蝶の膝2
自分の膝に誰かの頭があると言うことは私を緊張させた。
何となく膝に力が入ってしまう。
先程まで空中で迷わせた両手は今、重ねて信長の右肩に添えてある。
添えてあるというか『乗せてある』。
信長の顔を覗き込むと先程と同じく目をつぶったままだ。
だけど、眠ってはいないようだ。
私は声をかけるのに戸惑いを感じたが勇気をだしてみた。
「……信長様、眠っていらっしゃらないのでしょう?」
辺りは妙に静かだ。
そのせいか自分の声がよく響いたように感じる。
信長がゆっくりと瞳を開ける。
二人の目が交わる。
「何をしに、私の部屋へ?」
私は聞いた。
「…妻の部屋を訪れるのに理由がいるのか。」
信長は聞いた。
少し考えて私は首を振った。理由はいらないかも。
「ただ、いつもとはご様子」
私は言葉を途中で止めた。
この先は言わずとも伝わると思ったから。
「考え事じゃ。」
信長は目を閉じそう言った。
「お濃、そなたの近くは不思議と心地良い。」
この言葉を最後に信長は喋らなくなった。
今の言葉は誉め言葉だろう。褒められて悪い気はしない。私はもう少しだけ『膝を貸してやろう。』そう思った。
足は痺れていて今すぐにでも足を投げ出したいが。
もう少しだけ我慢しよう。
そう思う自分が何だかおかしかった。
信長が起き上がったとき私の足は感覚を無くしていた。
信長から膝を返してもらってすぐに私は両手を前について畳とにらめっこした。
変な汗が背中を流れる。
大きなあくびをしながら背伸びをしていた彼はそんな私に気付くと悪い顔をした。
「お濃、今日は天気が良い。庭でも散歩しようぞ。」
私は泣きたくなった。
そろそろと顔を上げると信長の裏のある笑顔が待っていた。
「……の、信長様…私今日は気分がすぐれま」
せん。っと言う前に信長は私の言葉に被せて言った。
「今までそのような様子はなかったがなぁ、熱でもあるのか。」
そう言って彼は私のおでこに手をあてた。
「熱はないな。」
そんなこと、おでこを触らなくても分かってるくせに。
そう言おうとした瞬間、痺れた私の足に信長が優しく触れる。
「あぁっ!!!」
私は泣き崩れたように畳みに顔を押し付けた。
頭の上から「すまぬすまぬ。手があたった。」馬鹿にしたような笑いがこもっている。
あまりの痺れに私は両手を強くにぎりしめた。
心なし涙が出そうになる。
悔しい。信長の様子がいつもと違い、優しさで膝を貸したのに。
こちらに生まれて数十年、こちらで生活し、成長してきたのだ。
常に正座なのだから体が慣れ、痺れることはほとんど皆無だ。
だがひざ枕など初めてだし、痺れるのは仕方ないと思う。
ずっと動けないだけでなく、頭の重みがあるのだから。
だが、妻として部屋の入口までは送らなければ。
私はふるふるとふるえるのを押さえ、顔を上げた。
意地で見送ってやる。
「殿、散歩はまた今度にいたしましょう。」
「そうだな。天気も崩れてくるかもしれぬな。」
「そう、ですね。」
今日は、快晴だ。信長は私をからかっている。
私は微笑を張り付け右の足に力をいれて立ち上がった。
左の足も同じく地につけた。
はい上がってくるような痺れが痛い。
本当に頑張って立っている。
信長は悪戯が成功した子供のように笑っている。
腹立たしいが、しびれと戦うので精一杯で嫌みを返す余裕もない。
「ここでよい、早くかげんがよくなるとよいな。」
見送りを拒否し、どすどすと部屋を後にする。
私は立ったまま、しばらく動けなかった。
「うぅっ。」
よく我慢した、自分。
少し痺れがとれたように感じ左手どふくらはぎをさする。
何だか視線を感じ、顔をすっとあげると、去ったとばかり思っていた信長が笑いを顔にのせ見ていた。
さすっていた左手も動きを視線にとめる。
「お濃、そなた負けん気が強いな。」
その言葉を残し、今度こそ本当に歩いて行った。
私が油断した時に、戻ってきたのだろう。
「・・・なんて、意地の悪い。」
心の底から出た言葉だった。




