2章④
入り口の扉を開けて中へと入る。
やはり現実同様に3階はかなり広さで天井も高い。
端の隅々には各電波塔と連動している制御版のようなものが複数置かれていた。
そして中心には予想通り、彼女がいた。
「空田さん」
「いらっしゃい、春坂君、そちらの二人も」
ヌミノース世界では相手の意識が見えないため、彼女の表情や素振りは一見正常に見えて錯覚しかねない。
それでシュンノスケは一瞬淡い期待を抱いて迷うもそれを振り切り尋ねる。
「なんでこんなことしているんですか?」
「こんなこととは?」
「2階までの全部の部屋を見てきて知りました。この大学であなたたちがヤバい実験をしているって」
「……そう、知っちゃったのね。なら話は早いわ。素晴らしいとは思わない?」
そこで彼女の表情が一気に邪悪な笑みへと変貌した。
「素晴らしい? 何言っているんですか? あなたたちのやっていることは犯罪ですよ?」
「犯罪? 気づかれもしない、認知されもしない。それでどうして罪となるの?」
「何の関係もない人たちを無意識に食い物にしたり、犯罪幇助させたり、それは人間として恥ずべき事でしょう?」
「恥ずべきねぇ……春坂君、あなたはこの国で健全に育ったのね」
「なんですか、その皮肉みたいな言い方?」
「知っている? 海外ではね、気付かないで財布を擦られても泣き寝入りなのよ。警察はそんな軽犯罪に一々取り合わない。他の国と地続きだと国外逃亡とかされて追うなんてそれこそ面倒だし。日本みたいに親切な治安環境は他ではほぼないわ」
「国際基準で言えば俺がおかしい、そう言いたいんですか?」
「そう、けれど治安がまるで必要ないとは私も思わない。私たちヤハウェイが座する天上の世界は、下々の上に成り立っているのだから。下々は常に問題を起こさずに搾取されていればいい。その構造を確立するため一端を私は担ったからこそこの大学に派遣された」
「搾取されていればいいって……空田さん、あんたはそんな人じゃなかった。出会いは最近だったけれどあんたは誰にも人当たりがよくて余裕があって……専攻が違う俺にも優しく声をかけてくれたとても気づかいできる人だ。だから俺はあんたのこと……」
そこまで言ったところで空田はおかしくてか笑いながら答える。
「アハハッハ、それはそうよ、この大学は都内でもそこそこ上位の理系大学。そこにいる学生の多くは大企業に就職できる優秀な人材だもの。つまり選ばれた側の人間だと私は見ている。だから私が彼らを組織にスカウトする際に人当たりがいいのは当然だわ」
「なっ!」
シュンノスケは膝をついて脱力したように崩れた。
それを合図とするかのように空田の体は闇に包まれながら肉を溶かしていき骸骨になる。
骸骨は膨れ上がるように肥大化しその身には漆黒のローブが形成されて纏われる。
そしてその背中には今までで最も大きな天使の翼が出現した。
『私こそがサドキエルの座に就きし者なり』
上位天使か、不味い
サドキエルから発生られる闇の波動が室内で反響するせいか体にミシミシとした負担を与えてくる。
牽制だけでこれか。
『見込みはあったからこそ私自ら導きをかけてあげたのに何故か認識操作が解かれているし。適性者なのだとしたら残念ね』
飛翔したサドキエルはまるで壊れた玩具を見下ろすようにため息をついて指を向ける。
そこに闇の力が集約しているため、恐らくそれを放ってシュンノスケを殺すつもりだろう。
だから前に出ようとした。
けれどその前にリルルがシュンノスケの前に出る。
「謝って!」
『は?』
「シュンちゃんはとてもいいお兄さんだったんだよ。馬鹿なリルルのことずっと面倒見てくれていたし。親切で男前で……そんなシュンちゃんが選んだ人がシュンちゃんを馬鹿にするな!」
『なんなの、さっき会った時も思ったけど話し方からして頭悪い女ね。劣等種が』
「そうだよ。リルル馬鹿だもん。けどこれだけは分かる。あなたはシュンちゃんにふさわしくない。シュンちゃんはあなたなんかに弄ばれていいような男なんかじゃないんだ!」
「リルルお前……」
リルルは胸に手を当てて覚悟を決める。
「今までいっぱい助けてもらったもん。だから今度は私がシュンちゃんを助ける」
するとサドキエルは大笑いする。
『アハハハッハ、助ける? お前みたいな劣等種の女が? 虫唾が走るわ。消えなさい』
その後即座に集約した闇の力を玉として発射した。
「「リルル」」
反応が遅れた。間に合わない。
