忍者、王宮にカチ込む
「どけどけいぃ! 道を開けよ!!」
厳つい大男、将軍たるソートが肩を切って邁進する。
当初は四人のみによる行進であったが、その規模は既に十では利かなくなっていた。
「この国の新たな歴史を見届けようとせし気概のある兵は、我に続けぇ!」
その堂々とした姿に、掛け声に、民は道を開け兵は追従する。この国の軍を総べる者が灯した火を強くするように一人増え二人増え、小さな熱が更なる熱を呼び、収まったはずの火災の熱をそのまま受け取ったよう熱さを持った群体となった。
その熱の矛先はこの国の中枢たる王城、ウディニア城。
決戦となる場所は、そこだ。
進軍中、リュークを狙って集団に潜り込んだ刺客が襲ってきたことがあった。人ごみに乗じて始末しようとしたのだろうが、尽くが俺とソート将軍によって排除されていった。
兵士に紛れて行動を起こすだろうというのは予見できていたので、どれだけ人が増えようと兄妹は必ず俺と将軍の傍に居させたのが功を奏した形だ。
「ほい」
「ぐぁ……」
今回のように、背後から迫ってきていた不審な兵士を徹底的に排除していく。
「あまり見境なく倒すな小童。本当に刺客なのかわからんのだぞ」
「いちいち確認取れないでしょうが。良く分からないのは殺してないんだから許してよ。それに身軽の方がいいでしょ。今大事なのは」
「何より時間だ。分かっておるわ」
「なら敵か味方か判別してる暇ないでしょ」
今は僅かな兵力より一分一秒の方が大事だ。王宮の迎撃準備が万全になるまでに強襲する以上、僅かな時間が惜しい。本当に怪しい奴以外は詳細不明なので、殺さないように気絶させて道端に放置しているのだから、それで勘弁してほしい。
そのおかけというわけではないだろうが、過剰に膨張せずに街中で機動力を維持できる程度の規模で行動できている。
前進して排除して、ついに、王城前に到着した。
王宮の門番も将軍の一喝で、唯々諾々と門を開いてくれたが、問題はここからだ。
王宮には王族を守護する近衛騎士団やら、王子派の貴族の私兵やらが大勢居る。こいつらは軍部とは独立している以上、将軍の御威光にも怖じたりしない。
「全員散開! 暴れ回れ!」
「ウオォォオォッ!!」
数で負けているため、正面からぶつかり合えば敗北必至。
無理やり乱戦に持ち込み、状況が混乱している最中、目的を果たす。
夜も深く最低限の明かりのみとなっている城内で、強く床を踏み鳴らす音と剣が打ち合う金属音、そして悲鳴という、およそ国の中枢にある城から聞こえるべきではない音が、遠くの廊下や部屋にまで響いている。
「王族が住む場所はどこだ!?」
「最奥にある王宮だ! 儂に続け!」
人々の間を掻き分ける将軍の後に続く。先陣は将軍が切り、俺は殿を務める。
子供という外見に惑わされ攻撃が雑になっているので、それを捌きながら足を斬りつけて行動不能とさせる。王城につき周囲の人間は貴人ばかりなので、無闇に傷つけないように槍などの長物が使えないのもこちらの利点であろう。
「おいリューク、覚悟はいいか!?」
「尋ねるのが遅くないか!? ここまで来たら後には引けんだろう!」
「この作戦の肝心要はお前だ! お前がミスればお前だけじゃなく、ベルや将軍、扇動された兵士たち全員が死ぬ!」
「分かっている! ここまで協力してくれたお前たちのためにも、僕は必ず王になる! 震えは止まらんがな!」
「そうか! だが大丈夫だ! お前なら絶対に王になれる! なぜならこの俺! 俺がお前に味方しているからだ!」
「良く分からんが、分かった!」
「どうでもいいから走りなさいよアンタ達!」
「「はい!」
リュークに激を飛ばしてたりベルに叱られたり、兄妹の緊張を取りつつ漫才をしていたらいつの間にやら、混み合っている城内を抜けていた。当初は百の兵士が味方として周囲に居たが、今は十と少しを数えるばかりとなっている。
