旅立つ理由・4
市場の仕事は朝が早い。シーナは一番に家を出て行く。
「じゃあ行ってきます」
「気をつけてね」
見送ったラナが家に戻ると、ラルフが神妙な顔で立っていた。
「おばさん」
「なんだい、朝から真面目な顔して。暇なら薪でも切っておくれよ」
「話があるんだよ」
敢えてはぐらかそうとするラナに、ラルフは座るように促した。
「やっぱり俺、軍に行こうと思ってる」
「……やっぱりかい。アンタは、私に甘えてはくれないのかい?」
ラナは悔しげに視線をそらす。ラルフは首を振って彼女を見つめた。
「そんなことはないよ。おばさんには感謝してる。俺はおばさんを本当の母親みたいに思ってるよ。でも、軍に入りたいんだ」
「ラルフ」
ラナの顔が歪んで、ラルフは胸が付かれた。
「そりゃ、あたしに反対する権利がないのは分かってるよ。でも、……寂しいじゃないか。あたしは、……アンタを頼りにしてたんだ。それなのに、また家族を失うことになったら」
ラナの声はかすかに震えていた。五年間、空いてしまった穴を埋めるためにラナも必死だった。ようやく得た安定した日々を、再び失うと思うと耐えられない思いだった。
しかし、ラルフの意志は固い。ラナの手を労るように包んで、ラルフはポソリと力ない声を出した。
「俺、シーナのいい弟でいられるうちに、ここから離れたいんだ。……家族でいたいから離れるんだよ」
「え?」
ラナが顔をあげ、驚いたようにラルフをマジマジと見つめる。
「ラルフ、……シーナが好きなのかい?」
「いつの間にかね。でも、おばさんもわかるだろ? シーナにとっては俺は弟だって」
「……馬鹿な子だねぇ」
苦笑したラルフに、ラナは泣き笑いになった。
「シーナには内緒だよ」
「わかってるよ。……そんな理由じゃ、止めるに止められないじゃないか」
ラナは涙をぬぐうように腕を振り上げると、横を向いた。
「……分かったよ。でもなにも軍に入らなくたって」
「軍が一番安定してたんだよ。それに、もし何かあったら、俺はおばさんやシーナを守りたいんだ。力をつけるのに一番手っ取り早いのは軍で鍛えてもらうことだろ?」
「ホントに……馬鹿だねぇ」
震える声が、涙で崩れた。
「……いつでも帰っておいで。アンタの家はここだ。帰ってこなきゃ怒るよ」
「うん。ありがとう」
「馬鹿息子なんだから。……心配だよ、あたしゃ」
ラルフは、泣きながらそういうラナを抱きしめた。夫を亡くし親友を亡くし、それでも子どもたちを育て上げた強い女性。ラナに引き取られて本当に良かったと心から思う。
「離れている間に、俺にも新しい出会いがあるよ」
「そうだね。シーナもその頃にはきっと結婚してる。会うのが平気になったら、必ず戻っておいで」
「……うん」
そんな風に違う人生を歩むのがきっと一番いいのだろうとラルフは思った。
それからの日々は、慌ただしく過ぎていった。軍部はいつでも入隊可能で、申し入れをすると卒業と共に入営するようにとの通達がすぐにやってきた。
勝手に決めたラルフに、シーナはまだ不満そうな顔をしていたが、ラナの口添えがあるのかラルフに直接反対を訴えることは無くなっていた。
そして出発の日、シーナはラルフをあの星見の丘へ呼び出した。
「なんだよ、シーナ」
敢えてつっけんどんにラルフは彼女から距離を置く。別れを前に、自分が暴走しない自信は無かった。
「ラルフ、約束してよ」
「なにを」
シーナは小指を差し出した。指きりの合図だ。
「軍に入って、もし戦争が始まっても、自分の命を粗末にしないこと」
「実戦でそんなわけにいかないよ」
「いいの! 約束」
シーナは無理矢理ラルフの小指と自分の小指を絡めると、ブンブンと振った。
「卑怯者って言われても出世できなくてもいいから、何かあるときには必ず、自分の命を一番に守ること」
「……無茶苦茶いうなぁ」
「うるさい。言うこと聞いて」
シーナの瞳は潤んでいて、強気な口調も涙声だった。
「約束。お願い」
「わかったよ」
ラルフは指切りをすると、シーナの細く小さな体をゆっくりと抱きしめた。恋愛感情を感じさせないようにこわごわと優しく。
「……ありがとう、シーナ」
シーナがいてくれたことで、どれだけ孤独から救われたことだろう。こんな風に離れることでしか守れない情けない男だけれど。俺は本当に君が好きだったんだ。
目を瞑って心の中だけで告白する。次に目を開いた時には自分も泣いているのが分かった。
「元気でね、ラルフ」
シーナはそんなラルフの背中をぽんぽんと叩く。自分だって泣いているくせに、姉のような仕草で。
――――これがシーナの答えだ。
ラルフは顔をあげて、精一杯の笑顔を作った。二人はラナの酒場まで戻り、そして皆に見送られて、ラルフはついに旅立った。




