1章③
5月3日、木曜日
意識や固定概念を破壊するこの能力はかなり応用が利く。
気に入らない人間のその意識を破壊すれば人格を変えられるに等しいのだからシチュエーション次第では対象を自分の都合のいいように誘導できる。
また、そもそも誘導する価値もないなら殺すことも恐らくできるだろう。
そうなるのは固定概念の形成が強い人間に限られるが。
個人の意識操作、立証できない殺人……強力な武器ではあるが、これを高頻度で使えば間違いなく足は着く。
その例が一昨日の街中での警察が窃盗犯を追えないように大衆操作して遮らせたものだ。
しかしよく考えてみればあの状況を異様と認識できていた周囲の人間はほぼいない。
とすると町全体に犯罪に対する興味を失わせる認識操作もかかっていたのかもしれない。
だから俺とアイカは異常に映った。
確かに広大な規模にそこまでの仕込みができるなら足は着かない。しかし今の俺にはそこまでのことできない。
「……敵はこの分野を熟知している。今表立って動いても勝ち目はない。なら次にやるべきは引き込まれた謎の空間についての解明か。調べ尽くせばなんらかの出し抜ける道も見えてくるかもしれない」
そんなことを呟きながら昼休み購買へと行く途中で校内放送が入る。「明星救世君、至急生徒会室に来てくださいまし」と。
高飛車な声と語尾から生徒会長自らが放送を使ったのは分かるのだが、そんなことをしなくても連絡先は教えているのだからスマホにメールでも入れてくれた方が内密に済ませられただろうに。
いや、無視されないためか。全員に俺が生徒会室に向かうと認識させてしまえば行かないならそれはそれで誰かに突っ込まれる可能性が出てくる。
生徒会室の扉をノックして中に入ると生徒会長だけがそこにいた。
他の役員は一人もいない。
「どういった要件でしょうか?」
「そうですわねぇ、とてもシークレットでワクワクした案件ですわ」
生徒会長は扉を閉め、昨日以上にその特徴的な丸々とした目に星を宿したようにキラキラさせて近寄ってくる。
「明星君、あなた……超能力者でしょう!」
「……」
指さしてズバリ言い当ててやったポーズを取ってくる。
「アニメやSFドラマの見過ぎじゃないですか?」
「分かっていますわ、一つ返事で頷くなど思っていません。超常の理を超えた者たちはその存在を固く秘匿しているものですものね」
「仮に俺が超能力者だとしたら何を望んでいるんです?」
「それはもう私にもそういう力の近い方伝授してほしい! いやマジですの!」
意識を見るにこれはまごうことなき本音のようだ。
「えーとつまり非日常への憧れがあるから俺を呼び出したと。他には?」
「あるわけありませんわ!」
嘘が全くない意識だ。そして罪悪感もない。
「そのようですね、公私混同で放送室を使ったのは問題じゃないですか?」
「ノープロブレム、何せあたくし人気者ですもの」
両手の人差し指を顔に向けてウインクしてくる。
確かにこのレベルの美人でおもしろおかしい人なら人気は出るか。
「……俺は超能力を持っていません。会長の勘違いです。失礼します」
そう言いきって生徒会室を去ろうとすると、彼女は「仕方ありませんわね」と呟き自らのスマホの動画を再生して俺に見せる。
その内容は昨日リルルが女性たちにキツく罵倒されていたところを俺が力を使って助けたものだった。
「!」
「表情が変わりましたわね。この二人は金堂君の時のようにふらついたあと性格が変わったように穏便な態度になった。そしてその場にはあなたがいた」
このカメラの角度は並行撮影、距離は10メートル程度しか離れていない。
つまりあの時の周囲にいる人たちの誰かがスマホ撮影をしていたのだろうけれど、そういった素振りは誰もしてなかったはず。
「あの場に会長はいなかったと思いますけれど」
すると彼女はマイクをどこからともなく取り出してステージに立ったように声を張る。
「さあ、張り切っていきますわよ~、レッツ、ゴー! それいけアンアンマン。快楽の海に負けるなですわ~」
「……え、ああ~……まさか」
「そう、あたくし、臨時のイベントのバイトであの場に司会のお姉さんとしていたんですのよ。このセリフでイベントを締めくくったあと、アヘズキンの着ぐるみをした同僚の女性と更衣室がある下の階、つまりレストラン側へと向かいましたの。そしたら丁度明星君を発見してさらに力を使いそうないざこざシチュエーションに出くわしたじゃないですの。けれどただ近づいて録画しようとしたら警戒されてしまう。だから同僚の着ぐるみを被って接近したんですのよ」
やられた。
流石に着ぐるみの中からスマホ撮影だと気付きようがない。
「はっは~、一杯食わされた顔ですわね。やりましたわ」
この人、言動は痛々しいが咄嗟の機転や行動力、判断力がかなり高い。
「はあ、認めるしかないようですね」
「おお、ということは」
「ええ、俺は他人の意識を操作することができます」
「やはりぃ! ではぜひ使い方を教えてくださいまし」
「いや無理です」
「ホワイ、何故?」
「まだ力を得て間もないしそもそも力の原理だって把握しきれていない」
「あらそうなんですの。じゃあどうやって力を得たんですの?」
「それも説明が難しい。けれど今から再現してみようと思ってはいます」
「ではぜひお付き合いさせてもらいますわよ」
「構いませんけどそもそも怖くないんですか? 俺がその気ならあなたの意識を操作してどうにでもできるんですよ」
「あら、その心配はしていませんわよ」
「何故?」
