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第1章【本来の自分】①

 

 気を失ったアイカを家に送り届けて彼女のリビングのソファーに寝かせて起きるのを待ちながら右手の甲に刻まれた刻印を眺める。


「夢じゃないか……分からないことだらけだ。唯一なる神、その使徒だろう骸骨の天使。他者を引きずり込む空間の形成……けれど最も重要なのはどうして狙われたか?ということだ」


 思い当たるとすればやはり窃盗犯を警察が追えなくなるようにスマホを眺めていた大衆が無意識に遮る邪魔をしていたところを見ていた。そしてアイカが警察に犯人の行方を伝えたことだろう。

 あの骸骨天使の言い回しを素直に信じるなら心に直接響く声には洗脳効力があったのだろう。それが効かなかった俺たちは適性者と呼ばれた。そして本格的な殺意に繋がることになった。

 実際に大衆を無意識化で操作誘導できているなら、個人単体相手への操作はそれよりも容易なはずだ。

 それで何ともなかった俺たちが異質なのだと考えた方がいい。

 だとするなら骸骨天使側の勢力が活動する際、今後も俺たちが異質な行動を取ってしまうことは避けられない。

 そうだと仮定するならあとはここに増援が送られてくるかどうか?

 あの骸骨天使が異質な俺たちの存在を上に報告した上でやってきたのならまた同じ刺客が差し向けられる。

 けれどあの空間に引き込んで洗脳できればそれでいいというマニュアルに従って上への報告が後回しならすぐに刺客が送られてくることはない。


「どちらにせよ対抗する手段を確立するしかないか。なら……」


 そこでアイカは目を覚ます。


「あれ? ここ家?」

「良かった、目を覚ましたんだね」

「キューセイ君、あ、そうだあの化け物」

「? なんのこと?」

「何ってあの紳士服を着た骸骨の天使だよ。襲ってきたよね?」

「ごめん、アイカが何を言っているか分からない。もうすぐ家に帰る手前で夕日が強くなった刺激でアイカがふらっと倒れたんだ。俺はそんな君を抱えて家で寝かせていた」

「え、ええ……」

「気を失っている時の夢じゃないかな?」

「ん~でも……」

「納得いかない? ならどうしたら納得できる?」

「……分からない」

 これでいい。これから俺がやることを考えたらアイカは知らない方がいいんだ。

「うん、夢の立証はできないのだから。それで話があるんだけどいいかな?」

「あ、うん。お母さんたちに任せないで看病してくれていたんだから何か用があったんだよね」

「ああ、簡単な話だ……アイカ」

「なに?」

「婚約予定はなかったことにしてほしい。最低でも保留扱いで停止にはしてほしい」

「……いいよ」

 驚きはしたものの意外とあっさりと承諾したことに俺は少し驚いた。

「怒らないんだね」

「うん、だって今のキューセイ君、ちょっと昔に戻っている。それが嬉しいから」

「そうか……ならこれからは昔みたいに幼馴染に戻ろう。そういう意識で行きたい」

「分かったよ」


 本当に皮肉だ。アイカを守るためにはこうするしかないのだから。

 骸骨天使の勢力がまたアイカに目を付けないようにするにはどうすればいいか?

