3章②
5月9日、水曜日
今日も生徒会業務を他の役員にぶん投げて自身はモデルの仕事へと直行すると思われていたが、放課後となり生徒会室に役員が集まったところでユーハは俺の手を引いてくる。
「明星君、共に参りましょう!」
「どこへ?」
「あたくしの仕事現場へ!」
「どうして?」
「スポンサーが鬱陶しいから解決してくれる頼もしい彼氏の力を借りたいんですの! 歪んだマインドはぶち壊しますわよ~!」
それに他の生徒会役員ったいはうんうんと頷く。
明星君ならきっと解決してくれると言わんばかりに。昨日の風紀委員との合同会議からそんな信頼を寄せられている。
……ユーハが俺に信頼がないわけでもないため嘘ではないが本命としては、歪んだマインドをぶち壊すと言っているように意識破壊でどうにかしたいというところだろう。
これは俺以外にはいつもの痛い比喩言葉としか捉えられないし分かりようがない。
「本当に歪んでいるならそうしましょうか。副会長、あとのことはお願いします」
今日は合同会議もなく単純な事務作業だけだ。
副会長に任せても問題ないだろう。
◆
電車で都心の方へと出向いて有名な撮影スタジオまで足を運ぶ。
「ごきげんよう、皆様方。今日も楽しくパシャパシャと取りまくりますわよ~!」
そしてユーハは既に待機してくれているスタッフたちに満遍なく愛想を振るいながらあいさつし、速やかに撮影に入った。
元気に愉快に軽やかに……彼女は撮られる時に常にこの自身のモデルカラーを忘れないようにポーズと表情を決めている。
モデルという仕事は顔やスタイルがいいだけでは務まらない。
自身を撮影させて何を伝えるのか?
それがないならマネキンでもAI生成のフェイクでもいい話だ。生きた存在でしかできないパフォーマンスというものを彼女から分かりやすく学べたのは収穫であった。
これに関しては今日彼女に付き添って良かったと思える大きなポイントだ。
多少ふざけすぎたようなポーズが多い気もするが映えてはいるしNGはまるでない。
撮影は順調に終了しユーハは帰り際にまだ残っているスタッフたちに律儀に「お疲れ様ですわ~」と別れの挨拶をしていた。
我儘だがこういう社交的な部分はしっかりしている。
だからか彼女に嫌な感情を抱く者は少なく印象に残るのだろう。
スタジオから出ると目の前の高級車がクラクションをこちらに鳴らした。
「うげ、お出ましですわ」
高級車のブラックミラ―が下がり、後部座席に座っていた者の顔がこちらに映る。
オールバックで固めた細長顔の40代男性、着ているスーツも相まって仕事ができる成功者といった印象を受ける。
「お疲れ様だね、ユーハ君。先ほどの仕事少しだけ見ていたよ。流行り華があるね。どうだい、これから夕食でも」
そこで危機感を覚えたユーハは俺の手を強引気味に引っ張って自身に引き寄せてアピールする。
「申し訳ありませんでしてよ。あたくし、今からデートなんですの!」
スポンサーの性格によるが彼氏アピールで拒否は本来好ましくない。
3億の契約料を考えたらなおさらだ。
しかしそれでもユーハはこの男にあまり媚を売りたくないようだ。
「中学生……いや一応高校の制服か、失礼。背も君より一回り低いよね。賢そうではあるけれど君が夢中になるほどのものを持っているのかい?」
「ええ、明星君はシャイニング・デストロイですのよ。その閃きは新たな世界を開きますわ~」
「ほ~、それは興味深い。なら明星君、君も一緒に夕食に誘おう」
「なぬぬ、そう来ますのね」
俺はここでこのスポンサーの意識を見る。
……今までにないタイプだ。歪み切った側面があり、それに反律するように澄み切った正常な側面がある。2重人格ならぬ2重意識とでも言えばいいか。
人の意識を何度も見ていてわかったが、意識というのは主体として思っていることに付随して整合性が取れるように副次的な意識が発生する。
例えば誰かが好きという主体意識であるなら、嫌われたらどうしよう、もっと好きになってほしい、といった副次的意識が派生する。
しかしこの男の場合はユーハに執着的な興味があるが同時に興味がない主体意識が半々という矛盾したものとなっていた。
