門番、愚痴をこぼした
本日二話投稿の二話目です。
そしてこれにて第二章終わりです。
脇目も振らず森の中を走る。枝が傷を付け、根に足を取られ無様にこけるが、顔を拭う時間すら今は惜しい。
「くそぉ……。楽な仕事じゃなかったのかよっ!?」
思わず口から零れた言葉は、紛うことなき自分の本音。
二週間ほど前に受けた依頼。それが間違いの始まりだ。
俺と仲間たちは、違う国の迷宮で生計を立てていた。こことは違い、その国では軍属じゃない奴も迷宮に入ることは出来る。軍に所属する方が安全ではあるだろうが、俺たちみたいに規律に縛られず生きたい奴らは一民間人として迷宮に潜っていた。民間人と言っても、殆どがアウトローではあったが。
そんな俺らに対して、軍の人間は時に依頼を出してくる。軍の人間が忙しいからというのもあるが、専ら、裏に近い仕事が多く回ってくる。便利に使われているとは思うが迷宮でそれなりに鍛えられている人間にとっては楽な仕事が多く、実入りも大きいためこぞって受ける奴も少なくない。俺もそんな奴の一人だった。
この仕事も自ら手を挙げて受けた仕事で、内容もウデンのとある小娘を誘拐ないし殺害する、というもの。人によっては忌避するものであろうが、依頼を聞いても俺たちにそんな抵抗感はなかった。現場指揮官として付いてきた兵士を隊長として任務に当たり、そして今日、ついに実行に移った。
だというのに、肝心の小娘には逃げられ、それを探すために余分な時間を食っちまった。それだけならともかく――。
「――なんであんな化け物が現れるんだ!?」
小娘を探している間、急にあいつが、四本腕を持つ熊が森の中から現れた。巨体に似合わぬ俊敏さで、あいつは一瞬にして三人もの仲間を仕留めちまった。
奴の口から漂う錆びた鉄の匂いが、ここ以外の場所でも同業者連中を殺しまわっていたことを指していた。目の前で大きく開かれた熊の口内を見て、諦めからかそんなどうでもいいことに気が回っていた。
あとは少し進んで顎を閉じるだけ。それだけで俺の人生が終わりを迎える。
だというのに、その熊は何かに気を取られたような、他に大事なことに気付いたかのように、俺を無視して目の前から消えていった。
圧倒的な死の気配が目前から姿を消したという安堵で腰が抜け、尿が漏れる。
しばし呆然としていたが、殺された仲間たちから立ち上ってきた血の匂いが、脳裏に焼き付いた熊の口をことさら強調してきた。
死そのものである幻影に囃し立てられたかのように、覚束ない足取りで立ち上がり、歩みだす。その場から、あの熊が潜んでいるかもしれない、この森から。
「やった、壁だ……!」
動いてる最中に固さは抜け、全力で走ることができるようになった。
いつも俺と組んでいた戦友たちの亡骸を放置することには気が引けたが、それも僅かなこと。
それなりに迷宮に潜って、それなりに強くなったと自負する俺たち。その俺たちに何がしかの抵抗もさせず、あっさりと蹴散らしたアイツは恐らく、迷宮の中盤に現れる化け物。まかり間違っても浅い所に出てきていい奴じゃない。
そんなやつを相手に逃げの一手を打ったって、責められることはないだろう。
気まぐれか何かは分からないが、せっかく拾った命。無駄にしてたまるか。
壁に取りつき、雨で滑る手掛かり足掛かりを力技で押さえつけ、技法も何もなく登っていく。
ここを出れば自由の身だ。任務中の逃亡のせいで、母国に戻ることは出来ないだろうが、この力を使えば別のところでも十分に生きていけるはずだ。
ここさえ、この壁さえ、登り切れば――。
「はーいストップストップ。ここは出口ではありませーん」
――登り切ったところには、一人の兵士が待ち構えていた。
誰だこいつは、と思ったが、この顔は見たことがある。夜、迷宮に不法侵入したときに何回かだが。
