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新しい暮らし・1

 軍の本部は首都ムガールにある。一つの島をカルゼン公国と二分する形になっているザムザ王国が保有する軍隊は海軍と陸軍に分けられ、それぞれ上から本部、東支部と西支部、そして支部ごとに第一部隊、第二部隊、第三部隊に分かれている。


 新米であるラルフが配属されたのは、陸軍西支部の第三部隊だ。西支部はその名の通り、首都を中心として東西に国を分けた場合の西部分の警護にあたる。ラルフの故郷、モニールもその守備範囲に入っていた。第三部隊は主に新人の訓練用の部隊で、最初は各支部揃って訓練をする。そのため、宿舎として割り当てられたのは、陸軍本部にある寄宿舎だった。


 首都ムガールまで馬車を乗り継いで、ようやく軍本部の前に辿り着いたのラルフは、その建物の高さにため息をついた。モニール村の建物はほぼ平屋だった。たまに背の高い家もないことはなかったが、それは天井が高いというだけだ。しかしここは景色から違う。五階建ての建物が並び、空はその隙間からしか見えない。感動するのと同時に感じたのは息苦しさだった。


 堅牢とした入り口で、ラルフが通知書を見せると大柄な男性が呼び出されてやってくる。


「俺は、本部第3部隊の隊長、ランディスだ。君たち新人の教育係を担当している。よろしくな」


「はい、よろしくお願いします!」


交わした握手で感じるのは、その男の逞しさだ。背丈はラルフとそう変わらなかったが、体の厚みが全く違う。掌でさえも、握り合いをしたらおそらく潰されるだろうと思えるほど筋肉質だ。


「部屋は二階の二〇五号室。基本、新人は相部屋だ。お前の同居人はもう来ているから、そいつから宿舎のことは聞くといい」


「はい」


「起床は六時、全員で体操を済ませた後、朝食は七時だ。軍の訓練の合間に、宿舎の掃除、シーツの洗濯等が当番制で回ってくる。まあ、習うより慣れろだ。頑張れよ」


 ランディスは何気ない調子でラルフの背を叩いたが、その力は強くラルフはむせてしまう。今日は荷物の整理をしろと言われ、慣れない階段を興味深く上っていると、後ろから軽やかな足音が聞こえてきた。

 

「お、アンタか。俺の同室ってヤツは」


 深緑の軍服を着た若い男だった。黒みがかった茶色の髪と同色の瞳、鼻筋が通っており唇は薄い。一瞬目を引くような好男子だ。隣に立たれて、背はラルフのほうが少し高いということが分かった。


「俺はラルフ。年は十五歳です。よろしくお願いします」

「そんなかしこまるなって。俺も同い年で同じ新人だから。名前はコルトだ。よろしくな」


 コルトはさっぱりした調子の話しやすい男だった。


「同室が来たから案内してやれって、隊長が。俺は一昨日来たんだけど、まさか入隊式前から訓練に参加させられるなんて思わなかったからさ。アンタが来てくれたお陰で抜け出せてラッキー」


 さっぱりというよりは軽いかもしれない。ラルフは自分とは違うタイプのこの男に面食らった。コルトは浮かれた調子で部屋までラルフを案内すると仰々しく礼をしながら「どうぞ。我らの城へ」と手招きする。


「俺と同室なんて、お前はついてるぜー。快適に暮らすために俺色々持ってきたからさ」


 ラルフは部屋を見渡してぎょっとする。

 そう広くはない部屋の向かって右側に二階建てのベッド、左側には簡素な机が二つ並んでいる。何もない片方の机とは対照的に、奥の窓際の机には書物が山のように乗り、手持ちのランプが数種類、何に使うのかも分からないような機械類が置いてあった。


「凄いな。こんなの、田舎じゃ見たことない」

「俺はさ、首都の西隣のバナーって町から来たんだ。ゼンマイ仕掛けの研究している爺さんがいてさ。試作品を一杯くれるんだよな。これでも捨ててきたんだぜ? 等身大のゼンマイ人形とかもあったんだから」

「へぇ」


 もはやどう反応したらよいかも分からない。ラルフはどぎまぎしながら、手前の机に荷物を置く。


「服はここ。洗濯は自分でだ。干場は屋上にあるけど、自分のが分からなくならないように、名前入りのハンガーを使用すること。メシは食堂で通いのおばちゃんが作ってくれる。時間厳守だ。遅れるとありつけなくなるぞ。……そのくらいかぁ? あ、ベッドは俺が上な。早いもん勝ちだ」

「うん。それはどっちでもいい」


 一気にまくし立てられると、頭の上を上滑りするだけで入っていかない。


「えっと、名前入りのハンガーって」

「ほら、ここにハンガーあるだろ? 自分でネームプレートをつけろってこと」

「じゃあ、メシの時間は……」

「七時、十二時、十八時。夜食は出ない。俺、初日は腹減って死にそうだった。外出日に日持ちのする食いもん買ってこなきゃダメだって絶対」

「それは、……いいのか?」

「良くなくても食わなきゃ死ぬじゃん」


 コルトはけろりと笑ってみせる。どうも持ち物といい言動といい、それなりに裕福な出の男のようだ。


「分かった」


 ボソリと告げて荷物を広げると、コルトが遠慮もなく覗きこんでくる。


「これだけ? 少ねぇなぁ」

「俺にはどうして他にそんなに必要なのかが分からない」


 二人は顔を見合わせた。どちらも言動に他意はなく、本心からそう言っているのがわかる。


「ラルフって真面目?」

「さぁ。俺はこれが普通だと思ってた」

「俺も自分が普通だと思ってるぜ?」


 咬み合わない二人の会話は、なかなか終わらない。けれど、ラルフは自分と全く違うタイプのこの男のことが気に入った。賑やかなコルトと一緒にいると、故郷のことを思い出さずにいられるんじゃないかと思えたのだ。



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