俺とシュンノスケは彼女の死を覚悟した。だが……
彼女の周りには厚い水膜が形成されておりそれが闇の力を一切通さなかったのだ。
「リルル、まさか」
彼女の右太ももに魚と鳥が混じったような文様が描かれている。
「この世界に来た時から感じていた。それが何なのか良く分からなかったけれど今ハッキリ分かった。これはリルルから抜け落ちていた力なんだ。空へとはばたく鳥みたいに、海を跳ねる魚のように……それをリルルの元へと戻すための契約、セイレーン!」
その名を叫ぶとともにリルルの皮膚は青い魚の鱗を纏うように変質し両腕には鳥のような羽が生えていく。
自然にある鳥や魚の命の躍動、それを模したような変身がヌミノース契約であった。
「お、おお、なにこれ~お魚さんになってるよ~」
変身後にリルルは自らの姿の変容に驚く。
「それがヌミノース契約だ」
「これが……そっか、これで私も戦えるんだ。よし、あのおばさんをぶちのめそう」
「ああ」
『このタイミングで契約に成功したですって? ぐぐ……けれど付け焼刃。サドキエルたる私の敵ではない!』
「ルクス・アバドン!」
激高する隙を突いて攻撃を試みる。
しかし床から発生した光が直撃したというのにサドキエルはたいしてダメージを受けていない。
『小僧、お前の能力はここに来るまでの手下との戦いで解析済みよ』
お返しにと回避不可の闇の咆哮を放ってくる。
「イルミナス・ディアブロ!」
そこで俺は今まで見せていなかった頭の中で編み出した新しい魔法を唱える。
それにより正面に光の鏡が出現し咆哮のエネルギーをある程度吸収し、自身らへのダメージを軽減する。
そして光の鏡は数秒後に割れて光の刃となってサドキエルへと放たれた。
『いぎゃあああ! まだそんな手を』
効いてはいるが致命傷にはならない。
やはり光の攻撃、もしくは魔法への耐性が高いのか。
「キュー君、回復するね」
リルルが生命の息吹を俺へと流す。
それにより先ほどの咆哮で受けた体の痛みがひいていった。
リルルは俺への回復が済んだ後に水鉄砲と言える魔法攻撃を手のひらから発射する。
しかしそれは警戒されるまでもなくサドキエルは避けずに受けた。
ダメージはまるで入らないためだ。
「決め手がないか」
光も水もダメ、ならユーハがいたとしても風の攻撃も恐らくそこまで効かないだろう。
魔法そのものへの耐性が高いで濃厚だ。
だとしたら直接攻撃による一撃が最善だ。しかしそれがない。
そこからは持久戦になる流れであった。
リルルの回復を頼りに効きの悪い魔法攻撃でチマチマと削っていく
だがこのサイクルになると俺たちの方が先に力を使い果たすのは明白であった。
サドキエルの余力はまだまだあるといった感じで持久戦になるならなるで確実に勝てる顔までしていた。
「はぁ、ぜぇ……」
「リルル!」
「大丈夫、まだやれる」
契約して間もないリルルの精神力は思ったより早く底をつきそうだ。
必死にやっているものの回復力が明らかに落ちている。
「……リルル、お前……なんで俺なんかのためにここまで……手間のかかる妹だって思いながら面倒見てきたけどよ。それだけだろ。所詮は他人だ」
「そうだよ、他人だよ。けどそれでも助けたいって思ったんだもん。一緒に居てよかったって思えた人だもん。リルルはしなせたくないよ」
そう返されたシュンノスケはハッと気付かされた。
「ハハ、そうだな。理由なんてそれで十分か。俺があの人を好きになったのもそれくらいの理由だ」
彼は立ち上がり意識を集中させる。
「ふー、吹っ切れたわ。シュンノスケよぉ、仲間がピンチになっていて見ているだけなんてプライドが許さねぇだろ? なら分かるよな俺?」
そう自分に言い聞かせていくと彼に変化が起こった。
何かからの干渉を受けて対話しているようだ。
「……そうだ。獣の牙をもって仲間を守る、それが俺の契約! ウェアウルフ!」
彼の首筋に狼の文様が浮かび上がる。
それと同時に彼はサドキエルに突っ込んだ。
『なんだ、血迷ったか? ならお前から死ね!』
サドキエルは周囲の制御盤から電力を吸収しだして雷撃を放ってくる。
「まだそんな手を、シュンノスケ!」
雷撃の速度はかわしようがない。
そう思われたがシュンノスケはかわしていた。
その時点で彼の顔は銀狼のように尖り、身体はしなやかな獣の手脚へと変身しきっていたためだ。
「サヨナラだ!」
彼は大きく飛翔してサドキエルの懐まで潜り込み、獣の剛腕と化した右手を横一線に振るう!
