1章⑤
自然階層というようにこの世界には恐らく機械が一切ない。
妖精の森からかなりの距離を歩いたが本当に自然風景しかないのだ。
だからこそ荒野の先にある山岳のふもとに設置された巨大な電波装置の異様さにすぐに目が付いた。
近づいて様子を窺うと装置を守るように駐留するパワードスーツを身に纏う骸骨天使が複数存在している。
「ようやく到着しましたわね。ささ、あの装置をぶっ壊してしまいましょう。多分あの装置で現実に干渉しているんですものね」
「いきなりですか? まあ周りの骸骨天使たちに警戒される前に破壊した方がいいとは思いますけど」
そのあとに警戒する骸骨天使たちを一掃しなければならないのだからどの道負担は変わらない。
「すぐ戦闘に映るので離れておいてくださいね」
「もう離れてますわ!」
ユーハ会長とメルフィは既に俺から20メートルは離れた岩陰に退避していた。
「用意のいいことで。さあ、始めるか。ルクス・アバドン!」
装置の真下をターゲットに絞って唱える。
すると光の柱は発生せず……失敗かと思えた。
しかし数秒後、装置内部からボン!とした音が発生し、そのまま大爆発が発生。周りの骸骨天使たちはそれに巻き込まれて焼かれ砕かれ骨がバラバラに砕けて消えていった。
「おお、コンボ発生、見事ですわ」
「こわっ、あーそうか。装置がどういう動力源で動いているか考えてなかった。今後は壊し方を考えないとな」
「これで終わりですの?」
「メルフィ、敵の勢力は恐らくこれにすぐに気付くだろう。そうなったら装置の再建造にどれだけかかるか分かる?」
「う~ん、他の地域で運よく装置を壊せた事例があるんだけど、その時は1カ月くらいかな。だから装置はそうポンポン再設置できるものじゃないと思う。ただ……」
「ただ?」
「再侵攻された時に強力すぎる天使がやってきてどうにもならなくなったんだよね。結果無駄になっちゃった」
「強力な天使?」
「うん、私たちが戦っていた骸骨天使どもは雑魚。そいつらを纏める大物がいるってわけ。キューセイでも多分勝てないんじゃないかな。まあ、やってくるのは当分後だろうしとりあえず帰ろう」
メルフィがそう説明し終えた瞬間、周囲の空気が闇のように濃くなる。
重苦しく息がしづらい。
「う、うう、嘘でしょ。こんな早くに」
メルフィはカタカタと怯えて指差す。
俺たちがその方向を見るとそこには大型の骸骨天使が舞い降りていた。
人の2倍はある全長だ。
それが高価な装飾を纏い、右手には錫杖を掲げている。
『まさかこの駐屯地が襲撃に合うとはな。んん……ガキが二人と妖精1匹、こんな奴らに壊滅させられたというのか』
そいつの目には骸骨となって肉眼がないはずなのに眼光があった。
それが俺たちを鋭くとらえている。
『答えよ、これは貴様たちの仕業か?』
「違うな、俺の仕業だ」
『ほう、一人でこれをやってのけたと』
そいつは地に舞い降りて大爆発で壊れた装置を見据える。
『これはダメだな。本部から発注してもらわねばならん。1カ月は業務支障が出るな』
「そうか、1カ月は猶予が生まれたか。それはありがたい」
『……訳も分からずに壊したというわけではなさそうだな。何者だ?』
「お前たちの都合で被害にあった者とだけ言っておこう」
『はは、被害か。それを認識できているか。適性者、それでいて契約者というわけか。我はプリンシパリティの地位に位置する者』
「プリンシパリティ、天使の階級か」
『神話をかじってはいるか。なら話が早い。我ら「ヤハウェイ」は神話に沿った再現をすべく、現実の完全なる統制を目標としている。その前段階としてここヌミノース世界を制圧している最中だ』
「数多の人間を支配することが統制か。罪なき人々を勝手に操り犯罪幇助させている行いは私利私欲でしかない」
『そこまで理解できているか。だが問題ない。操られる者たちはそもそも操られているという認識を持てない。故に我々への怒りなど向けようはずもない』
