プロローグ【変えられない世界はここに終わる】
ファンタジー混じりですが現実で誰もが思うだろう悩みを諦めずに解決しようとしたらこうなるだろうといったお話。主人公の在り方は果たして正しいのか?
情報過多の社会において人々の意識は歪み続け破綻が近づいていた。
そう、今や誰もがスマートフォンでネットという情報の海を泳ぐことができる。
皆初めは脳という空の器に水を注ぎ込むように海に浸るのだ。
しかし器が一杯になったところで思い至るだろう。
このまま浸り続けていれば器が壊れるのではないかと?
しかしそれでも海から抜け出せるものは少ない。
何故ならその海は人々の集合意識の世界でもあるのだから。
繋がりを絶つことを恐れるが故に依存する。
だから脳という器が悲鳴を上げて壊れていくとしても止められない。
2040年5月1日
……時代が進めば進むほど文明は発展し便利になる。だからもっと未来に生まれたら良かったと思うことは誰もが1度はあるだろう。
空を飛ぶ車やタイムマシン、ワープ装置などがある世界はどのような……
しかしこの時代になると憧れと同時にもう発展はいらないという感情も出てくる。
なんでかって?
それはもう大半の人が既に便利すぎる現状を持て余している状況だからだ。
特にSNS関係は飽和状態にあると言っていい。
誰もが閲覧して情報を共有して、そして自ら発信してを繰り返す。
その繰り返しは初め刺激的だ。けれどどこかで気付く。抜け出せない辛さに
俺の名は明星救世、高校1年生だ。
今は現代史の授業で教師が経済と技術変遷を大まかに語っているところ。
「……え~、近年においてのSNS技術の革新は凄まじく、AI技術の導入と併せて飛躍的な多岐に渡る分野への貢献が見込まれている。そうなってくれば当然、それに対応できる人材が求められる。若い皆さんは常に情報を更新しながら後れを取らぬよう励んでください」
それに対するクラス全員の反応は、仕方ないと言わんばかりの暗い返事であった。
授業が終わり休憩時間になるとこの授業内容に関した愚痴が飛び交う。
「常に情報更新しろって……怠いんだよ」
「だよな、なんで俺らは覚え直し続けなきゃならないんだ。世の中の勝手だろ」
「無理、しんどいよ」
高校が始まって間もないわりに先のことに不安を抱えている者が大半だった。
観察している俺に幼馴染の女子が声をかけてくる。
「キューセイ君はどう思う?」
「アイカ、どうって?」
天童愛華
中学生にしか見えない小柄で華奢な体躯、ふわりとした黒髪ツインロールが似合う幼い顔も相まって人形のような可愛らしさある彼女はおっとりした表情でこちらを眺めてくる。
「あ、キューセイ君頭いいからわからないか」
「いや、頭がいいからこそアイカたちの気持ちは分かるよ」
「だったらとぼけないでよ」
「ごめん、……そうだね、昔は……という表現もザックリ過ぎるから50年前、祖父祖母のスマホがない時代だと人間関係は目の前にあるものだけで済ませられたから簡素だったし、技術の更新も随時なんてことはなかった。うん、そんな時代はきっと楽だっただろう。勿論何もかも今より優れていたかは謎だけど」
「うん、私たちは理不尽な時代にいる」
「そうだね、人間の進化なんて100年の子孫を繋いでいく程度じゃまるで変わらない。なのに覚えるべき情報は時代と共に積み重なり、そして加速度的に増えていく。だったらどこかの世代で覚えきれずにパンクするのは明白だ。今のクラスの光景はその予兆だと捉えられる」
「大人の人たちもそれは分かっているんだよね?」
「ああ、けれど何もしない、何もできない。今の世界や経済がこの流れでいいと止まる気がないから」
「辛い思いをするのが当たり前の世界なんておかしいよ」
そこでアイカは酷い悲しげな表情を浮かべた。
「ああ、けれど変えられない」
と言いながらアイカの手を握る。
「キューセイ君」
「どんな世界になろうがアイカだけは俺がどうにかする」