 答えは明白だ。

 それよりも要注意になる存在を俺が作り出せばいい。

 だからアイカとの関係をできるだけ元に戻したのだ。


 ◆


 5月2日、水曜日

 入学してしばらくすればクラス委員長というまとめ役を誰にするかという話が担任から振られる。

 内申が多少良くなる役職ではあるが、1年生段階では重要ではないし雑務処理や管理能力を求められる負担は割に合わない。

 だから誰も立候補しないのは分かり切っていたため俺は挙手をして引き受けることにした。

 対抗する手段を確立する時間が減るのはいいのか?と思うだろうけれどこれでいい。

 クラスリーダーという立ち位置は人と関わるのに都合がいい肩書だ。

 特に本来は話さない相手と自然と話す理由付けとしては。


 アイカの家から自宅へと帰る途中で、ふと力を使おうと意識して見てみたら周囲の人間の意識が見えることに気付いた。

 今もその力を使ってクラスメイト全員の意識を窺っている。

 その殆どが「ホームルームや授業が怠い」と思われる怠惰の意識を放出していた。

 力を使わなくても察せたことだけど、こうして確かめてみると皆、思った以上に目の前のことに対する心構えや姿勢が悪いな。

 そんな彼らにリーダーなんてやらせてもいい結果にならないと分かっていたから立候補した面もある。


 リーダーになって適当に今まで話していなかったクラスメイトと話してみる。

 話したことのある人間ならその思考はだいたい理解できるから話を合わせて誘導することは容易だ。

 しかし初見に近い相手となると相手がどういう気質か、何を主観としているのかをまず探る必要がある。

 だが、力を使って相手の意識……感情が読めるならその手間はかなり省ける。


 結果として放課後になるまでの短い時間で半数以上の相手に自身が理解者だと認識させることができた。

 ここまでやってしまえば反感して協力しないなんて流れには今後ならないだろう。


 ◆


「便利な力だけれどこれだけなのか?」


 放課後に俺は生徒会室へと出向いていた。

 クラス委員長になった者は今後、生徒会の意向をクラスに伝達するために連絡を取り合える関係にならなければならないため顔と連絡先を覚えてもらう必要があるからだ。

 既に俺以外にもクラス委員長になった人たちがいるようだが、彼らは生徒会室に入らずに立ち尽くしている。

 気になって彼らの前に出ると生徒会室の前で二人の生徒が口論になっていたためだ。

 片方は大柄な体躯に厳つい顔つきの傲慢な男性だ。

 もう片方は長身でモデルのように細いスレンダー体系の黒髪ロングの女性であった。


「……ですから! この時期は生徒たちへの厳重な取り締まりはなさらないようにしてくださいまし。こちらのテンションに影響が出て業務効率が落ちますの」

「ハッ! 情けねぇこと言ってんな。どんな時だろうと校則と風紀は正す。その上でやることやれない奴らは弱いんだよ」

「ええ、ですからその弱い方々に配慮して一時的にでも規制活動を緩めろとおっしゃっているんですの」

「話にならねぇな」

「それはこちらのセリフですわ。この肉ダルマ」

「あ、棒切れ女が舐めたこと言ってんじゃねぇ」


 口喧嘩は増すばかり、これはよろしくない兆候だ。

 俺は近くの3年生に事情を尋ねる。


「あの、あの二人はどういったきっかけでケンカに発展してしまったんですか?」

「ああ、1年生か。分からないよね。この学校には生徒会と風紀委員会があって権力が2分されているんだ。今までの両会長は仲が良好で揉めることなく折り合いもつけられていたんだけれど今期はそれができなくてね。どっちも折れないで維持を張っているってわけさ。ちなみに、女子の方が生徒会長の妖風遊葉(あやかぜ ゆうは)、男子の方が金堂厳(こんどう げん)ね」

「なるほど、説明ありがとうございます」


 力を使って二人の意識を見る。

 女性の方は怒っているがまだ理性的だ。しかし男性の方は怒っているというより傲慢さを押し通したいという欲求が本質のようだ。

 つまり風紀というのは建前で支配欲求を満たしたい。

 そうだとするなら彼に取り締まられることは恐怖に繋がり、周りの生徒は委縮して能力を発揮しにくくなるというのも頷ける。

 くだらないな……自らの欲求を満たすためだけに周りに迷惑をかけるくだらない意思などいらない。いっそ砕けてしまえばいい。

 そう思いながら俺は金堂厳のほうへ意識を集中させてしまった。


「うっ、ぐお……」


 すると金堂は突然右手で頭を抱えてふらつく。


「な、なんですの?」


 突然のことに皆動揺するが、十秒ほどのふらつきが続いた後、金堂は落ち着いたように平静さを取り戻す。


「……チッ、やめだ。バカバカしい。今から2カ月は規制を緩めておいてやる。その間に問題が起こったらお前の方で対処しろ」

「え、ええ」


 そう言い残して彼は立ち去ってしまった。

 このままだと問題に発展しかねない流れから一転して片方が折れるという結果に安堵と不可解な疑念が皆の心に残った。


「……え~と今期の新しいクラス委員長の方々でしたわね。お見苦しいところをお見せしたことと無駄な時間を取らせて申し訳ありません。あ・た・く・し・は生徒会長の妖風遊葉、ユーハ会長と呼んでよろしくてよ!」