どういう考え方をすればこういった倫理形成になるのか分からなかった。
「どうするかね?」
そう俺が問われた時にユーハが小声で聞いてくる。
「早くマインドブレイクしてくださいまし」
「そうしたいところなんだけれど、おかしな意識だから単純に執着意識を破壊するのが正解は分からない。誘いに乗っていい? 話してみたい。勿論、ユーハにおかしな真似をするようならすぐに破壊する」
「う~ん、下手に壊して変な状態になられても困るんですものね。分かりましたわ、見極めと行きましょう」
そこで小声の会話を打ち切り、俺は返事をする。
「そのお誘い受けましょう」
「おお、それは良かった。では乗ってくれ」
俺たちは彼の高級車に乗り込んだ。
◆
「そういえばまだ名乗っていなかったね。私は船田大、AIシップエンジニアリングの代表を務めている」
AIシップエンジニアリング、確かAIによる自動制御に特化したシステム開発をしている会社だ。
スマホを見ながらの運転でも自動車が事故にならずに回避運動を取れるようになったのはこの会社のおかげといっていい。まあその弊害で街を行き交うドライバーの注意力は更に散漫したわけだが。
自動車関係や公共の移動システムとの取引が多い会社でその利益は近年ではかなりのものと言われている。
「明星救世です。彼女であるユーハさんと同じ高校の1年生で同じ生徒会に所属しています」
「好きなものを頼んでいいよ。その代わり私に面白い話や会話をしてくれ」
「では単刀直入に、ユーハは確かに美人で面白い人ではありますけれど、モデルとしての実績は所属事務所の関係もあって目立つほどではなかったはず。あなたがファンと聞き及んでおりますがそれでも3億はやりすぎだ。その真意をお聞かせ願いたい」
「おっと、幼い見た目のわりにズバッと切り込んでくるね」
「それはあたくしも気になっておりました。うちの事務所なら1億以下でもバッタのように飛びつくことは変わりありませんでしてよ」
「うん、やはりやりすぎと思われるよね」
「は、まさかこのあたくし自身が本命、3億出すから結婚を迫るおつもりで?」
ユーハは冗談めかしに探りを入れてみる。
確かに下品な発想になるが人を買う金額として考えたら3億は妥当なためだ。
「ははは、流石にこの年で君みたいに若い子に発情なんてしないよ」
「ではなんでですの?」
そこで船田は間を置いてから打ち明ける。
「琴先栄葉」
それにユーハは驚いて返す。
「なんで母の名前を」
「知っているさ、だって君のお母さんとは昔知り合っていたからね。彼女は綺麗だった……それでいて愉快な人で……そう、今の君のように。押しだったって言えばいいのかな? だからだよ、彼女と同じ君になら投資する価値があると思って依頼した」
「……あたくしは母とは違いますわ」
「そうだね、完全に再現されているわけではない。けれどブランドとしては申し分ない。ユーハ、君はやろうと思えばもっと上に行ける。過去のオーディション経歴は調べさせてもらったよ。王手事務所の中間選考にも残っていたそうじゃないか。まあその時点で君は今の事務所を選んでしまったからそれは辞退になってしまったけれど……合格も固かったんじゃないかな」
「それは分かっていますわ。けれどあたくし、縛りのキツイ事務所は嫌なんですの」
「だろうね、だからこそ僕が君の我儘を通そう。僕にプロデュースさせてほしい。それだけのコネと財力は持っている」
……なるほど、そういうことか。
この男はユーハの母親に相当な執着がある。しかし娘のユーハにはない。
だから二律背反の真逆の意識がどちらも主体として存在しているわけだ。
ユーハを見てはいない。道具として自分の願望をかなえるために手元に置きたい。そういう考えだ。
そういう考えなのはユーハも察したようで机を叩いて席を立つ。
「お断りしますわ」
「何故、何を怒っているんだい?」
「先ほど申し上げたでしょう? あたくしは母ではないんですの!」
「分かっているよ、けれどブランドがあるから……」
「それはあたくし自身を見ないということでしょう! そんな相手とは組めませんわ」
そこまで言われて船谷はようやく自身の何が癇に障っていたか理解した。
