1章②
俺の母親は研究者だ。高天原の組織が用意している研究所に引きこもっている時間が多く、週2日は家に帰らないことが常態化している。
父親も宮司として組織の政に顔を出すことが多いため地方遠征で帰らない日もそこそこある。
今日は二人とも帰ってこない。それが分かっていたため俺は街の中心にあるショッピングモールへとやってきた。夕食をどうするか決めるため。
弁当を買うか、自炊の食材を買うか、それともレストランで食べていくか。決めていないがここならどれも選べる。
……ああ、合理的な結論なら簡単に出せるよ。弁当を買って帰るのが最コスパだ。
しかし今は合理性を捨てて悩んでいる。
何故かというと常時合理的に考え続けていると機械的になりすぎて発想力が低下するためだ。
力を使った影響なのか、今日は特にそういう無駄を楽しむ時間が必要と感じたからそれに従ってみたのだ。
『さあ、張り切っていきますわよ~、レッツ、ゴー! それいけアンアンマン。快楽の海に負けるなですわ~』
今日はキッズ向けのイベントでもやっているのか別の階から大音量で司会の声が聞こえてきて五月蠅い。
久しぶりに贅沢にレストランへ行こうと向かうと、向かい側から出てきた女性が待ち伏せしていた二人の別の女性に絡まれている。
気になって3人の意識を見つつ会話を盗み聞きする。
「だからあの人とは何もないって」
「そういう問題じゃないっての」
「あんたにそのつもりがなくてもあいつがこの子から離れちゃっているのが問題だっての」
「マジ最悪、あんたのせいで別れるかもしんないじゃん」
「そんなの知らないよ」
待ち伏せしていた二人は嫉妬心に満ちていた。
対して一方的に言われている女性は迷惑だし早く終わらせたい逃避意識が強い。
男絡みか。
強く言われている女性はオレンジショートヘアの幼顔でグラビアモデルをしていそうなほど肉感的なスタイルだ。
対して待ち伏せしていた二人は平凡と言っていい。
「謝れっての」
言い合いがエスカレートして暴力沙汰に発展しそうだ。
このままだと周りの注目が集まって面倒なことになるのは分かり切っていた。
イベントが終わったのか着ぐるみを着ているスタッフの人が更衣室目当てでこちらに来ており様子を窺っている。このままだと通報されて面倒ごとに発展しかねないな。
だからまだ使い慣れていないがやれるだろうと思って俺は力を使い二人の嫉妬心を破壊した。
女性相手の場合は反応が異なるかと思ったが同じようだ。
ただ程度としては金堂と同じくらいで嘔吐を催すほどではなく頭を手で抱えて少しふらつく程度で済んでいた。
嘔吐までする差は何だろう? 若さ……いや、意識が凝り固まっているかどうかか。
凝り固まっている……すなわち固定概念化までしていると壊した際の負担が大きくなるというところか。
「……もういいや、ともかくあんたは男を勘違いさせるから気を付けろってこと」
「あんたにその気がなくてもね」
そう言い残して二人は去っていった。
事態の収拾に安堵した周りは興味を失って散っていく。
着ぐるみを着ていた人は何故か俺に近寄り『大事にならなくてよかったですわ、アヘアヘ~』と作りこんだ声で語り掛け、肩をポンポンして去っていった。
「そんなこと言われてもなぁ……」
納得できないのか女性はその場で立ち尽くす。
そのまま居座られてもレストランに入りづらいため俺は声をかけた。
「災難でしたね」
「あ、ごめん、邪魔だったね。どうぞ……あ、ちょっと待った」
「なんでしょう?」
「ねえ、ボク、私のことどう思う?」
「会話をちょっと聞いていましたけどあの二人が言うように男受けする見た目だなって」
「あ~やっぱりそうだよね。シュンちゃんからももう少し地味になれって言われた」
女性はさらに落ち込む。
力を使った手前、放置してそのまま去るのも引けるためもう少し気遣っておく。
「大丈夫ですか?」
「うう~、君優しいね。下心のない純粋な気遣いを感じるよ。君はまだ狼になれないワンちゃんなんだね。あ、というか中学生なのに一人でレストラン来るとか贅沢だね」
「一応高1です」
「あ、ごめんごめん」
「そんなに幼く見えます?」
「そこまで極端じゃないけどそうだね。私はいくつに見える?」
「大学3年生くらい?」
「ブブー、専門学校の1年生です」
「へえ、何の専門学校に行っているんです?」
