第7話 【リオラvsサンドラ】
「賭け?」
私に賭けを挑もうとは、命知らずなやつだな。とはいえ、何やら自信ありげな様子。勝つ算段はついているといったところか。
……まぁ、やぶさかではない。勝った暁には、この間の意趣返しとして、ケーキ屋に同行してもらうことにしよう。
「やめておいた方がいいよ? リオラ、賭けごとにはめっぽう強いから」
……余計なことを言うな。そんな調子だから、この間のようなことになっていたんだぞ。まったく……兄のこういった変に真面目すぎるところは、かえって欠点だな。
「……別に構わないのだけど。“頼み”って何なのかしら?」
「まさしく賭けに関する話なのだけれど、詳しくは私が勝ってからのお楽しみってコトよ」
──賭けに関する話? なんだそれは? 気になるな。なるほど、だから急に『賭けで決めよう』なんて言い出したのか? 賭けなんて、今までしたことなかったもんな。
「賭けの内容は?」
「フフンッ♪ よくぞ聞いてくれたわね。じゃあ、ルールを説明するってコトよ。トランプを使ったゲームってワ〜ケ」
サンドラは懐からトランプの束を取り出した。その束から1枚をスッと抜き取って私に手渡す。
「まず、トランプをあんたと私でシャッフルする。次に、裏向きのまま私が広げてみせるから、あんたはその中から1枚、カードを抜き取るってワケ。そのカードをあんただけが記憶して、もう一度山札に加える。シャッフルの後、私が山札を表向きにして中身を確認する。その中から、あんたが抜き取ったカードを言い当てられたら私の勝ち、間違えたらあんたの勝ちってコトよ」
……普通に考えて、カードを言い当てられる確率は相当低い。にも関わらず、サンドラのこの顔。見ていると腹が立つほど、にんまりと笑っている。何かタネがあるのは間違いないだろうな。
「一つ、疑問というか。ゲームを成立させる上で大事なことがあるのだけれど」
私は受け取ったカードをサンドラに投げつけた。サンドラはクルクルと回転しながら飛ぶカードを、片手でパシッと受け止める。
「何かしら?」
「あなたが選んだカードが、私が引いたカードだとどうやって証明するのかって話よ。例えば、あなたが正解していても、私が嘘をついて『違う』と言う可能性はあるじゃない」
「なるほど、言われてみればそうね。なら、トロイさんとルーナさん、2人に立ち会っていただきましょうか? 3人で、リオラが引いたカードを確認してもらうってコトよ。もちろん、あなた方2人が贔屓をしないという前提ってワケだけど」
「そういうことらしいから、お願いしてもいい? もちろん、贔屓はなしでね」
「かしこまりました」
「わ、分かったよ……」
こうして、ゲームは始まった。まずは、サンドラがトランプのデックをシャッフルする。いわゆる、ヒンズーシャッフルと呼ばれる典型的な手法。混ぜ終わると私にデックを手渡す。同じようにシャッフルして、サンドラに返す。
……正直、もうこの時点である違和感を感じているのだが。指摘するのはやめておく。不正と呼べるほどの代物でもないし、何より今の私は負けたいと思っているからだ。
サンドラに負けるのは癪だが、『賭けに関する話』というのは気になる。もし勝ってしまえば、教えてくれないかもしれない……というか、サンドラの性格を考えるとほぼ間違いなく教えてくれない。ケーキ屋に連れて行くのは、またの機会ということにしよう。
「じゃあ、1枚引いてちょうだい」
サンドラはカードを裏向きのまま扇状に広げる。私はその中から適当に1枚引いてみせた。そして、サンドラには見えないように、隣にいた兄とルーナと一緒に中身を確認する。カードは『クラブの3』だ。
「しっかり覚えてね〜。3人とも忘れちゃだめってコトよ?」
「……よ、よし。僕は覚えたよ」
「わたくしも覚えました」
「私も大丈夫。で、戻すのよね?」
「ええ。この山の真ん中あたりに入れてちょうだい」
サンドラはまとめられた山札を私の前に差し出す。……先程とは別の違和感。山札をじっと見つめる。
……なるほど。おそらくはそういうことだろう。確証はないが、大方トリックの見当はついた。まったく、くだらないことを思いついたものだな。
「……どうかした? もしかして、山札の真ん中というのが気になるってコトかしら? 別に1番上でも1番下でも構わないってワケなのよ」
