忍者、助ける
剣を突きつけられた男たちは、急転した事態に慣れたのか冷静に対処をし始めた。剣を持つ五人の男たちは、樹木を背にするこちらを包囲するように広がっていく。杖を持つ男は俺たちの正面に位置しながら、剣を持つ男の陰に身を隠す。
瞬時に三人もの仲間が殺された事実から、急に襲い掛かってくるようなことはない。狙い通り生まれた睨みあいの時間を利用して、こちらも行動を起こしていく。背後から息を飲むような音が聞こえたが、雨の音が耳を叩いている現状、ただの人間である奴らが気付くことはなかった。
「あまり時間掛けるのはよろしくないんじゃない? なんだかんだ、ここはウデン国内だぜ?」
「……そうだな。時間を掛けたらマズイことは間違いないが、貴様らほどではないぞ?」
答えたのは杖を持つ男。冷静さを取り戻したのもこいつが最初だった。
俺が煽るような言葉を掛けても暖簾に腕押し。彼らの仲間が大勢居るこの森の中に居る以上、短時間に限定すれば、事態が好転するのは向こうの方。ならば焦らず時間稼ぎをするのは吉。杖の男の判断はこんなものだろう。
こちらの狙い通り、にな。
トントントン。
苛立ちを見せる様に、靴で地面を叩いていく。視線を左右に広がった男たちに向ける。十分以上の警戒心を持っており、視線に気づくと剣を身構え、僅かに立ち位置を変えていく。こちらの踏込に警戒しながら、奴らの意識は俺ではなく終始ベルの方に向いている。その気配から、奴らがベルを殺す気だったというのは俺の勘違いだったようだ。どうやらまだベルを利用し終わってないらしい。となると最悪ベルの命はこの場では取られないようだ。これは良い情報だ。
トントントン。
地面を叩きながら、今度は正面で相対する二人の男を見据える。剣を持つ方は恐らく、この中で一番腕が立つ。そんな男が防御のみに意識が向いている。左右の男たちは隙あらば斬りかかろうという意識が見えるが、こいつは杖の男を守ることを徹底している。それだけ杖の男の実力に信を置いているのだろうか。
その杖持ちの男は剣の男の肩越しにこちらを観察している。雨で見えづらいが、既に魔術式は作成し終えており、奴の背後に浮かんでいる。何時でも魔法を発動できる状況というわけだ。しかしベルを殺す気がない以上、今すぐ魔法を発動させて俺を殺すという選択が取れないだろう。俺が魔法を避けたらベルを殺しかねんからな。その代わり、ベルが射線から逃れたらすぐに撃ってくることだろう。
トントントン。
目線は切らず、意識を背後に向ける。息を切らしながら木に体重を預けるベルの存在を感じる。呼吸の音も先ほどまでの空気を貪るようなものではなく、整える方向に変化していく。木に凭れるのを止め、しっかりと足で地を踏みはじめる。呼吸を整え、体制を直し、そして静かに戦意を漲らせていく。先程敵からは隠れるように、背中に魔墨で書いていった文字を読んだのだろう。逃げ回ったばかりで申し訳ない気持ちが僅かながらあるが、奴さんがベルの命を狙っていないのなら、存分に活用させてもらおう。もうひと踏ん張りだけ頑張れよ。
最後に敵全員を見回し、重心を落として、そして、突き出した剣を下ろした。
トン。
地面を叩いて、数えてちょうど十回目。俺とベルは行動を起こす。
ベルが左に飛び出して、その場から離れようとする。
左の男たちはベルに、右手側の男たちは俺に近づいてくる。ベルの確保と俺の足止め。当然の行動。
杖の男は俺たちの行動を読んでいたのだろう。ベルが射線から外れてすぐさま魔法を発動させた。空気が撓み、雨粒を弾きながら透明な凶器が出現する。風の魔法なのか、その全容を視認することはできなかった。弾なのか矢なのか、はたまたそれ以外なのかも分からぬまま。
