二部3章【夏祭り、神祭り】①
7月21日、日曜日
その日の昼に撮影ビーチの利用期限となったため管理会社に処理手続きを済ませたあと俺たちは元の地域へと帰還した。
そして解散となり各自帰宅となる。
俺とアイカは家が近いため駅からの帰り道の徒歩でリリスに告げられた話の続きをする。
「……俺たちは完全にこうだという世界を求めていたわけじゃない。ただ私利私欲を是としてそのために歪んだことを正しいように流そうとする世界がおかしいからどうにかしたかった。何もかも思い通りになんて行くとも思っていない。それを無理に通すのは支配することと変わりないのだから」
「けれどその曖昧さが今の状況を生んでしまっているんだよね」
「ああ、けれど俺……正確にはルシフェルがそういう曖昧で済ませたことについての文句など誰も言わないよ。本当に長い歴史の中で押し込められてきた神々や悪魔たちにとってはやっと巡ってきたチャンスなのだからそれは生かしたい。しかし誰もが同じ理想を描いているわけでもない。いや、むしろ同じを探す方が難しいだろう」
「いずれ理想同士が衝突に繋がるのかな」
「だろうね。そしてそれを止めるのも違うとルシフェルは答えている。他の誰でもない本人たちの意志でやっていることならそこに水を差す意味もないと。結果がどうなろうとね」
「それは……放任過ぎない? アマテラスも行き過ぎた自由が被害をもたらすなら良くないって言っている」
「ああ、俺もそう思う。けれどルシフェルの考え……いや、思いにも理解はできる」
そこでアイカは俺がどういう状態か察したのだろう。だからこう言った。
「答えがまた見つからないね」
「そうだね。歪な問題なら答えなんて簡単に出せるのにね。どちらも正しいなら結局はどちらかを捨てるしかない。なら結局はキューセイ君がどうしたいかでしか決められないんじゃない?」
「うん、結局は力を得る前のあの時と何も変わりはしない。己が意思をどう貫いていくかを迷っているだけだ。ただ決定的に違うのは破壊ではなく築いていくということだ」
「キューセイ君はどんな世界であったらいい? 私は皆が思いやりを持てて誰も害さずに平和になる世界があったらいいな。神も悪魔もヌミノースの生命たちも関係なく」
「素敵な考えだ。俺も考えてみるよ」
そこでアイカの自宅の手前の坂道まで来たため別れることとなった。
自宅へと戻った俺は別れ際に言おうとしたが止めたことをここで独り言を口にしてしまう。
「それは悪意のない世界だ、アイカ。悪意のない世界の人々は結局として歪んでしまう。……矛盾だらけだな。いや、逆か。世界も現実も元より完成していたんだ。それが神々や唯一神によって引き裂かれておかしくなってしまったというだけで」
だとしたら何もせずにただ3つの世界が現実へと統合されるのを傍観しているのが正解までありうる。
この見解にルシフェルは辿り着いていたのだろう。
だから唯一神を倒した後は放任的な姿勢でいいとしたのだ。
「けれど俺は……」
——好きにせよ、これはそなたの道だ――
「ルシフェル……仮に俺が唯一神の代わりに世界を支配するという答えを導いたとしてもか?」
――それはそれで新しい秩序に繋がる。それも認めよう――
「なんでもいいのか?」
——なんでもよい。それが自由でこそ得られる未来の景色だ――
「なら俺はやれるだけのことはしておく。世界がまた歪んでしまわないように」
——フッ、好きにせよ――
そこで同一化した中でのやり取りは終わった。
やはり明確に何もかもこれだと決めつけてしまいたいとは思えなかった。
けれど嫌だという世界の在り方はすぐに幾つも思いついた。
ならそうならないように動こう。それが俺の答えだ。
◆
7月22日、月曜日
その日の朝、唐突に総代から直々に連絡が入る。
その内容は国際会議が急遽開催され、日本にその招集がかかったというものだった。
理由は当然として高天原が政権を簒奪したことに対するものだ。
日本がこれからどうあるのか、そして世界とどう向き合っていくのかを総代は各国に説明しなければならない。
開催時期は5日後の7月27日、準備は十分に取れる。ただ20日以上も経った今更の招集だ。普通の会議だけで終わるわけもない。