 かなりのスレンダー美人だが、目元は異常に丸々としていて、言動もアニメっぽいお嬢様風なその痛々しさが美人特有の近寄りがたさを打ち消している。

 それが親近感に繋がってか周りの人たちは安心したように皆、生徒会に入り、顔と連絡先を覚えてもらうよう申請していった。


 他のクラス委員長の意識を観察したかったのもあって俺は最後の順番になっていた。


「はい、最後の方~、このあたくしが直々に受理いたしますの」


 ええ~


「よろしくおねがいします」


 生徒会に入って机に座り、自身の連絡先と学生身分証を提示する。

 それを生徒会長はそれらをPCに素早く打ち込んで処理を済ませ俺に返却した。


「はい、終わりですわ」

「ありがとうございます」


 席を立って去ろうとすると呼び止められる。


「ところであなた」

「はい、どうかしましたか?」

「金堂君に何かしまして?」

「何かと言っても……風紀委員長というわりにガラの悪い人だなと睨んでいたくらいです」


 あの状況で俺が金堂に何かしていたと勘づいて目を付けていたか。

 痛い態度のわりに観察眼は鋭いな。


「あら、そうですわよね。ごめんなさい。変なことを聞いてしまって。あ、ちなみにあなたくしのことはどう思っていまして?」

「随分と変わった口調をなされているんですね」

「個性的でしょ?」

「ええ、とても。いいと思います。では失礼します」


 この生徒会長は痛々しいが意識としては他の生徒と違ってとても正常だ。今まで力を使って見てきた中では一番健全だと言ってもいい。

 他の生徒会役員のほうは言動こそとてもまともだが意識としては一般生徒よりマシというだけで怠さや保身が混じっていている。

 それが分かったからか、逆説的に人というのは見かけや行いで本質を誤魔化せるというのは趣きがあると思えてしまったのだった。


 ◆


 一応クラスに一度戻るもそこにアイカはいない。

 恐らく他の友人たちともう帰ったのだろう。


「……それでいい。さて、どうしたものか」


 金堂の様子が変わったのは俺が意識して力を向けたからに間違いない。

 だとすると人の意識が見えるようになるのは精神操作するために必要な前段階だからということで納得できる。

 どこまで精神操作できる? その条件は、範囲は、効果時間は?


「……壊れても構わない実験台が必要だな。決まりだ」


 ◆


 犯罪と警察の癒着はどの国でも起こりうる。

 それが酷いと噂される街外れの治安が悪い地区へと赴いてまずは景色を眺める。

 建物の壁にはスプレーの落書きが至る所にある。

 行き交う人々は妄信したように虚ろで中にはドラッグをやっている者もいるだろう。


「さて、そろそろ引っかかる頃かな」


 治安の悪い場所に似合わない学生が歩いていれば当然目立つ。

 だから建物の隙間から這い出るように3人のガラの悪い大人がこちらに寄ってきた。


「よう坊主、見ない顔だな。何しに来た」

「社会見学です」

「だはは、じゃあ見学ついでに勉強してきな。この粉、使ってみろよ。1000円だ」


 十中八九ドラックだろう。それも依存性が高い。初めは安いが依存したら高額で売り付けてくるようになる。


「遠慮しておきます」

「そう言うなよ。金ないんならサービスだ、ただでやるからよ」


 相手をカモにして私腹を肥やしたい。

 3人ともそんな意識だ。

 俺はそんな価値観を壊れればいいと念じながら3人に力を集中させてみた。

 すると3人は金堂の時以上に苦しんで両手で頭を抱えて嘔吐を催しながら数分苦しんだ。

 その後、まるで脱力したようにやる気を失った顔で呆然と立ち尽くす。


「やはりその相手が今意識している精神状態を壊せるということか。なら逆はどうだ?」


 今度は3人にその価値観は正しいから増長すればいいと念じてみた。

 しかし反応はないままであった。


「……ああ、そういうことか。壊すことはできても新しく植え付けることはできないんだな」


 3人を放置して次にドラッグ依存で地面に転がっている中年の男に目を付ける。


「うへぇ、あんちゃん売人か? いやんなわけないか」


 呂律がかなり怪しい。相当重症だな。


「ドラッグから足を洗って真っ当に生きた方がいいですよ」

「うるせぇ、できたらここにはいねんだよぉ」


 そうは言っているものの、その中年は依存してつかの間の快楽を得たい欲求とドラッグ漬けから脱却して真っ当になりたい解放欲求の2つが二律背反としてあった。

 俺は前者だけの欲求がなくなるように力を使ってみる。

 すると当然、嘔吐までして苦しむがそのあと正気を取り戻したように濁っていた目がまともに戻る。


「……これも何かのキッカケかもな。出ていくよ」


 中年は立ち上がりここを去っていた。


「部分的に絞って意識破壊をすれば心理誘導は可能か。うん、段々使い方が分かってきた」


 しかしこれ以上やってここ一帯の人間を一気に実験台にすると騒ぎになるだろう。と踏んで実権を止め、その地区から脱出した。


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