別れの蝶3
私は光秀様との練習場所で、光秀様を待っていた。
いつもみたいに二つ並んだ岩に腰掛けていると、刀の稽古をしたくなる。
光秀様はいつも決まった時間に来る。時間に遅れることや嘘をつくこと、大抵の人間が生きていく上で起こしてしまう些細なミスを光秀様は自分が行ってしまう事を嫌い、避けた。
私が光秀よりはやく来た事なんて片手で足りるくらいの回数しかない。
そしてここへ来るのは久しぶりだった。
嫁ぐ用意でそれどころじゃなかった。
だから光秀様と会うのも久しぶり。
光秀様がどんな反応をするか楽しみだ。
久しぶりなうえにいつも遅く来る私が早く来ているんだ。何らかの反応があるはずだ。
「姫様。」
私は普通にかけられた声に逆にびっくりした。
振り返ると光秀様が練習用の竹刀を持って突っ立っている。
六歳年上の光秀様はさすがに体格もいいし、いつもキリっとしている。
だけど久しぶりに見たせいか少しやつれたようにも見える。
彼は最初の場所から動かずこちらを熱心に見ている。
私はいつもと違う彼の様子に居心地の悪さを感じる。
なんだか今まで見たことのないような顔で見つめられている。
そう思うと何だかいたたまれない気になった。
光秀様は小さく「昔」と呟いた。
そして目を軽く私から外し、続けた。
「昔、姫様にどうして武士になるのか、どうして私がならなければならないのか。お聞きになりました。」
私は記憶をたぐりよせ、思い当たる事があったから小さく頷いた。
「姫様はどうしてあのような事をお聞きになったのですか?」
いきなりの光秀様の変化について行けない私は言葉が出ない。
言葉が見つからない。
だから首を左右に振った。
「自分でも分からない。」
そう伝えるために。
光秀様は自嘲的な笑いをしたあと、やつれた顔が真剣さと哀愁をおびた顔になった。
私は緊張から、訳のわからない状況に混乱する。
緊張が溶けたことにより失った言葉がよみがえったように口からこぼれおちた。
「…どう…したの?
いつもの…光秀様じゃないみたい。」
すると光秀様は私をしばらく見つめた。
そして弱々しい声で小さく言った。
「お答えします。私は誰か、自分の大切なものを守るために武士になります。」
一度顔を背けそして今度は強い目で、決心した顔で強く言った。
「大切なものを守るため、強くなります。」
決意の篭った瞳。
気づいたら、私は答えていた。
「光秀様なら、きっとなれます。そんな武士に、なれます。」
光秀様は若干驚いた顔をしたあと、いつもの柔らかい笑いを浮かばせた。
久しぶりの光秀様の笑顔。
私もうれしくなってつい、笑顔になった。
私はずっと大きな石みたいに動かない光秀様に近づいていった。
「約束よ。絶対大切なものを守る事ができる武士になって。」
私は光秀様の前に立ってそういった。
「はい。」
光秀様は頷いた。
私は光秀様に手を差し出した。
一瞬考えたあとゆっくりと光秀様は私の指に手を絡めた。
光秀様がぽつりと言った。
「姫様も約束してください。絶対に幸せになると。」
私は一瞬考えた。
どうすれば幸せになるかなんて分からなかった。
知らない所へ嫁ぐし、幸せになれるかなんてわからない。
約束するには、荷が重い。
だけど、父の愛と母の愛。
二人から注がれたこの愛があればこの先の人生だって上手く歩める気がする。
だから私は
「約束」をした。
光秀は大切なものを守る事ができる武士になること。
私は幸せになること。
自然の香を運ぶ風は頬に気持ちよく当たっていた。
空には静かに雲が流れていた。