そしてこちらも確認するつもりはない。魔力を全て『獅子の心』に回し、『三日月』を擲つ。標的は魔法使いの男。
投擲と同時、地面を蹴る。爆発じみた反動を余すことなく受け止め、右手へと飛ぶ。ディールさんに打ってもらった短剣を抜き放ち、最も端に立っていた男に斬りかかる。
俺の急加速によって反応できなかったのか、難なく首筋を撫でることができた。血飛沫を置き去りにして、勢いそのまま男たちの背後の木に、地面と水平になるように着地した。
首を切り裂き、着地するまでの間に、魔力の偏りを戻し、そこからさらに、五感の強化する。
血飛沫を上げて膝を崩す男。隣に立つ男は強襲された男の方に視線を向けようとしている。
杖の男に投げた『三日月』は、しかし剣の男に阻まれて弾かれてしまっていた。下から掬うようにして払われたのか『三日月』は宙を舞っている。杖の男も俺を探しながら新たに式を作成していっている。剣の男が守ってくれると信頼してなきゃ出せない対応の早さだ。
「ぶはっ、この、ガキャあぁあ!」
声の発生源はベルを追いかけようとする男たち。その顔面に水球がぶつかった。ベルが魔術で作った水球、それが襲ってきたのである。俺の指示通り、威力を抑え、速度のみを追求した水球で気を逸らしたのだろう。ぶつける必要はなかったけどな。
着地する直前、再び肉体を全力強化。短剣を咥え、木から伝わる反動を利用し跳ねる。
血を出して倒れ込む男の隣。血煙を見て、背後に回った俺へと視線を向ける、つもりだったのだろう。
片目のみがこちらを向いた段階で、その頭を掴む。そして可動域を超えて首を曲げさせる。
首の骨や頸椎を破壊しながら、自らの勢いの矛先を地面へと変えていく。勿論頭を抱えたままで、だ。
着地し、捻り、そして、投げる。標的は杖持ち。されど優れているのは技量か得物か、その肉体は剣の男によって真っ二つにされた。俺たちの視界を遮るように上がる血煙。
それを横目に見ながら、ベルに迫る男たちに襲い掛かる。
鞘での殴打を、こちらも鞘付きの短剣で守っているベル。善戦しているが、そこは大人と子供。力の差は歴然で、当然のように吹き飛ばされた。
十分すぎるぜ、ベルベット。
捕えようと手を伸ばす男の片割れ。それを縫い付ける様に短剣が突き刺さる。飛びあがり、痛みに悶絶する男の顔面に後ろ回し蹴りを叩きこむ。
木と脚に挟まれ、平たくなった頭蓋骨。それを踏み抜いて、驚愕を浮かべる片割れの男に、伸長させた爪を突き立てんと接近する。
呆けたその面に貫手を食らわせようとした、その瞬間、その顔面が破裂した。
吹き荒ぶ、血と骨、脳漿の散弾。それを突き抜けて迫る、透明な何か。
「ぐ、おおぉっ」
頭部が爆散した男の肩口を蹴り飛ばして回避を狙ったが、完璧に躱し切れなかった。服が散らされ、左脇腹を僅かに食い破られた。
魔力を『虎の魂』に回してなかったのが仇になった。気付くのが半瞬遅れたか。何より、実戦に堪えうるほどの魔術師の式作成速度を甘く見ていた。緊急回避。
その俺の目前に雨を割く巌が待ち構えていた。
深い踏み込み。上段に構えた長剣。俺を射抜く鋭い眼光。敵のコンビネーションが生んだ、必勝のタイミング。
唐竹割に振り下ろされる剣。降りかかる白刃に対処するため、急いで魔力の偏りを元に戻す。
瞬間、諸刃の切っ先が奔ってくる。
「エイナっ!」
ベルの声とほぼ同時、凶刃が俺に届いた。剣の慣性は宙に佇む俺を地面に縫い留めた。背中を強く打ちつけたが、気に留める余裕はない。
「――ぁっ」
ベルの小さな悲鳴が聞こえたが、もしかしてやられたとか思ってんじゃないだろうな?
