2章③
同じヌミノース世界であるということはそこの溢れる自然概念で感覚として分かる。
しかし場所は前回訪れた範囲とはまるで一致しない知らないところであった。
暗雲立ち込める空から小さな雷が地へとポツポツ飛んでくる。
しかしそれらは全て周りにある機械の電波塔のようなものに吸収されるため当たることはないようだ。
現実の大学の敷地が山を削って平地にして立っているように、俺たちが今いる場所も同じ山を削った平地……ないし少し偏った丘である。
そして各所にある電波塔は研究棟の位置と全く同じだと思われる。
「おいおい、なんだここは?」
「ふええ、瞬きしたら知らない場所に来てるよぉ」
当然リルルとシュンノスケはいきなりのことに驚くしかない。
リルルを仲間候補にしてはいたが本当にするかどうかは未定だった。
しかしこうなった以上、二人には協力してもらうしかない。
恐らく俺だけでこの状況を切り抜けるのは難しいだろうから。
「ここはヌミノース世界、現実から切り離された自然階層」
「自然階層? キューセイお前何言って……」
「ちゃんと経緯を説明する。だから落ち着いて俺の話を聞いてほしい」
「っ、わかったよ。何もわからず騒いだって仕方ねぇもんな」
多少強引だが早く情報共有しておかないと二人の身の安全にもかかわる。
……数分後、俺は二人に伏せていた情報を分かりやすく開示した。
骸骨天使とヤハウェイのこと、やつらが意識操作で罪なき群衆を操り支配を目論んでいるということ。そしてそれを実行するのにヌミノース世界を征服し経由した方法を取る必要があること。
「……話は分かった。確かに筋は通っているな。奴らのテリトリー内じゃ普通の人間は認識できないのが自然だから認識できる方が異常に映る」
「そう、そして認識できる正常者はヌミノース世界へと移動できる。俺たち3人は直前のシュンノスケがおかしくなっていた状況を踏まえて、目の前の研究所こそ原因の中心地だと認識してしまった」
「ああ、なんとなくだが理解できた。リルル、お前はどうだ?」
「う~ん、何となくは分かるけど難しいなぁ」
「完全に理解できなくてもいいよ。ともかくそういう訳だから今危険な状況にいるということは意識してほしい」
「わかったよ」
「んで、どうやったら現実に帰れるんだ?」
「現実と類似点が多く繋がっている特定の場所でそこがおかしいと「認識」すればいい。けれど今はそれが見つからない」
丘の端まで歩いて景色を眺める。
丘は一周森林一色で囲まれており、現実での大学周辺は建物やビルばかりであることを踏まえると近くに類似するような場所は恐らくはない。
「下っても帰れそうにないか」
「うん、唯一可能性があるとするならあそこだね」
俺は各電波塔から伸びたエネルギーパイプが終結する場所を指差した。
それは研究所であった。
現実の研究棟と完全に一致はしないものの似せてある作りになっている。
「……入るしかないか」
「危険ではあるけれどね。骸骨天使の先兵が周囲にいないのも気にはなる。もしかしたら内部戦闘になるかもしれない。そうなると必然と逃げ場がない」
「覚悟するしかねぇな。リルルもそれでいいか?」
「うえ~んんん、わかった」
「優先的に俺が守るから下手な動きをしないでくれればいい」
「うん、キュー君お願いね」
話し合いが終わり俺たちは研究所の入り口を開けて内部へと入った。
内部は現実にある建物と相違ない感じだ。
「現実の研究室と違ったところはある?」
「いや、多少は違うがほぼ同じ作りだな」
「となるとやはりここのどこかに帰還できる場所があるのかもしれない。進もう」
1階から1室ずつ探索していく。
全部で6室ある中で5つまで探索して何もなかったが、最後の6つ目の部屋だけ妙に人がいたような机が散らかった痕跡があり、黒板には興味深いことが書かれていたためそれを確かめる。
「中規模グループ単位での認識欠如論、視野による情報取得、脳による保存阻止の再現性はヌミノース世界の対応範囲で高出力の電磁干渉を行えば……おいこれって」
「うん、ここで意識操作の講義をしていたんだ。つまりこの機械工学研究所にヤハウェイが関わっているのは間違いない。そして講義という時点でこの研究所の在籍している複数人が敵で新人を取り込み続けている」
「大学の運営側は知らねぇよなこのこと」
「金を掴まされて知っていて見逃しているかもしれない。もしくは単純に認識できていない。いずれにせよ、敵は咎められずにのうのうと大学に支配の根を張っていたわけだ」
部屋を出て2階へと上がろうとする。
すると2階から降りてきた存在と鉢合わせになる。
それは人間の男性であった。
「浜多、なんでこんなところに?」
「それはこっちのセリフだ。どうしてここにいる?」
「気づいたらこんな場所に飛ばされていたんだよ。んでさっき意識操作の講義とか書いてあった黒板を見つけた。おい、最近学内で起きている知らない奴の増加って……」
そこで浜多と呼ばれる男の体が変質する。
自らの肉が崩れ落ちて骸骨となり背中に翼が生える。
「んなっ」
『はぁ、残念だよ。春坂。お前とはいい同志となれると思っていたのだが。連れの二人ともども消えてもらう』
やはり敵か。
骸骨天使となった浜多は闇の力を手元に集約させてシュンノスケを殺そうとする。
「ルクス・アバドン」
『な、ぎゃああああああああ!』
だからその前に俺は唱えて浜多を焼き殺した。
