二部、2章④
船田社長が帰ってからの昼過ぎに予定通り皆でビーチバレーをする。
一応警戒しながらだったものの、リラたちはビーチに出てくることはなかった。
そして夕方、別荘のベランダでバーベキューを楽しむ。
バーベキューと言えばビーチの砂浜に台をセットしてというのが定番だが、それをすると砂浜が汚れてしまうため撮影場所としての価値を落とさないためにベランダでという判断になっている。
「ん~、やっぱ外で食べるバーベキューはいいですわね。欲を言えばもっと外のビーチあたりに台を立てたかったですけれど」
「それをすると砂浜が汚れるからね。管理会社があとで確認しに来て問題って判断したら船田社長に報告が行くから」
「あーそれもそうだわな。つか、キューセイが管理任されてんだっけ」
「うん、シュンノスケはやりたくはないでしょ?」
「まあな。つってもそう言われるとお前任せってのも少し罪悪感出てくるが」
「任せられるなら任せておけばいいんですのよ」
「うんうん、キュー君頼りになるよね」
ユーハとリルルはこういうところは完全に割り切るタイプだ。
だからかシュンノスケとアイカは分かっていても少し戸惑った表情を見せた。
夜、日は沈み月明かりが夜を照らす。
淡き鮮やかな月の光を浴びたビーチの海面は反射して煌びやかな光景となった。
俺たちはそれを眺めながら本格的にリラたちへの対応を考えることにする。
「……悪意を人へ還す。それはかつての遥か大昔ようにはいかない。人々の悪意は集合し意志を持つ悪魔という個体として長く生き続けてしまっていた。だから彼らは彼らなりの帰り方を望んでいる。それが契約という形というなら魔階層を治める王であるルシフェルはそれを認めるしかない。俺もそれは認めよう。けれどその上で人間社会に問題を起こすというなら何か手を打たなければならない。それもルシフェルは認めている」
「え~と、つまり何が言いたいんですの?」
「ああうん、逆に問題がないならわざわざ手を下す意味もないというとだよ。ユーハは不本意かもしれないけれど、リラたち4人は悪意こそあれどそれを制御できているし今の今まで敵対行動を取りはしなかった。なら下手にこちらから出向いて真意を引き出そうとして刺激を加えるというのもどうかと思ってさ」
「確かに今までと違って問題を起こしているわけでもねーもんな、あいつら。船田社長の意識をちょっと操作したくらいか」
ユーハは不満そうだが納得はしている素振りであった。
嫌いな相手だからと積極的に潰しに行くのも違うという弁えはあるためだ。
「アイカはどう思う?」
「私もキューセイ君と同意見だよ。もしかしたら後で問題を起こすかもしれないけれど予備軍だからって叩きに行くのは過剰だと思うし。危険は承知で許容するしかないんだと思う」
「そうだね。そう線引きするしかない」
話は纏まった。今回は踏み込まない。
しかしそう決断できた瞬間に景色が大きく歪み、異世界へと引きずり込まれる感覚が俺たちを襲った。
◆
……気づけばそこは同じビーチであったものの、月は赤く、海面は黒に染まり雷が迸る禍々しい景色に移り変わっていたのだった。
「え、どうして? 私たち何もあっちを認識してはいないよね?」
アイカの戸惑った確認に皆頷く。
「いや、認識はしてしまったのかもしれない……今回は関わらないという線引きをして夜の景色がああだったからこちらに来ることができた。けれどここは……」
俺とアイカは既に変身してしまっているため異世界であることは間違いない。
しかし他の3人は変身しようとすると思ったより力を使うようで一端維持諦めて変身を解いて人間の姿に戻った。
「なんかここ凄く疲れますわね」
「うん、まるで魔階層の時みたい。力が出しにくいよ」
みたいか……確かに俺はいつもより力が出しやすい感覚がある。
そしてアイカの方は若干辛そうだ。
「アイカ、力は問題なく使える?」
「一応ね、けど長期戦は難しいかも。アマテラスが無理して出力を維持してくれているだけだから。ここ、たぶんヌミノース世界じゃないよね?」
「ああ、魔階層のようだ。けれど魔階層にしてはまだ自然概念が多い」
そこまで分析に行き着いたところで俺たちの前に姿を現す者たちがいた。
4人、それもすべて悪魔の女性でそのうちのリーダー格と思われる女は黒い裸体に蛇を巻き付けて局部を隠したような姿であった。
残り3人も似たようなもので美しさと禍々しさが交じり合ったような容姿をしている。
「お察しの通りよ、ルシフェル王」
「お前は……リラか」
「ご名答、契約した悪魔は夜の王リリス、そして彼女たちは同士にして姉妹であるアグラット、ナアマ、エイシェット」
リリスは片膝を砂浜に着けて俺にかしづく姿勢を取る。
それに続いて他の3人も同じ姿勢を取った。
「魔王への敬意があるということは敵対者ではないということか」
「ええ、我らもまた唯一神を打ち倒したあなたに恩を感じております。そして悪魔が人へ還るという目的に賛同している立場にある。ただ、その具体的な在り方については違えるかもしれない」
……ルシフェルは還る在り方を具体的に決めはしなかった。
それはきっと魔階層にいる悪魔たちの多くが「還る」という見解で一致してはいても、その還るという具体性が、契約者を乗っ取る、契約者と共生する、もしくは自らの個を捨てて悪意となって霧散し人々へ還る、といった感じで方向性がバラけていたからためだ。
ルシフェルの性格上、具体性を決めることは自由意志に反するためしなかったのだろうけれど、それだと困る悪魔もいるのだろう。
