第3章【かつてと今とで】①
5月7日、月曜日
「スケジュールがパンパンでしてよ~!」
月曜日の昼休みで生徒会の仕事を片付けたあとの空き時間、ユーハと二人きりになったところで彼女はそう言い放った。
土日にユーハから大学でどうなったか尋ねてくる連絡くらいは入るかと思っていたら思いのほかなかったため、彼女と私事を語らうのはここから再開となる。
「そんなに忙しかったんですか、モデルの仕事?」
「おかしいですのよ、あたくしが所属している事務所なんてショッピングモールで司会のお姉さんやったり、地元のコールガールやったり、その程度の楽な仕事しか取れないなんちゃって芸能事務所だったのに! だから入ったのに!」
「えーとあえてランクの低い事務所を選んだってことです?」
「ええ、その気になれば上の事務所の選考審査にも合格していましたし、そっちも行けたんですが如何せん、縛りがギチギチすぎて耐えられない!」
「ああ、それはそうですね」
ユーハが王手事務所の規約を遵守できるとは思えない。
「楽ちんでモデルと生徒会長の兼任ができていたあたくしのライフワークを守るのが事務所の義務でしょう? だというのに社長がデカい依頼だから断っちゃダメって何度も何度も頭下げてきて……」
「それで根負けしたんですね」
「そうですわ~」
彼女は脱力したように机にうつぶせた。
「せっかく魔法を手に入れて、ヌミノースの危機を救うあたくし!のターンになってきたのにお預けとか酷すぎますわ~。というか、大学の方どうでしたの?」
「ああそれなら」
俺は大学でヤハウェイから派遣された空田清美が中心となった認識欠如試験が行われていたこと、ヌミノース世界でリルルとシュンノスケが契約者となって空田を打倒したことを話した。
「な、ななななんと、幼馴染のダブル覚醒! 熱いですわ! 見たかったですわ~」
話を聞いてテンション上がったと思ったら、自分が行けなかったことを悔いてまたテンションを下げる。
「そういう訳だから今後は4人での活動になる。けど俺たちはともかくリルルとシュンノスケは大学生だからスケジューリングを合わせるの難しくなるかもしれない」
「その時はその時ですわ、あ、もっと仲間を増やせばいいじゃないですの? そうすればあたくしたちの予定が空いている時に都合のいい人~ってできるじゃありませんの」
「そんな自分勝手な……あ、そういう人だった」
「ですの、ですの」
「というかそこまで自分勝手だと自分でも認めている人がよく今一番興味あることよりモデル業を優先しましたね」
「お金は大事ですのよ。いや、いつもの小銭程度ならぶんなげますけどなにせ今回は額が額だけに社長の気持ちも分からなくはないんですの」
「どれくらいですか?」
「3億」
「ええ……それって王手の最前線で活躍しているプロと同じじゃないですか」
「そうなんですのよ、社長が理由を窺ったところ、その依頼をしてきたスポンサーの方があたくしのファンのようなんですのね。けれどあたくし、メディアには殆ど出ていませんでしてよ。ファッション雑誌くらいでそう注目されてなかったはずなんですが」
「マイナーなコアファンだったんでしょう」
「迷惑な話ですわ~」
「それスポンサーの人に絶対言っちゃダメですよ」
「それくらい分かっておりますの。というわけでしばらくあたくしは活動に参加できませんでしてよ。放課後も生徒会の仕事は他の役員にぶん投げてモデルの仕事をさっさと消化せねばなりませんの」
「分かりました。負担分は俺が引き継いでおきます」
「おお、流石仲間ですわね」
◆
5月8日、火曜日
放課後にすぐにモデルの仕事に向かったユーハに変わって生徒会役員は代わりの代表者を出して今日の風紀委員との会議に臨まなければならなかった。
普通に考えれば副会長がその役目を担うのが妥当なのだが、その当人が金堂と正面から話し合いしたくないと言い出した。
他の上級生も同じで代理を務める気がない空気だ。
……能力がないわけではないけれど主体性を持たない人たちばかりだな。まあ持っていたらユーハの我儘なんて聞かないか。ワンマンチームの弊害だな。
「では、俺が代理を務めてもよろしいでしょうか?」
1年生には過ぎたる発言ではあるが言うだけ言ってみると副会長が頷き、それに続くように皆頷いた。
「いや~、助かるよ。流石は会長の恋人なだけあるね。分からないことあったら聞いてくれていいから。とにかく金堂君相手の受け答えはお願いね」
「あ、はい」
打ち合わせが決まったため風紀委員との合同会議を開始する。
金堂は主張こそ強いが理屈を考えないタイプではない。
だから上手い事、風紀委員側の主張の意図をくみ取ってそれを生徒会側の都合とすり合わせていく合理的な説明を丁寧にしていけばイラだつことはない。
とはいえ高圧的な態度と体格で威圧されれば普通の役員では気負いしてしまい、上手く妥協案を提示できずに根負けして不利なスケジュールを飲まされてしまうのだが。
恐らく副会長筆頭にこうなってしまう責任を逃れたいからやりたがらなかったのだろう。
あとでユーハが不利なスケジューリングを見たらとても不機嫌になるのは目に見えている。
「……では、夏休みまでの行事日程は今までの話し合いで決まった通りで固めることとします。異論のある方はここで挙手を」
それに誰も手をあげない。
