1章④
そこは同じ森林ではあった。
しかし夜空は曇っており周りの木々は枯れているものが多い。
そして足元一帯は見渡す限り公園のように整備されたものが一つもない。
いわば完全な自然であった。
「おお、おおお、未知なる場所にワープしましたわ。これってまさか」
「別空間に移動できたということでしょうね。けれど……」
前回引きずり込まれた闇の空間とはまるで違う。
「あら、池の水面には何も映っていませんわね。てっきり晴れた夜空が映っているものかと」
「こちらは曇っていて月の光が反射していませんし。だから水面に映る夜空が違うという「認識」ができない」
「あ、なるほど。じゃあ一方通行なんですのね。じゃあこっちが快晴になれば戻れる可能性がありますわね」
「ええ、とはいえこの世界が現実のように時刻を正確に刻むかは分からないですけれど」
「でも息もできますし動きに制限もかかってませんわ。ほぼ現実と同じなんでは?」
「どうでしょう? とりあえず移動してみましょうか」
枯れ木だらけの周囲だが、まだ南の方角には緑を残しているのが薄っすらと見えたためそちらへ移動していく。
緑ある木々の近くまで来ると争いの音が響いてきたため慎重に進んで様子を窺う。
「あれは!」
そこには骸骨の天使が3体もいた。
それらが妖精と思われる小さな生物と交戦している。
骸骨天使3体は俺が初めて戦ったものと比べると小さく身に纏っているものは白い布一枚とかなり粗末だ。
そして行使している攻撃も弱い。
「もう、いい加減しつこいっての!」
妖精は反撃に雷を放つもそれは骸骨天使を破壊できる威力ではなく牽制が精いっぱいであった。
ともに決め手に欠ける状況で消耗戦となっている。
このまま続けば数の差で妖精が負けるだろう。
「うわああ」
妖精の方が力尽きて骸骨天使どもの闇の波動をいなしきれずに受けて地面に崩れ落ちる
「いけませんわ!」
「え? ちょっと!」
ユーハ会長は飛び出して地に伏した妖精を拾い上げる。
「あなたたち! 小さい子に寄ってたかって恥ずかしいと思いませんの?」
『何故人間がここに?』
『迷い込んだか、ならば始末するまで』
「始末されるのはあなたたちの方ですわ。ということで明星君、やっておしまい」
彼女はまだ隠れていた俺の方を指差す。
そのため骸骨天使たちに俺の存在がバレることとなった。
「無茶苦茶だなこの人……ルクス・アバドン!」
恐らくこの世界では前の骸骨天使と戦った時同様に魔法のような力が行使できるはず。
できなかったら終わりだ。
唱えると予想通り、骸骨天使たちの足元に光の柱を発生させて有無言わさず焼き払った。
「おお、聞いていたより派手な技ですわね」
敵を消し去って落ち着ける状況となったところで妖精に尋ねる。
「まずは助けてくれてありがとう。人間さんたち。私はメルフィ」
「私はユーハですわ。それでこっちは……」
「キューセイだ。質問してもいいかな。この世界はそもそもなんなんだ?」
「何って……え~もしかしてあなたたち知らないでこっちに来たの?」
俺たちはそれに頷く。
「ふ~ん、迷い人かぁ。だったら信用してもいいかな。ここはね、ヌミノース世界。自然階層の領域とでもいえばいいかな」
「ヌミノース……ここが?」
「そう、あなたたち人間がいる現実から切り離された自然という要素が色濃く表れた世界よ。そしてこの場所は妖精の森。その名の通り私たち妖精が住まう都」
「都というには随分と枯れた場所が多いな」
「それはそうよ、さっきあなたが倒した骸骨の天使たち、あいつらのせいで私たちの森は滅茶苦茶。最終防衛ラインも近いところまで追い詰められているわ。さっきあなたたちが助けてくれなかったらここも突破されて森はもっと枯らされていた。本当にありがとう」
「どういたしましてですわ」
「え、会長は何もしてなくないですか?」
「メルフィを助けてあなたに命じましたわ!」
「あ、はい。まあいいか」
「あはは、あなたたち面白いわね。うん、でもユーハが地面に落ちた私を拾い上げてくれたのは嬉しかったよ」
「あの骸骨天使たちについて聞きたいんだけど、あいつらはいったい? 何を目的で侵略しにきている?」
「う~ん、それを話すと長くなるんだよね。キューセイ、あなたは強いし女王様に紹介したいから都の中心部に来てもらえると助かるんだけど?」
俺はユーハ会長に目線を送ると彼女は即座に頷いた。
「行こう」
◆
メルフィに付いていく形で緑ある森林を進み中心部にある大きな大樹までやってくる。
「ここが中心部ですの?」