だからリリスたちはこうして話をしに来たわけだ。
「聞こうか」
「我らが夫、サマエルはこのまま悪魔たちが無策に人へ還り続ければいずれ己が悪意に耐えられない者が食われ続けて人類が衰退すると結論付けました。悪魔はもはや人にとっては毒に等しい。その毒を飲んで耐えきれる者は稀だと」
「けれどサマエルもまた還ることには賛成なのだろう?」
「ええ、しかし人が減ることは望んでいない。人が減りすぎれば悪魔は人々から得られる悪意が下がっていく。それは個を得てしまった我らにとって致命的です」
「違いないな。だからこそのこの海という訳か」
「そう、ここは唯一神が倒されたことで現実から分かたれた3つの世界の境界が緩み、ヌミノース世界と魔階層が少し交じり合った場所。とはいえ割合としては魔階層が7割と多めなのですけれど」
なるほど、けれどユーハたちが力を出しにくいのはそれだけじゃないはず。
「他にも混じっているものもあるだろう?」
「お気づきなら話は早い。元々ここは人々の悪意が魔階層へと流れるために経由されやすいヌミノース世界であった。言わば悪意の集合スポットの1つ。手前にある海が黒いのは悪意であるから。ではそこに何故雷が含まれているのか? それは今の人の意志を流す主流媒介がSNSであるからです。ネットの海という概念がそこに落とし込まれている。そして現実の概念がここに落とし込められるという事は……」
「逆も然り。悪意という毒を魔階層から現実に流し込めもする」
「そう。我らが夫、サマエルはあなたに匹敵する強さを持つ毒の悪魔。あなたが己の真実の光で魔階層全土を覆ったように、夫は己が毒を霧散させて現実に溶け込ませることを狙っている。霧散させた毒はとても弱く人を殺すには至らない。しかし影響は出る。人々はそれに徐々に慣れていき抗体を持つようになるでしょう。そうなれば間接的に悪魔に食い殺される者は減り人類の衰退影響も減少する」
「毒も使い様という訳か」
「ルシフェル王よ、あなたは夫のこの計らいをどう捉えます?」
「悪魔たちが無事に人へ還るための措置だ。貢献に値する策と言えるだろう。しかしリスクもあるのだろう? そしてサマエルの思惑も」
それにリリスたちはそこまで感づかれたかと少し沈黙した。
だがそのあと開き直りこう聞き返してくる。
「だとしたらどうだというのです? ここで阻止すると?」
リリスたちは引く気は初めからないという目をしていた。
つまりサマエルは俺……いや、ルシフェルの性格も考慮した上で事を起こしたのだ。
こうすればルシフェルは認めるしかないと分かっていて。
「……ルシフェルとしては認めよう。けれど俺としては認めかねる」
そう答えるとリリスたちは嘲笑しだした。
「依り代であるあなたの意見などに価値はない。決まりね」
やはりか。リラたちの態度は最初から明星救世に対しては当たりが強いものだった。
つまり同一視などしていない。
しかしだからこそ疑問が生まれた。
「そうか、俺を認めないならそれはそれでいい。ただ質問に答えてほしい。視た限りはリラとリリスは共生した契約関係に見える。ただ主体性に関しては明らかにリリス、君の方が上になっているように今感じた。他の3人も同じだ。どうなのだろう?」
「お察しの通りですよ。確かに契約した共生関係にあります。しかし彼女たちは適性あれど我らをそのまま受け入れるには器がまだ足りない。だから我らは耐えられる範囲でしか悪意を受け止めさせないように調整する。その代わりに主体性をその分得るという取引をしている」
「「「「「!」」」」」
それに俺たちは前提を覆された。それは実質……
「脅しじゃありませんのよ!」
「そうだよ、リラちゃんたちが可哀そうだよ」
「あら、これでも十分に優しいと思うわよ。食い殺さないわけだし。主体性が欲しかったら我らが悪意を全て受け止めればいいだけ。まあそういう意味ではそのガキは評価できるわね。何せあのルシフェル王を完全に従えられているのだから」
「彼女たちに主体性を戻せ。今は彼女たちの自由を奪っているに等しい」
「それをしたら我らの自由がなくなる」
「!」
「我らと夫は人間に還った後も自由を求める。それを魔王が否定するというの?」
これに答えはない。
俺とルシフェルのように完全に同一化して互いに認めている関係でない限り、片方の自由意志が尊重されればもう片方が尊重されなくなる奪い合いにしかならないのだから。
「だからこそ互いに許しあえる関係になれと言っている。そうなれば自由の奪い合いにはならない」
「それは無理よ、彼女たちは我らが悪意のすべてを受け止めきれない。ルシフェル王、これが普通よ。そのガキ以外で悪魔の悪意をすぐに受け止められる者が世界中でどれだけいるというの? とても少ない。ならこういう手段を取るしかない。違います?」
「それは……」
そこで内にいるルシフェルが盲点を突かれたように詰まらされたのを俺は感じ取った。
その後数秒の沈黙が流れた後、リリスは続けて言い放つ。
「唯一神を倒した救世主に至らぬとは言わない。しかし新しい時代の確かな在り方を見定められないなら静観しているといい。それが夫、サマエルがあなたに伝えたかったことです」
そこで彼女たちは何かの魔法を行使して景色が変えて俺たちごと現実へと戻った。
目の前にはリリスたちに主体性を渡していることを隠さないリラたち4人が水着姿でいた。
彼女たちはそこから何も言わずに去って自分たちの別荘へ戻っていってしまった。
俺たちはそれを追えなかった。
引き留めるだけの理由を持たないから……




