんなある意味では微妙な立ち位置にある貴族たちだ。
なので彼らの行動を無視する王様も、歴代には少なからず居たらしい。身近な例では先代の王様がそれだ。こちらの言うことを何一つ聞かなくても、国に不利益を生むような集団ではないことも分かっているためだ。命令不服従で疎ましく思うことはあるかもしれないが。
つまり。
「お前が五剣公の言うことを聞く必要はねーだろ。なんなら無視しろ無視」
このリュークがわざわざ言うことを聞く必要はなく、ひいては俺がここまでくる必要などなかったわけだ。
国内有力者の助力を得られないのは苦しいかもしれないが、それでもそれ以外の貴族たちは『王』についてくるんだから、国を纏めることくらい簡単だろう。
「いや、それはダメだ」
「何で?」
「僕が彼らの忠誠を得たいと思っているからだ」
いやいやそれこそ何でだ?
「そいつらの忠誠なんて必要不可欠なものでもないのに、何で欲しがっちゃうのさ?」
なに? 寂しがり屋なのか実は?
それだったら馬車から引き摺り下ろして民衆の元へと連れていき胴上げでもさせるがな。
「五剣公とは、ある分野においては王すら超える影響力を持つことを知っているか?」
「ああ、知ってるよ」
「それが答えだ」
……それはつまり。
「目の上のタンコブに成りそうな奴らを、予め排除しておこうってことか?」
「違う」
違うんかい。つまりとかカッコつけた自分が恥ずかしいわ。
「政をするのに、彼らの力は外せないということだ」
その分野における第一人者の力を借りないことはデメリットでしかない。この国を真に良くしていこうというのなら、協力関係にあるのがベストだ。
とはいえなぁ。
「そこまで必死にならなくてもいいんじゃねえか? ぼちぼちの政治をして、ぼちぼちに統治すればさぁ」
俺の発言を聞いて、馬車内に居る三人のメイドの視線が一斉に鋭くなる。政治に近い人物だからこその反応か。馬車に乗る前どころか、門を潜る前から睨んできている者も居るが。
だがらといって黙ったりはしないけど。
「さっきリューク自身が言ってたが、お前が王になったのは自己防衛のための成り行きだぞ。お前がこの国をどうしようが、先代の王に禅譲の儀を進言しなかった周囲の貴族、そして強い発言権を持っていた五剣公の責任だ。お前が気にすることじゃねーよ」
事が起こる前に権力の移譲が出来なかった前政権の尻拭いをさせられているわけだ。『責任を取るのが嫌なら王になるな』という言い分はリュークには通用しない。それはリュークに死ねと言っているのと同義だからだ。
俺の言葉を聞いて視線の圧力が弱くなる。俺の言いたいことが理解できたのだろう。約一名何ら変わらず俺にガン飛ばしているが。
「エイナ、お前の言いたいことは分かるが、やはりそれは聞けんな」
「だ~か~ら、そりゃまた何でだよ?」
何度目になるか分からない質問に、リュークは腕を組み不敵な笑みを浮かべた。
ただそれだけの動作で、何故か押されるような空気が馬車内に生まれる。ベルや侍女たちは自然と姿勢を改める。
かくいう俺も椅子を深く座り直し、腕を組む。何かから身を守る様に。
その空気を作った張本人はというと、気軽な調子で口を開き。
「それじゃあ、まるで僕が無能な王様のように思われるじゃないか。それは、絶対に嫌だ」
雰囲気をぶち壊すような子供っぽい宣言をしたのだった。子供らしい、無邪気な笑みを浮かべながら。
「なんじゃそりゃ」
気が抜けた俺はぐったりと体を投げだし、リュークを呆れたように見るのだった。
「だが僕は本気だ。本気でこの国をもっと豊かにする。王の責任を背負って、な」
お前と同じようにだ。エイナ。
イタズラっぽい口調でそうつけたして言うリュークに、俺も思わず笑うのだった。