プリンシパリティの眼光が邪悪に下卑た笑いとなる。
それは意識を見るまでもない。
私利私欲に溺れて他者を陥れることに罪悪感を覚えないクズしか持たない笑みだ。
「っ! そんな考えが世界を腐敗させていくんだ! それで人々が希望を失い現実を見なくなる。やがて夢に逃げ込むように腐っていく。その連鎖が延々と続いていく……それが正しいだと!?」
ああ、そうだ。俺はそれが許せなかったんだ。
だから声を荒げて目の前の敵を躊躇せずに焼き殺そうとした。
「ルクス・アバドン!」
光の柱が奴の足元から発生する。
しかし柱が形成しきる前にプリンシパリティは高速で俺の目の前まで移動し錫杖を横ぶりにして俺を吹き飛ばした。
「がっ」
『おお、なんという禍々しき光。当たればただではすまなかった。しかしこれはヌミノースの力か?』
「この!」
俺はルクス・アバドンを乱発する。
しかし奴はそれらをすべて避けきって錫杖に闇の力を集約させた玉を上空に飛び立ってから地面に発射した。
それは地上に当たると衝撃波となって拡散し回避不可の攻撃となる。
それをモロに浴びた俺の精神力はごっそりともっていかれることとなり、膝をついてしまう。
『まだ息があるか。しかし2度はない』
降り立ったプリンシパリティは錫杖にまた闇の力を止めて俺へと放つ。
避けられない上に耐えられない。
終わりかと俺は覚悟した。だが……
「させない!」
俺の目の前にメルフィが飛び出した。
彼女は精一杯の障壁を張り迫りくる闇の力を相殺していく。
しかし完全には無理であった。
力負けして俺と共に吹き飛ばされてボロボロとなってしまう。
「きゃああああ」
「メルフィ!」
ユーハ会長は駆け寄りメルフィを両手で拾い上げる。
「どうして俺をかばって?」
「本物の怒りを感じたから」
「え?」
「世界を守りたい。腐らせたくない。そんな強い気持ちが伝わったよ。それに共感したの。契約したのは別の階層だけどそれでもキューセイはこのヌミノース世界を救ってくれる。そう思ったんだ。だから信じちゃったし体が動いちゃった」
そこでメルフィの体がうっすらと消え始める。
「え、どういうことですの? 体が消え……」
「あ~致命傷になっちゃったか。私たちヌミノース世界の生命体はね、一定以上自然生命力を侵されると消えちゃうの。あいつの闇の力は特に強力だから受けちゃダメだったんだな」
「メルフィ! 消えちゃダメですわ」
「ユーハ、あなたのこと好き。出会って間もないのに他人な気がしなくて……もっとあなたと一緒にいたかった」
「なら一緒に居ればいい。だから無茶してでも」
それにメルフィは首を横に振る。
「それは無理かな……私はここで終わり。けれど託せるものはある」
「託せるもの?」
「うん、女王様が言っていたでしょ。あなたも適性者だって。私とこんなに相性がいいんだもの。あなたはきっとなれるよ」
会長は彼女の消えゆくとても小さい手を握る。
「なりますわ、あなたの思いは私を共に!」
「ありがとう。じゃあ契約成立だね」
そう言い残してメルフィの体は完全に消えてしまった。
『……馬鹿なことを。逃げおおせれば永らえた命をここで捨てるとは』
「黙れですわ」
ユーハは前に出てプリンシパリティを睨みつける。
『身の程を分からぬ馬鹿はまだいたか』
「身の程? それはあなたのことでしてよ」
『なに?』
「あたくし自分勝手ですの。自分の意見が優先ですし楽しいことになると周りに配慮なんてできなくなることも多々ありましてよ。けれどそれでも相手への敬意は忘れませんわ。あたくしの我儘が許されるのは相手が受け答えてくれるから。そんな関係性あってこそ。あなたからはそれを微塵も感じない。そんな屑にメルフィが殺された。大変遺憾ですわ」
『だったらどうする? なにもできまい』
「いいえ、契約は既になされていましてよ」