王宮へと続く連絡橋となる廊下を通っている最中、俺は足を止めた。
「止まれ!」
一泊遅れて気づいた将軍が、全体に停止の声を掛けた。突き当りに差し掛かった所であったが、その角からカンテラの光が現れた。
暗闇で包まれた廊下にカンテラの細い光が差し込まれ、皆が目を細めて警戒の色を示す。その明りの元には、警戒の対象となる人物の姿が現れる。
その姿は、まるで獅子。
顔はおっさんそのものだったが、その顔全体が明るい色の毛に包まれている。むき出しの腕にも、同色の毛が生えており、爪は極めて鋭利だった。二メートルに及ぶ長い金属の棒を持っているが、それに引けを取らないほどの身長。小汚い笑みを浮かべているが、その口の端からは牙のような物を覗かせている。
「なんでこんなとこまで、将軍様が来てんのかねぇ?」
「それはこっちのセリフだ、カンタールよ。大臣の奴隷である貴様が何故ここに居る」
カンタールと言われた男は笑みをより深くした。
「そりゃ継承権持ちが、わざわざ王都まで来たんだ。何か起こると予見したオーナーが俺に警備を命じたのよ。まさか入ったその日に行動を起こすたぁ思ってなかったようだがよ」
おっさん同士がよくわからん旧交を温めているが、はっきり言ってそんなもんには興味がない。
将軍や兵士を抜き去り、獣人のおっさんに対峙する。
「おい、将軍。こいつは俺が押さえとくから、さっさと先に行け。時間が勿体ねぇ」
「……こりゃお仲間さんかねぇ。匂いがなかったから気づかなかったな。でもよ坊や、そういうのは相手見てから言おうや。まだ若ぇお前さんは気づかなかったかもしれんが、俺は--」
「--強えんだろ。分かるよそんぐらい。だから最初の取り決め通り、こいつは俺に任せろ将軍。何度も言うが、時間を無駄にすんな」
最初の取り決めとは、監獄で計画を立てたときに、将軍クラスの強い相手が現れたとき、俺が相手をする、というものだ。
将軍も十分に強いのだが、兵士の指揮という仕事がある以上、俺にお鉢が回るのは至極当然である。将軍や兵士からすれば無関係の子供だから、俺を守る義理もないしな。心情はともかく
「んー、聞き間違い、かねぇ。坊やが俺の相手をする、って聞こえんだが?」
「そう言ってんのが分かんねぇのかよ。お前みたいな脳筋バカがいるせいで獣人が低く見られているってことにいい加減気づけよ。気づけないからバカなんだろうけどさ」
「俺は気は長えほうだし、こう見えて子ども好きだ。今すぐごめんなさいして、今日の事は金輪際思いださねぇっていうんなら見逃してやるよ」
「これでもかい?」
俺はそう言って、剣を抜き放ち、鞘をカンタールとかいうおっさんに投げつけた。
それを受けたおっさんの目が据わり、剣呑な雰囲気を帯び始めた。
俺のこの行為は、元の世界の西洋貴族が行った手袋を投げることと同じ。つまり決闘の合図である。由来は確か……。
「おい、これがどういう意味か分かってやってんのか?」
「当然。この剣の鞘として、アンタをぶっ刺しますよ、って意味だろ。あ、安心してね。後ろの穴とかじゃなくて、その土手っ腹にちょうどいい感じの大きさの穴開けてやるから」
「……分かった。望み通り殺してやるよ。クソガキが」
カンタールから放たれる、殺気。その強さは、監獄で将軍が放ってたものと遜色ない。事実、その殺気に兄妹のみならず、付き従っていた兵士たちも飲まれてしまっている。
そんななかで、呑気に話す俺と将軍。
「言っておくが、奴は国務大臣の奴隷ではあるが、この国でも有数な戦士でもある。気を付けて掛かれよ」
「てことはやっぱり、ジンさん以下の強さしかねぇんだろ? だったら問題ねえな」
有数というのはつまり、最強ではないということに他ならない。ならば負けるつもりなど毛頭ない。