「うん、ありがとう」
納得しきれてはいないがそれでも割り切れたように彼女は笑みを取り戻した。
◆
学校が終わり、俺とアイカは帰宅までの帰り道の街中で周囲を眺める。
誰もがスマホを握りしめて情報を追い続ける。
車道を走っている人たちもカーナビやスマホを縦置き台にさして情報を得続けている。
「……皆、前をちゃんと見ないね。危ないよ」
「AIアシストシステムが飛躍的に進化したおかげで見ながら運転していても事故は殆ど起きなくなったからそれを言ってももう野暮だよ」
「分かっているよ。でもそれでもなんか嫌」
「そうだね、現実を生きてはずなのに皆心ここにあらず、だ」
周囲への関心なんてまるでない。
それが悪いとは言わない。スマホを使わない分、周囲へ意識を向ける余力があったとしてもそれで知らない他人と話そうどうこうにはなりえないだろうし
ただそれはそれとして不注意だ。
財布を擦られたりしても気付かない人が大半な気がする。
立体歩道橋に入り高い位置まで来たところで事件が起こる。
「止まりなさい!」
下を見落とせば窃盗犯が警察から追われている。
窃盗犯は脚の遅い初老の男、若手の警官たちならすぐに捕まえるだろうと俺たちは注目していた。
しかしその予想に反して窃盗犯をかばい建てするようにスマホを眺めている人たちが次々と警官たちの前を横切った。
それにより警官たちの足は窃盗犯よりも遅くなり窃盗犯を見失う事態となってしまったのだった。
「なにあれ……近くに警察と窃盗犯がいるなら普通避けるよね? 公務執行妨害だよ」
「いや、彼らに明確な妨害意識があったわけじゃない。彼らはスマホを見ながらたまたま警官の行く手を遮っていただけだから」
「全員がそんな偶然ある?」
「ない、まるで一体感があるような動きだった。けれど彼らは他人だ。窃盗犯の仲間なんてことはない」
「なにそれ、ますますおかしいよ」
「……アイカ、考えるのをやめよう」
「え、どうして?」
「おかしいからと首を突っ込めば危険な目に合いかねないからだ」
「それはそうだけど……」
アイカは納得しきれずに立ち尽くす。
そして拳を握り締めて普段はおっとりしているその目元を鋭くして決意の目線を俺に向ける。
「嫌、私、警察の人と話してくる。さっきの窃盗犯が逃げ込んだ方角は分かっているし教えなきゃ」
「助言もやめたほうがいい」
「どうして?」
「仮にだけど、警察を妨害するように誰かがあの場にいた人たちを操作していたのだとしたら? アイカの助言で犯人が下手に捕まったりすればその誰かは原因を追究するはずだ。その場合は矛先がこちらに向くかもしれない」
よく考えた見解を述べたつもりだ。
けれどいつもならともかく今のアイカからすればそれは逆効果だったのだろう。
「それって見て見ぬふりしたほうがいいってことだよね」
「そうだ」
「おかしいよ! そんな世の中おかしい」
「分かっている。けれど正義感が通用する世界じゃもうないんだ」
「そんな諦め聞きたくない」
「ならどんな答えが欲しい?」
「決まっているよ。キューセイ君は頭が良くて私が困ったら何でも解決してくれた。全部いい方向にもっていってくれた。私はそれが欲しいの」
「だからそれができないという話をさっきしたんだけど」
「分かっている。けれど分かりたくない。キューセイ君、最近諦めるようになったね、どうして?」
「……」
それに答えられない俺の沈黙を見てアイカは思い当たることを尋ねる。
「お爺ちゃんたちが私たちの婚約を取り決めたから?」
「そうだ」
「……私、嫌じゃないよ婚約。キューセイ君は昔からヒーローだったもん。けど今は嫌、そんなキューセイ君とは結婚したくない」
そう言い放ってアイカは立体歩道橋を降りて警察のほうへと向かった。
それを追おうと思ったが足が動かなかった。
皮肉を言われて堪えたのだろう。
「今の俺はヒーローじゃないか……」
◆
頭がいいってなんだろう?