「いや、別に? じゃあ、入れるよ」
私は最初の指示通りに山札の真ん中あたりにカードを入れた。……私の推測が正しければ、カードの位置など問題にならないだろう。白々しいやつめ。
サンドラは再びカードをシャッフルし、私へと回す。私も同じようにシャッフルし、サンドラへ返す。
「よしっ! じゃあ、私が選ぶ番ってコトよ!」
サンドラは意気揚々とカードの中身を確認し始める。一通り見終わったところで──なぜか私の目の前までズイッと歩み寄ってきた。そして、顔を近づける。息がかかってしまいそうなほど接近している。
「……何?」
「今あんたが頭に思い浮かべているカードを読み取ってるってコトなのよ」
「サンドラ様! 近すぎます! 離れなさい!」
喚くルーナは無視して、サンドラを睨みつける。やれやれ、しょうもない演出だな。心が読める魔法でも使えると言いたいのか? なら試しに、違うカードを思い浮かべてやるか。
ダイヤの8ダイヤの8ダイヤの8ダイヤの8ダイヤの8ダイヤの8ダイヤの8ダイヤの8ダイヤの8ダイヤの8ダイヤの8ダイヤの8……
「なるほどなるほど。読めたわ、あんたの頭の中。私にはお見通しってワケよ」
サンドラはデックから1枚のカードを抜き取る。そして、私たち3人に向けてカードを開示した。
──クラブの3。サンドラは見事に私が引いたカードを的中させてみせた。
「おお! 当たってる! ホントにリオラの心を読み取ったの!?」
「ええ。さっき目を合わせた時、はっきり聞こえてきたってワケよ。『クラブの3クラブの3』と頭の中で連呼するあんたの声が」
連呼してたのは当たりだけど、カードは間違ってるけどな。このイカサマ野郎め。イカサマを指摘する気はないけど、推理の確証は得ておきたいな。
「ちょっといいかしら?」
「ん? なあに? まさか、もう一勝負してほしい、な〜んて言い出すってコトかしら?」
「いや、そうじゃないの。少し、そのデックを見せてくれないかしら?」
「えっ!? なななななっ! なんで!?」
アワアワと目を泳がせ、口をパクパクさせている。こんなあからさまに動揺できるもんなんだな、人って。
「ほら、“マークドデック”ってあるじゃない? 裏面に識別マークがついていて、表にしなくてもカードの中身が分かるってやつ。それを使ってないか、確認したいってこと」
「あ、ああ。そういうことってワケね。こ、これはいたって普通のトランプよ。ほら」
サンドラは手を震わせながら、デックを私に手渡す。私はまず、裏面を入念に観察するフリをした。そして──バッとカードを表向きにし、扇状に広げて中身を確認する。
「あっ──! ちょ、ちょっとぉ!」
サンドラは途端に、慌ててカードをひったくった。その反応では、カードの中身に仕掛けがあると言ってるようなもの。彼女はギャンブルにはとことん向かないタイプらしい。
「……特におかしなところはなかったわね。普通のトランプだったわ。疑ってごめんなさい。私の負けね」
「ふ、ふん! そうよ! 失礼なやつってコト! 約束通り、私の頼みを聞いてもらうってコトだから!」
サンドラは頬を膨らませ、耳を赤くしている。……これは怒っているということだろうか? 本当に怒りたいのはイカサマを仕掛けられたこちらの方なのだが。先程カードを確認して、確証は得られたし。まぁ、最初から負けるつもりだったから、怒りなんてまるで湧いてこないのだが。
「……その頼みってのは何なのかしら? 賭けに関する話だと言っていたけれど」
「……私が所属している部活動、『ミステリー研究会』でとある調査をしているってワケ。『マールストーナ学院七不思議』についてなのだけれど」
ミステリー研究会。部員は1年のサンドラのみの悲しき部活動。というか、彼女が立ち上げて大きくしようとしているそうだ。動機は『目立ちたいから』。1年の段階から、自分が中心となれるような手頃な部活を用意したらしい。まあ、動機はともかく高い志を持つことは、素晴らしいと言えなくもないが。
「学院の七不思議で賭けに関する話……それってもしかして」
兄が何かを閃いたように口を開く。……なんだ? 学院の七不思議ってそんなに有名な話なのか? 私は聞いたことがないのだが。
「そう! 学院の七不思議の一つ。『マールストーナ学院裏カジノ』の調査に協力してほしいってコトなのよ!」




