新しい暮らし・2
軍の入隊式は、ラルフの到着から二日後に行われた。今期の入隊者は、男子二十、女子五の計二十五人だ。その数が多いのか少ないのかはラルフには判別出来なかったが、コルトによると戦後の志願兵数はグッと減ったのだそうだ。
式典の挨拶に、国王陛下ザルク様と王子殿下タクト様が出席すると聞き、ラルフは何故か緊張した。王室の人間を見るのはこれが初めてだった。
式典が始まり、ラルフたちは揃いの制服に身を包み一糸乱れぬ隊列で並んだ。式典時の態度については、この数日間でしこたま仕込まれた。上官の咳払いなど聞こえたら、隊列の乱れを指摘されてるのではとビクつく程だ。
そのうちに、軍服に身を包んだ王が壇上で一歩前に出た。確か年齢は四十二歳。ヒゲを蓄えているからかもう少し年配にも見えた。凛とした表情で知性がありそうに見えたが、その堂々たる軍服姿とは対照的に頻繁に咳き込む姿も見られた。病弱なのかもしれないと疑ってしまうほどだ。
王子はまだ十歳前後の少年で、オドオドとした様子で何度も隣に立つ大臣や父親である王を見つめていた。
「諸君、本日は入隊おめでとう。国を守る志を持ち、意欲にあふれた君たちを私は誇りに思う」
王の挨拶に、皆が身を引き締める。話は国の成り立ちから隣国カルゼン公国との戦乱にいたるまでについてだった。その大体は学校で習った通りの内容で、まとめるとこうだ。
大地神タクタの怒りとも言われる大地震の時、この島は大陸から分断された。過去の遺物の殆どは崩れ落ちた大地とともに失われたか波にさらわれたかしてその原型を失っていた。
しかし人は生き残った。文明のほとんどを奪われても人は知恵を失ってはいなかった。唯一残った遺跡に神を祀り、家を建て、畑を作り始める。やがて集落は大きくなり、島全土へと広がる頃、一人の巫女が神託を告げたのだ。“ここに国を興せ”と。その巫女が選んだ王が初代ザムザ王で、城の築城とともに国は繁栄していった。
タクタ神の加護のもと、ザムザ国は繁栄の一途を辿っていた。しかしどこにでも不穏分子はいるものだ。島の西、海際の町に海の神シールの神託を受けたと発言する巫女が現れた。タクタはシールから生まれいでたものであり、タクタ信仰はシール信仰に帰属するべきであると主張し始めたのだ。それを推し進めたのが当時のカルゼン侯爵。もともと、カルゼン侯爵は近代化を主張し、自然を尊重すべきであるというタクタの教えには反感を持っていた。シールの神託をいいように利用し、反乱を企てたのだ。
結果、カルゼンは侯爵の位をはく奪された。するとそれを不服とした彼は、賛同する仲間の多かった西の海側の地区を持ってカルゼン公国という国を興した。これが、この島に二つの国が存在する理由である。
国が二つに分かれたことで、タクタ神の怒りをかったのか。その年、水害がこの島を襲った。まるで揺さぶりをかけるように、ある年はザムザ王国に、またある年はカルゼン公国にと交互に大被害に見舞われる。それは手を取り合うチャンスにもなったはずだったのに、二国は戦争のチャンスにしかしてこなかった。
災害が収まったのは十年前、現ザムザ国王が聖地タクタの丘の遺跡を“祈りの神殿”として再建した後だ。ザムザ国民はこれによってタクタ神の怒りは収まったものと考えたのだ。
その聖地に目をつけたのが、カルゼン公国のカルゼン三世だ。災害が収まったことをうけ、この祈りの神殿を奪うことが島全土の制圧へと繋がると考え始めた。そして、聖地を奪うべくはじめられた戦争が、ラルフの両親を奪ったあの戦争だ。
戦争は五年ほど続いたが、両国とも国力の衰えに歯止めがかからなくなり、不本意ながら休戦協定を結んだ。
そして更に五年が経ち、現在に至るというわけだ。
「ごほっごほっ…しかし、最近カルゼン公国では不審な動きが見られる。他大陸の武力勢力から武器を調達する動きがあるらしい。またいつ戦争がはじまるか分からないことを肝に銘じて、訓練に励み、立派は戦士になるように。私は君たちに期待している」
国王の締めの言葉に、全員が最敬礼する。軍の上層部が顔をあげるのを気配で確認してから上体を起こす。
その後、軍上層部の挨拶や規則の説明などが行われた後、着替えの為に一度部屋へと戻された。
「なんで、近代化の話は話し合いとかでおさまらなかったんだろうな」
ふと思った疑問をコルトにぶつけてみると、彼は肩をすくめて笑った。
「大人のケンカってのは、難しいんだろ」
深く考える気はないんだな、と解釈しつつ、そんな喧嘩の延長で殺された両親のことを思うとラルフは胸が苦しくなる。国はどうして戦争をするのだろう。戦った先に何が得られるのか、ラルフには分からなかった。
*
それからは訓練の日々が続く。早朝から暗くなるまでの訓練に、体はクタクタになり夜はよく寝れた。がむしゃらにやっていた自己流の訓練よりはるかに効果があることも、数週間で実感できた。何より良かったのは、戦う相手がいることだ。攻撃の読めない相手との模擬戦闘は、自分だけの訓練では得られない判断力や予測力を高めてくれた。
「手紙か?」
夜、ランプの明かりをつけて便箋に向かっていると、コルトが冷やかすように覗いてくる。
「ああ。……でも」
ラルフは書きかけの便箋をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ捨てた。
「なんだよ。俺読んでねぇぞ。ラブレターだったんじゃないのか」
「違うよ。……でも、何を書いていいか分からないから」
離れれば少しは変わるかと思っていたシーナへの感情は、ここに来てむしろ大きくなった。思えばこれまで、生活全部にシーナが関わっていたのだ。食堂の料理を比較する対象はシーナの料理だし、訓練終わりにふと思い出すのは、いつも迎えに来てくれた彼女の笑顔だ。離れて分かったことは、シーナは自分にとって、ただの家族でもただの好きな人でもなくて、自分の一部のようなものだったのだということだった。
手紙をまとめ上げるのに一時間ほどかかった。
はじめての長期休暇の時には村に帰ると約束していたけれど、忙しくて帰れなくなりました、という内容だ。それに、初めて出た給金の一部を仕送りとして送る。
離れて気持ちを落ち着けるつもりだったのに、気持は募る一方で、シーナに会うのが怖かった。
数日後、返事が届く。
『仕送りなんていらないから、帰ってきなさい』と書かれた内容に、ラルフは苦笑するしか無かった。
シーナが縫ったというシャツが同封されていて、ラルフはそれを大切に仕舞いこんだ。