「俺はジントレールに負けてるつもりはねぇよ。いずれあいつはぶっ殺す。その前にお前だクソガキ。よくほざくその口に免じて、苦しめて殺してやるよ」
「そういうセリフが三下っぽいんだけどなぁ。あと既にその呼び方の人が居るんで。ダブりはいらないんで、さっさと人生退場してください。つか煽り耐性低すぎでしょアンタ」
「おいソート。このガキの後はお前らだ。すぐ終わらしてやるから待ってろよ」
「俺を無視して話進めんなっての。無視して早く行け将軍」
「……了解した。無理だけはするなよ小童」
俺はそれに応えず、剣を構える。それを見て、奴も得物を構えた。カンテラを足元に置き、金属棒を肩に担いだ。
対峙する、俺とカンタール。
この二人の獣人を避けるようにして、将軍たちがこの場をやり過ごそうと俺の右側方を通過した瞬間、カンタールは動いた。だがその狙いは、俺ではなかった。
カンタールは足元のカンテラを蹴り壊した。その蹴りの勢いによって明りは消えた。訪れる暗晦。明りになれた目は突然の闇に対応できない。その闇に気を取られ足を止めてしまう兵士、そして兄妹。想定していたのか将軍のみ動じなかったが、想定済みなのは向こうも同じ。それを見越して蹴られたカンテラの破片は、将軍へと降り注ぐ。その対応に足を止められてしまい、僅かに兄弟への対処が遅れてしまった。その隙を、カンタールは逃さない。獣人の五感を持つカンタールは正確に兄妹へと迫り、瞬間的に、されど致命的に無防備となったリュークへとその破壊の権化たる金属棒を振り下ろす。
「だから、俺を、無視、すん、なあぁぁ!」
獣人たるカンタールには周囲の状況が把握できている、ということはつまり、同じ獣人である俺にもできるということで。
カンタールに追いつき、兄妹の前に立ちふさがる。屈んだ姿勢から伸びあがるようにして全身の力を使い、剣を振りぬく。全身の力が籠った、まさに渾身の剣を金属棒にぶつける。打点より深い、力が乗り切ってない位置にぶつけ、勢いを殺す。衝撃で刀身が欠けるが、棒と剣が鍔迫り合うように噛み合う。
「やるなクソガキ!」
カンタールが頭上から声を降らす。そして体格差、体重差を利用して俺を押しつぶそうと更に力を込めてきた。そこから感じるのは、金属棒の破格の重量と、それを軽々振り回す、カンタールの膂力。
潰されぬように全身に力を込め、瞬間、膝から力を抜く。突如として下からの圧力が消えた棒はそのまま振り下ろされるが、その力を流すようにして刀身を斜に構える。棒が横に逸れ、釣られるように、僅かに崩れる態勢。その隙を突き、相手の指を斬り飛ばそうと、その剣を滑らせる。
「おっと。危ねぇな」
それに気付いたカンタールは、素早く金属棒から手を放し、刹那、右の蹴撃を放ってきた。ローキックを彷彿させるその鋭い蹴りは、中腰姿勢の俺の頭部を刈り取る軌道を描いている。死の軌道から外れるように、一歩後退。兄弟たちの傍へと着くと同時、剣を手放して二人の頭を掴み、強制的に頭を下げさせ、俺ともども地に伏せる。
「うおっ!」
「きゃっ!」
兄妹からは驚愕の声が、頭上からは奪命の風切り音が鳴り響く。空振りした蹴りの軌道を変え、宙に浮いた金属棒に蹴りを入れた。その結果、その重さにも関わらず、棒はその場で高速回転を始めた。立っていた兄妹の頭を砕けるであろう、絶妙な高さ。
剣を拾い上げ、伏せた体勢から地を這うようにして、蹴り足が浮いたままのカンタールに迫る。軸足を狙い剣を水平に振り抜く。されど躱された。残った軸足で跳躍。後退しつつ回避された。回転している棒を回収するという余裕を見せながら。右手のみで振り上げられるは、死を齎す金属棒。
