第6話 【マールストーナ学院】
「──お嬢様〜? 朝ですよ〜!」
「……んん……うるひゃい……」
「うるひゃくありません。そろそろ起きないと、遅刻してしまいますよ」
朝からうるさいメイドが私の毛布を奪おうとしてくる。阻止しようと両手で掴んだが、彼女の細腕からは想像もつかないほどのパワーで無理矢理剥がされた。このゴリラ女め。
カーテンはすでに開かれ、窓からは朝日が差し込んでいる。寝ぼけまなこにはかなり眩しい。目を細めながら、のそりと身体を起こす。ゆっくりとベッドから降りて、そのまま足を引きずるように歩き、鏡の前の椅子に座る。
「寝起きのお姿もかわいいですね〜。ふっ、ふへへっ……!」
気持ちの悪い笑い声を漏らしながら、ルーナが背後につく。もはや慣れたものなので気にしない。彼女は櫛を手に取り、私の寝ぐせを整え始める。
マールストーナ学院。マールストーナ領の中央にある豪奢な建物がそれだ。私はその学院に通う1年生。今日は登校日である。ちなみに、兄とルーナもマールストーナ学院に通っている3年生だ。
「……面倒くさい。勉強なんてしたくない。早くお兄様の代打ちがしたいわ」
「とか言いながら、成績はトップクラスと伺っておりますけど」
「仕方なく授業は受けているからね。一回聞けばなんとかなる程度のものよ」
とは言ったものの。知識は人間にとって武器。動物でいう牙や爪のようなもの。あるに越したことはない。……まあ勉強が嫌いなことに変わりはないが。
* * *
学院の入り口。漆黒の外套、その内側に蝋のように白い制服を身に纏った生徒たち。門をくぐりながら、チラチラとこちらを窺ってくる。
いつものこと。日常茶飯事だ。なにせ私は、このマールストーナ領の領主の娘なのだから、自然と顔は知れ渡っている。隣のルーナも何食わぬ顔で歩いている。
「それではお嬢様。わたくしはここで」
校舎の入り口まで来ると、ルーナが一礼した。そして、懐から私の鞄を取り出してこちらへ差し出す。
「ありがとう。またお昼ね」
鞄を受け取り、校舎へと入る。後ろから気味の悪い呻き声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。
──魔法というものは、誰しもが扱えるものではない。素養のある人間が、そこからさらに特別な訓練を経てようやく扱えるようになるといったもの。もしルーナのアレが魔法によるものなら、彼女もまた変わった出自なのかもしれない。
「リオラ! リオラ・プレスコット!」
「……?」
ふいに名前を呼ばれ、声の方へ振り返る。ふわふわの長い赤髪に、緑の瞳。身長は私より少しだけ高い。見慣れた顔だった。
サンドラ・ローレライ。私の同級生だ。彼女とは中等部からの知り合いである。領主の娘である私に対して、臆することなく話しかけてくる変わり者。好きなものは辛い食べ物、嫌いなものは甘い食べ物。正直ウマが合わないと思っているが、なぜか彼女は私のことを気に入っているようだ。こうして事あるごとに話しかけてくる。
「おはようサンドラ。今日も健康そうね」
「私はいつも健康よ。あんたが一際病気っぽいだけってコトよ」
……酷い暴言だな。たしかに普通にしているだけで『睨んでるみたい』とはよく言われるけども。相変わらず、デリカシーのないやつ。
「……何か用事?」
「ええ。ただ今朝は時間がないから、お昼に話したいってコトなのよ。昼休みに、中庭まで来てほしいってコトよ」
ええ……。なんだか面倒ごとのにおいがプンプンするな。ただ、断っても後々付きまとわれるのは目に見えている。この間なんて、校内でシャワーを浴びている時、シャワー室の上から侵入してきたからな。
「分かった。ご飯を食べながら待っておくわ」
「フフンッ♪ それじゃ、またお昼にってコトよ!」
サンドラは上機嫌で去っていった。可愛らしいといえば可愛らしいが、妙な口調が玉に瑕といったところか。
……それにしても何の話をするのだろうか。彼女のことだから、ロクな話じゃない気がする。
* * *
昼休み。私は中庭のベンチに腰掛けてフルーツサンドを食べていた。両隣には兄とルーナ。正直狭くて居心地が悪い。
「なかなか来ませんね、サンドラ様」
「ほんとだよ。自分から呼び出したクセに……」
昼休みはすでに半分を回っていた。サンドラは未だに現れていない。普通こういうのは、呼び出した方が先に到着して待っているものじゃないのか? 苛立ちを抑えるように、手の中の甘味を口に入れる。
しばらくして、サンドラがこちらへ歩いてきた。急いでいる様子はなく、チンタラと笑顔で歩いている。
「ご機嫌よう、皆さま」
「『ご機嫌よう』じゃない! 待たせすぎ!」
「ちょっと道に迷っただけってコトなのよ。器の小さい女はモテないってコトよ?」
遅れておいて、反省するそぶりすら見せないようだ。というか、道に迷うって何だ。もうこの学院に通い始めて2ヶ月経つだろうが。
「……まぁいいわ。話したいことって何?」
「フフンッ♪ ちょっとあんたに頼みがあるってコトなのよ」
「ああ、はい。お断りします」
この間は激辛料理を一緒に食べに行かされた。サンドラの頼みを安請け合いすれば、痛い目に遭うことは明らかだ。『辛い』という味覚は存在しない。あれはただの痛みだ。その痛みに喜びを感じる変態には付き合っていられない。
「まあ、聞きなさい。タダでとは言わないってコトよ」
「……?」
「──私と賭けをしない? 私が勝ったら私の頼みを聞いてもらう。あんたが勝ったらあんたの頼みを聞くってコトかしら」