「調理系だね。そこで栄養士の資格取ろうかなって、もしダメでも料理は一流になれるはずから専業主婦になる時は強い武器になるし」
「なるほど、いい人生設計ですね」
そこで、入口付近で話し込んでしまったせいで出入りしたい人たちが少し困っていることに俺たちは気づく。
「……場所変えましょうか」
「え、いいの? レストランで食べたかったんでしょ?」
「そこまで絶対じゃなかたんで」
「というか話もう聞いてもらわなくていいよ……と思ったけど、やっぱ聞いて~」
「だろうと思いました」
共感欲求に飢えていた意識なのは分かっていたため俺は驚きはしなかった。
俺たちはレストランから離れて近くのベンチに腰を下ろした。
「ここまで来たら知り合いだね。ということで自己紹介、リルルはね、寧々宮 理瑠琉っていうんだ」
え、この人、その歳で一人称が自分の名前呼びなのか
「俺は明星救世です」
「キュー君だね。わたしのことはリルルでも、リルねぇでもいいよ」
「じゃあリルルで。その歳で自分呼びしている人初めて見た」
「あ~、やっぱ引く?」
「いや、驚いたけれど本質的には気にするところではないから引かないよ」
「本質的? んん? よく分からないけど大丈夫ってことね。……自分磨きって大事じゃん。けど磨いたら磨いたでさっきみたいに文句言われるしそうならないように地味になるのも本末転倒だと思わない?」
「何かを取れば何かが保てなくなるのはもどかしい。今あるものを保ちつつ自分を良くしていきたい。それだけなのに上手くかないのは嫌ですね」
「そう、それだよ! キュー君年下なのに話分かる。下手な同年代より頭いい感じ。ね、学校で何番くらいの成績なの?」
「入学時の総合順位は5位だったかな」
「え、めちゃ凄いじゃん。頑張って受験勉強したんだね~、よしよし」
抱き着いて頭を撫でてきた。
ものすごく大きな胸の弾力が体に当たって心地よい。
確かにこれを魅力的に感じる男は多いだろう。
「あ~いや、そこまで頑張ってもないです。手を抜いて志望校を落とす必要があったから」
「ん? どゆこと」
「まあ、簡単に言うと同い年の幼馴染の女の子がいるんですけどその子の面倒を見る……とまでは言わないですが合わせるほうが都合は良かったんです」
「なになに、その子のこと好きなの?」
「付き合い長いし唯一そのままでいてほしいって思える人格だったから……うん、好きでしたね」
「告白しちゃえよ~」
「それはできないんですよ。色々しがらみがありまして」
「あれ、結構複雑な環境にいる? 家庭に問題が?」
「親が面倒とかそういう煩わしさはないですよ。説明すると長すぎるので今日はこれくらいで勘弁してください」
「うんうん、それじゃまた聞かせてね」
そう言いながら彼女は自らのスマホを取り出す。
「分かりました」
俺は頷いて連絡先を交換するしかなかった。
「あ、そういえば夕飯どうするの?」
「まだ決めていないですね。最悪弁当を買って帰ります」
するとリルルは少し思考をめぐらした後尋ねてくる。
「キュー君の家って近い?」
「ここから電車1駅乗ればすぐですね」
「そうなんだ、レストランに来たってことは今日、親がいない感じ?」
「そうなりますね」
「じゃあさ、じゃあさ、私がご飯作ってあげようか? 美味いよ」
純粋な善意だというのは意識を見れば分かる。
断って弁当で済ませてもいいが……他人の料理を食べてみるのも一興か。
「ではお願いします」
◆
「おっじゃましまーす、んじゃキッチン借りるね」
スーパーで食材を買った俺はリルルを家に招いて夕飯を作ってもらう。
リビングに座り彼女の作業を眺めているが、調理系の専門学校に通っているだけあって手際はいい。
調理器具も質問しなくてもだいたいどこにあるか察しが付くためか勘で引き出して使用していき調理をつつがなく進行させていく。
……20分もすればマーボ豆腐、中華スープ、餃子にサラダとまともな中華風のセットが机に並んだ。
「お待たせ~、さあ、食べて、食べて」
「それじゃ頂きます……うん、おいしい。母さんのより美味い」
「ふふん、褒められたぜ」
家族3人とも料理はできる。しかし俺含めて特段上手という訳でもないため自宅の食事というものは今まで満足度が低かった。
「このレベルが家で食べられるならレストランに行く必要もないね。リルルはいいお嫁さんになる」
「えへへ、それはどうも」
満足のいく食事を堪能しよう……そう心を落ち着けたところで玄関の扉が開く音がした。