「だってあなたは金堂君に力を使いましたもの。歪んでいた方を。つまりあなたには状況を改善したいという気持ちがある。すなわちあたくしを陥れることはできませんわ。なにせあたくしは生・徒・会・長! あたくしがもし不調となれば学園の行事の進捗が悪化してしまう恐れがありますもの」
やはり意識が正常だからか相手をよく見れている。
アイカより頭が良く考察力も高いのもあってか簡単に俺の本質に踏み込まれた。
だから俺は大きくため息をついて受け入れることにした。この人を。
学園の生徒、それも生徒会長を関わらせるのは避けたかったが本人にここまでやる気があるなら飽きるまで付き合ってもらった方がいいだろう。
その過程でどうなったとしてもそれは本人の責任だ。
「約束してください。このことは二人だけの秘密。外部は勿論のこと、同じ生徒会役員や家族関係にも伏せてください。それを破ったのなら俺はあなたの意識を壊す」
「お、おお! いいですわね、そういうノリ。まさしくファンタジー! 契約成立ですわ」
上機嫌になった彼女は俺の手を両手で握ってぶんぶんと握手を交わした。
ダメだこの人、憧れが強いしなまじ能力が高すぎるから脅しが通用しない。
◆
「さあ、未知なる異世界にレッツゴーですわよ~!」
放課後に俺は生徒会長に手を引かれて学校を出ることになる。
……放課後に現場を回りながら詳しく説明します。とだけ言って生徒会室から別れたのだが、まさか教室の手前で待ち伏せしてくるとはさすがに思わなかった。
そのせいで周りから注目されるし、周囲に尋ねられれば「新たに生徒会役員となった明星君と親睦デートですわ」と勝手に返すから手に負えない。
「あの、秘密なやり取りするわけなんですからもう少し穏便な誘い方できませんでした?」
「スマートな方法はいくらでも思いつきましてよ。けれどそれじゃじれったいじゃないですの。早く、早く、待ちきれませんわ!」
「……失敗したかな……それより生徒会役員になるって勝手に決めるのは少し困ります」
「なんでですの? その方が合法的に接触できるじゃないですの」
「いや、そうですけれど」
「成績を見ましたけどとても優秀ですわね。なら頭を使う雑務も問題なくできるのではなくて?」
「はい、できますよ」
「なら問題なし!」
「……あ~、この人、人の気持ちは分かるけどその上で自分をごり押しするタイプか」
「ご・名・答! ですから諦めてくださいまし」
困ったことに意識破壊ができない相手だからこの性格を変えられもしない。
つまりこちらが合わせるしかないわけだ。
俺たちは一昨日アイカと共にいた街中の立体歩道橋までやってきた。
そこに着くまでの時間で生徒会長には経緯を説明してある。
「なるほど、謎の敵勢力がこの行き交う大量の人々の無意識を操作して犯罪者の逃亡幇助をしたと。そしてそれは眺めていれば異様な光景ですけれどそれを異様と認識できること自体が認識できない範囲ではできないほうが自然と。それで今はそういう特別な意識操作が行われている状況ですの?」
「ざっくりですけれど群集の意識を見る限り、操作の類は受けていないと思います。とはいえ正常な人は少ないですが」
「あら、心の病になっている方ってそんなに多いんですのね」
「病というレベルかは謎ですけれど、生活習慣や社会環境のせいでだいたいの人は歪みを抱えるものです。だからSNSへの依存もしやすい。逆に生徒会長は歪みがまるでないから驚きました」
「ほほん、当然ですわ。私はスペシャルなんですもの。あ、それと生徒会長はよしてくださいまし。ユーハか、ユーハ会長でよろ~!」
「語尾が唐突にかわった。それじゃユーハ会長で」
次にアイカの実家である神社付近まで来る。
時刻は丁度、夕暮れになる手前。
「この場所、この時間帯で夕焼けの陽炎が強まった時に謎空間へ転移できたんですのよね! さあ、カモン!」
しかし何も起きないまま時間が経ち夕日は沈み夜の景色となってしまった。
「……な、なんでですの~! 嘘おっしゃいました?」
「嘘で時間つぶしする暇はあまりないですよ。やはり状況を一致させるとかそういうのじゃないんだな。だとすると空間にアクセスするための何かがいる」
そこで俺は右手の甲に刻まれた契約の刻印を眺めた。
刻印は力を使おうが何も変化がないものなのだが、俺が今、別空間を探したいと意識すると薄っすらと発光した。
その状態の右手を東西南北へと順番に伸ばしてみる。
すると北の方への発行が強くなった。
「こっちか」
俺が独りでに歩くと、上手くいかずにおかしな動きをして発狂気味のユーハ会長がそれに気づいてあとを追ってくる。
「ちょっと、どこに行きますの? って手がシャイニングしてますわよ」
「まだ手詰まりにはならなさそうです」
「おお、それはいいですわね。期待しますわよ」
発行がより強くなる方角を目指して歩き続けると森林公園にたどり着いた。
「ここでゴールですの?」
「いえ、まだ四方にかざして発光に差があるからここから北西にさらに進みます」
北西に進んだ先……四方どこにかざしても発行の強さが変わらないゴールは池であった。
池の水面は月明かりの光が浴びてその夜空の景色を鏡のように映し出す……はずなのだが、よく見ると池に映る空の景色は現実の空と違う。
現実は快晴であるのに、池に映る空は曇りなのだ。
「あれ、この池おかしくありません?」
「ええ、水面が鏡になっていない」
俺たちはそう「認識」できた。
それがカギであったのだろう。
その直後、瞬きの一瞬で俺たちは別の場所へと飛ばされたのだった。