勿論、室内であるため威力は抑えてギリギリ焼き切れる程度に留めている。そのまま使うと天井をぶち抜いてしまうから。
「大丈夫?」
「え、おう。って、そうじゃねぇよ! 浜多はどうなった?」
「どうなったも焼き殺した。そうしないとこっちが殺されていた」
そう返すとシュンノスケは頭を抱えた。
「いや、そうだけどよ……浜多は専攻こそ違うが1年で良くつるんでいた仲だったんだよ。そいつが俺を殺そうとしてきて、お前が反撃で殺しちまって……勘弁してくれよ」
「堪えているのは理解するけれどここから先はもっとキツイことになる。恐らくこの研究所を仕切っているのは彼女……」
「言うな、分かってんだよ。それくらい」
「シュンちゃん」
余計に落ち込むシュンノスケを気遣うようにリルルは触れようとする。
しかし彼はその手を振り払った。
「やめろ」
「あ、ごめん。でもリルルね、シュンちゃんが心配で……」
「んなこと分かってんだよ。それが嫌だってんだ」
「え、なんで、心配されるのなんで嫌なの?」
「わかんねーのか? だからお前頭悪いんだよ」
「っ! そうだよ、リルル頭悪いもん。説明してくれなきゃわかんないよぉ、うええええん!」
ガチ泣きというほどでないがそこそこ泣いてしまった。
俺は彼女の背中をさすって慰める。
「気持ちが不安定でダサくなっているところで慰められるのはプライドが傷つくって女の子には分かりにくいと思うよ」
と俺は言及する。
言い当てられたシュンノスケは少し冷静さを取り戻して頭を掻く。
「……それも分かってんだよ……あ~心の整理が追い付かねぇな」
「うん、けれど段階を踏んでいる余裕はあまりない」
「そうだな。進むしかねぇか」
シュンノスケはリルルの頭を撫でる。
「わりぃ、言い過ぎた。こういう状況だ、泣いてばっかだと死んじまうし気を張ってくれ。それくらいできるだろ?」
「ぐす……うん」
「うわ、鼻水晴らすなよ。みっともねぇ」
「だってぇ」
「ハンカチ貸してやる」
「ありがと」
ケンカも仲直りも多々あったのだろうこの二人は。
だからこそ不安だった意識がこの和解によって回復していくのが今はヌミノース世界で見えなくても分かった。
◆
2階でもこの研究所に在籍している4人との戦闘になった。
どれも骸骨天使になった際の戦闘力が弱くすぐに焼き殺すこと容易かった。
2階が安全になったため各室内を見て回る。
そこで黒板に書かれていたことやそこにあった資料の内容をざっと読んでまとめるとヤハウェイがこの大学で何を狙っていたかが見えてくる。
企業や公的機関に潜り込ませるスパイの完全ステルス化の試験だ。
情報の横流しをするような人材はその時点で身近な周囲から気付かれ足が付く。しかし今行っている認識欠如の試験を繰り返して確立すれば身近な存在さえも気付くどころか認識さえもできなくなる。
街中で広範囲に雑に意識操作する従来のやり方だと注意力のある人間には通用しないがこちらは有無言わさず意識を強引に捻じ曲げられる。
とても強力でスパイは当然だが、使い方によってはより多くの犯罪の確実性をあげられる。
というよりもはや完全犯罪の域になってしまう。被害にあった現場の証言がまともでなくなってしまうのだから。
「嘘だろおい」
俺とシュンノスケは頭を悩ませた。
「次から次へと頭が痛くなることばかり判明するね」
「だな。これ警察はあてにでき……ねぇよな」
「方法が方法なだけにね。説明したらしたで別の厄介ごとが生まれる。それに警察上層部は恐らくヤハウェイと通じている」
俺は資料の中にあったこの研究を支持するスポンサー企業と関連役員を指差す。
「あれ、この名前、警察のサイバーセキュリティ部門のお偉いさんじゃねぇか」
「うん、テレビにもよく出ている」
「ネット犯罪が酷いから規制強化しなければ~って言いながら裏ではこれかよ」
「逆だろうね、自分たちのこれからのビジネスに支障が出るから不安の芽を摘みたかったんだよ」
「ああ、なるほど。つか、キューセイ、お前やっぱ相手の裏を読むのが早いな」
「昔からよく言われる。そのせいで本音と建前が疲弊しているタイプには嫌われるけれど」
「違いねぇや、お前は騙せないもんな」
スポンサー企業と関連役員の名簿をスマホで写真として納めて3階へと向かう。
現実と同じなら3階は大きな広い研究室だけで他の部屋は一切ない。
そして入ったらまず間違いなく彼女がいるだろう。
だから入口手前で止まって俺はシュンノスケに確認する。
「分かっていると思うけど戦いになったら逃げることはできない。相手に俺たちの正体を目撃されるわけだから……いや、もしかしたら既に監視カメラなどで……」
「分かっているよ。なあ、キューセイ、ここまでで5人、お前は焼き殺してきたよな。何とも思わなかったのか?」
「人殺しの罪悪感ということ?」
「そうだ」
「なくはないよ。けれど相手が闇に手を染めて足を洗えない心境ならむしろ生かすことの方が罪悪感になる。生かされた彼らは何をするかと言えば多くの罪なき人々を無意識に操り貶めるわけだからね。それは未然に防がなきゃならない」
「はっ、そうだな。本当に6つ下の坊主とは思えねぇよ、お前。頭がいい以上に心が強ええな」
彼は自分の頬を両手で叩いて気合い入れる。
「うし、行くか。けど一応は最初話させてほしい」
「余裕がある限りは尊重する」
「ありがとよ」




