忍者、捨てられる
一ヶ月後以内に更新と言ったが、あれは嘘だ。
すいません遅くなりました。次章スタートです。
俺がこの世界に流離ってから、二ヶ月が経とうとしている。
そう、自分の責任で生きると決めてから、まだ二ヶ月も経っていないのだ。
最初の一ヶ月もガムシャラに動き回ってはいたが、兄妹に出会ってからはよりいっそう濃い日々を過ごしていた。そのためか、時間経過のなんと遅いこと。
折角の二度目の人生。退屈はしそうにないが、もう少し休みながら生きてみてもいいのではないか。
馬車に乗っているとは思えないほどの速度で置いてかれている風景を見て、徒然なるままに物思いに耽る。
「随分と暇そうな顔してるわね」
「無碍に思索に沈む時間を暇などというな。まあお子ちゃまには分からんのだろうが」
「アンタ兄さんとタメでしょ? 前も言ったけど、私と一つしか違わないから」
「ほー、その一つの差を否定するのか。だけどそれは、お前とリュークの関係を否定することになるんだが」
その一つの差がお前ら兄妹を形作るというのに。
それを小さく、だけどベルに聞こえる様に呟くと、苦み走った表情を浮かべた。
「ああいえばこういって……。ほんっと、アンタって神経逆なでするのが上手いわね」
「褒めてくれてありがとう」
「いやだから褒めてないから」
いつも通りのバカ会話。ベルの横から発せられる、侍女の怒りに満ち満ちた視線も、この三日間の間で慣れてしまった。
こんこんと、馬車の外からノックがした。そして俺が風景を覗いていた窓から、逆に一人の騎士が馬車を覗き込んできた。
「ご歓談中失礼します。まもなく王都に到着するため、準備をなさりますよう願います」
それだけ告げて、持ち場に戻っていく。
やれやれ、長かった王都への旅路もやっと終わりか。
椅子から立ち上がり、大きく伸びをし、宙に浮いた。
ん? 何で宙に?
視線を巡らすと、背後から俺を持ち上げている侍女さんが。
「ただ今からベル様はお召し物をお替え遊ばれます。なので生意気でクソヤローな貴方様は、とっとと馬車から出てってください」
お気をつけて。
何の感情も抱いていない言葉と共に、開け放たれた馬車の扉から俺は放り投げられた。
「ちょっ!? まっ!?」
「え、エイナぁーっ!?」
まさか時速四十キロで走る馬車から投げ出されるとは。無茶苦茶しやがるあの侍女。
まあ自動車から飛び出す訓練も積んでいる俺には、大した問題じゃない。受け身を取り、勢いに逆らわず回転。無傷で着地を決めた。自画自賛しても問題ないというぐらい、完璧に決めた。周りを走っていた護衛たちが唯一の懸念材料だったが、驚きつつも俺から避けるよう馬を走らせてくれた為、大事には至らなかった。
「あのクソメイド、今度会ったらタダじゃ――!!」
体に着いた土埃を払おうと手を動かすと、何か土とは異なる、柔らかな物体に触れた。
分かる。俺には分かる。獣人となり、より敏感となった触覚が、嗅覚が、全身に付着したその正体を俺に告げた。
ここ数日間何回か嗅いだことのある臭い。それは、その生温かさすら感じる柔らかい物体は、馬のフ――。
「く、くそったれがぁーーーっ!!!」
青い空に向かって大声を上げながら、俺を置いていく馬車を追いかけるのであった。
「大丈夫エイナ……ってクサ! 何でそんなに臭いのよ?!」
王都に入る門の前、VIP専用ルート上で立ち止まっていた馬車から下りてきたベルが放った一言がそれである。心配そうな表情が一転、鼻を摘まみながら汚いものでも見るかのような視線を向けてきた。
ここに来る間の旅人や城外に畑を持つ農家からも同じような目で見られた。農民だったら肥料を扱うことはあれど、全身を糞塗れにするような人間はいない。遠くから見たら分からないだろうが、その臭いで一発でバレた。
獣人の鼻を持っている者は恐らくただの人以上に強くその臭いを感じていることだろう。というか感じた。
苦肉の策でスキルに回していた魔力をカットした。まさかこんな形でスキルブーストを使うことになるとは思わなかった。人生とは因果なものよ、などと一度死んだ身で言ってみたり。
というかそんなことはどうでもいい。
「ベル、後生だから水出してくれ。体洗わせて。頼む」
こちとら腐ろうが抜けようが、元は忍の者。必要とあらばクソに塗れるしドブにも浸かろう。だが、ただの嫌がらせの結果、必要もなくベルや兵士や旅人、農民に哀れみの視線を向けられるのは勘弁願いたい。
「分かったわよ。ちょっと待ちなさい。えーっと……」
「ベル様のお手を煩わせるほどの事ではございません。馬車に詰め込んでいたこちらの水を使えばよろしいかと」
そう言うと馬車から侍女の声が聞こえた。俺を落とした張本人の声が。出てきたその両手には飲み水がたんまりと入った甕があった。彼女はベルを静止して、こちらに近づいてくる
……汚いものを見るような目をしてるけど、原因はアンタだからなメイドさんよ? まあいいや。取りあえず汚れた服は脱いで体を洗おう。
甕を受け取ろうと手を伸ばす、が、その手をすり抜けて甕の底が俺の頭上にまで来て、そして反転した。