つまり納得はしているということだ。
そこで金堂が俺に探りを入れてくる。
「1年坊とは思えない手際だな。中学の頃に生徒会、もしくは学校運営に関わる経験でもしていたか?」
「いえ、していませんよ」
「本当かぁ?」
「はい、ただ相手の意図を理解して互いにフェアなラインを導き出す。それに気づいたというだけです」
「なるほど、前回の時で既に片鱗は見えていたがとても聡いわけだ。あの女が気に入るのも頷ける」
気に入った理由は超能力や別世界とかそっちだが、それは言えない。
「事前に通達した通り、この会議に設けている時間は2時間ですが、1時間程度で会議目標は達成しました。どうします? このまま別の議題を立てて移るか解散とするか?」
「解散だ。根を詰めれば明日に影響が出る」
「分かりました」
風紀委員がすべて会議室から出ていった。
そこで副会長が嬉しそうに声をかけてくる。
「明星君、いや~君凄いね。やっぱり1年生にやらせるのは荷が重いとあとで思ったりしちゃったんだけど予想しないくらい完璧だった。あの金堂君が終始ペースを握れないままで終わるなんて。これで明日ユーハ会長に会議の顛末を聞かれても胸を張って大丈夫でしたと言えるよ」
「え、あーそうですね。それは良かった」
保身か……まあ、それでもちゃんと働いてくれるだけマシな存在である。
そう……主体性がなくて保身的で己を通せない。
つまらないけれど世の中そんなつまらない人の方が圧倒的に多い。
しかしだからこそ世の中は回るんだ。
ユーハという人気者がそうでいられるのは支える多くのつまらない存在がいてこそ。
そこまで分かってしまえば、今回、彼ら生徒会役員の役にたったことの気分は悪くはないのだ。
◆
帰り際にシュンノスケからメールで大学のその後の状況を報告される。
機械工学の研究棟に在籍していた空田と5人の消息不明は事件として警察の調査が入ったようだ。
しかし大学生以上の三日程度の行方知れずでここまで早く警察が動くというのもおかしい。
となるとやはり空田からの定時報告なりが途絶えて気になったヤハウェイの本部が警察を調査に駆り出させたというところだろうか。
警察は半日もしない内に引き上げたようで学生への取り調べはなかったようだ。
契約を得て初めて戦かった日から既に6日も立つ。
3度も戦ってこちらの正体が掴まれていない。ピンポイントの奇襲を受けていないのを考えるに戦って倒した骸骨天使が持つ情報は上には上がらない。
また適性者の存在を発見し次第、逐一情報共有しているわけでもない。という推察が立つ。
その証拠に俺は当然としてアイカも未だに無事だ。
そこまで情報を整理して自宅の中まで帰ると両親がいた。
確かに今日は二人ともいる日ではあるがこちらへの視線が重たい。
「話し合う必要があるということだね」
俺はリビングにいる両親の向かい側へと座って近況を報告した。
自らの力の扱いにだいぶ慣れたこと。ヌミノース世界という現実から切り離された自然階層があり、敵であるヤハウェイはそれを利用して現実の群集の意識を操作しているということ。
それに両親はだいぶ驚いたが、両親たちの目線でも最近おかしな意識操作事件が起きているとは察していたため理解はしてくれた。
「今の状況から考えて、推測の域をでないけどアイカが狙われての2次被害に会う可能性はかなり低いと思う」
「それは総代様が喜ぶ話ね。言えないけど」
「説明できないよね、とはいえこのままだと婚約関係の保留が長引いてこちらの心象が悪くなるばかり」
俺の父は人がかなりいい人相をしている。
実際、宮司として長年やっているだけあってかなり人格者だ。
研究者で頭はいいがひねくれている母の相手はこれくらいでなければ務まりはしない。
「二人の立場が悪くなっていいなら最悪婚約予定を完全破棄にしてもいい。そのほうがアイカを巻き込む可能性がさらに薄くなる」
「そう冷静に言えるあんたはやっぱ可愛げない息子だわ」
「おい、里奈。そんな言い方。君に似て頭のいい子なんだ。可愛げないなんて……」
「だからこそよ。もっと幼稚に僕分かんない知恵貸して~ってせがんできてくれた方が気が楽だわ」
「確かにもっと頼った態度でいてくれると嬉しいかな」
「気遣ってくれてありがとう父さん。……ヤハウェイは恐らく世界組織だ。そしてこの日本に手広く侵食してきている。それを俺だけの手で止めるのは無理だ。だから高天原の力は借りるしかない。つまりこのことはいずれ総代に報告するしかない」
「そうなったらあんたは私の研究の被検体よ。他の子も状況次第じゃそうなる」
「それは勘弁してほしい。仲間は売りたくない」
「そういう義理堅いところはお父さんにね。唯一好感が持てるわ」
「だからもっと力を付ける必要がある。高天原に一方的に利用されるんじゃない。対等に組める存在にならなきゃいけない。だから1か月ほど時間が欲しい。それまでにヌミノース世界をより解明して、現実に侵食しているヤハウェイの実態もできるだけ暴いていく」
それに両親はやっぱりそうくるかと呆れたようで安堵した顔をした。
「はいはい、分かったわよ。好きにやんなさい」
「キューセイ、辛くなったらいつでも連絡を入れなさい。私たちは忙しい身だがいつでも息子であるお前の味方だ。力になってあげられるかは分からないけれどそれでも話は聞いてあげたい」
「ありがとう」