「ただいま~、あれ、なんかいい匂いがいる。キューセイ、料理の腕上げた?」
……白衣を着た気怠そうな女が帰ってきた。
母親の里奈だ。
「ってえ、あら、どちら様?」
「わわ、ママさん来ちゃった。は、初めましてりるるでーす」
「同級生? いやそれにしちゃ乳デカすぎるし……え、なに、どういうところから引っ掛けたのあんた」
「今日ショッピングモールのレストランで食べていく予定だったんだけど、そこで彼女と知り合って料理が上手いってことだから作りに来てもらったんだ」
「あーそうなの、家にいきなり連れ込むなんて感心しないけどまあいいわ。それより夕飯よ」
母親は自分の箸を取り出して席に座り、食べきっていない俺の料理に手を付けて口に頬張った。
「うっま~い。なにこれ~。キューセイ、よくやった」
言うことが自分本位でコロコロ変わるのはいつものことだし怒りはしない。
「珍しいね、研究が早く終わった?」
「逆よ、詰まったから解散って感じ。精神を外界に通すシステムの構築はやっぱ制御が難しいわね。調整ミスすると使用者へのフィードバック負担が計り知れないし面倒」
「ああ、そういうこと。残りの分は全て食べていいよ」
「あ、うん、そうして」
「ええ、キュー君それでいいの?」
「こういう人だから。口論になると長くなるしこれでいい」
「確かにそうなんだけど可愛げないわね。たまには「僕のご飯を取るなぁ」ってジタバタしてもいいのよ」
「それで諦めるの?」
「んなわけないじゃない。子供のそういう愚図った様が見たいってだけよ。あーもっと馬鹿で愛嬌ある子が欲しかった。自分に似て賢い子ってなんか面白くないわね」
「それは同意見だ。おバカな母親の方がコントロールしやすかった」
そのやり取りを見ていたリルルは思ったことを呟いてしまう。
「え~と、同族嫌悪?」
「「それそれ」」
「キュー君、私もう1回作るよ」
「あ、私の分もお願い」
「流石に他人には遠慮したら?」
「しないわよ。えっとリルルちゃんだっけ? うちにいつでも来ていいわよ」
手料理を振舞ってほしいからという意図は流石にリルルでもわかった。
「キュー君」
「どうしたの?」
「このママさん、怖い!」
「うん、だから気にせずもう1回料理を作ったら帰って。また来なくてもいいよ」
俺に言われた通り、リルルはもう1回料理を作って俺たちに振舞った後、家を出ていった。
それから俺と母親は料理を無言で淡々と食べ終わったところで本題のために口を開く。
「……それで彼女ってわけじゃないよのね。あの子」
気怠い態度は変わらないが表情はかなり真面目だ。
りるるの手料理を気に入っていたのは本当だが、長居されても困るためあえて少し嫌な母親を演じていたのだ。
「ああ、あくまで成り行きで助けて仲良くなっただけだ」
「そう、他に好きな子が出来た?」
「それも違う」
「だったらなんで婚約解消なんて話になったの? 今日総代様から尋ねられてびっくりしたんだけど」
「それが早く帰ってきた本当の理由か。それはそうか」
アイカのほうから総代に婚約解消、または保留を言い渡せば俺の親の方に確認が来るのは分かり切っていた。
ここで適当な理由で誤魔化すこともできるがそれがアイカを守ることへの一番の回答になるかというとならないだろう。
だから昨日から俺たちの身に起きたことをそのまま話した。
半信半疑ではあるが理屈としては通っていたため母親はとりあえずとして話の内容を飲み込む。
「……大衆の意識操作、それを操る勢力、謎の空間へと引き込む力。あんた自身が契約によって手に入れた固定概念の破壊能力……」
「信じられない?」
「あんたがすぐにバレるような嘘をつくタイプじゃないってのはあたしが一番分かっている。あんた自身が持っている能力も私たちの前で実証しろって言われれば出来るんでしょ?」
「できる。けれどそれとすると母さんたちが今行っている研究に関わる話になってややこしくなるから」
「分かっているわよ。だからどうしたものか悩んでいるんでしょ。う~ん、直接話すのはナシね。お互いに距離を開けて自分を見つめ直したいって理由付けにしておきましょうか」
「ありがとう」
「ただ、あくまで時間稼ぎの言い分よ。最終的には婚約の話は再開しないといけないし。完全破棄したら別の誰かがアイカちゃんの婚約者に宛がわれる」
「分かっている」
「そう、ならそれまでに解決の道筋を立てなさい」