そこで俺と奴はユーハ会長の周りに風が渦を描くように吹きすさんでいることに気付く。
彼女の左腕には妖精の羽を模した刻印が刻まれている。
吹きすさぶ風は強まり神秘を帯びて彼女を彩る。
ロングの黒髪は金髪へと染まり、耳は妖精のように長くなり、瞳は緑色に染まる。
そして背中には風で形成された妖精の6枚羽が生えるようになった。
「ストームフェアリー・シルフェーネでしてよ。消し飛びなさい」
ユーハが手をかざして力を行使すると強烈な煌びやかな銀色の鱗粉が混ざる竜巻が発生した。
奴はそれから逃げようと天使の羽をはばたかせようとするも上手く飛べない。
竜巻の吸引効果が強すぎて引きずられてしまうからだ。
『馬鹿な、この私が……プリンシパリティの地位にまで至ったこの私がここで……があああああああああ!』
竜巻がミキサーのように奴の体を分解しながら粉々に吸い込んでいきその存在を完全消滅させる。
そこで彼女は力の行使を止めて竜巻を消した。
◆
プリンシパリティを倒した後、その近くで様子をうかがいながら休息を取っていたが増援が来る気配がないため俺たちは妖精の森の中心部の都までへと引き返した。
そして女王に事の敬意を報告する。
「……そうですかメルフィはあなたを守って……報告を感謝します。キューセイ、私もまたあの子が信じたあなたを信じましょう。どことの契約者であろうとあなたはこの世界のために働いた。そしてユーハ、上位天使を仕留められた例は未だ聞き及んでいません。大儀を成したと言っていいでしょう」
「当然ですわ、なんといってもあの子との契約なんですもの」
「あなたたちにはこのままここに留まっていただきたいですけれどそれは難しそうですね」
「はい、一度現実へと戻って影響を確かめたい」
「分かりました。では現実への帰還はここからさらに南にある泉へと行くといいでしょう。北にある池とは真逆で、こちらは現実への一方通行に使えます」
「教えていただき感謝します」
俺たちは女王に礼したあと都を出ようとするが俺はその前に女王に尋ねる。
「あ、そうだ、去る前に1つ聞き忘れていたことがあるのですが尋ねてもよろしいでしょうか?」
「答えられる範囲であれば」
「俺たち以外の人間についてです。このヌミノース世界は知る人には知られている存在であった。そしてメルフィやあなたの態度を見るに初めは警戒をしていてもその人間が敵でないと分かれば敵意を見せることもない。むしろ友好的だ。このことからいい人間を先に知り、そして悪い人間も知ったということが伺える。違いますか?」
「その通りです。我々妖精は過去に何度かこの世界へとやってきた人間との友好をはぐくみました。しかし最近、この地へと訪れた人間どもはかつての彼らとは違い狡猾で汚らしい者たちでありました」
「それが骸骨天使であったと」
「……気づいていましたか」
「どういうことですの?」
既に元の姿に戻っているユーハ会長が疑問に尋ねてくる。
「使い捨ての先兵という割には意思がハッキリしすぎていた。そして契約を果たしたユーハ会長が戦う時に妖精の姿に変身できたことを考えるなら、やつら……ヤハウェイの人間もまた何かしらの契約ないし似た方法で戦う時に変身している可能性が高い」
「待ってくださいまし、つまり私たちは人間を相手にしていたんですの?」
「そうです。現実ではない別の世界に赴いての人間同士の殺し合いをしていた。だから俺も会長ももうその手は血に染まっている」
「嫌な言い方をしますのね。けれどそれでも怖気づきはしませんわ。私は……」
「俺だって怖気づきはしません。俺は……」
互いに右手を胸位置までもっていきそこで握手を交わす。
「「戦うと決めたのだから」」
そう互いに同じ言葉を発したからこそ握手を解いて微笑む。
「これからは仲間ですわね」
「ええ……いや、ああ頼りにしているユーハ」
「! ええ、キューセイ」




