第4話 【不完全なポーカーフェイス】
「リオラ!? 何をしているんだ!」
声を荒げる兄を無視して、アッシュをじっと見つめる。とはいえ、そうなるのも無理はない。『相手に自分のカードを見せびらかす』なんて、ババ抜きで一番やってはいけないこと。愚の骨頂と言える行いだろう。
「……何のマネだ?」
「別に何も? どうぞ引いてください」
アッシュには選択肢などない。二人ババ抜きでは、ジョーカー以外のすべてのカードがペアになる。つまり、ジョーカー以外のカードを引けば、カードは必ず減るのだ。言ってしまえば、カードが最低3枚あれば、ゲームは成り立つという道理。
ならば、この開示されたカード。引かない理由などない。他の伏せられたカードには、ジョーカーの可能性が残っている。わざわざそちらを選ぶメリットはないだろう。
(……やっぱり、ただのガキか。くだらん)
勝利を遠ざける無意味な奇行は、かえってアッシュを冷静にさせた。彼は開示されたスペードの4を手に取り、クローバーの4とともに捨て札へ。続くリオラの手番。当然カードは減り、残りは5枚となる。
(……お嬢様。いったいどういうおつもりなのでしょう)
ルーナは後方からリオラの手札を見ていた。ジョーカーが含まれた手札。依然として彼女が不利なのに変わりはない。先程のスペードの4に何か仕込みが? ……いや、それもない。すでに捨て札の中。何かを仕込む意味などないはずだ。
だが、すぐに場況は動いた。アッシュの手番。リオラの5枚のカードから、1枚を選択する場面。
「……今度はカードを見せてくれねえのか?」
「見せるわけないじゃないですか。これはババ抜きなんですよ?」
(ハッ! このクソガキ……)
苛立ちを鎮めるように、下唇を噛む。そして、アッシュから見て右端のカードを手に取ろうとして──その手がピタリと止まる。
「…………」
「どうされました?」
──アッシュが手を止めた理由。それは、リオラ自身にあった。
開いた瞳孔。伸ばした手にわずかに伝わってくる呼吸。右端に向けられた視線。わずかに緩んだ口元。
不完全なポーカーフェイス。あからさまに興奮している。アッシュが手に取ろうとしているカードに対して、溢れる期待感。つまり、このカードは……
(……ククク。どれだけ虚勢を張っても、身体は正直。まるで隠せていない、己の感情を。ジョーカーの位置さえ分かってしまえば、あとはこっちのもの。他を引いていくだけで俺の勝ち……大勝利だ)
試しに他のカードへと手を伸ばしてみる。すると、先程の身体反応はすぅっと息を潜める。やはり、右端のカードに反応しているようだ。
(……悪いなお嬢ちゃん。金は貰っていくぜ)
アッシュは左端のカードに手を伸ばし、自分の手札に加えようとする。あとは反応があるカードを避けるだけで勝ち。狩りを終えたライオンのような余裕。
「…………」
机に積まれた大金。ふとそれらに目がいく。合計で50万ギルといったところか。目が眩むような大金。それを賭けた勝負。
アッシュは手を引っ込めた。匂い立つ、腐肉のような香り。グツグツと煮えたぎる違和感。
(……バカか俺は。何を舞い上がってる。落ち着け……あり得るのか? こんな分かりやすい挙動)
そもそもの始まりは代打ちの申し出。自信満々に勝負に割り込んでの超高額ベット。そこまでした人間が、ポーカーフェイスすら身につけていない。あまりにも都合の良すぎる展開。ゆえに生まれた疑念。
(意図して表情を作ってるのか? だとしたらこのカードはジョーカーではない? 残り4枚にジョーカーを紛れ込ませ、俺に引かせる算段……)
確証はない。だが、右端のカードがそのままジョーカーであるというのは、やはり考えがたい。かといって、他のカードを引くのもどうなのだろうか?
(最悪のケース。それは、やつの手札が3枚、俺が2枚になった段階で俺がジョーカーを引くこと。そうなれば俺の手札は3枚、うち2枚は確定でペアになるカード。つまり、2/3の確率で俺の負けってことになる)
まるで地雷。本当に存在するかどうか、確認できない罠。もし踏めば致命的。敗色濃厚の戦いとなる。
(……仮に右端を避けてカードを引き、ジョーカーでなかったとしてもだ。この疑念に答えは出ない。引きずったまま、次の手番。もしそこでジョーカーを引こうもんなら、一気に形勢逆転だ。それよりも……あえてここで右端を引くことで、情報を得る。仮にジョーカーを引いたとしても、猶予は2手ある。右端だ、ここは右端を引くのが最善……!)
吸い寄せられるように、右端に手を伸ばす。カードを手に取り、自分の手札へ。そのカードは──ジョーカー。それを見て、アッシュはホッと胸をなでおろした。
(……深読みしすぎたか。やはりただの素人。俺がジョーカーを引きそうになって動揺していたのは、素の反応。まぁ、ひとまずはこれでいい。情報は得られた。次にこいつがジョーカーを引けば、俺は反応を見てジョーカーを避ければ終いだ)
「──ふふっ」
「……?」
目を細め、口元を歪めて笑うリオラ。悪辣さを感じさせるその笑みは、令嬢と呼ぶには相応しくないさまである。
「ジョーカーを引かされたことがそんなにお気に召しましたか? 変わった人ですね」
「な、なに!?」
「あなたは自らの意思で、そのジョーカーを引いたと思っていますね? ですが、それは“選択”と呼べるような代物ではありません」
「ど、どういうことだ?」
「あなたは右端のカードを手に取ろうとした時、私の不完全なポーカーフェイスに気がつきました。そして一瞬だけほくそ笑むも、すぐに手を引いた。『あまりにもできすぎているのではないか?』という疑念。多額の賭け金がそれを呼び起こした」
「ぐっ……!」
「その疑念が思考を鈍らせた。単純に考えれば、残り4枚のいずれかを引く方がジョーカーを引く可能性は低い。それでもあなたは“答え”を求めた。情報を得るという名目で縋り付いたのは、死神のカード。それを見て安堵するあなたは、すでに死んでいるとさえ言えるでしょう。宣言します。私はもう、ジョーカーを手にすることはない。そのカードには魔法が仕掛けられていますからね」
結局、右端に仕掛けられたジョーカーを手にしたことと、この問答が致命傷。アッシュは地雷を踏み抜いていた。それも、分かりやすく露出した、目に見えた地雷を。
『意図的に誘導されジョーカーを引かされた』という事実と、『ジョーカーに仕掛けられた魔法』という言葉。この二つが激しく彼の心を揺さぶる。
(ハ、ハッタリだ……カードを確認したが、印のようなものはなかった。ただの出まかせ……)
言い聞かせるも、先ほどの問答が頭をよぎる。そして、ゲーム開始時のリオラのカード開示。あれにも何か仕掛けがあったのではと考え始める。核反応のように、疑念は弾け、新たな疑念を生み出す。
結果、身体は正直といったもので。ルーナやトロイの目から見ても明らか。ジョーカーに手を伸ばした時の動揺。もはや、ポーカーフェイスとは呼べない何か。
「──っと。これで私は残り1枚ですね。さっ、引いてくださいまし」
「…………」
虚ろな目でよだれを垂らしながら、最後の1枚を手に取る。アッシュの手元に残ったのは、ジョーカーが1枚きり。リオラの勝利である。