それによりサドキエルの体は真っ二つに砕かれて地上に落ちていった。
『ば、馬鹿な、両方が契約成功だと。しかも私の急所を的確に……』
まだ息がある。逃げられると厄介だ。
「ルクス・アバドン!」
「いいぎゃああああああああああああああああああああ!」
そう判断した最大威力でルクス・アバドンを唱え、サドキエルを強引に焼き切り消し去ったのだった。
◆
サドキエルとの戦闘が終わったあとリルルとシュンノスケの変身が解かれる。
リルルは相当疲弊していたようでふらっと倒れそうになるところをシュンノスケに抱えられる。
「シュンちゃん」
「ありがとうなリルル、お前のおかげで目ぇ覚めたわ」
「えへへ、りるるに惚れちゃう?」
「それはねぇよ、お前は妹だ」
「ちぇ~まあいいや」
「さて、研究所はこれで見て回ったことになるけどよ……」
と、シュンノスケに話を振られ意図を察して答える。
「うん、おかしいと認識できる場所が見当たらないね。端にある制御盤を探ってみる」
お疲れのリルルは休ませて俺とシュンノスケで端に複数ある制御盤を1つ1つ確かめていく。
すると1つだけ外の電波塔に繋がらないだろう特別なものを発見した。
スイッチを試していくと室内にホログラムが発生して室内に存在しないデスクや機器などが彩られていく。
「ん……あ~そういうことか。スイッチは全部付けずに一旦切るぞ」
シュンノスケはこれが何か分かったようでひとまずスイッチを全てOFFにする。
「このホログラム全てをONにすると現実のこの3階の研究室と同じになる模様が完成するんじゃねーかな」
「なるほど、敵はこの装置を使って現実とここを行き来していたということかな。たぶん現実の3階にはこちらに行けるための装置が設置されている可能性がある。浜多さんだっけ、あの人がどうやってきた?って反応を考えても俺たちの入り方はヤハウェイが知る正規方法ではないのだろう」
「おし、んじゃすぐ帰るか」
「まった、その前に電波塔は全部破壊していきたい。そうでないと大学に新しくやってきたヤハウェイの人員がすぐに研究を引き継いでしまう」
「そりゃそうか」
「俺は外の電波塔をすべて壊してくる。シュンノスケは資料をできるだけ1か所に集めてもらえる。あとで焼くから」
「りょーかいだ」
その取り決め通り、俺は外に出て電波塔を全てルクス・アバドンで破壊。
戻ってきたらシュンノスケがかき集めた資料を全て光で燃やして消去する。
そのあと3階でホログラムをすべてONにしてヌミノースにはない現実の3階を「認識」して現実の研究所前へと帰ってきたのだった。
「戻って来たな」
「つかれたよぉ」
「お前ずっと休憩していただろ、まあいいけどよ」
「えへへ、シュンちゃん優しい」
「敵がどの段階で空田たちの消滅に気付くか分からないけれど、ここにずっといると目星を付けられかねないしひとまず大学から離れよう」
俺の提案に二人は頷いてくれた。
大学を離れて電車で移動し、いつものショッピングモールのカフェで話を再開する。
「……6人も殺しちまったんだよな」
「ふええ、りるるたち凶悪犯だよ。けど……」
「ああ、負い目はねぇよな」
「うんうん、契約で覚悟決めたもんね」
そこで俺は二人に頭を下げた。
「ごめんなさい」
「なんだよ急に」
「俺が話を持ち掛けなければ二人は巻き込まれずに済んだから。特にリルルはあの大学に通っていたわけでもないし」
するとリルルは俺のでこをピンと跳ねた。
「いた」
「今更謝るのはなしだよキュー君」
「そうだな、お前がこの話持ち掛けなかったら何が起こっていたかっていえば認識欠如の実用化と拡大だ。そうなったら被害が広がっていたし俺も当然その被害にあっていた。もしかしたら敵側に取り込まれていたかもしれない。んなのそれこそ勘弁だぜ。だからよ、謝るな。俺らはこれでいいって決めたんだよ」
「うんうん」
「二人とも……そうだね。じゃあこれからは仲間だ。共に戦おう」
「おう、つっても流石に怠いわ」
「りるるも~、布団にダイブしたい」
「まあそうだよね。しばらくはゆっくりして。あ、シュンノスケは大学で動きがあったら連絡お願い」
「おう」
そこで解散として俺たちは各々自宅へと帰ることにした。