唯一神を倒したことで自由に動けるようになった神々が各国の代表やその関係者と契約している可能性を考えると、あえて今なのは神々が各国の政権を掌握できたからとも考えられる。
とするならこれは人だけの社会の会議という訳でもなく神や悪魔も含めた総合会議ということになる。
そこまで予想したからこそ総代は俺に同行してほしいと頼んできたわけだ。
「……同行については当然お付き合いさせていただきます。ただ問題があります。他の国々は恐らく神々が掌握しているため神の目線で物事を進めようとしてくる。しかしこちらはそうではない」
『分かっておる。同じ神としての意見を言わせるならアマテラスを宿すアイカであろう。しかしあの子にそこまでの決定権を与えるつもりもない。わしの意見を通す。当然おぬしも言わぬでいい。とはいえ唯一神を倒した存在故に全く言わぬことも難しかろう。そこはおぬしの裁量に任せる』
「ありがとうございます」
通話が終わるともう1着俺宛てにかかって来ていた。
金堂先輩だ。俺は折り返しかけて用件を尋ねる。
「おお、明星か。明日暇か?」
「ええ、明日は暇です」
「そうか、なら明日の昼前に治安の悪かったあの地区に来てくれ。駅で待っている」
「ということは何かまた問題が?」
「いや、むしろ逆だな」
……そこから経緯を聞いて俺は納得した。
高天原が政権を取って以降、日本の各地域の政治情勢から腐敗が消えていった。
腐敗がなくなるということはそれに伴う利権犯罪も消失することになる。
とはいえ甘い汁を啜る側もただで消える気もないわけで、腐敗が酷かった地域では警察部隊との衝突は何度もあったそうだ。
あの地区もそうで最近まで人身売買や未成年売春の壊滅にそれなりの戦いがあった。
これで地元の人たちは安心して暮らせるだろう。
ただ安心なだけでこれまでに付いた治安の悪い町という悪評は払拭できていない。
放置すれば町は寂れ腐っていき……また悪人たちの目に止まり犯罪中継地点として利用されかねない。
だから町おこしをしようと早めの夏祭りが開かれるようだ。
「そういうことなら是非行かせてもらいます。俺もあの地区は気になってはいたので」
「うむ、友達も呼んでいいぞ。あ、だが妖風は勘弁してくれ」
「心配しなくてもユーハはここ数日仕事です。アイカも高天原でやるべき勤めがその日はあったなぁ……となるとシュンノスケとリルルかな」
金堂先輩との通話を終えたあとリルルとシュンノスケに連絡を取る。
すると二人ともOKであったため、明日の昼にあの地区の駅前で集合ということになった。
◆
7月23日、火曜日
その地区の駅で降りて街の景色や辺りを見渡す。
戦闘の爪痕らしきものがいくつかの建物に刻まれてはいるものの外観は以前と変わらない。
ただ辺りには怪しいと思える人間は殆どいない。
行き交う人々の声や気の流れも正常でまともな活気というものが伝わってくる。
「着いたか、明星」
既に浴衣姿の金堂先輩が分かりやすく仁王立ちして待ちわびた表情をしていた。
「お待たせしました。リルルたちはもうすぐかな」
そう携帯で今どこにいるか連絡しようと思ったところで彼女自身の声が駅の方から届く。
「キュー君!」
彼女はピンクの浴衣姿で大きく手を振りながらこちらに来た。
俺同様にただの私服姿のシュンノスケも一緒だ。それと……
「ゲン君、久しぶり~。浴衣にあっているよ~」
「うむ、寧々宮さんのほうも似合っているな」
あ、そうか。一応金堂先輩の方が年下だった。だからリルルを苗字で。
「苗字じゃなくてリルルって呼んでいいよ」
「そ、そうか。ならリルルさん」
「うん」
リルルはこういう性格だから男当たりがいい。
そのためか普段は厳つい姿勢の金堂先輩も割と緩んだ態度になっている。
「うわ、聞いてたよりゴツいな。おっさんじゃん」
……それともう一人、リルルたちと一緒に来た者がいた。
シュンノスケほどじゃないが背が高く体もそこそこ出来上がっている。顔はまだ男というほどではなく少年の名残を残しているため同い年か少し上の高校生くらいだろうか? というかリルルにどことなく似ている。つまり……
「リルル、彼は?」
「あ、うん、弟の寧々宮 理久、ほら、挨拶して」