姿を見た瞬間身構えたが、大したことのない相手だった。
警備でありながら、一度たりとも俺たちの侵入を拒むことが出来なかったザルどもがこいつらだ。日中活動した今回は流石にバレるかもと思ったが、それもなかった。
俺がいつも飯のタネにしている迷宮ならありえないくらい、この国の警備はレベルが低い。それが俺たち全員の共通認識だった。
「ちゃんと出るなら門から出て。壁沿いにあっちに向かって歩けばすぐ見つかるから」
のんきにあくびしながら、門があるという方向に手を伸ばす門番。槍を持っているがその穂先がこちらを向いてすらいない。
見つかったのは不覚だったが、それも恐怖に駆られていたからだ。平常時ならその言葉に従って門に向かっても良かったが、今は一刻も早くこの森から出たい。
剣の柄に手を置く。あの熊の恐怖が目の前の門番の排除という、至極簡単かつ短絡的な考えに俺を誘う。
運が悪かったな門番の兄ちゃん。恨むなら俺と出会った自分自身、もしくは俺をここまで追い詰めたあの四本腕の熊に言ってくれ。
無防備に立つ男の首筋めがけて勢いよく剣を抜く……ことが出来なかった。
「まったくよー、ジンさんはホント人使い荒いわー」
鞘から刀身を半ばほど抜いたところで、全身から力が抜け、膝から崩れ落ちる。両手は剣に添えられたまま動かすことが出来なかった。
訳が分からぬまま混乱していると、俺と男の足元にそれぞれ、赤い水溜りが出来ているのが分かった。
雨と共に、レンガの目地に沿うように流れ、色素が薄くなっている。その濃さを維持するように、上部から赤い水滴が垂れ落ちていた。
水滴は俺の左胸と、奴の槍の穂先から落ちている。いつの間にかこちらを向いていた槍の先端には、丸くて管の付いている何かが突き刺さっている。
分かる。それが今まで自分の胸に収まっていた、心臓なのだと。
「な、なん……で……?」
なぜそこに俺の心臓があるんだ?
「なんでって、深夜忍び込むお宅らを見逃してた理由? それとも今日侵入してきたのを見逃してた理由? 今死にかけてる理由? あー、今まで街に居たのを泳がせていた理由っていうのもあるなぁ」
目の前の男がぽつぽつと訳の分からないことを言っている。そんなことより今は俺の心臓だ。早く、元に戻さないと。
「それもこれもぜーんぶジンさんのせい! 調査させながら待機を命じさせ、侵入してくる奴も全員スルー。今回に限っては、外から来るやつは無条件で追い返せ。ただし乗り越えてくる奴はその限りではなし。そんでもって中から出てこようとするやつは一匹残さず処分しろとか、面倒くさいこと言いやがる! そう思わない? でもどこに耳があるのか分からないからな、あのオッサン。後で問い詰められるかも。おー怖っ」
そう言って自らを抱きしめる男。それに伴って槍の刃が遠のいてしまった。
追いすがり手を伸ばすが、力は入らず、堪らずうつ伏せに倒れ込む。
「おーい、無茶すんなよ? 死にかけの身体なのに」
心臓。心臓を、早く。
「でもあの獣人の子供、エイナが出てこようとしても、もしかして俺止めなきゃいけなかったのか?
うん、それは勘弁願うな。壁を飛び越えかねんような奴の相手など願い下げだ」
頑張って這って這って、やっと心臓の真下まで来ることが出来た。あと少し。
「さてと、それじゃあ報告して、こいつの死体を処分しますか。あー忙しい忙しい。おーい、誰か手伝ってくれー!」
だというのに、奴は背を向けてどこかに行こうとしている。
頼む、待ってくれ。心臓を、置いていって。
「あ、忘れてた」
槍に貫かれた心臓を見て、奴はが零した言葉が、やけに大きく響いた。
そして最期に見たのは、振動し、破裂し、飛散した、俺の心臓だった。
一月以内には次話投稿したいです