「ちがうわよ、ここには実は通路がありまして~」
メルフィが魔法を唱えると目の前の幻影のロックが外れ大樹に人が通れるほどの穴があることが認識できるようになった。
穴を抜けて大樹内へとやってくる。
大樹内部は大きく繰りぬかれており、そこには数多の妖精が暮らしていた。
天井には優しく色鮮やかな光が灯っており暗さはまるでない。
人の感覚であれば大樹内など直径50メートルもない狭いものだが、小さな妖精の感覚でいえば十分すぎるほどの広さだ。
細々とした妖精の文化、建造物がそこかしらにある。
「わぁ、まるでミニチュアハウスですわね。素敵」
「なるほど、確かに妖精からしたら都だなここは」
メルフィに中央まで案内される。
そこには人と同じ大きさをした威厳ある妖精が背中の4枚羽を下ろして地に立ち待ち構えていた。
「女王様」
「メルフィ、人を連れてくるとは感心しませんね」
「この人たちは私を助けてくれたいい人たちだよ。あいつらとは違う」
「そうですが周りをごらんなさい。怯え警戒している者らばかりですよ」
「そ、それは……」
「はぁ、まあいいです。あなたがわざわざここに連れてくるほどなのだから有益な何かがあるのでしょう」
そこでユーハは軽く頭を下げて礼する。
「初めまして妖精の女王。あたくしはユーハ、こちらはキューセイ」
「キューセイは凄いんだよ、骸骨の天使たちを一瞬で焼いちゃったんだから」
「ほう、人間でそれができるということは契約者ということですね。証を見せていただけますか?」
「証……これのことかな?」
俺は右手の甲に刻まれた悪魔の角と光が合わさったような文様を見せる。
「! これは」
女王は驚いて困った顔になる。
「? 何かおかしかったですか?」
「おかしかった? あなたこれが何の契約か分かっていないのですか?」
「ヌミノース契約だと思っていたのですが? この自然階層との契約によって刻まれるんですよね、この刻印は」
女王は俺を睨むように観察してくる。
「……嘘はついていないようですね。奴ら以外で来る人間であっても知識を持たないなど今までありえなかった。まずはあなたたちの経緯を説明なさい」
奴らというのが気になるが、信用してもらうためにも俺はここまでの経緯を先に説明することにした。
「なるほど、あなたは偶発的に巻き込まれて力を手にしたと。そしてユーハはそれに興味を持って付き添っているに過ぎない」
「ですわ」
「こちらから質問してもよろしいでしょうか? まずはあの骸骨天使ども。あいつらはなんなんです?」
「あれは現実からの侵略者です。このヌミノース世界を支配せんと目論む先兵」
「現実から……ということはあいつらに指示を出しているのは人間」
「そう、恐らくあなたが言う集団の意識操作に長けた敵勢力がその出所でしょう。大昔、世界は1つだった。しかし人間が文明を手にして自然を忘れていったことが原因で世界は分裂しこのヌミノース世界が誕生した。今の人間は自然との交信ができない故に弱体化している。だから意識操作への抵抗力がありません。しかしそれでもこちらの世界の領域が健全であれば意識干渉自体は容易にできるものではなかった。ですが今、こちらの世界の領域はだいぶ侵されている」
「なるほど、そういうことか」
「どういうことですの?」
「例えばですけど、俺たちが放課後向かったあの街中の範囲、それに対応するこの世界の領域を敵が制圧してしまえばそこにいる群集は無抵抗になる。だからそれらを操れる大規模な意識操作なんてできたわけだ。逆に言えばそれくらいしないと大衆の意識操作なんてできようはずもない」
「あ~なるなる、けどそれだと明星君たちはどうして意識操作されずに済んだんですの?」
そこで女王が答える。
「抵抗力があったからだ。ユーハ、そなたにもある」
「え、マジですの? ということは契約できまして?」
それに女王は頷いた。
「やっほ~ですわ」
「だから適性者か。確かに奴らからすれば危険分子だな。排除しに来るのも分かる。女王、仮にですけれど、この世界の侵された領域に居座っているだろう侵略者を倒したら奴らは意識干渉できなくなりますか?」
「恐らくはな。しかし敵は多勢に精鋭。既にこのヌミノース世界の半分近くが被害にあって打開もできない状況にある」
「そこまで強大ですか……けれど……」
見過ごしてどうにかなるわけでもない。世の大多数の人間はこんな状況になっているなんて知りもしないし認識もできていない。
いつの間にか敵の意のままに操られて支配される。そんな世界が実現しつつある。