それが落とされる前に、懐からナイフを投げ放つ。黒塗りをした例のナイフだ。それを顔面目掛けて投擲した。艶消ししたこの刃は、この暗がりにおいて最高の効果を発揮するが、それにカンタールは容易に気付く。空いた左手の爪で、ナイフをはたき落とされた。
そこにカンタールに駆け寄る影が一つ。影から放たれた一閃は、巧みに操られた棒を、剣と頭の間に差し込まれ防がれた。高い金属音ではなく、鈍い打撃音が響いたことから、その一撃の重さが窺える。影の正体はソート将軍。ガラスの破片を凌いだ将軍の剣と、両手持ちで防ぐカンタールの金属棒から火花が散る。一際大きな火が飛び散り、ソート将軍が間合いを取った。伸びきったカンタールの右足から、右前蹴りを躱したのだと分かる。更に一歩下がる、カンタールと将軍。必然開く、彼我との距離。
カンタールとの距離が取れた、今こそが狙い目だ。
「先に進め将軍! ここは俺に任せとけ!」
俺の隣にまで下がってきた将軍に言い放つ。
こちらに駆け寄った将軍だが、されど即答せず。油断ならない相手だからこそ、此処で仕留めたかったのか。僅かな逡巡から間が開いたが、そこにリュークの声が響いた。
「先に進むぞ将軍!! ここはエイナに任せるのだっ!!」
威風堂々。将軍の号令に負けず劣らずの覇気に満ちた声を、十歳そこらの子供が放ったのだ。
「我らの目的地はここにあらず! 先導を頼むぞ将軍! 皆のもの!! 先を急ぐのだ!!!」
いつの間にやら立ち上がっていたリュークが、暗闇の中であるにも関わらず、有無を言わせぬ気迫のようなものを放っていた。
「聞いたな貴様ら! 我らには前進あるのみだ! 儂に続けぇ!」
その声に後押しされた将軍が、兵士を纏め上げ、兄妹を守りながら先を目指して走り出した。助太刀を出そうとしていた兵士も踏み止まり、将軍たちに続いて廊下の先へと向かった。
廊下から消え去る直前、振り返ったリュークから声が掛かった。
「頼んだぞ、エイナ」
「任せとけ、王様さん」
その言葉を最後にもう振り返らず、先を目指して走り出した皆。廊下を曲がり姿が消え、将軍たちの足音のみがその行動を示し、それもまた遠ざかっていく。
その行軍に今度は何の横やりも入らなかった。唯一の妨害者であるカンタールの目は、俺のみを見据えている。
「いいのかよ? 先に行くのを許して?」
「ソート相手にもう不意打ちは成功しねぇだろうしな。そうなったらその隙をお前さんに突かれて殺られちまうよ」
確かに、将軍たちを襲っても簡単に倒せないだろうし、それに気を取られている間に俺がこいつを斬ることも可能だろう。それを狙ってたのになぁ。
「それに、ソートとテメェの二人を同時に相手するのは、流石につらいもんがあるからねぇ。自分から消えてくれるってんなら大歓迎だ」
「はっ。俺一人なら殺れるってか?」
先ほどの交差で互いの力量を把握し終え、俺たちは再び対峙した。
「これでも認めてんだぜ。ガキ、お前は俺の敵として相応しいってな」
「そりゃ光栄ってもんだ。お前は俺の敵に相応しくないけどな」
俺は剣を、カンタールは金属の棒を構える。
「どういう意味だクソガキ?」
「まんまの意味だバカ野郎。つかお前の仕事は兄妹の兄貴を殺すことだろうが。優先順位も覚えられないとかマジの動物の方がマシだろうぜ」
暗闇を不利としない俺たちは、自然と間合いを測り合う。
「まーそう急ぐなよ。お前の言うとおり、俺の仕事はそれだからな。すぐ殺してやるからよ。だからいいぞ。死に急がなくても」
「いいよいいよ。どうせこの後、ずっと黙ることになるんだから。最後くらい足りない脳みそフル回転させて沢山喋っとけ。叶わない妄想でもいいから、よ」
この言葉を最後に、俺たちの間から声が途絶えた。辺りから音が消えていき、呼吸音すらもなくなっていく。
闇が光を、音を吸い込み、訪れる暗黒と静寂。
交わった剣戟の火花と音が、それらを破るように、廊下を舞った。