「分かった。この話は聞かなかったことにしてくれ。僕の落ち度だ。今の契約が完了したら付き合いは終わりだ。それでいいかな?」
「ええ、あたくしも一応はプロですの。請け負ったモデルの依頼はちゃんと果たしますわ。失礼します」
意識を破壊する必要はなくなったか。
俺は船田に礼をしたあと先に出ていったユーハを追った。
◆
ユーハは人気の少ない河川敷まで来てようやく冷静になったのかベンチに腰を下ろしていたため、追いついた俺はその隣に座る。
「はぁ~やってしまいましたわ~。下手したら契約が半端に打ち切られてこじれる結果になっていたかもしれませんのよ。それがなかったのは不幸中の幸いですわ」
「少し驚いた。いつものユーハなら断るにしてももっと茶化す。そうできなかったのはお母さんのことが関係しているから?」
「ですの。そんなに母が好きなら母を直接誘えばいいのにそれをしなかったことから分かりますように……」
「亡くなっているんだね」
「ええ、病にかかって……誰のせいで死んだとかではないんですの。母は舞台女優でしたわ。見るものを魅了する迫力ある演技、繊細で優雅な踊り、幼い頃に見るそれはとても鮮烈で印象的でしたの。そして母はあたくしにこう教えてくれた。皆を楽しませるためには自分が演じなくてはならないと」
「演じるか……けれど今のユーハの意識は演じているものじゃない」
「それはそうですの、あたくし、意識を偽ってはおりませんわ。ありのままのあたくし、それを受け入れてもらうには輝かなければならなかった。皆を楽しませられるものを持たなくてはならない。だからあたくしはキャラを演じましたの。生徒会長でモデルな人気者を」
「素敵な生き方ですね」
「当然ですの。あたくしだけ過去ばらしで終わるのも癪ですわ。キューセイも過去話をしなさいまし」
「ユーハみたいに面白いものはないですよ」
「なら、面白くいいなさいまし」
「無茶な……ああ、無茶振りな人だったか」
「ですの」
「分かりました……そうですね、高天原の関係で、幼馴染のアイカとは子供のころからずっと一緒だったんですが、俺は当初、アイカのことがあまり好きじゃなかった」
「話したことはありませんが、クラスに迎えに行った時に顔を見た限り、あなたと同じで年齢より幼い感じで優しそうな子でしたわよね。いうなれば和風ロリ系!」
「見た目のことはあまり重要じゃないんでそこは置いておいて……幼い頃の俺は母に似て頭が良すぎて周りと合わせるのが苦痛だった。アイカは要領がいい子でもなかったから一緒に居る時間が長い分、ストレスが結構溜まっていましたね」
「なるなる、あたくしで例えるなら金堂君がずっとそばにいる感じですのね」
「そうそう、それくらいの苦痛です。ただ周りを馬鹿にして背伸びした子供が何もかもうまくいくわけもなく反動なのか一時期コミュニケーションの仕方が分からなくなってしまう精神病にかかってしまったんですね」
「それで今のコミュ強まで良く持ち直しましたわね」
「アイカが助けてくれたんです。心が病んだ俺に何度も声をかけて……それでようやく俺は彼女の善意に敬意を払えるようになった。自分に合わせろばかりじゃ人間関係は成り立たない。合わせるばかりでも疲弊してしまう。だから互いに許しあえるラインの構築を目指すことこそ大事なんだって」
「……いい幼馴染ですわね」
「はい、だから危険には足を突っ込んでほしくはない」
「けれどそれは自分に合わせろって一方的なものじゃないですの?」
「矛盾は分かっています。それでも……」
そこでユーハは俺の肩に頭を乗せて近寄ってきた。
「前も言いましたけど気真面目過ぎますわよ」
「ふっ、そうですね。だからユーハが隣にいてくれると助かる。真面目過ぎる俺を引き戻してくれるから」
「人間相性抜群ですわね、あたくしたち」
「ええ、だから周りを納得させる仮の関係でもユーハが恋人で良かった」
そう俺は素直に言った。
するとユーハはむずむずと体を動かしたあとベンチを立ち、両手をピンと上にあげる。
「んあーーー! 変な気分になってきましたの」
「今日はもう遅いですし解散としましょうか」
それに頷いたユーハはあまり顔を見せずにすぐに帰ってしまったのだった。