ペーパーテストで満点が取れることか?
それとも自分に都合のいい立ち回りができることか?
……いや、分かっている。誰も成し得ないことを成し得られる機転や発想のことだ。
けれどそれをするということは危険性を顧みないということだ。
俺とアイカは「高天原」と呼ばれる日本神話を元にした人を高次元へと至らせることを目的とした信仰組織に所属している。
自らの意思で入ったわけではない。
アイカの祖父はその組織の総代、すなわちトップであった。そして俺の両親は母親が高天原の研究者、父親が宮司であった。
だから俺たちは生まれた瞬間に自動で登録されていたというわけだ。
別にそれが嫌だとは思わなかった。
信仰組織と言っても信徒から多額の金を巻き上げたり、歪んだ思想の洗脳教育をされたりはない。
むしろその逆、日本は国民の大多数が無宗教、ないし関りが薄い故に個人がカルト組織に食い物にされるケースが後を絶たなかった。
アイカの祖先はそれを阻止するためにオリジナルの信仰組織を作ってそれを防波堤にしたのだ。
そのため今では政府からはいい目で見られていないが、庶民からの支持が手堅い組織としての地位を確立している。
これを継続するには次の世代への引継ぎもしていかなければならない。
だからアイカは将来的に総代になるしかないし、その婚約者は裏切らずに守れる存在でなければならない。
その候補は何人かいたが、年が同じでアイカが納得するという理由で俺が指名された。
光栄ではあった。
けれど同時にそれは縛りでもあった。
結果的に、最近の俺はアイカを危険に合わせないことを優先するあまりにアイカが好きな自分ではなくなっていたのだから。
「……」
「……」
アイカが警察に犯人の行方を伝えた後、俺たちはアイカの自宅である神社の近くまで帰ってきたのだが、口論になったこともありお互いに無言となってしまっていた。
口喧嘩なんて殆どなかったのもあって仲直りの切り出し方が難しい。
話の切り出し方が分からないわけではない。
ただ、ここで解決にならない無難なやり取りをして和解する会話の流れをしていいか分からなかった。
結局また同じ口論に発展するようならそれは意味がないのだから。
そんなことを考えているとアイカの方から口を開く。
「キューセイ君、ごめん、さっきは言い過ぎた」
「いや、言われてその通りだと自覚できたからむしろ言ってくれてよかった」
するとアイカは俺の反応を見て少し残念そうな顔になる。
「全くムキになってなかったんだね。少しは怒っているかと思っていたのに」
「自己正当化に意味はないからね。自己修正でどうにかなるならそのほうがいい」
「そうだけど……私たちと同い年の他の男の子だったら、きっと「我儘ばかり言うなよ、この女」って思うよ」
「分かっているよ。アイカはそういう男の方が好き?」
「ううん、そうじゃない。キューセイ君の大人なところは素敵だよ。だから繰り返しになるけど私、婚約は嫌じゃない。けれどそれに縛られているキューセイ君は違うと思う。だからその……もう少し自由に生きてみてほしいな……なんて。聞き分けが良すぎる対応されると今は胸が苦しくなる。申し訳ないというか」
「アイカ……ありがとう」
そこで日が落ち始めて景色が夕焼けに変わっていく。
いつにも増して空の青は赤みがかってゆき世界を覆いつくす。
同時として町の色合いも怪しげになっていき陽炎のような空間の歪みが発生して……え?