「うっせ~なね~ちゃん。リクです。中学生っす。そっちの子は同い年かな?」
年下か……確かに発育がいい男子は中学生で大人に近い身体になるからおかしくはないんだけど、急成長した体格とは反比例して内面の幼さを感じる。
「いや、年上だよ。高校生」
「うっそ! 幼すぎだろ。シュン兄、ホント?」
「本当だ。ま、お前の正反対だな」
「確かに、背が伸びるといいっすね」
そう俺を馬鹿にした態度を取るリクを見てシュンノスケは「そういう意味じゃねぇよ」と呟いたのだった。
リルルは俺に抱き着きながら謝罪する。
「ごめんね、キュー君、可愛くない弟で。「俺もお祭りに行きたい」って言いだしたんだけど流石に治安の悪かったところに一人で行かせたくもなかったからさ」
「いいよ、気にしていない。うん、みんなで楽しもう」
「うう~キュー君優しい~」
密着度が上がりナメクジのように俺にもたれかかった。
「重いって」
「……」
そのやり取りを見てリクは思うところがある目をこちらに向けてきた。
意識を視てみると……思った通りではある
夏祭りとは称しているものの、この地区には神社や祭り物の催し装置などはない。
商店街とそこに連なるように設置された屋台が多くあるだけだ。
そのためやることとしては単純に金を使って遊ぶだけになる。
射的やミニゲームなどをして綿あめや焼きそばなどを食べる……そんな当たり前のことを繰り返したあと人気の少ないところで一息つく。
「なんかフツーだったなぁ、治安悪いっていうからいきなりテロが起こったり、暴動騒ぎを期待していたのに」
「コラ、不謹慎だよ」
会話の滑り出しの第一声でリクがそういうことを言ったためリルルは諫めた。
しかし、それが気に入らないのか彼はさらに反発する。
「んだよ、つまんねーんだからつまんねーって言って何が悪いんだよ」
「つまらないかどうかじゃないでしょ? ここの人たちは治安が悪くて苦しくて……それがようやくよくなったんだよ。それを貶すようなこと言っちゃったら可哀相じゃん」
年相応に自分本位と言えばそれまでか。
しかしリルルはその態度が納得いかないようだ。
「シュン兄はどう思うんだよ?」
「俺はこういうもんだろとしか思わねーよ。まあお前くらいの歳の時はそういうこと考えなくはなかったがそれも意味がねぇ考えだって止めちまったな」
「なんで? 俺の言っていること間違っているってことかよ?」
「そうだとしても納得しねぇだろ。どうしても納得したいって言うなら俺じゃなくて歳が近いキューセイに聞け」
「え~、こいつ~」
「こら、こいつ呼ばわりは失礼だよ」
「え~いいじゃん、俺の方がデカいし」
「いいよ、こいつで。失礼だろうとそこは今重要じゃない」
「むっ、反発しねーのかよ。つまんねーな」
「つまらないか……じゃあ単調に俺が怒ったらそれは何が楽しいの?」
「それは……言い合いになって面白いだろ」
その答えに周りは引いた。
「……リク君、君が感じているものはつまらないじゃない。面白みを見出せない自分に苛立っているだけだ」
「! なんで分かるんだよ?」
「俺は相手の意識が視えるからね……というのは冗談として、つまらないと自分で納得できているなら周りに喚いたりはしない。その上で自分から面白くしようと心がけるはずだ。少なくとも君のお姉さんはそうだよね。人当たりよく場の空気を和ませようという会話を振る。だから君の理屈はおかしいと分かったんだ」
実際に意識は見えるのだがそれを言ってしまうとややこしくなるため冗談としていく。
金堂先輩、リルル、シュンノスケはそれを分かっており、俺の説き伏せ方に感心した表情を見せた。
「っ、俺、お前嫌いだわ。ねーちゃんがこいつ気に入ってるの何となくわかったわ。出来のいい弟みたいだもんな。白けたし帰るわ」
そう言って一人駅の方へと去っていく。
それを見たシュンノスケは頭を掻いて言う。
「俺も帰るわ。なにもねーとは思うがそう判断してやらかされても面倒だしな」
「ありがとシュンちゃん」
本来ならリルルも一緒に帰った方がいいかもしれないが、今は男同士だけのほうが彼の気も収まりやすいだろうというのは彼女も察したためシュンノスケに任せる判断をしたのだろう。