「……やるな少年」
ここで初めて剣の男が声を発した。俺を称賛する発言。
一度死んでんだ。そう簡単にくたばるかよ。むしろこの程度で称賛を貰ったらこっちが困るっつーの。
種も仕掛けもない、単純な白羽取り。ただ空中であったためそのまま地面に叩き付けられただけだ。力も速度もカンタールほどではないが、脇腹のダメージを考慮して側面を蹴ることはしなかった。地面に叩き付けられるならそこまで結果は変わらなかったかもしれないがな。
衝撃が来ても刃を離すことはせず。それゆえ斬られることもなく。
とはいえ、剣越しで地面に押さえつけられているわけだ。寝転がる俺と立っている男。良いポジションを取っているのは言わずもがな。少しでも力を緩めたらそのままブッスリ。体躯の小ささのせいで持ち手に蹴りも届かず。しかし相手も俺を自由にさせることの不味さを理解しているだろう。俺を殺してから出ないと動くことは不可能。
まさに膠着状態。
「ベル! 逃げてっ!!」
「ヒース! 今のうちに少女を!!」
動けない俺と剣の男。ならば残りは自由に動ける者たちに委ねられる。
重なる俺たちの声。それを受けて行動を開始する。
後ずさるベル。歩み寄るヒースと呼ばれた杖の男。ちょうど真ん中に居る俺たちを境に対照的な行動を取る二人。
逃げようとするベルを捕まえようとするんだから、当然傍を通らなければならない。
俺たちの、いや、俺の傍をな。
ま、何が言いたいかというとだな。
成人獣人の力を上回る俺を、力技で押さえつけれると思ってたのかな?
傍らを通り抜けようとしたその瞬間、本日何度目か分からないスキルブースト。対象は当然、『獅子の心』。
剣を押さえつける手はそのままに、脚と胴体の筋力のみで身体を起こす。
一瞬にして変わった形勢に、驚愕の表情を浮かべる目の前の男。体勢を立て直すと同時、強化した脚力で蹴りを放つ。
左中段回しの軌道を描くそれは、俺の体躯の小ささから相手の右膝に着弾する。足から伝わるのは破滅的な破壊音。
剣から手を放し、ヒースと呼ばれた男に近づく。俺の行動に気付くと同時に、式を作ろうとするが、いささか遅い。それを作らせないために、そっちから近づいてもらったんだからな。
一足で間合いを潰して、左の貫手を刺し込んだ。今度こそ爪は敵を捉え、鳩尾を貫き、胃や肺、心臓に損傷を与えて抜き取る。膝から力を抜け、倒れ込みそうな所に右手の爪を首に叩きこみトドメを刺した。
未だ魔術についての完璧な対処法は確立したとは言えない。なら油断しないことが大事、と。
『やったか!?』なんて疑問が出る程度じゃダメ。『殺ったぜ!』ぐらいじゃなきゃな。
「ヒース! っく、狙い通り、というわけか」
唯一の敵生存者の男が語りかけてくる。剣を杖にし、壊された膝を抑えている。
「なんだかんだ、魔術師が一番厄介だからねぇ。出来ることなら油断した所をサクッと殺りたかったってのが本音だな」
会話しながら『三日月』や短剣など、最低限の装備のみを回収していく。腰から下げた皮袋のうち、消毒鎮痛の効果がある傷薬の軟膏を取り出して脇腹に塗る。服は破かれたけど、擦り傷程度で済んだようだ。そこらで倒れている男たちからマントを剥ぎ取り傷口を縛って処置終了。ついでに雨具を持っていないベルのためにもマントを剥いでおこう。ちょっとばかし男の血と汗と肉と皮が付いているけど、大丈夫大丈夫。
「いきなり少女が動き始めたのも?」
「俺の指示だよ」
最初の睨みあいの時、俺はなけなしの魔力で作った魔墨で指示を出していた。俺の背後から飛び出すこと。魔術で一瞬でもいいから敵の足止めをすること。そして俺が『逃げろ』と言ったなら言葉通り逃げだすこと。『逃げて』と言ったのなら反対に敵を引き付けること。
他にもちょいちょい指示はあったけど、今回活躍した指示はこれだけかな。
「まさか、一国の王女を囮に使うとはな」
「偉いのはこいつの兄であって、ベル単体ならただのバカだからなぁ」
そうこうしているうちに呼吸が整ったベルが近寄ってくる。
「エイナ! 大丈夫だったの?! っていうか誰がバカよ?!!」