「ねえ、何かおかしくない?」
「ああ」
時刻の変わり時に視界が少し歪むくらいはあることだ。
しかし空間が明確に歪んでいる。そう俺たちは認識できている。
良く分からないが不味いと勘が働いた俺はアイカの手を引っ張って神社の階段をかけ上げる。
しかし階段をかけ上げるとそこにはいつもある神社はなかった。
振り返れば駆け上がってきた階段もすでになくなっている。
いや、見えないだけかもしれない。
足元にある見慣れた土を除いてすべてが闇に覆われている。
「どうなっているの?」
「分からない」
戸惑う俺たちの前に異形の存在が突如として姿を現した。
端的に言えば紳士服を着た人型の骸骨だ。
それが背中から天使のような真っ白な翼を生やして浮いている。
『唯一なる神は求めている。そなたらの服従を。さあ従え』
その骸骨天使から心に直接響く念話が送られてきた。
いやまあ骸骨には生体がないから声を出されてもおかしいのだが……まあとにかく驚きの連続だ。
「なに、頭に直接声が」
俺たちに変化がないのを見てか骸骨天使は語る。
『……やはり生粋の適性者か。処理が面倒だが仕方ない』
念話と共に敵意が伝わってきた。だから真っ先に俺は発する。
「アイカ、逃げろ」
「え?」
しかしその直後に骸骨天使から黒い球体が放たれてアイカに直撃した。
その衝撃でアイカは気を失いその場に倒れこむ。
「アイカ!」
アイカを抱え安否を確かめる。
強い衝撃を受けたが息はしているため命に別状はない。しかし……
『次は貴様だ』
また放たれた黒い球を避けるのは難しいことは分かっていたため、俺は放たれる手前でアイカを自身の後ろにおいて盾になるしかなかった。
「ぐっ、これは……」
物理衝撃はあるが、それよりも精神そのものを削ってくる。
なんだこの攻撃は?
『一撃で倒れないとは……その若さで強靭な精神力……それは万が一として神に仇成すものとなるやもしれない。厳正なる裁きを!』
連続で黒い球が放たれる。
それを食いしばって耐え抜くも精神の消耗が物凄い。
これは不味い……このままだと思考ができなくなる。
『まだ持つか……しかし、虫の息……次なる一撃で』
終わった……そう死の覚悟をするしかなかった。
しかしその瞬間、どこからともかく心に直接声が響く
あの骸骨天使のものではない。もっと鮮明だ。胸の内から発信されている。
——今こそ目覚めよ、夜明けとならん者よ――
誰だ?
俺のその問いには答えずにその声の主は言いたいことを一方的に伝えてくる。
——分かっているはずだ。ここが現実ではないことを。ありもしない人の意識を入れこむ揺り籠、現実から遠ざかる故に現実的な解決の手は役に立たぬ――
ならどうすればいいんだ?
――されど、皮肉かな。人が忘れ捨て去った自然深層ヌミノースとは近けり。故に――
ヌミノース?
——古来より人々は自然と交信しその力を借り受ける契約を結んだ。それこそがヌミノース契約。それにより怪異を沈めてきた——
……要するに契約すれば目の前の化け物もどうにかできるということか?
そこでようやく声の主は一方的な語りを止めて問いかけに入る。
——然り、さあ答えを聞こう――
「皮肉か……そうだな、今の俺にはお似合いだ。いずれとして他に道はない。いいだろう、契約を結ぼう!」
——よかろう、ヌミノースより奥にある悪意の深層より答えん。そなたに輝ける悪魔の祝印を授けよう――
契約が成った直後、体に途方もない力が注ぎ込まれる。
しかし不思議と辛くはない。
むしろボロボロにされた精神が回復していき高揚感が溢れてくる。
力の注ぎ込みが終わると身体が少し発光するがすぐに収まる。同時に右手の甲に悪魔の角と光の輝きが混じったような刻印が浮かび上がった。
それに骸骨天使は驚愕する。
『なっ、貴様、その刻印は……まさか!』
「ルクス・アバドン」
そう唱えて得たばかりの力を行使する。
骸骨天使の真下の地面から光の柱を発生させ焼き尽くした。
悲鳴を上げる間もない強烈な一撃。
その衝撃で周囲の闇は剥がれ落ちて消えていきこの空間は消滅する。
そして俺たちは本来階段を駆け上がった先にある神社へと戻ることができたのだった。