「次の質問です。あなたの反応から察するに俺の契約はヌミノース契約ではなさそうですね。では何との契約なんです?」
「それは……このヌミノース世界のように現実から切り離された世界はいくつかある。その証の紋様は恐らく魔階層との契約」
「魔階層?」
「悪魔たちが跋扈するおぞましい世界と聞き及んでいる。そんな世界との契約者がこの世界の益になりえるとは思えない。だから警戒している」
「なるほど、教えてくださって感謝します。では最後にここから一番近く侵されてしまった領域はどこにありますか?」
「行くのか?」
「戦い打ち勝つ以外に道はないでしょう。違いますか?」
「違わないな。よろしい、案内を付けましょう。メルフィ、お願いしますよ」
「わかりました」
「感謝します」
俺は女王に礼をして妖精の都を後にした。
◆
妖精の森を東に出た先の荒野を歩いている。
何もない空虚な大地に虚しき風が響き渡る。
「敵は未知数ですわよ。もう少し力の使い方やら分かってからでもよろしいのではなくて?」
「本来ならそうしたいところですが、その猶予もあまりない」
「まあそうですわよね」
後ろから付いてくるユーハ会長は肩にメルフィを乗せてじゃれあっている。
この短期間で随分と仲良くなっているようだ。
「仲いいですね」
「自分でも驚いていますのよ。相性いいのかもしれませんわね」
「うん、ユーハ面白くて好き」
「おーほほほ、ユーモアがなければ生徒会長は務まりませんもの!」
目的地までまだ時間があるためここで色々と尋ねてみる。
「今更ですけれどそのアニメみたいなお嬢様喋り疲れません?」
「え、全然ですわよ。むしろモチベ維持には必須ですわ!」
「モチベかぁ、確かにハイになってないと生徒会長やってバイトもこなすなんてできませんね」
「ひゃっは~、アンアンマンですわ~」
「本当にお嬢様というわけでもないですよね」
「ええ、一般人ですわ。あ、でもモデルはやっていますけれども!」
と決めポーズアピールしてくる。
「あ、はい。今のお嬢様風のテンションになったキッカケとかあります?」
「う~ん、そうですわね、強いて言えば普通に生きるのがつまらなくなったから?」
「ええ、つまらないからって……」
「あら、大事なことですわよ。生きる活力がないと人間は干からびた干物、腐った生ごみに成り果てますわよ」
「まあ、それは否定しません」
「だから非日常に憧れますの。そして今こうしてファンタジーな世界にいるせいかテンションマジ爆上がりですわ。あとは契約、契約、わくわく。あ、1つケチを付けるならシリアスな空気は辛気臭くて好みじゃありませんから明星君、明るい感じで会話してくださいまし」
「この状況で無茶な」
「無茶でもなんでもやらなかったら楽しい物語になりませんでしょ?」
……あ~なるほど。この人、自分と周囲をキャラクターとして客観的に見ているのか。
「俺としては楽しいより問題がない物語の方が好きなんですけど」
「つまらない返しですわね。せっかくの異世界と超能力と魔法、ワクワクしませんの?」
「そんなものなくたって世界が平和ならそれでいい。誰も争わず欲を持たず愚かにならず……けれどそれは無理だから」
「とーう!」
すると突拍子もなく彼女は俺の背中を唐突に押し飛ばした。
「おおっと、いきなり何するんです?」
「真面目過ぎるんですのよ。幼馴染のため、現実への危機を回避するためは分かりますけれど、そうやって抱え続けると壊れますわよ」
「ならどうしろっていうんです?」
「それは当然、キャパオーバーになる前にぶん投げますわ! あたくしはそうしています。だから生徒会長であっても仕事負担は軽く済んでいますもの」
「部下に苦労を押し付けるのが正しいんでしょうか?」
「いいんじゃないですの。本当に辛くなったら我慢しないでぶん投げてもいいと忠告はしていますし。実際そうなったらそうなったですわ」
「ユーハ会長みたいになれたら楽でしょうね」
「そうそう、なるのですわ!」
「え、皮肉で言ったんですけど」
「え、……皮肉を言うんじゃありませんわ~!」
逆切れして体当たりを繰り返してくるが、それを避け続ける。
敵を目前にして何をやっているんだか……
そう、思い至ったらおかしくて自然と笑ってしまう。
「はは、ははは」
「……なんだ、笑えるじゃありませんの」
「本当にあなたといると調子が狂わされっぱなしだ」
「嫌でして?」
「う~ん、疲れるけれど気づかされることも多いから悪くはない」
「素直じゃありませんのね」