「大丈夫。むしろ心配されたことが心外。後叫んで体力消耗するな。ほいこれマント。そんな嫌そうな顔すんな。すぐここから離れるんだから。こいつが話しかけてきたのも仲間がくるまでの時間稼ぎだろうし」
「……流石に、読まれているか」
「当然」
実際、さっきまでの騒動で近づいてきている奴らも多いし。虎の魂をスキルブーストして探ってみても、かなりの奴らが近づいてきて――。
「ベル、逃げろ」
「え?」
「聞こえなかったか? 『逃げろ』」
ベルを追いやろうと急かす。が、もう遅かったようだ。
森の木陰から、息を切らした男たちが現れた。それを見て、剣を突く男は笑みを浮かべた。
「どうやら、賭けは俺の勝ちみたいだったようだな」
「違う、両方負けだ」
「何を言って――」
森の奥から現れた男たちが、一つになって、横に滑った。
折り重なるようにして地表ギリギリを滑空していったそれらは、木に衝突して、弾けた。さながら赤色のペイントボールを投げつけたように、その木の周りは赤で染め上った。
彼らが吹き飛んだ動力源、とでもいえばいいのか。重力に負けないほどの外力を与えた存在が、そこに居た。
一見してそれは二足歩行の熊のようだった。人を肉団子に変えた異様に長い二本の腕に目が奪われるが、それにしても異様な肉体である。二足歩行にしては頭の位置が低すぎていて、地面を掴む脚の付け根の間に熊の頭部があるのだ。長い二本の腕もまた同じく脚の付け根の当たりからそれぞれ生えており、下手な人形を想起させた。
されど近づいて、その全体のフォルムが認識できるようになると、先の判断は間違っていることが分かる。地に着いた脚の後ろ側に長い胴体が伸びており、またそこから後ろ脚が地を掴んでいた。
つまりその生物は二足歩行ではなく、四足歩行。普通の熊と同じような四本脚を持ち、同じような頭を持つ。唯一違うのは前足の付け根、いや肩口といったほうがいいか。その両肩から二本の腕が伸びているという点である。
雨に濡れて全身に張り付いた体毛によって、その肉体のフォルムがはっきりと認識できる。通常よりスラリと見えるはずなのに、その角ばった身体からは生物としての強靭さが発せられている。
そして遠目だったからか、あまり大きくは感じなかったが、その全長は三メートルは優に超えていた。
「な、何故こんな浅い所に、シグマが……?」
「へぇ。あれがシグマって魔物か」
何故かは知らないが、深くなるほどに、進むほどに魔物が強くなるという性質を迷宮は持つ。それはこの『フィルスの森』も例外ではない。森の入り口付近程弱い魔物が集まり、奥深くなればなるほど強力な魔物が存在するようだ。
入り口からもっと奥深くに生息する強力な魔物たち。そこでさらにまれに現れるという強力な魔物。それがシグマ。
本来ならもっと奥に行かなければ出会わない種類の魔物である。
しかしそこは生物。気まぐれなのか理由は分からないが、森の浅いところへ現れることがあるという。
小隊単位なら即撤退。それなりの準備を整えた後排除に移る相手。
出会った奴は運が悪いだけ。それがたまたま今回だったという事だろう。
突然、シグマの視線がこちらを向いた。食欲か、獲物を殺した興奮からか、その眼球には血が走っており、その獰猛さをこちらに訴えている。
「あ……うぅ。え、エイナ……っ」
未だ距離はあるといえ、その視線を直で見たベルは上ずった声を上げた。誘拐犯たちを相手に大立ち回りを演じてはいたが、人が放つ鋭い殺気とは違う、垂れ流し成れど、単純に凶悪で凶暴な気配に飲まれかけたようだ。
「なんとまぁ、不運ってのは続くものだねぇ。とりあえずあの膝ぶっ壊れて歩けないオッサンを囮にして逃げるか。ベル、しっかり捕まって――」
現れたのは分かる。長い人生、そういう時もあるだろう。運が悪かったのだから仕方ない、ここは先人たちに習って回れ右するのが最善だ。
しかしどうやら、俺たちの運の悪さはここで終わりではないようだ。
「ぐぎゅべっ!」
奇妙な声を上げて吹き飛ばされる男。しかしそれを一顧だにせず、ただ路傍の石を蹴飛ばしたに過ぎないとでも言わんばかりに、速度を緩めずその進路上に居る俺たちへと突進してきた。
「『逃げろ!』、ベル!!」
ベルの背中を押して、大型車さながらの怪物に突っ込んでいった。