大量の水が勢いよく旋毛に襲い掛かる。水は体表を伝い、幾分かは衣服に吸い取られ、残りはそのまま地面へと激突する。指先や毛先からは、しぶとくしがみ付いた雫が垂れて落ちていった。
当然、体を洗うことなどは出来ず、臭いはそのままこびり付いたままだ。
「早く汚れを落としていただけませんか? 臭いが落ちないようならここで待機していただくことになりますが」
嫌がらせもここまで来ると清々しいものがあるな。
「なあ、俺なんかした? 怒りからとかじゃなくて純粋な疑問で」
「貴方様が陛下のご友人であることは重々承知しておりますが、だからといってベルベット様に気安く話しかける道理などございません。ましてや膝枕など、図々しいにもほどがあります」
うん。言いたいことは分かるが、ベルが俺の膝を勝手に枕にしただけなんだが。
「ほー、膝枕とは」
「随分と気安いなぁおい」
ほら勘違いされた。俺らを囲む兵士たちがニヤついてるぞ。
「膝枕したかったのティッティー?」
ベルは言葉の意味が分かってないのか、惚けた顔をして見当違いの言葉を垂れている。鈍感系主人公かお前は。
「い、いえ! 決してそのような意味ではなく、も、もちろんご指示とあればやぶさがではありません! ええ決して!」
逆にベルの言葉を聞いてテンパりだした人物が居る。今まで俺を苛めぬいてくれた侍女さん、もといティッティー。澄ましていた顔がまあ見事に崩壊してやがる。デレデレだ。
その破顔した彼女を見て、膝枕を囃し立てていた兵士たちも見惚れていた。
一ヶ所に集まった兵士の集団と、遠くからそれを見つめる旅人たち。その兵士に囲まれている俺たち。
兵士の視線を独占しているのは侍女のティッティーだが、彼女はベル以外眼中になし。ベルはティッティーのその勢いにタジタジだ。そして俺は臭いという公害を撒き散らしながら放置プレイを食らっている。
どんな状況だ。
「……何をしているんだ君たちは?」
そんなカオスな場面を打ち破る救世主が現れた。
門の内側から護衛を引き連れた姿を見せ、晴れてこの国の王様となった少年、リュークその人だ。
決して大きくはないがその声は良く通り、門の前に居た人達の視線を全て集めることとなった。普通なら気圧されてもおかしくない視線の圧力に晒されながらも、動じる様子はまるで見られない。服も軽装でありながら、王としての威と格を損なわせない絢爛さを持っていた。唯人なら着られていると感じるであろうそれを、見事着こなしている。
僅かな言動と立ち姿。たったそれだけで、見る者に王様としての風格を感じさせたのだった。
そんなまさかの王様登場に、一瞬空白が生まれた。その後我に帰った門番の兵たちは、すぐさまひざまづく。周囲の旅人たちもそれに釣られてか、姿勢を低くする。侍女のティッティーも当然頭を下げており、立ったままでいるのは王妹であるベルと、腕組みして仁王立ちしている俺だけである。
「おいおいリュークよ。王様がこんなところまで足運んできていいのかよ? 城でふんぞり返ってる方がいいんじゃねぇの?」
「ああ、久しぶりだなエイナ。今回も面倒ばかり掛けてすまないな。確かに城で待っていろとは言われたんだが、ソートに無理を言って来させてもらったんだ」
リュークの背後に控え警護をしていた集団の中から、最早お馴染みのソート将軍が姿を現した。
「陛下はベルベット様の御身のご心配をされていたのだ。少しでも早くご壮健なお姿を見ていただいた方が良いと判断したのだ。故にエイナ、貴様のことなど毛ほども気に掛けておらん。それが分かったら早々に頭を垂れよ。頭が高いぞ貴様」
「まったく魅力的な提案ではないな。だから断る!」
俺の発言に青筋を立てて抜刀しようとするソート将軍。それを王様たるリュークが抑えている。沸点が低いぜ将軍。
「お久しぶり兄さん。元気だった?」
「ああ、何の問題もなかったよ。むしろそっちの方ばかりに迷惑を掛けてしまったようだな。すまない」
「もう終わったことだから気にしないでよ。ジンさんに助けてもらったし。ついでにエイナも」
「おーい?! 俺の血と汗と泥に塗れた華麗なる活躍をお忘れですかぁベルさんよぉ?!」
「あーうん、オボエテルオボエテル」
何で片言なんだよ。まあ本当に忘れてるわけじゃないだろうからいいけどさ。
「陛下、お話は城に戻ってからにする方がよろしいかと」
「そうだな、ここでは彼らに迷惑を掛けてしまっているし。急な訪問すまなかったな、皆」
そう言ってひざまづいた者たちに頭を上げる様に命じた。おっかなびっくり立ち上がる兵士や旅人達。彼らに改めてねぎらいの言葉を掛けて、門の内側に入っていく。ベルの馬車も同様に街の中に入り込み、その流れに乗って俺も入ろうとした。
久々、というほどの時間が経ったわけではないが、俺は再び首都ウーディアに来たのであった。
「あー、エイナよ。取りあえず、その汚れと臭いを落としてから入ってきてくれ」
リュークにそう言われるまで、今の自分の状態について忘れていた。
兵士に用意してもらった水でしっかり丹念に、体を洗うのであった。




