第5話 【代打ち令嬢】
「リオラ! すごいじゃないか!」
「いえいえ、それほどでも……」
「…………」
笑顔の兄とは対照的に、訝しむようにこちらを見るルーナ。まぁ、リオラ・プレスコットとしてギャンブルをしたことはなかったのだから、怪しむのは当然か。……まさか、私に前世の記憶が戻ったことはバレていないよな? ルーナはやたら勘がいいからなぁ。
「……では。お金を受け取って帰りましょうか」
「……ふへっ……ふへへっ……」
アッシュが机に突っ伏したまま笑う。壊れたカラクリ人形を、無理矢理動かしているかのような、不気味な笑い声。身体をのそりと起こし、懐に手を。取り出したのは、1本のナイフ。
「ふむ……」
これもよくあること。ギャンブルに負けた人間が、金を失うことを恐れてなかったことにしようとする。とはいえ、ここは夜の酒場。人目もかなりある。あまりの大敗に、正気を失ったといったところか。
こういった賭け金を踏み倒そうとする輩に対応するため、空手を身につけている。ふらふらで隙だらけ。いくら相手に凶器があるといっても、私が敗ける道理は──
「がっ……!」
「……?」
アッシュの眼球がグラリと揺れた。それと同時に、謎の風圧が私の髪を巻き上げる。彼はそのまま白目を剥いて、ドサリと机に倒れ込んだ。
「──クズめ。無様に敗北しただけに留まらず、お嬢様に手をあげようとするとは。恥を知れ、下郎が」
振り返ると、箒を手にしたルーナ。箒の長さはルーナの身長と同程度。おそらく、あれでやつの顎を打ったのだろう。
忘れるところだったが、ルーナは謎に強い。彼女の強さのルーツ……それもやはり、謎である。私が12歳の時、当時15歳だったルーナは、マフィアに誘拐された私を救うため単独でアジトに乗り込んで、組織ごと壊滅させたこともある。前世の記憶を思い出した今でも、彼女には勝てる気がしない。
……というか、その箒は本当にどこから取り出した? それを懐にしまっておくのは、物理的に不可能だろう。
ルーナは箒の先端を懐に突き刺すようにして入れた。すると、するすると吸い込まれるように、箒が入っていく。やがて、箒はすっかり懐にしまわれてしまった。
──やはり物理的にあり得ない現象だ。となれば、彼女が扱う『魔法』による作用だろうか? まあ、あれこれと探られるのも気持ちのいいものではないだろうし。黙って机の上のお金を回収して退散することにしよう。
* * *
夜の街を三人で優雅に歩く。お金に関しては、ルーナの懐にしまわれている。今日だけで約50万ギルの儲け。ギャンブルに勝った日の夜ほど気分の良いものはないだろう。
「お嬢様?」
「ん? 何かしら?」
「賭けごと、初めてじゃないですよね?」
「いいえ? あれが初めてよ?」
「いや嘘ですよね? 初めてであんな風にジョーカーを引かせるのなんて無理ですよ」
「うーん。たまたま上手くいっただけじゃない?」
……やれやれ。ズケズケと面倒くさいなぁ。『頭を打って前世の記憶を思い出した』なんて言っても、信じてもらえないだろうし。なんなら余計面倒なことになりそうだ。
「リオラ」
「何ですか、お兄様」
「もしキミさえよければ、今後も代打ちをお願いできないかな?」
おお! これは願ってもない話だ。ギャンブルを楽しみながら、兄の夢にも貢献できる。それに、私にも大金が必要な夢があるからな。ただ──
「トロイ様! いけません! お嬢様を巻き込むなど! 私が許しませんよ!」
……こうなるよな。
「ルーナ。別に私にはリスクはないから。賭けるのはお兄様のお金。私は代打ちをするだけなんだから」
「ですが、先程のように、お嬢様に危害を加えようとする狼藉者もいるかもしれません」
「そうなった時には、あなたが守ってくれたらいいでしょう?」
「ハッ……! お嬢様っ! わたくしを頼ってくださるのですか!?」
「ええ。いつもありがとう」
「あああああああ!!」
ルーナは自分の両腕を抱きながら、謎のステップを踏み始めた。頭をブンブンと振って、サイドテールが揺れまくっている。夜道も相まって、完全に変質者そのものだ。
「ま、まあそういうわけで。喜んでお受けいたしますわ。ただ、報酬の1割を私がいただいてもよろしいですか? 私にもお金が必要な夢がありまして」
「もちろん! 夢って何? 聞いたことなかったけど」
「お菓子の家です! ソファもベッドもトイレすらも。全てがお菓子でできた家! 私はそこで暮らすのが夢なんです」
「なるほど! いい夢だね!」
「はい!」
「……お嬢様。いくらなんでもそれは難しいのでは? お金とかの問題ではない気がしますが」
野暮なツッコミをするメイドを無視して、兄と笑い合いながら夜道を歩く。
こうして、兄の代打ちとして働く私の生活が始まった。目標は3億ギル。果てしない道のりを、三人で歩き始める。




